2023年02月07日

◆ 少子化の対策 .1(リスキリング)

 ( 前日分 の続き )
 少子化の原因はわかった。では、(解決するための)対策はどうすればいい? 
 
 ──

 リスキリング


 少子化の対策はどうすればいいか? 前項にしたがって言えば、20代の非婚化の対策はどうすればいいか?
 これについて結論を下す前に、考えのヒントとなる概念がある。岸田首相が所信表明と施政方針演説で打ち出した「リスキリング」(学び直し)という概念だ。

 (1) 所信表明演説(令和4年10月3日)

 また、リスキリング、すなわち、成長分野に移動するための学び直しへの支援策の整備や、年功制の職能給から、日本に合った職務給への移行など、企業間、産業間での労働移動円滑化に向けた指針を、来年六月までに取りまとめます。
 特に、個人のリスキリングに対する公的支援については、人への投資策を、「五年間で一兆円」のパッケージに拡充します。
( → 令和4年10月3日 第二百十回国会における岸田内閣総理大臣所信表明演説 | 総理の演説・記者会見など | 首相官邸ホームページ

 (2) 施政方針演説(令和5年1月23日)

 そして、その先に、多様な人材、意欲ある個人が、その能力を最大限活かして働くことが、企業の生産性を向上させ、更なる賃上げにつながる社会を創り、持続的な賃上げを実現していきます。
 そのために、希望する非正規雇用の方の正規化に加え、リスキリングによる能力向上支援、日本型の職務給の確立、成長分野への円滑な労働移動を進めるという三位一体の労働市場改革を、働く人の立場に立って、加速します。
 リスキリングについては、GX、DX、スタートアップなどの成長分野に関するスキルを重点的に支援するとともに、企業経由が中心となっている在職者向け支援を、個人への直接支援中心に見直します。加えて、年齢や性別を問わず、リスキリングから転職まで一気通貫で支援する枠組みも作ります。より長期的な目線での学び直しも支援します。
( → 令和5年1月23日 第二百十一回国会における岸田内閣総理大臣施政方針演説 | 総理の演説・記者会見など | 首相官邸ホームページ

 なお、「リスキリング」という用語については、次の解説がある。
 「リスキリング」という言葉。このニュースで初めて知った読者も多いのではないか。筆者もその一人として「動物のリスの、虐殺……?」などと思っていた。


risu2.gif


 今回、話題になったリスキリングは、動物のリスともゲームとも無関係だ。
 リスキリングは英語で「reskilling」。re=再び、skilling=スキルをつける、という意味で、リス・キリングではなく、リ・スキリングだ。日本語では「学び直し」と訳されることも多い。学び直しといっても、一般教養などではなく、「仕事のための」スキルを新たに学ぶことを指す。
 英和辞典「英二郎 on the WEB」による訳は「〔失業者向けの〕技能再教育」。ケンブリッジ ビジネス英語辞典では「違う仕事ができるよう、新しいスキルを習得するプロセス。または、別の仕事をするように人々を訓練するプロセス」と定義されている。
( → 「リスキリング」ってどういう意味? リスもゲームも無関係 DX・AI化と深い関わり 岸田発言で物議 - ITmedia NEWS


 リスキリングへの批判


 「育児中には育児に専念しないで、自分の仕事の技能を高める」
 というのは、もっともらしい理屈だと思える。特に、男性はそうだろう。しかしこれに対しては、主として女性の側から、大きく批判が寄せられた。「育児はすごく大変なので、期間中にリスキリングをする余裕なんかない」と。
 まあ、男性には理解できないのかもしれないが、零歳児の育児では、夜中に何度も(夜泣きで)授乳のために起こされるので、まともに睡眠する時間もなくて、慢性的な睡眠不足になる……という母親も多い。女性からすれば、岸田首相の方針は「夢物語」と思えるかもしれない。
 こういう批判に対して、岸田首相は反論した。
 ネット上で《育休中に勉強している時間なんてない》《育児をしていない人の発言》と批判が殺到したのだ。
 岸田首相は、次のように反論している。
 「私自身、3人の子供を持つ親であり、まず子育て自体が経済的にも精神的にも、また時間的にも大きな負担があるということは経験しておりますし目の当たりにしているところです」
( → 岸田首相「子育て経験した」反論も妻は「ワンオペ育児」を告白の矛盾…「全信頼失う」と火に油 | 女性自身

