2022年12月24日

◆ E.マスクの壮大な勘違い

 イーロン・マスクはツイッター社で強引な改革を進める。なぜか? それは彼が、経理に無知であって、壮大な勘違いしているからだ。

 ──

 イーロン・マスクはツイッター社で強引な改革を進める。なぜか? なぜ彼はそれほどにも強引な改革を進めるのか?
 彼自身の説明は、こうだ。
 ツイッターが見込んでいた来年の費用は約50億ドル(約6600億円)。ツイッター買収のための借り入れで125億ドル(約1.7兆円)の借金を抱えており、米国で利上げが進むなか、利払いが15億ドル(約2千億円)ほどになるという。こうした状況で「何も変えていなければ、来年は65億ドルの現金の流出となっていた」と話した。
 一方で、売り上げは30億ドル(約4千億円)ほどで、(お金の出入りを示す)キャッシュフローは30億ドルほどのマイナスを見込んでいたという。
 「だからこそ、この5週間で狂ったようにコスト削減をしてきた」。マスク氏はそう訴えた。
( → 「エンジンに火がついた飛行機」 マスク氏、ツイッターの苦境を吐露 [マスク氏とツイッターの動向]:朝日新聞

 これは壮大な勘違いだ。なぜそんな勘違いをするかというと、彼が経理について無知だからだ。
 では、正しくはどう考えるべきか? 以下で説明しよう。

 ──

 まず、上の記事には、次の二点が示されている。
  ・ ツイッター社の買収のための借り入れで125億ドル(約1.7兆円)の借金がある。
  ・ ツイッター社の利払いが15億ドル(約2千億円)ほどになる


 だが、よく考えると、これはおかしいとわかるだろう。ツイッター社を買収するための借金について、その返済は、誰がやるべきか? 買収した方のマスクがやればいいのであって、買収された方のツイッター社がやる必要はない。これが基本原理だ。このことをしっかりと理解しておこう。
 
 ただし、ここで特別な操作がなされた。SPC(特別目的会社)を使う手法だ。
 「買収用の SPC を作って、買収資金を借り入れて、買収完了したら、SPC と買収先を合併する」
 これによって、SPC が借り入れた借金を、合併後の会社に押しつける。
 すると、こうなる。
  ・ 合併前:旧ツイッター社(事業会社)
  ・ 合併後:新ツイッター社(事業会社 + 借金)


 旧ツイッター社は、ただの事業会社だった。
 新ツイッター社は、事業会社と借金(2兆円)の合体だ。

 これで株主はどうなるかというと、損も得もない。以前は「旧ツイッターの保有会社」が2兆円の借金を負っていたが、以後は「旧ツイッター社と保有会社の合併会社である新会社」が2兆円の借金を負っている。形式的には異なるが、実質的には同じである。何も問題はない。

 さて。ここで考えよう。この2兆円を、新ツイッター社は返済する必要があるか?
 「ある」とマスクは考えた。「新ツイッター社も旧ツイッター社も同じである。どっちにしても2兆円の借金を負っている。借金は返済しなくてはならない」と。
 そう思ったので、「利払いの15億ドル(約2千億円)を何としても返済しなくてはならない。さもなくばツイッター社が倒産して大変なことになる」と判断した。そこで、気が狂ったように大量の解雇をして、ツイッター社の人員を大幅に削減した。(半減させた。)

 だが、そもそもそんな必要はなかったのである。なぜなら、その赤字は、事業によって生み出された赤字ではなく、保有会社の借金によって生み出された赤字(利払い費)であるにすぎないからだ。
 ツイッターの保有会社の借金を、ツイッターの事業会社が支払う必要はない。仮に、そんなことを認めたら、マスクの借金をツイッター社が肩代わりすることになる。換言すれば、ツイッター社の社員が奴隷と化して、大幅な富を生み出して、ツイッター社の購入資金(2兆円)をマスクにプレゼントすることになる。

