コスタリカ戦では、致命的な敗因となった凡ミスがあった。「ヨシ」と思ったせいで。
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前項では、こう述べた。
「日本の敗因は何か?」という問いに、「これが敗因だ」と示すことを期待されそうだが、「これだ」という特定のポイントはない。はっきり言って、「弱いから負けた」のである。特定のミスのようなポイントがあったのではない。
確かに敗北の主因は「日本が弱かったから」だ。だが、細かく見れば、「これが敗因だ」と示すことのできる点がある。具体的な敗因となるミスを示すことができる。

こういう現場猫みたいな やらかしをした人がいる。「ヨシ」と思ったせいで、「マたヤった」という選手だ。ボーンヘッドと言ってもいいし、凡ミスと言ってもいい。
下に3枚の画像がある。右端の選手から受けたパスを、中央の選手が受け止めて、そのボールを空中に高く蹴った。ボールがふわりと空中に浮かんでいる間に、落下点に向けて、味方選手と敵選手が駆け寄る。
(1枚目は蹴った瞬間。2枚目と三枚目は、ボールが浮遊している状態。)



この後、画面の左側の欄外にいる選手が、落下点に駆け寄って、ボールを奪って、アシストした。画面右側にいる相手選手が、それを受け取って、シュートして、ゴールとなった。コスタリカ1点!
というわけで、こんなふうにボールを浮かせるというミスをした選手が、直接の敗因となったわけだ。「ヨシ」と思ったせいで、「マたヤった」という選手の名前は、吉田麻也だ。
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ネットでは、吉田麻也を「戦犯だ」と批判する声が多い。
→ 吉田麻也痛恨ミスに心ないSNS批判再燃 今こそ日本が一つになるときに… | 東スポWEB
→ 吉田麻也 痛恨ミスでインスタに「お前のせいで負けた」「戦犯」と心ない声 | 女性自身
だが、吉田麻也の責任にして済むという問題でもない。それよりは監督の責任の方が大きいと思う。では、なぜか?
そもそも、吉田麻也がミスをしたのは、なぜか? 敵の選手が詰め寄ったので、「ボールを奪われそうだ」と思った。そこで、ボールを奪われる前に、あわてて手放そうとしたからである。
では、彼がこういう判断ミスをしたのはなぜかといえば、終盤になって、体が疲れて、頭がうまく働かなくなったからだ、と推定できる。(私の個人的な推定だが。)
その裏付けとなる事実はある。次のことだ。
「吉田麻也は、これまでも何度も、とんでもない凡ミス(ボーンヘッド)をやらかしてきた。そのいずれも、試合終盤の疲れているときに起こった」
たとえば、次の例がある。
日本は主将のDF吉田麻也(サンプドリア)が全3失点に絡むまさかの"大失態"を演じた。
後半10分にエリア内で不用意に相手を倒して痛恨のPK献上。先制を許し、「僕個人のミス。あれで試合を壊してしまった」と唇をかんだ。同31分には相手のロングボールの処理を板倉、シュミットとお見合い。連係ミスを突かれ、自陣ゴール前でボールを失って2失点目。終了間際にも吉田の縦パスを前向きに奪われ、カウンターから3失点目を喫した。
( → まさかの3失点に絡み吉田麻也「僕個人のミス」「価値はパフォーマンスでしか証明できない」:2022年6月14日 )
1点目はともかく、2点目と3点目は試合終盤に起こっている。やはり、疲れ切っている時点だ。そこで、判断ミスをした。つまり、疲れていて頭が働かなくなっている。
ずっと前にも、次の例がある。
→ イタリア戦で痛恨のミス。敗因を“吉田麻也”にするべき理由 (2013年)
実は、吉田麻也が終盤に凡ミスをする事例は、枚挙に暇がない。だから、そうわかっている時点で、吉田麻也を試合終盤で引っ込めるべきだったのだ。選手交代の方針として、必要なことである。特に、吉田麻也の年齢( 34歳)を考えれば、疲労の蓄積ゆえに選手交代は必要だとわかる。
なのに、吉田麻也を交代させなかった。とすれば、その責任は、監督にあるのだ。監督が選手交代の采配を間違えたと言える。
ではなぜ、監督は吉田麻也を交代させなかったのか? それは、監督が「ヨシ!」と思ったからだ。

【 追記 】
吉田麻也のミスを敗因と見なすべきではない。真の敗因は、3点を取れなかったことだ。
仮に3点を取っていたら、スコアは 3−0 となるはずが、3−1 になっただろうが、それは敗因とはならない。勝利のまま、点差が変わっていただけだ。ミスはミスだが、敗因となるには至らない。
真の敗因は、3点を取れなかったことであり、その理由は、組織的なサッカーができなかったことだ。このことこそが真の敗因だ。(前項で述べたとおり。)
吉田麻也のミスを敗因と見なすべきではない……という話。