2022年10月28日

◆ 静岡のバス事故の対策

 静岡で観光バスが横転した事故があった。その再発を防ぐための対策を考える。

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 事故の状況については、かねて推測がなされていたが、このたび運転手をまじえて現場検証したことで、確認されたようだ。
 静岡県小山町で観光バスが横転して1人が死亡、26人が負傷した事故で、バスが下り坂を制限速度の30キロを大幅に上回る速度で走っていたとみられることが県警の調べでわかった。数百メートル手前から断続的にタイヤ痕が残り、反対車線にはみ出したり、横滑りしたりした形跡もあった。県警はフットブレーキのほか、サイドブレーキや排気ブレーキを使ったが、バスを制御することができなかったとみている。
 野口容疑者は「ブレーキがきかなかった」と供述しているという。
 県警はバス車体の検証で、車輪の内側に取り付けられているドラム式ブレーキに焼けた跡があることを確認。フットブレーキを多用したことで、関連部品が過熱してききが悪くなる「フェード現象」が起きたとみている。
( → 観光バス横転、制限速度を超過か 現場で運転手立ち会わせ実況見分:朝日新聞

 参考記事もある。
  → ふじあざみラインをバスで実際に運転してみた 「2速でもこれだけ加速する」 - Togetter
  → 富士山バス横転事故の基礎知識
 
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 以上の話をまとめてみよう。
 通常ならば、2速にシフトダウンすることで十分に減速できるはずだが、この現場では傾斜が急であるらしくて、2速にシフトダウンしてもどんどん加速してしまう。エンジンがレッドゾーンに達してしまう。それでも止まらずにどんどん加速してしまうようだ。そのせいで今回は制御できなくなって、暴走してしまったらしい。
 本来ならば排気ブレーキも併用することで、さらに速度を落とす効果が出るはずなのだが、排気ブレーキを使ったかどうかは不明だ。朝日の記事によれば、「排気ブレーキを使ったはずだ」というのが県警の認識らしい。どうやらドライバーは「排気ブレーキを使った」と供述しているようだ。

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 私の認識を言えば、運転手の(未熟さゆえの)操作ミスが主因だと思う。なぜなら、フットブレーキがいきなり効かなくなることはありえないからだ。フットブレーキは過熱するに従って、だんだん利きが悪くなる。ならば、フットブレーキを何度か使うという異常状況が発生した時点で、速度を極端に落とすべきだった。現場の制限時速は 30km であったようだが、時速 15km か 10km 程度にまで落とすべきだった。(つまり自転車並みだ。)このくらいまで低速にすれば、フットブレーキにかかる負担は弱まるので、フットブレーキを何度も使っても大丈夫だろう。
 なお、それでもまだフットブレーキが過熱する傾向が見られたら、さらに速度を落とせばいいだろう。

 とはいえ、運転手がそうするべきだったとしても、そうすることは禁じられていたようだ。というのは、会社のスケジュール表(旅程)によると、この区間を短時間で駆け抜けることが予定されていたからだ。この義務に従う限りは、低速運転はできないことになる。

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 一方、運転手の初歩的な操作未熟が理由だ、という推測もある。
 警察と自動車メーカーとの調査では、ギアがニュートラルに入っており、エンジンブレーキが利かなかった可能性があるとの検証結果を発表した。バスには、エンジンの故障防止目的で一定の速度を超えている時は一段ずつしかシフトダウンできない構造となっており、レバーを一気に低速の位置に入れても、実際にはギアは減速されず、ニュートラルのままで警告灯と警告音で知らせる仕組みとなっている。このためフットブレーキの踏みすぎによるフェード現象が生じブレーキが利かなたった可能性が高いとみられている。
( → 静岡観光バス横転事故 - Wikipedia

 ギアがニュートラルに入っているのだとしたら、2速走行どころではない。エンジンブレーキはまったく利かなかったことになる。だが、そうなる前に、バスをフットブレーキで一旦停止させれば、ニュートラルを脱することもできたはずだ。
 なのに、そうしなかったとしたら、下り坂の走行の基礎知識もないまま、ずっとフットブレーキだけで下っていたことになる。あまりにも馬鹿すぎるので、とうてい信じられないことだが。……とはいえ、経験も浅い運転手だし、富士山の下り坂は最高難度の下り坂なので、馬鹿げたことが起こる可能性もなくはない。