 要するに、マスクが主張していることは、こうだ。
 「ツイッター社を買収するために、おれは2兆円の借金をして、大変なんだ。おれの2兆円の借金を返済するために、ツイッター社の社員は奴隷と化して、おれに2兆円の富を寄越せ。そうすれば、2兆円の借金が消えるので、おれは助かる」
 その結果は、こうなる。
 「2兆円の借金をして、2兆円分の株を所有した。その後、2兆円の借金は、授業員を奴隷化することで、うまく解消した。結果的には、2兆円の借金は消えて、2兆円分の株式が手元に残った」
 簡単に言えば、こうだ。
 「従業員を奴隷化することで、2兆円分の富をまんまとせしめたい。従業員を徹底的に搾取したい」
 そのためにこそ、大幅な人員削減をしているのだ。


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 以上が、彼のやっていることの真実だ。
 ところが、彼自身は、そのことに気づかない。新ツイッター社と旧ツイッター社の区別ができない。保有会社の借金と事業会社の借金が区別できない。保有会社の借金を事業会社の借金だと思い込む。……こういうふうに、経理上の勘違いをする。そのせいで、「保有会社の借金」について、「事業会社の借金(赤字)を解消しなくては」と思い込んで、やたらと借金の返済に邁進する。これは、いかにも馬鹿げたことだ。

 では、それが馬鹿げているのなら、正しくは、彼はどうすればよかったのか? こうだ。
 「保有会社の借金は返済する必要がない」
 つまり、こうだ。
 「2兆円の借金については、返済する必要がない」
 つまり、こうだ。
 「2兆円については、ずっと借りっぱなしにしておけばいい。ただし、赤字が雪だるま式に膨らむとまずいので、利払いだけはしておけばいい。利払いだけをして、借金の本体はずっと借りっぱなしにしておけばいい」

 では、借りっぱなしにするとして、それはいつまでか? 永久に借りっぱなしにするわけにはいかないから、数年後(5年後程度)とすればいい。
 そして数年後(5年後程度)に、経営を立て直したら、そのとき、ツイッター社を上場して、ツイッター社の株式を売却すればいい。(このツイッター社は、新ツイッター社。)
 すると、どうなる? 借金した2兆円分の株式を売却することになる。このとき、ツイッター社の経営が好転していれば、最初の2兆円を上回る価格で売却できるだろう。たとえば、経営状況が劇的に向上していれば、その分の株式を(2兆円でなく)4兆円で売れる。すると、借金の2兆円を返済しただけでなく、利払い費(年 2000億円の5年分で1兆円)を差し引いても、まだ1兆円の差益が残ることになる。

  4兆円 − 2兆円 − 1兆円 = 1兆円
 売却代金   購入費   利払い   差益


 逆に言えば、利払い費をまかなうためには、ツイッター社の株式価値を、その分だけ急成長させる必要がある。マスクがツイッター社を購入したときのツイッター社の株式価値は4兆円程度だったが、それをマスクは6兆円で購入した。そして数年後、上場するときには、10兆円ぐらいの株式価値で売却する必要がある。もともとは4兆円の会社を、10兆円の価値にまで成長させる必要がある。(なぜかと言えば、高利で借金したので、高利の利払いをする必要があるからだ。)

 ──

 以上のような方法が、正しい方法である。つまり、
 「株式価値を向上させてから、数年後に上場して、株式の売却による差益を得る」
 という方法だ。これが正しい。
 つまり、事業で黒字を出すのではなく、資産価値を上げることで(株式売買の)差益を出せばいい。

 ところが、マスクはそのことを理解できない。「株式価値を上げることで、株式の保有会社が利益を上げればいい」ということを理解できない。かわりに、「事業会社が大幅赤字を解消すればいい」と思い込む。ところが、その大幅赤字というのは、事業会社の赤字ではなく、保有会社の赤字なのである。そんなものを、事業会社が負担する必要はないのだが。
 それというのも、彼が、保有会社と事業会社を区別できなくて、ゴッチャにしてしまっているからである。保有会社の借金を、事業会社の借金だと思い込んでしまったからである。だから、「数年後に株式の売却代金で支払う」という方法を理解できずに、「事業会社の事業黒字によって支払うべきだ」と思い込む。そのために、従業員を奴隷化して、従業員から金をむしり取ろうとする。2兆円分も。
(少数の人間で事業を継続することで、労働費用を削減しようとする。)