 ところが岸田首相の妻は、その発言を否定して、「ワンオペ育児だった」と告白しているそうだ。記事はこう続く。
 「子育ては広島でお一人でという、今でいう『ワンオペ育児』ですか」と聞かれた裕子夫人は、「そうです。子どもが小さい頃は一人が夜中に熱を出したら他の子をどうするかとか、そういう時は結構大変でしたね」と答えていた。
 この裕子夫人の「ワンオペ育児」発言がネット上で注目を浴び、自身を「3人の子供を持つ親」と主張した岸田首相の発言に批判的な声が相次いだ。
《岸田さんの奥様はインタビューでワンオペだったといってるのに、「私も三人の子育てをしてきた」は流石に全信頼失うね 》
《えーーーw 奥さんワンオペだったって言ってるよw奥さんに話を聞こうね 》
《もう岸田妻がワンオペと言ってるじゃん笑! なのに、育児を経験しましたドヤ、ってよくできるな岸田! 》

 批判についての解説


 こういう批判を浴びせられたことについて、解説する記事も書かれた。
 「子育てのための産休・育休を取りにくい理由の一つが、一定期間仕事を休むことで昇進・昇給で同期から遅れを取ることだと言われてきました」というのは、確かに理由の一つではあるものの、代表的なものではないですよね。
 育休取得しない理由は、「職場が育児休業を取得しづらい雰囲気だった」「会社で育児休業制度が整備されていなかった」「業務が繁忙で職場の人出が不足していた」「自分にしかできない仕事や担当している仕事があった」が、育休取得によるキャリアへの悪影響より断然多いです。
 要するに、会社がしっかり育休を取らせるような体制が作れていないというのが育休取得できない理由の大きなところです。個人が育休中にリスキリングしたところで解決しません。だって、そもそも取りにくいんだから。
 リスキリングより、働き方の柔軟化の徹底・非正規の待遇改善を企業側に働きかけた方がよほど効くはずです。
企業側の対応がまだまだ不十分な中で、「個人が自分からリスキリングしたら全部解決じゃん!」って自己責任論的な提案したら、「いやいやいや」ってリアクションが来るのは当たり前のことです。
 政府としては、産休育休の取得率を上げたいのは、少子化対策が背景にあります。だったら、産休育休の取得については、企業側への働きかけを引き続き継続・強化することを訴えた方がよほどアピールになります。
( → 産休育休 × リスキリング × 日本型雇用システム = 混ぜるな危険! - 斗比主閲子の姑日記

 ここでは、リスキリングに代わる提案(もっとマシな方策)も示されている。
 ただ、それはそれとして、リスキリングが駄目だということも、いくらか解説されている。
 その指摘の核心は、少子化の解決策として、「個人の自己責任(リスキリング)に任せる」という、あなた任せ・労働者任せの方針が駄目だ、ということだ。
 では、どうしてそれが駄目なのか? 育児中に勉強して技能を高めるということ自体は、(できる・できないは別として)、特に悪いことでもなさそうなのに、なぜこれほどにも批判されるのか? 

 リスキリングの本質


 そこで本質を示そう。この問題の本質は、次のことだ。
 「育児中に技能を高めることで、業務上の遅れが生じるのを取り戻す……という(リスキリングの)目的は、あくまで企業の都合によるものであって、労働者の都合によるのではない」
 これは次のことに似ている。
 「男の好みに合わせるために、女性が自らを改造しようとする」
 それと同様に、次のようにしたがる。
 「企業の都合に合わせるために、労働者が自らを改造しようとする」
 このことがリスキリングの目的だ。だが、それはあくまでも企業の都合よる方針であって、労働者のための方針ではないのだ。
 実は、岸田首相の方針は、あくまでも「企業のために労働者を利用してやろう」という企業寄りの視点があるだけで、「国民のために企業を利用してやろう」という国民寄りの視点がないのだ。本当は、「企業なんてものはしょせんは人間のためにある構造物であって、主体となるのは人間なのだ」と言えるのだが、岸田首相にはそういう認識がないのだ。

