2022年10月16日

◆ 鉄道で都市発展という幻想

 日本の都市は鉄道とともに発展した。そこで、鉄道なしには都市の発展はありえない、と信じられてきたが、それは幻想だと判明した。

 ──

 日本の都市は鉄道とともに発展した。これは歴史的事実である。
 そこで、この歴史に従って、「鉄道なしには都市の発展はありえない」と信じられてきた。だが、それは幻想だと判明した。
 次の記事に解説がある。交通技術ライターの川辺謙一さんの話。
 「明治時代に鉄道が開業し、路線網が広がっていきました。そして鉄道は長らく国内交通の主役として機能し、社会を変えてきました。このため、鉄道が通ると、その沿線の暮らしが豊かになっていく印象があったと思います」

 ――鉄道開業以前の物流は、どのような状況だったのでしょうか。


 「海運が中心で、東京や大阪などの都市には水路が張り巡らされていました。陸路は、幕府が江戸城防衛のために 街道での馬車や大八車などの通行を禁じたため、車両交通が発達しませんでした」
 「明治政府は、道路整備よりも鉄道整備を優先しました」

 ――戦後はどうですか。


 「戦前までは、道路整備はないがしろにされ、自動車が製造されても、それがスムーズに走るための舗装道路が少ないという状況でした。しかし、50年代以降になると、自動車保有台数の増加にともない、国道1号などの幹線道路、東名高速、名神高速、首都高などが次々と整備され、自動車が鉄道にとっての脅威となりました。70年代までには輸送シェアで自動車が鉄道を抜きました」
 「自動車社会化が進むと、ロードサイドに飲食店などの商店が立ち並ぶようになり、かつて鉄道がそうであったように、自動車産業が雇用の大規模な受け皿となって地域が発展しました。『国民産業』が、鉄道から自動車へと移ったということです」

 ――人々の暮らしも自動車中心になったということですか。


 「そうです。……鉄道で生活が豊かになるという期待は、いまとなっては的外れです」

 ――ローカル線の存廃が、よく話題になります。維持していくべきでしょうか。


 「日本の総人口が減り、道路が発達して利用者が自動車にシフトしたいま、維持などにかかるコストの高い鉄道を運営することは難しいでしょう」
( → 「鉄道で暮らし豊かに」の期待、今や的外れ? 川辺謙一さんの交通論:朝日新聞

 ここには重要な指摘がある。人々は「鉄道こそが都市の発展の基礎だ」と考えるが、それは日本の一時期だけに成立しただけのことであり、もはや「失われた過去のノスタルジア」のようなものであるにすぎない。「鉄道で都市が発展した」という歴史は、明治から昭和初期(戦前)までに成立しただけのことにすぎないのだ。
 そして、それがどうして成立したかというと、江戸時代には道路交通が禁じられていたせいで、道路整備が未発達だったからである。
 ところが戦後になると、道路はかなり発達してきた。また、高度成長期には「列島改造論」にともなって、多額の公共事業費によって、大幅に道路整備が進んだ。今の日本で全国津々浦々に至るまで、道路の舗装が進んでいる。(それは現役世代のおかげというよりは、古い世代のおかげだが。その遺産で現役世代は豊かさを得ている。)

 ともあれ、現代では道路が整備された。こうなると、「道路がないので鉄道を整備するしかない」という過去の事情は成立しなくなる。鉄道があろうとなかろうと、現代の主役は道路なのである。

 ──

 2022年10月14日は、鉄道 150年ということで、いろいろと関連記事が掲載された。また、JR でも特別サイトが公開された。
  → JR東日本 鉄道開業150年スペシャルサイト

 だが、150年たった今、「ふたたび鉄道を復興させよう」と思うよりは、「鉄道の役割はもはや変わったのだ」と時代の変化を理解するべきだ。
 実を言えば、自動車でさえ、ガソリン車から EV車へという、歴史的な大転換のさなかにある。なのに、もはや時代の役割を終えた鉄道が復活を望んでも、とんだ時代錯誤となるだけだ。

