2023年01月19日

◆ 東電経営陣に無罪判決

 福島原発事故を起こした東電の経営陣に、高裁で無罪の判決が出た。なぜ無罪か?

 ──
 
 民事裁判では東電に責任を認めたのに、刑事裁判では東電経営陣に責任を認めなかった。そういう差が出たのは、民事に比べて刑事では厳密な責任立証が求められるからだ……というのが、朝日新聞の解説だ。
 原発事故の刑事責任が問われた東京電力の旧経営陣の裁判で、東京高裁は「当時の知見」を根拠に、検察官役の主張をことごとく退けた。犯罪の成立の可否を判断の前提にした刑事裁判と民事裁判の立証ハードルの違いも改めて浮き彫りになった。
 検察が2回不起訴とした判断を検察審査会が覆した事件で、刑事責任を立証する難しさはかねて指摘されてきたが、一審・東京地裁判決は、検察官役の指定弁護士の主張に十分応えていないと批判された。
 大東文化大の山本紘之教授(刑法)は「個人に刑罰を科す刑事責任の方が民事責任よりも厳格な認定が必要だが、原発という大きなリスクを伴う施設に関する刑法上の注意義務は高度なものが求められるべきだ」と指摘。
( → 津波対策は「後知恵」と断じた高裁判決 原発事故の刑事責任に高い壁:朝日新聞

 だが、ここはあまり本質的ではないと思う。なぜなら、刑事責任を立証することは、すでになされていたからだ。ところが高裁はその点を軽視する。
 指定弁護士が特に問題視したのは、一審が、事故の回避措置としては「原発停止しかなかった」と断定した点だった。指定弁護士は、防潮堤建設や建屋の浸水対策などでも事故は防げたと主張し、原発停止より実施しやすい対策さえとらなかったことを前提にすれば、刑事責任が認められると訴えていた。
 だが高裁判決は、これらは事故後の知見を元にした「後知恵」だと断じ、「3人の責任を論じる上で採用できない」と退けた。

 ここに問題がある。《 これらは事故後の知見を元にした「後知恵」だと断じ 》というが、それは弁護士の指摘した点(上記のこと)についての、ただの揚げ足取りだろう。
 なるほど、弁護士が主張しているのは、事故のあとの主張だから、「後知恵」だと見なしたい気持ちはわかる。しかし、そんなことを言い出したら、裁判の理屈はすべて「後知恵」(事後の論拠)なのだから、あらゆる裁判が無意味になってしまう。「弁護士の主張は後知恵だ」というような高裁の判決は、裁判そのものを否定するのにも等しい。馬鹿げている。

 では、どうすればいいか? 弁護士の主張が後知恵であるかどうかを判定するのではなく、原発事故の起こった時点においてすでにその指摘(防潮堤建設や建屋の浸水対策の必要性)があったかどうかを調べればいい。では、それはあったか?
 そのことは、朝日の記事にいくつか記してある。具体的に言えば、こうだ。
  ・ 防潮堤建設や建屋の浸水対策という具体的工法までは言及されていない。
  ・ ただし、何らかの津波対策が必要だという指摘は出ていた。
  ・ なのに、東電経営陣がその指摘を無視する決断をした。


 具体的に言うと、保安院の指摘に対して、社員から対策の必要性を唱える声が出ていた。
 一審の証言では、東電子会社が試算した「15.7メートル」の津波予測をもとに、津波対策の必要性を上層部に訴えていた社員もいた。
( → (時時刻刻)津波浸水対策は「後知恵」 東電旧経営陣の刑事責任、立証ハードル 高裁判決:朝日新聞

 今回は公開の裁判が開かれたことで「事故前に巨大津波を想定し、対策を進めようとしていた」という東電社員の供述調書などの存在が初めて明らかになった。
( → 見解不合理、容認できない判決 指定弁護士、上告を検討 東電旧経営陣、再び無罪:朝日新聞

 原発は事故を起こせば手をつけられなくなり、周辺に取り返しのつかない被害をもたらす。このため厳しい安全管理が求められてきた。不確実でもそれなりの可能性があるなら、最悪の事態に陥らないように手を打つ。これは事故前からあった安全の考え方だ。
 少なくとも、福島沖での津波地震発生は否定できる状況にはなかった。だからこそ担当社員も、対応の準備を進めていた。だが旧経営陣は動こうとはせず、報告待ちに終始した。
( → 津波対策は「後知恵」と断じた高裁判決 原発事故の刑事責任に高い壁:朝日新聞