 では、なぜそう言えるか? それは、次のことがあるからだ。
 一般に、「職業訓練で技能を高める」という方針は、一人一人の労働者には有効だが、労働者全体にとっては有効ではない。(マクロ経済学的な視点による。)
 なるほど、「職業訓練で技能を高める」という方針を取ると、その人は雇用されやすくなる。だが、それで雇用される人は、その人だけだ。その人が雇用されれば、その分、他の人が雇用されなくなる。差し引きして、全体では、雇用される総数は変わらない。
 比喩で言おう。椅子が 8個あって、人が 10人いる。人がグルグル回って、合図によって、いっせいに坐ろうとする。すると、上手な人がうまく椅子に座れるが、その分、別の誰かがあぶれる。誰かが技能を高めても、座れる人が交替するだけだ。結局、各人がいくら技能を高めても、総数では座れる人数は同じなので、あぶれる人は救われない。
 それと同様だ。個人が努力すると、企業にとって好都合な人になるが、その場合、その個人は救われても、全体では総数は変わらないままだ。誰かが救われれば、誰かがあぶれる。技能の高い人は雇用されても、技能の低いはあぶれる。とすれば、総数は何も変わらないままだ。各人がいくら技能を高めても、全体を見れば効果は変わらないのだ。

 以上は、雇用の有無で説明したが、雇用上の優劣でも同様だ。
 リスキリングは、育休を取った人が、取らない人に対して、「遅れを取り戻す」というのが目的だ。つまり、相対的に劣るのを回復するのが目的だ。だが、(同年代の)全員が育休を取るなら、全員が劣ることになる。ならば、差し引きして、相対的な優劣はないことになる。(全員が一歩後退するなら、相対的な差はなくなるわけだ。)
 だから、「(同年代の)全員が育休を取る」ということを前提とすれば、リスキリングをしなくても不利にはならないのだから、全員がリスキリングなしで過ごしていいのだ。
 なのに、そうならないとしたら、「育休を取る人と取らない人が、併存する」からだ、ということになる。その場合、「育休を取らない人が、育休を取る人に比べて、優位に立つ」ということが起こる。
 だが、それを前提とするということは、「育休を取らない人がたくさんいる」ということ、つまり、「非婚の人がたくさんいる」ということになる。
 つまり、「リスキリングをすると有効だ」という岸田首相の方針は、「少子化の解消が失敗しているという状態が続く」ことを前提とした政策なのだ。「少子化がこのまま続いて、非婚化が続くでしょう。その場合、子育てをする人が、独身者に対して後れを取らないためには、リスキリングが必要です」と言っているわけだ。
 これではもはや、本末転倒 または 自己矛盾ふうだ。(少子化阻止という目的は達成されないことを前提としているからだ。)

 上記を企業の視点から言えば、こう命じたがっていることになる。
 「労働者は育休なんかなるべく取るな。できれば、生涯独身で過ごせ。生涯独身ができずに、結婚するなら、独身者に負けないように、育休中もリスキリングをしろ。育児で忙しいなら、睡眠時間を削れ。とにかく育児期間中も仕事から離れられないような仕事ロボットになれ。労働者は企業のための仕事ロボットになれ。育休中もロボットとして学べ」
 
 結局、岸田首相の方針は、一見、労働者のためだと見せかけて、実は、企業の都合で言っているのにすぎないのだ。それが岸田首相の「リスキリング」の本質である。

 正解は? 