 ──

 では、彼のその目論見は成功するか? 
 マスク自身は、「成功する」と信じている。
 イーロン・マスク氏は20日、リストラなどのコスト削減によって2023年に30億ドル(約4000億円)相当の資金不足を回避できる見通しだと明らかにした。23年にキャッシュフロー(現金収支)の均衡をほぼ達成するとの予想も示した。
( → イーロン・マスク氏、Twitter人員減で「4000億円の資金不足回避」: 日本経済新聞

 なるほど、人員削減によるコストカットによって経費は大幅に削減できるだろう。
 だが、一方で、売上げはどうか? 「売上げは現状維持が、多少の減少」と見込んでいるのだろう。しかし現実は甘くない。
 主な収入源としている広告も激減した。デジタルマーケティング会社パスマティックスによると、今月17日の時点でツイッターの大手広告主100社のうち、72社がツイッターへの広告出稿を見合わせている。
( → 米ツイッター、また従業員解雇 イーロン・マスク氏の下で削減続く - CNN

 広告が激減しているのだから、売上げもまた激減していることになる。いくら有料会員を増やそうとも、現状で売上げの9割を占めている広告収入が激減してしまったら、収益は大幅に悪化する。

 ではなぜ、広告が大幅に減少しているのか? 人員削減をしたからだ。ヘイトツイートの監視・排除をするための人員を大幅に削減したせいで、ヘイトツイートがあふれ、ツイッター社会の良識が保たれなくなり、一挙に野蛮な場になってしまう。そういう懸念があるので、そこに関与したくない広告主が、どんどん逃げ出しているのだ。
 つまり、人員削減をすればするほど、コストが減るだけでなく、売上げもまた減ってしまうのだ。そして、売上げが減るということは、企業価値が減るということだから、株式価値が減るということにもなる。こうなったら、株式の上場益を狙うこともできない。

 だが、そうなるのも仕方ない。なぜなら、マスクはもともと「株式の上場益を狙う」ということを考えていないからだ。株式の売却で借金を払うのではなく、事業会社の利益で借金を払おうとしているからだ。
 結局、経理の知識がないと、狙いそのものを間違えてしまう。そのせいで、やってはならない「人員削減」という方針を過剰にゴリ押しして、企業価値を損ねて、売上げを大幅に減少させてしまう。あとに残るのは、「企業価値を損ねた、ゴミのような企業」となるだけだ。

 目先の富を得ようとすると、長期的な富を損ねて、かえって損をする。舌切り雀も、似たような教訓となる。
 しかしマスクは、その教訓を理解できない。



 [ 付記1 ]
 「でも毎年 2000億円の利払いは大変だよ」
 と思う人もいそうだが、全然、大丈夫だ。というのは、イーロン・マスクはテスラ株を大量に持っていて、そのテスラ株からの配当があるからだ。
 マスクの総資産は 27兆円。そのほとんどがテスラ株だ。配当だけで1兆円以上ありそうだ。その金で、2000億円の利払いは、余裕でまかなえる。
 そもそも、2000億円の利払いをするべきは、2兆円の借金をしたマスク(または保有会社)の方であって、ツイッター社(事業会社)ではないのだ。利払いをするならば、マスクが自分で利払いをすればいい。ツイッター社に借金のツケ回しをするのは、邪道というものだ。虫が良すぎるとも言える。
 そして、そんな虫のいい話を狙うから、結局は強引な人員の削減をして、会社価値そのものを損ねてしまって、大損する結果になる。目先の富を追い求めて、全体価値を大幅に損ねる。