 このように社員は対策しようとしていた。なのに経営陣は対策しようとしなかった。
 なぜか? なぜあえて福島原発を起こして、東北地方に莫大な被害をもたらすような、最悪の決断をしたのか? それを謎に思う人も多いだろう。だが、理由は簡単だ。「金」である。
 原発のために防潮堤の工事をすれば、(1箇所につき数千億円という)莫大な費用がかかる。「そうすると、会社利益が莫大に減るので、まずい」と思ったのだろう。
 実を言うと、防潮堤の工事をしても、そのコストの分は、電力料金を値上げすることによってまかなわれるから、会社の利益にはまったく影響しない。(電力が公定料金制度になっていることが理由だ。もともと地域独占による固定料金だから、市場原理などは働かないのだ。国の許認可だけで電気料金は決まる。)


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勝俣恒久社長(2002年)
出典:時事


 東電社長・会長だった勝俣恒久は、ぬるま湯的だった東電の体質を合理化して、コストダウンする体質に変えようとした。といっても、コストダウンを「会社の利益のため」と口にすると批判を受けそうだから、「消費者のため」「料金引き下げのため」というふうに口に出した。
「これまで発電所建設では効率化より信頼度に比重が多少寄っていたことは確かだ。信頼度が多少危うくなっても値下げを追求するよう発想を変えた。今つくる発電所はコストPで負けませんよ」(出典:アエラ)
( → 勝俣恒久 - Wikipedia

 「信頼度が多少危うくなっても値下げを追求する」
 そういう発想で会社を改革してきたのだ。当然、「原発事故が起こるような危うさがあってもいいさ」というふうに信頼度を危うくする方針が取られたのだ。コストダウンのために。
 かくて、コストのかかる津波対策は一切、取られないことになった。……ここに東電の本質がある。

 これに対して、「弁護士の主張は後知恵だ」などと認定する高裁は、まったく物事の核心を理解していない、と言えるだろう。

 《 加筆 》
 勝俣恒久は、「合理的な方針で多額の利益を上げる優秀な経営者」という名声を得ていた。彼の人生の方針は、(株主から見て)優秀な経営者であることだった。……そこには、株主の私的な利益を重視する目的だけがあり、「安全性」とか「環境保護」とかの公共的な目的はなかった。
 これは、自民党の政治家の価値判断と同様である。多くの自民党議員や安倍首相なども同様の価値判断を持っていた。こういう「金こそがすべて」という体質こそが、「(金のかかる)原発事故対策をしない」という方針につながったのだろう。



 【 関連項目 】

 政府の責任はどうか? 前に言及したことがある。
 先の項目には記していなかったが、津波対策をしなかったのは、(安倍首相ではなく)東電である。
 安倍首相が拒否したのは、津波対策ではなくて、津波が来たあとの事故対策。
( → 安倍首相が原発の事故対策を拒否: Open ブログ

 政府がサボったのは、津波が来たあとの事故対策。
 津波対策をしなかったのは、(安倍首相ではなく)東電である。このことについて悪いのは、一義的には東電であると言える。(ただし政府にも監督責任はあるが。)

 ※ 詳しくは上記項目を参照。


posted by 管理人 at 23:14| Comment(3) |  放射線・原発 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「理由は金だ」
 それもあるでしょうが、もっと大きな理由は建前ではないかと思います。つまりそれまで原発は100%安全だと言っていた手前、後になって安全対策を追加することができなかったのではないでしょうか。100%安全というのは技術を知らない人が使う表現ですが、そのために反対側と東電側両方の手足を縛ってしまいました。100%安全論を展開していたマスコミにも大きな責任があると思っています。
Posted by よく見ています at 2023年01月20日 09:27
> 建前

 とはいっても、「タダで防潮堤工事ができて、津波対策ができる」となったら、誰だってタダで対策するよね。気違いレベルのバカでない限りは。
Posted by 管理人 at 2023年01月20日 09:32
 最後に 《 加筆 》 の箇所を追加しました。
Posted by 管理人 at 2023年01月20日 09:54
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