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 では、対策はどうすればいいか? 
 運転手はあまりにも馬鹿すぎた可能性があるが、こういう馬鹿すぎる運転手がいたとしても、なおかつ安全にすごせるようにする、という発想があるといい。つまり、「フェイル・セーフ」の発想だ。
 先に、北海道でゴーカートの死亡事故があったが、これは運転していた 11歳の女児がパニック状態になって、操作ミスをしたことが原因であったようだ。ただし、そういうことは十分に考えられるのだから、そういうことがあっても大丈夫であるように、衝突防止柵や、ドラム缶を並べる分離帯などを設置しておくべきだった。そうすれば「フェイル・セーフ」となって、「事故が起こっても死者は出ない」というふうにできたはずだ。

 同様の発想を静岡のバス事故にも適用すればいい。つまり、こうだ。
 「ブレーキがまったく利かなくなった車両が出たとしても、安全に車両が停止できるためのシステムを用意する」
 このことは、別に難しくはない。通常の道路では実現できている。たとえば、あなたが自動車を運転しているときに、突然、フットブレーキが効かなくなったとしよう。その場合には、アクセルペダルを踏むのをやめて、エンジンブレーキを効かせながら、徐々に減速していけばいい。そうすれば、最終的には、自動車は道路脇に停まる。それで危機を脱することができる。(パンクした場合などには、そうするだろう。)
 
 下り坂の場合は、どうか? 同じ方法は使えない。下り坂でもどんどん加速していくからだ。ならば、それを回避するための策は、こうだ。
 「道路の脇に、退避路を設置する。フットブレーキが効かなくなった自動車は、ハンドル操作だけで、退避路に逃げることができる。しかも、退避路は上り坂になっているので、そこを進むと自動的に速度が落ちて、停止する」

 これでうまく行くはずだ。

 ──

 ちなみに、現場の地図はこうだ。





 路上の状況はこうだ。





 ここはバス事故の現場の少し手前のあたりだ。このあたりでは道路の脇(特に左脇)には、十分な土地がある。この土地を整備して、路側帯にすれば、止まれなくなった自動車はそこに逃げ込むことができるはずだ。それで事故対策となる。(フェイル・セーフ)
 工事は簡単にできるだろう。5箇所つくるとしても、合計1億円以下で整備できそうだ。
 
 そもそもここは急傾斜が続く場所だ。富士山の五合目に至る道で、日本で唯一(最高)とも言える危険な場所だ。長野県の高山地帯よりもはるかに傾斜度が高い場所だ。ならば、ここだけでもいいから、退避路線を作るべきだろう。それが本項の提案だ。



 [ 付記 ]
 退避路は、速度低下のために、上りの傾斜をもつことが必要だ。(前述)
 コメント欄のリンク先の1番目 では、「波打つような路面」で速度を落とさせる構造が例示されているが、そういう構造では意味がないだろう。
 上りの傾斜が必ず必要だ。(リンク先の2番目 に示してあるとおり。)そのあとは、途中で上り坂の横に逸れて、そこで止まるようにしておけばいい。
 最終的には、上り坂の最後に「車止め」としてのドラム缶を並べておけばいい。そこに衝突することで停止できる。(ゴーカートの車止めみたいなものだ。)
     ※ 上り坂の高さはどのくらい必要か? 物理学の公式に従えば、エネルギーは高さに比例し、速度の二乗に比例する。したがって、必要な高さは、速度の二乗に比例する。この坂はヘアピンカーブが続くような低速度設計の道路なので、必要な高さは少なめで済む。
     ※ 具体的には v2=2gh という式に従って計算する。速度が 30km/h ならば、秒速 8.33m/s なので、 8.332/(9.8×2)=3.54 となり、3.5メートルの高さが必要となる。なお g は重力加速度であり、 9.8 m/s2 である。
     ※ 上の方にある退避路ならば、暴走車の速度は上がっていないので、3.5メートルぐらいの高さでも足りる。現場のあたりは、かなり下の方にあるので、暴走車の速度は上がっている。今回の事例では時速 60km を越えていたようだ。そうなると、速度が2倍以上なので、高さは4倍以上が必要となる。15メートルぐらいか。下の方にある退避路では、かなり高さが必要となるようだ。
     ※ 工費を節約したければ、上半分は植栽で済ませるか。バスが低木をなぎ倒すように衝突していけば、速度低減の効果があるので、必要な高さは少なめで済む。




