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火災の避難訓練や、地震の避難訓練は、しばしばなされる。これらの重要性はすぐにわかるだろう。そのおかげで助かった命の事例も多い。(やらなかったせいで死んでしまった例もある。大川小など。)
災害については避難訓練がしばしばなされるが、一方、事故への訓練はなされていないことが多い。たとえば、AED は用意されていても、AED を使う訓練はなされていない学校が多い。
エピペン

朝日新聞の記事によると、アレルギーのアナフィラキシー・ショックに対処するためのエピペン(エピネフリン・アドレナリン)の注射を打つ訓練ができていない学校が多いようだ。一方で、ある幼稚園では、訓練で問題点を発見したので、以後はその対策ができたそうだ。これはすばらしい。
事故の経過に沿い、園でストップウォッチを手に訓練をしたところ間に合わず、対応を改善したという。
( → 知る、救うために 給食アレルギー、14分でできた事 異変、すぐエピペン注射:朝日新聞 )
「ストップウォッチを手に訓練をした」というのは、次のことが理由だ。(同じ記事)
報告書にはこうあった。
《気分が悪いと訴えてから14分間の対応が生死の分かれ目になっている》
校長がアレルギーに有効な自己注射薬「エピペン」を打つまでの14分間。先生たちは職員室を行き来して救急車を呼んだり保護者に連絡したり、混乱していた。
エピペンを早く打っていれば《命を守れたのではないか》とも書かれていた。
なお、 訓練の必要性については、こうある。(同じ記事)
報告書にはこうも書いてあった。
《わずかな時間の中で多くの者が夢中になって駆けずり回った。しかし一人の女の子の命を守れなかった》
倒れた生徒を見て、教師は必死に駆けずり回った。だが、あわてふてめくばかりで、何をなすべきかがわからなかった。エピペンは生徒本人のランドセルに入っていたのに、それを使うべきだということを理解できないまま、あわてて走り回ることしかできなかった。救急車がくるのを待っていたようだが、生徒の命を救うのは、救急車ではなくて、手元にあるエピペンだったのだ。
別の記事にはこうある。(同じ事件)
生死を分けたのは、気分が悪いと訴えてから14分――。2012年12月の沙清さんの事故を調べた市の検証委員会は、こう結論づけた。
最初の約5分で先生たちは集まれていた。
勝沼医師は「もっと早くエピペンを打てていれば救えた命だった」と悔やんだ。一方で、注射を打っていいのかためらう先生たちの気持ちも理解できた。子どもが嫌がった場合はなおさらだ。
アナフィラキシーショックの場合、30分以内にエピペンを打てるかどうかで救命率が大きく変わる。
( → 教職員は5分で集まれていたのに… 遅れたエピペン、小児科医の悔恨:朝日新聞 )
何よりも大切なのは、訓練だったのだ。
そして、このことは、アナフィラキシーショックに限らない。どのような事故についても、あらかじめ訓練をしておくことが大切だ。火災しかり。地震しかり。津波しかり。
事故や災害については、あらかじめ十分に対策や訓練をしておくことが大切なのだ。ただし、見当違いのことをしないように注意しよう。
※ たとえば、国防のためと称して、トマホークやイージス・システムを整備するのは、愚の骨頂と言える。(前項)