 鉄道には鉄道の意義がある。それは大都市の大量輸送という使命を果たすことだ。一方、人口過疎地における鉄道は、もはや歴史的使命を果たし終えたというしかない。その使命を担うのは、今日では自動車なのだ。全国津々浦々に道路が整備されたとき、その使命のタスキは、鉄道から自動車へと渡されたのである。

 なのに、どうしても地方の鉄道を維持したいというのであれば、それは、地元民が自らの金で維持すればいい。その金を大都市住民の金を奪うことによって得ようというのでは、ただの泥棒根性(または乞食根性)であるにすぎない。



 [ 付記 ]
 ちなみに、三陸鉄道という事例がある。能年玲奈(のん)が宣伝していることで知られる。
  → のんさんが語る鉄道150年 「三鉄と歩む」全線開通で気づいたこと:朝日新聞
  
 これに関連して、「三陸鉄道もつぶすべきだというのか?」とにじり寄る読者もいるかもしれない。だが、お間違えなく。
 三陸鉄道は、大都市の乗客の金を奪うことで成立しているのではない。その経営は、JR の手を離れて、三陸鉄道株式会社という第三セクターの手で運営されているのだ。そこで発生した赤字を埋めるのは、大都市の乗客の金ではなく、地元および国の金である。(営業収益は3割程度なので、残りの大半の分の赤字は、地元および国の金が埋めている。)
 このような方式ならば、かなりの分を地元で負担していることになるので、「泥棒」とか「乞食」とか言われることにはならない。
 「赤字路線は第三セクターで地元が赤字を負担せよ」
 というのが結論となる。これなら別に問題はない。「どうしても鉄道が必要だ」というのであれば、地元民が自腹で赤字を負担するべきだし、そうするのであれば、他人が文句を言う筋合いもない。



 【 補説 】
 「江戸時代には道路交通が禁止されていた」と述べたが、人が歩くぐらいならば、さして禁じられてはいなかった。(「関所」があったことはあるようだが。)
 禁じられていたのは、道路の物流だ。では、どうやって物流をやっていたかというと、江戸時代の物流の主役は(道路でなく)水路だった。
 東京の中心部には、皇居周辺の御濠をはじめ、豊かな水辺空間が広がっています。数多く残された水路は今ではもうかつてのような役割を果たしていませんが、この水路なくして東京の発展はあり得ませんでした。
 江戸時代、東京では川や水路が網目のように都市を巡り、人や物を街まで運ぶ様々な船で賑わっていました。歴史的な書物では江戸をベネチアに例えており、「東洋のベネチア」の姿を彷彿させる当時の木版画も残されています。
 江戸の町は様々な物資が海を渡ってもたらされ、徳川家康によって整備された水路網により、内陸奥深くまで運ばれました。各埠頭で物資が荷下ろしされる河岸(かし)では、倉庫、問屋、市場が作られていきました。河岸周辺エリアでは多くの人々が働き、そこで働く人々のための商店や飲食店が立ち並ぶようになりました。こうして江戸のまちは水路周辺を中心に栄え、百万人以上の住民と労働者が働き暮らす、賑やかで活気あふれる街へと成長していきました。
( → 水辺から辿る江戸・東京の歴史/東京の観光公式サイトGO TOKYO

 江戸時代には道路が未発達だったというのは、本当のことなのだ。だからこそ、鉄道ができたとき、船を大きく上回る利便性を獲得して、都市の発展をもたらした。
 ただしこれは、日本の特殊事情だ。日本以外の国では、鉄道よりも道路(特に馬車利用)が物流の主役だった。水路が主役だったのは、イタリアのヴェネツィアぐらいだった。
 しかしながらその日本も、戦後には道路が発達して、物流は鉄道から道路へと転じていったのである。
 なのに、現実は転じても、人の頭は転じにくい。いつまでも古い時代のノスタルジアから離れられないのだ。ちょうど、電車の時代に蒸気機関車を恋しがるように。



 【 関連サイト 】
 かつての江戸には水路が張り巡らされていた……という点については、説明する情報がネット上にたくさんある。上記記事以外にも解説を読めるので、ググって読むといいだろう。
  → Google 検索一覧
  → Google 画像一覧