 【 補説 】
 交通面での事故対策とは別に、労働面での問題もある。というのは、このバス会社は、苛酷な労働環境で知られているからだ。
  → 《観光バス横転》美杉観光バス元社員らが証言する“過酷すぎる労働環境”と“穴だらけの研修制度”「13連勤が月2回。1日19時間勤務のことも…」 | 文春オンライン

 これほどにも苛酷な労働環境にあるとすれば、事故が起こるのも必然だった、とも言えそうだ。
 そして、この事情は、軽井沢のスキーバス事故に酷似している。
  ・ 利益優先主義
  ・ 安全意識の薄さ
  ・ 未熟な運転手に任せきり

 こういう会社の、いい加減な体質が、結果的に事故を引き起こした、とも言える。

 ただし、そういう会社の体質は、個別の事故を直接的に引き起こしたのではない。いい加減さのせいで、確率的に事故の確率が高まった、という感じだ。いい加減さのせいで、いつかは事故が起こるだろうが、それがいつになるかは、事前には予想できない。そうして危険な状態が放置されたあげく、とうとう今回の事故が起こった、という感じだ。特に危険度の高い地域と人で。

 [ 補足 ]
 その意味では、この二つの事故は、知床の遊覧船事故とは違う。
 知床の遊覧船事故は、起こるべくして起こった事故である。まわりのベテラン船長が「危険だから船を絶対に出すな」と警告していたのに、利益至上主義により、あえて警告を無視して出航するように、経営者が仕向けた。また、それまでの安全重視のベテラン船長を解雇して、あえて安全意識のない初心者船長を採用した。そして、そのすべては、「人件費を下げて利益を上げる」という、利益至上主義のコンサルの指導によるものだった。
 簡単に言えば、コンサルが(たぶん歩合給であるコンサル料を目当てに)利益至上主義を取って、安全性を無視したあげく、あえて危険な自殺行為を取らせた、ということになる。これは「必ず起こるはずの事故に自ら飛び込んでいった」という意味で、先の二つのバスの例とは違う。



 【 追記 】
 今回の事故では、バスはいったん左脇にある上り坂の斜面に乗り上げたすえに、横転したようだ。
 事故が発生したのは、富士山の五合目から須走に抜けるワインディング路の途中の下り右コーナー。
 バスは法面(のりめん)に乗り上げて姿勢を崩し右側に大きく倒れたようです。
( → 「ブレーキが効かない!?」 静岡の大型観光バス横転事故 考えられるふたつの原因とは | くるまのニュース








sizuoka-bus3.jpg
出典:産経ニュース


 この斜面に乗り上げたおかげで、ひとまず止まることができた。運が悪ければ、最悪の事態になったかもしれない。たとえば、急な斜面を転落して奈落の底に落ちるとか、大きな樹木に正面衝突して車体が大破するとか。……そうならなくて済んだのは、不幸中の幸いかもしれない。横転したことで高齢者が1名死亡したのは残念だが。

posted by 管理人 at 23:49 | Comment(7) | 安全・事故 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いろは坂などは以下のような緊急退避路がありますね。
https://www.nicovideo.jp/watch/sm8542197
日本のものは短すぎて大ダメージがありそうですが、ないよりはマシでしょうね。以下のような十分な距離があれば有効そうです。
https://www.youtube.com/watch?v=39di5gfXUU8&t=54s
Posted by とおりがかり at 2022年10月29日 00:19
 情報ありがとうございます。これを受けて、 [ 付記 ] の箇所を書き足しました。
 実は、もともと書く予定でいたのに、つい、書き落としてしまったのです。 思い出して、書くことができました。 
Posted by 管理人 at 2022年10月29日 00:55
このルートは何度か車やバイクで往復したことがあります。結構急斜面で車重が重いバスだと減速は大変だったでしょう。

