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五輪組織委における汚職が問題となっている。電通出身の「ボス」みたいな人物が、組織委を牛耳って、巨額の賄賂を懐に入れた。検察は4回の起訴をした。
東京地検特捜部は……受託収賄罪で大会組織委員会元理事の高橋治之容疑者(78)を追起訴した。起訴は4回目。
今回の処分で捜査は区切りを迎えた。立件は計15人となり、高橋被告は5ルートで総額約1億9800万円の賄賂を受領したとされる。
( → 組織委元理事、4回目の起訴 五輪汚職、計15人を立件:東京新聞 TOKYO Web )
高橋治之容疑者が権勢を振るっていたことについては、朝日新聞記事にリアルな描写がある。電通批判をした声に、ボスらしく一喝した。
「皆がコスト削減で必死に努力しているなか、電通にこんなに手数料を払うのはおかしい。計算式をぜひ見直してほしい」
2018年6月の東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の理事会。ある理事が、スポンサー収入に対して広告最大手「電通」が多額の業務報酬を得る仕組みを疑問視し、質問した。
すると、電通OBの理事だった高橋治之被告(78)が怒鳴り声をあげた。
「電通は人も出して、赤字覚悟でやってんだよ!」
電通から出向中の組織委マーケティング局長を名指しし、「ちゃんと答えろよ!」とも促した。局長はうつむいたまま無言だった。
( → 「業界一強」電通に300億円超の報酬か 質問を怒声で封じた元理事 - 東京オリンピック:朝日新聞 )
その背景も記されている。記事はこう続く。
組織委は14年、国内のスポンサー集めを担う「専任代理店」に電通を指名した。電通は指名を勝ち取ったコンペで、スポンサーを集める前に電通が組織委に先払いする「ミニマムギャランティー」(最低保証)として、1800億円もの高額を示していた。
一方、組織委が電通に支払う報酬は、スポンサーからの協賛金に比例して増える契約となり、1800億円までは協賛金の数%、2千億円を超えると12%になった。報酬には、選定したスポンサーが五輪の商標などを使用するサポート業務への対価も含まれていたという。
電通の通常業務の手数料相場は15%とされ、ある電通社員は「五輪が突出して高い手数料というわけではない」と語る。ただ、五輪の国内スポンサー収入は最終的に3761億円に上り、電通は1割弱の300億円超を得たとみられる。
このような問題が起こったのは、どうしてか? 記事には指摘の声も紹介されている。
五輪や電通に関する著書がある作家の本間龍さんは「業界一強の電通が全てを仕切ったこと」が問題の背景にあるとし、……
別の記事には、こうある。
事件が起きた要因を選択式で聞くと、高橋元理事の個人的な資質▽理事会が十分に関与できなかった▽「電通」任せにしていた――という回答が多かった。
組織委は広告最大手の電通にスポンサー獲得業務などを委託し、組織委マーケティング局にも電通から多くの社員が出向していた。
「そこに元電通専務の高橋氏が理事の立場で介入すれば、必ず癒着が起きる」
「実績がある電通に任せておけば大丈夫という安心感があったのではないか。電通に丸投げしてしまったのが間違い」
( → 「みなし公務員理解せず」「言えない空気」…五輪汚職、組織委理事は - 東京オリンピック:朝日新聞 )
また、「対策したのに……」という声もあるそうだ。
大会組織委員会で2016年まで総務局長を務めた雑賀真さん(67)は、組織委元理事の高橋治之被告(78)による汚職事件を報道で知った。悔しさがこみあげた。
「こうした不正を防ぐための仕組みを作ったはずなのに」
改革案も示した。監査部門を事務総長の直轄とし、主要な事業のすべてで法的な問題がないかを確認する仕組みだ。チーフコンプライアンス・オフィサー(CCO)に就いていた都庁出身の雑賀さんは、こうした改革の事務局を担った。
( → 「公正さ軽視」風化した教訓 透明性確保へ、スポーツ界は変われるか:朝日新聞 )
しかしその改革は何ら機能しなかった。
一方で、同じ記事では、電通の力も紹介されている。
競技団体の関係者たちは、こう口をそろえる。「大規模な国際大会を仕切れるのはノウハウ、人的資源を考えたら、電通のほかにない」
07年に大阪で開かれた陸上の世界選手権は、スポーツ界における電通の存在感を広く知らしめた。
スポンサー集めなどマーケティング業務を担った電通が、大会を主管した日本陸連、開催自治体の大阪市と並んで組織委の共同出資者になった。組織委の副会長には電通の会長、理事には副社長が名を連ねた。
公益性が求められる組織の運営に、営利を追い求める民間企業が主体となって関わる。文部科学省から財団法人の認可を受ける際には、「万が一にも電通が不当な利益を得ることがないよう、十分注意を払う」ことを誓約した。
電通が関与していることに、その必要性と問題点が同時に指摘されている。これらは重要な指摘だが、どうも、隔靴掻痒の感がある。何かとても大切なことを指摘しているようなのだが、どこかしら本質をずらしている感じがするのだ。どうも、もどかしい。大切なことがはっきりと明示されていない。
では、それは何か?