 [ 付記2 ]
 後任の CEO をマスクは探しているが、見つかるだろうか? 見つからないだろう。なぜなら、マスクがこう要求するからだ。
 「毎年 2000億円の利払いをやれ」
 まともな経営者ならば、その要求にこう答える。
 「その利払いの借金は、おまえの借金だろ。おまえの借金を、どうしてツイッター社が尻拭いする必要があるんだ? おまえの借金は、おまえが払え。ツイッター社にツケ回しするな」
 そして内心ではこう思うはずだ。
 「これだから経理に無知な素人は困るんだよ。借金があるときに、どっちに借金があるかを、区別できない。株式を保有する側と保有される側を、区別できない。ゴッチャにして、単に借金をなくせばいいと思っている。まったく、素人は困るね」
 かくて、まともな経営者ならば、マスクの要請を断る。受け入れるとしたら、よほどの馬鹿だけだろう。マスクの無知さにつけ込んで、馬鹿が利口に見えるような、そういう馬鹿だけだ。そして、そんな馬鹿が CEO 担ったら、それこそ倒産だ。

 ツイッターが倒産を免れるとしたら、本項に書いてあることに気づいて、マスクが経理の勉強をした場合だけだろう。

 [ 付記3 ]
 テスラ株は今年に入って、暴落した。マスクの財産は約 50兆円から半減した。どうしてこうなったか? ツイッター社の株式の売却資金を得るために、テスラ株を市場で大量売却したからだ。4兆円ものテスラ株を売却すれば、テスラ株が暴落するのは当然だ。
 ここでは、マスクは4兆円の手持ち資金を得たが、同時に、テスラ株の暴落を通じて、総資産の大幅減少( 50兆円からの半減)を招いたわけだ。あまりにも馬鹿げたことをやった、と言えるだろう。
 結局、ツイッター社を購入したせいで、20兆円程度の損失をこうむったことになる。馬鹿丸出しと言える。彼が経理や金銭勘定や投資のことを何も理解できていない、ということが、ここでも明らかになったと言えるだろう。
 どうせなら、テスラ株を売却しないで、テスラ株を担保にして、低利で融資を受ければ良かったのだ。それなら、利払いで 2000億円を払う必要もなかった。(年利 12%の高利で融資を受けたのだから、とんでもない愚行と言えるだろう。馬鹿丸出し。)



 [ 参考 ]
 株式買収に SPC を使う方法は、「レバレッジドバイアウト」とも言われる。これについては、下記に説明がある。
  → レバレッジドバイアウトの説明



 【 関連項目 】

 → Twitter はつぶれるか?: Open ブログ



 【 追記 】
 上の [ 付記1 ] では、「テスラ社の配当の金を使えばいい」と記した。だが、調べてみると、テスラ社は配当金がゼロだった。これでは「配当を使う」という手法は使えない。この件、訂正します。

 ただし、形式的には使えないが、実質的には問題ない。なぜなら、テスラ社が「配当金ゼロ」というのは、利益が上がらないからではないからだ。利益が上がらないどころか、利益率は 17%に達しており、これはトヨタの8倍にもなって、業界トップだ。だから、十分に配当を出せる。なのに、なぜ配当を出さないかというと、株式本体の価値を上げるためである。
 一般に、配当を出さないと、その分、株式価値は上がる。換言すれば、株式価値を上げるためには、配当を出さなければいい。たとえば、配当を 10%とすれば、その配当を出さないことで、株価が 10%上がる。……こういう形で、テスラ社の株価はうなぎ登りで上がっていった。

 とすれば、テスラ社の配当がゼロでも、実質的には(大株主の)マスクは、テスラ社から巨額の収益を上げているのと同様である。その金を(配当金のかわりに)ツイッター社を保有することの借金の穴埋めに使える。だから、上の [ 付記1 ] で述べた方針は、そっくりそのまま使える。
 [ 付記1 ] は、特に大きく訂正する必要はない、とも言える。形式的には訂正を要するが、実質的には何も訂正しなくて大丈夫。
 
 
posted by 管理人 at 23:58 | Comment(1) | コンピュータ_04 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 最後に 【 追記 】 を解説しました。
 テスラ社の配当がゼロであることと、しかし実質的には大幅配当しているのと同じだ、ということ。その解説。
Posted by 管理人 at 2022年12月26日 09:31
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