40年以上前に車の免許を取った際の教則本には下り坂でブレーキが効かない場合は緊急退避路に入ることが書かれていました。当時十分な数の待避路が設置されていたのが現在減ってしまったのか、また現在の教則本の記載内容がどうなっているのかは不明ですが運転者の常識も変わっているのでしょう。
緊急退避路がない場合は左側が山側で立ち上がった崖の地形の場合車体を崖に接触させてスピードを落とすとも記載がありました。事故現場は緩やかな斜面でしたのでこの手は使えませんが、道路沿いに適当な抵抗となる大きさの植栽を植えて緊急時はこれを薙ぎ倒すように指導しても当面の対策になるかもしれません。(植栽が目の前に迫ると技術は別として意識的には減速を促せる面もある)
Posted by アラ還オヤジ at 2022年10月29日 10:06
 最後に 【 追記 】 を加筆しました。
Posted by 管理人 at 2022年10月29日 14:16
> ギアがニュートラルに入っているのだとしたら、2速走行どころではない。
> 運転手はあまりにも馬鹿すぎた可能性があるが、こういう馬鹿すぎる運転手がいたとしても、なおかつ安全にすごせるようにする、という発想があるといい。つまり、「フェイル・セーフ」の発想だ。

⇒ 私は今回調べて初めて知ったのですが、日野自動車製バスの一部車種には、「緊急変速機能」というのが付随しているみたいですね。これは、無理なシフトダウン時に警告灯や警告ブザーが出ても、そのまま3秒以上シフトレバーを押し込んでいると、ニュートラルから強制的にギアが入るものようです。下り坂でブレーキが効かなくなったとき(に運転手が操作ミスをする場合)を想定して、あらかじめ用意されている機能だそうです。(下のサイトの下部の赤枠で囲った部分に記載あり。)

 https://takabus.com/post-7339/

 なお、今回の事故を起こしたバスは、三菱ふそう製だという情報がありますね。

 https://jute.org/shizuoka-bus-acciden02/
Posted by かわっこだっこ at 2022年10月29日 21:37
 今回、筆者は、北海道でのゴーカート事故についても触れられていますが、警察はこちらもしっかり調べてほしいですね。(万が一適当にすまされたら、ドライバーの女の子がかわいそうです。)

 ゴーカートのアクセルは、普通のクルマでは最近主流の電子スロットルではないので(アクセルワイヤーでエンジンとつながった機械式なので)、ドライバーがアクセルペダルから足を離しても、エンジンがふけあがったままというトラブルは十分考えられます。
 また、上で「アクセルペダル」と書きましたが、ゴーカートのほとんどのそれは、ペダルではなくて簡素なL字状のバーなので、ワイヤー以外にもここの動作機構に問題があれば、同じようなトラブルにつながることが考えられます。

 そもそも、車検を含む定期点検と整備を義務付けられているクルマだって、私の経験ですが、走行中にアクセルが戻らなくなったことは何度もあります(やはり、アクセルワイヤー式のクルマでしたが)。幸いにも、いずれの場合にもM/T車だったので、とっさにクラッチを踏んでギアをニュートラルに入れて、何とか路肩に寄せて停止することができました。

 私見ですが、クルマの設計・開発に関わる人の多くは、「クルマというものは、めったにはないが、暴走することもありうる。何かあった時は、こう対応しよう、ああすればいいか」などと普段から考えて、それなりに身構えてハンドルを握っていると思います。今回のゴーカート事故を企画・主催した、北海道のディーラーの人たちの安全意識のレベルはわかりませんが。
Posted by かわっこだっこ at 2022年10月29日 22:08
 ↑すみません、上のコメントの誤記を訂正します。

(誤)今回のゴーカート事故を企画・主催した、北海道のディーラーの人たちの

(正)今回のゴーカート走行会を企画・主催した、北海道のディーラーの人たちの
Posted by かわっこだっこ at 2022年10月29日 22:27
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