 東北地方から、銚子経由で、利根川を遡上する……という水運のルートも発達した。(その後に、江戸川に至る。)
  → 日本の川 - 関東 - 利根川 - 国土交通省水管理・国土保全局

 利根川と江戸川の分岐点となる関宿という場所も発達した。
  → 関宿〜利根川と江戸川の分流、関宿水閘門

  ※ 関宿については、前に軽く言及したことがある。
     → 日本中の堤防が危険だ: Open ブログ(項目の最後)

 


 【 関連書籍 】

 江戸の水路を解説する書籍を二つ紹介する。



https://amzn.to/3Tph0yF

水都 東京 ――地形と歴史で読みとく下町・山の手・郊外 (ちくま新書)
隅田川が流れる下町から、凸凹地形が魅力的な山の手、さらに古代の記憶が随所にみられる郊外まで、川、海、濠、湧水などに着目して、水の都市・東京を描き出す。

  → 内容紹介



https://amzn.to/3EMsOHa

 徳川家康の開削によって川や運河、堀が築かれ、水上交通が物流の主役となって希有な発展を遂げた100万都市・江戸。庶民の飲料水をも支えた水路整備はいかにしてなされたのか。

posted by 管理人 at 23:25 | Comment(5) | 自動車・交通 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
空飛ぶタクシーなどドローン交通が発達していくと、空域管理は必要でしょうが、生活道路を除く幹線道路も維持管理不要などとなっていきそうな気もします。トンネルとか橋とかものすごくカネのかかるものが必要なくなれば予算の使い方も変わっていくことでしょう。
もっとも、どのような運輸体系になっても、どこかにポッケナイナイする輩は絶えることがないのかもしれません。
Posted by けろ at 2022年10月17日 00:13
> 空飛ぶタクシー

 これは、荷物の軽い軽量ドローンを除けば、無理だと思います。普通の荷物は重すぎるので。
 たとえば自転車ならば、転がり抵抗の分だけを人間が負担すればいいが、人間を浮かせる分まで人力でやったら、途方もないエネルギーを必要とします。

 ちなみにカラスが一日に食べる食物の量は体重の 0.3倍。
 60kg の人間ならば 18kg も食べる計算になる。それだけ大量のエネルギーを消費する。飛ぶせいで。

 → https://x.gd/2Y0bm
Posted by 管理人 at 2022年10月17日 00:36
お説の通りですが、それにしては日本の道路は貧弱です。田舎では昔のあぜ道に沿った小道が今でも主役です。都会でも戦前にできた街(自由が丘など)の道はひどい状況です。道路拡張はこのまま人口減少が進んで5千万人くらいの人口になるまでできないと思います。それまでは都市交通は鉄道が主役でしょう。エコなのでそれでよいと思います。
 空飛ぶ車についてはお説に賛成です。エネルギー的に、つまり本質的に無理と思います。
Posted by よく見ています at 2022年10月17日 13:20
 小道のレベルは仕方がないです。鉄道の対抗馬になるのは幹線路だけです。
 小道の道路が貧弱だからといって、小道を鉄道にするわけには行かないでしょう。

 話のレベルが違っています。
Posted by 管理人 at 2022年10月17日 14:06
 田舎の小道が貧弱なのは、本来の人間用の街道を、自動車が乗っ取って奪ってしまった(車道にしてしまった)からです。追いやられた人間は、車道の脇の歩道もないまま、危険な車道の脇を歩かされます。すごく危険。車に道を奪われた歩行者の末路。

 泥棒が道を盗むと、盗まれた側は貧困化する。統一教会と被害者の関係に似ている。全財産を盗まれた側は、自殺するか、首相を暗殺するか、どっちかを強いられることもある。

 自動車が道を盗んだんだから、自動車の金で、歩行者用の道を整備すればいいのだが、自動車業界は、歩行者の道を盗むことしか考えていない。泥棒天国。
 そのせいで、田舎では車道を歩く小学生の事故が何度も起こる。この件は、別項でも論じたことがある。
  → http://openblog.seesaa.net/article/435849202.html
  → http://openblog.seesaa.net/article/465727180.html
Posted by 管理人 at 2022年10月17日 18:46
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

  ※ コメントが掲載されるまで、時間がかかることがあります。

過去ログ