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そこで、困ったときの Openブログ。本質を知りたい人のために、ズバリ、ひとことで核心を示そう。それは「利益相反」という概念だ。
この問題の本質は、利益相反だ。
・ 電通は、大会の実務を請け負う業者である。
・ 組織委は、大会の実務を請け負わせる発注者である。
ここで、業者と発注者は、利益が相反する。
・ 業者はなるべく高値で請け負いたがる。
・ 発注者はなるべく安値で請け負わせたがる。
その両者のせめぎあいによって、適正価格が決まる。普通は、それで常識的な価格が決まる。
ところが、今回は電通が組織委を牛耳るようになった。業者が発注者を兼ねるようになった。すると、どうなるか? 元電通マンであった高橋容疑者が、ボスとしてふるまって、組織委を電通や自社(ペーパーカンパニー)の利益のために奉仕させるようになった。
「唯一無二の存在」「ゼロから一を作り出した人」「フィクサー」――。
東京五輪・パラリンピックのスポンサー選定などをめぐり、東京地検特捜部が17日、受託収賄容疑で逮捕した大会組織委員会元理事で電通元専務の高橋治之容疑者(78)。彼を知る人たちは、スポーツ界での存在感を口々にそう評する。
高橋元理事は慶応大学卒業後、1967年に電通に入社。同社のスポーツビジネス拡大に寄与した中心的存在だ。
( → 逮捕された電通元専務、自ら話した力の源泉 五輪組織委の裏で何が:朝日新聞 )
この権勢に基づいて、今回も組織委のなかで勝手にふるまった。
公式ライセンス商品の製造・販売は、組織委のマーケティング局が承認審査を担当した。同局には局長をはじめ、電通から多くの社員が出向していた。
(AOKI側が)高橋元理事に、「申請してもなかなか承認が下りない。どうすればいいですか」と相談した。
高橋元理事は電通時代の後輩のマーケティング局長を上田専務に紹介し、自らも局長に「審査を急ぐように」と伝えたという。
( → 五輪組織委元理事、公式商品の局長紹介 AOKI側に 承認巡る依頼受け:朝日新聞 )
つまり、組織委の担当局長に命じて、組織委方針を自分の好き勝手に動かしていたわけだ。「おれに賄賂をくれた会社を優遇しろ」と。
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以上をまとめよう。
「利益相反」という概念がある。受注する側と発注する側は、利益が相反するのだから、双方を同一人物が兼ねてはいけない。特に、受注する側が発注する側を兼ねてはいけない。そんなことをすれば、受注する側が勝手に値段を釣り上げて、発注する側に損害を与えるからだ。(特に、発注する側が公的な団体である場合には、税金を無駄に食い潰す結果になる。)
ところが今回は、そういうことが起こった。受注する側である電通が、発注する側にまわって、組織委の金を好き勝手に使って、受注する側に利益を供与することになった。そのおかげで、電通はボロ儲けだ。300億円超(上記記事)を、独り占めする形で、濡れ手で粟のボロ儲け。
結局、「利益相反はいけない」という原理を理解すれば、「組織委に電通を入れる」というような馬鹿げたことは、起こらなかったはずなのだ。なのに、「電通はこの分野に詳しいから、電通に任せよう」という発想を取ったことで、「受注者と発注者が同じになる」(実際には、受注者は電通以外であっても、電通の息のかかった企業となる)というふうになって、発注者たる組織委に大損害をもたらしたわけだ。一方で、電通と高橋容疑者は、利益をかすめとって、大儲けしたわけだ。
だから、事件の本質を理解するには、「利益相反」という概念を知ることが大切となるわけだ。
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ちなみに、対策となる例は、すでに記事で報道されている。
電通とスポーツ界との密接な関係が、今回の事件を機に変わり始めている。
高橋元理事が最初に逮捕されてから約2カ月後の10月14日、東京都庁に日本陸連、東京都、スポーツ庁の担当者が集まった。25年に東京で開く陸上世界選手権の運営方法を話し合う会合だった。
07年大会では、この段階で電通が入っていた。今回、広告会社は同席せず、弁護士、公認会計士が招かれた。
( → 「公正さ軽視」風化した教訓 透明性確保へ、スポーツ界は変われるか:朝日新聞 )
ここでは、大会の運営担当者(五輪組織委に相当するもの)には、広告会社が同席しなかった。つまり、排除されていた。……このことも、「利益相反」という概念を理解しておけば、なぜそうしたのかがわかるだろう。「利益相反」という概念を理解すれば、何をなすべきかもわかるのだ。
ついでに言えば、文科省は「万が一にも電通が不当な利益を得ることがないよう、十分注意を払う」ことを誓約させた(上記)のだが、その方針がまったく不十分だったこともわかるだろう。
「十分注意を払う」という方針では全然ダメなのだ。「電通を組織委から排除する」という方針が絶対的に必要なのだ。そのことを理解できなかったという点で、文科省の方針はまったく不十分だった。……それというのも、「利益相反」という概念を理解しなかったからである。
電通ビル