 では、かわりにどうすればいいのか? リスキリングをして企業のために学ぶのでなければ、労働者は何をすればいいのか? 
 その正解は、上のことからすぐにわかる。こうだ。
 「労働者は育休中に、何もしなくていい。何かをするべきだとしたら、労働者ではなく、企業の方だ。企業の方が、何かをなすべきだ」
 では、企業は何をなすべきか? 簡単に言えば、こうだ。
 「企業は、自らの利益を増すために行動するのではなく、国全体の少子化を阻止するために行動するべきだ」

 ここでは、次のことは成立しない。
 「企業が、自らの利益を増すために行動すれば、自動的に、国全体の少子化が阻止される」
 これは、一種の性善説であり、また、超楽観主義である。
 だが、実は、こんなことは成立しないのだ。そのことは歴史的に判明している。次のように。
 「企業が自らの利益を増すために行動して、労働者の労働環境をどんどん悪化させていったから、労働者は結婚することも出産することもできなくなって、国全体の少子化が進行していった」
 これが現実だ。そこでは「神の見えざる手」なんかとはまったく別の原理が働いていることになる。それはいわば、「奪い合い」のようなものだが、より正確には、「強者による強奪」に近い。
 そうだ。ここにこそ、真実があり、物事の核心がある。ここに着目するべきだ。そうすれば、国がどういう対策を取るべきかも、自然にわかるだろう。

  ※ 次項に続きます。



 [ 付記 ]
 では結局、個人は育休中にリスキリングをするべきなのか? どうなのか? それに答えよう。こうだ。
 「育休中にリスキリングをするかどうかは、あくまで個人に委ねられる。できる人・したい人は、すればいい。だが、できない人・したくない人は、しなくてもいい。どうするかは、あくまでも個人の判断しだいだ。自分の人生は自分で決めていい。
 一方、育休中のリスキリングを少子化対策として掲げてしまったところに、岸田首相の難点がある。ただし、この方針は、所信表明・施政方針演説には含まれていない。国会答弁でなされただけだ。それも、弱い形で。
 岸田首相は「育児中など、様々な状況にあっても主体的に学び直しに取り組む方々をしっかりと後押ししていく」と語っていたに過ぎません。つまり、育児中の場合も含めて学び直しに取り組む人を支援するということであり、必ずしも「育休中は時間があるだろうからリスキリングに時間を費やして欲しい」という意味ではないようにも感じます。
 しかしながら、もし世間からの批判は誤解だったのだとしても、あの答弁にはいくつもの大きな問題が含まれていました。その1つは、リスキリングを育児や育休という言葉と連動させる形で用いてしまったことです。
( → 「育休リスキリング」炎上問題、そもそも岸田首相に欠けている認識とは リスキリングと育休は別次元のテーマ | JBpress

 結局、育休中にリスキリングをするかどうかは、あくまで個人に委ねられるのだが、岸田首相は、そこを少子化対策として掲げてしまったのが、まずかった。自らのやるべきことを見失っていたと言える。迷走中。嵐のなかで羅針盤を失った船のように。



 [ 参考 ]
 「リスキリング」は、以前は「スキル・アップ」と呼ばれていた。通常、情報技術者など、最先端の知識を学ぶ必要のある知的労働者を対象としている。

 一方、現場の肉体労働者・単純労働者は、スキルをアップする必要がないので、話の対象外だ。また、機械工学のエンジニアなどは、紙上の学習よりも現場の研究が大切なので、これも話の対象外であるようだ。……これらの人々は、無給で学習労働するより、有給で学習労働する方がいいだろう。

 他方、最先端の知識を学ぶ必要のある知的労働者(個人営業)ならば、リスキリングの意義はある。
 たとえば、医者・歯科医がそうだ。山本一郎の妻という例がある。
  → 育休中に勉強もしないようなやつ、まずいんじゃないの|山本一郎|note
 社会学者(大学准教授)の事例もある。下記の 【 関連項目 】 だ。



 【 関連項目 】
 リスキリングの余話として、次の話がある。
  → 産休中「休まなかった」私、実はやらかした?:朝日新聞

 ※ 「リスキリングして頑張りすぎた私」という趣旨の話。冨永京子という人の体験談。

 
posted by 管理人 at 23:58| Comment(1) | 一般(雑学)6 | 更新情報をチェックする
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 [ 付記 ] を加筆しました。
Posted by 管理人 at 2023年02月08日 10:29
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