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猪木が亡くなったので、それを偲んでの話。
そもそも、凡戦になったのは、猪木の技のほとんどが「ルールで禁止」というふうにされていたからだ。
異種格闘技では、ヒクソンが圧勝したように、「柔道系の選手が飛び込んで、相手の懐に入ってしまえば、もはや勝ちになる」というのが常道だ。
猪木もそのつもりでいたが、アリがそれを事前に知って、「プロレスの技は禁止。さもなくば帰る」と言い出した。
それで仕方なく猪木は言い分のすべてを飲んだ。かくて「猪木は手も足も封じられた」という状態で戦った。これが「凡戦」の理由だ。
1ラウンドから猪木は滑り込むような体勢で蹴りを繰り出し、マットの上に体を置いてアリのパンチを避けた。これは、猪木の技のほとんどが禁止され、蹴り技にしても〈膝をついたり、しゃがんでいる状態の足払い〉のみ認められるというルールだったからだ。
( → あのアリ戦から40年! 猪木は今、何を思うのか… 「もう一回やってしっかり勝負つけたいね、ということにしようか」 - スポーツ - ニュース|週プレNEWS )
「アリがそれを事前に知って」と述べたが、その理由は、こうだ。
猪木は、プロレスを八百長視する世間の目を覆すために、金銭面を含めた多大なるリスクを背負って、一世一代の闘いに挑んだのである。
一方、当初はエキシビション気分で来日し、お気楽だったアリだが、猪木が本当に真剣勝負をやるつもりだと知り、様子は一変する。しかし、すでに契約は済ませてあり、キャンセルすれば20億円のファイトマネーの3倍の違約金を支払わなければならない。もはや後戻りができない状況のまま、試合6日前の公開練習を迎えた。
「あのとき、アリ側を脅かしすぎたんだよな。公開練習で、猪木さんが俺にハイキックを入れたとき、俺は猪木さんの強いところを見せようと思って、思いっきり倒れたんだよね。そしたらアリ側のヤツが『これは危ない』ってことで、いろいろルールに禁止事項をつけてきたんだ」(藤原)
( → アントニオ猪木はなぜモハメド・アリ戦で“リアルファイト”にこだわったのか? 繰り返したローキック、極限の緊張感「生きるか死ぬかだからね」 - プロレス - Number Web - ナンバー )
こうしてアリの側はさまざまな禁止事項を突きつけた。「飲まなければ帰る」と言い出したので、猪木はすべてを受け入れた。
ルールは試合の直前まで変更が重ねられ、多くのプロレス技が禁止された。
「土壇場で、あれはやれない、これはやれない、『駄目ならそのまま帰る』と言うので、全ての条件を飲む、とにかくリングに上げろ、と」
( → アントニオ猪木、モハメド・アリを語る:時事ドットコム )
猪木vsアリ戦の3日前に大きな事件が起こった。6月23日、京王プラザホテルの公開調印式の際、散々挑発されてきた猪木は、怒りを押し殺すように「今回の契約について、ルールについて、全てアリ側の条件を呑んできました。なぜか? 私は絶対にこの試合を実現したいためで、今日まで耐えに耐えてきたわけです。そして、私は手と足を縛られた条件でなおかつ闘うわけです」と反撃した。
( → 新間さん断言!「猪木vsアリ戦は真剣勝負! ルールも存在した」 | 巌流島 )
ともあれ、こうして「禁止事項だらけ」という条件下で、試合は行われた。その結果は、猪木が床の上でのたうち回るというだけの、「世紀の凡戦」となった。
……というのが歴史的経緯だった。ところが、実はそれは真実ではなかった。ずっと後になって、真相が明かされた。こうだ。
アリ氏のパンチも数回、猪木氏をかすめた。その後も猪木氏はキックを見舞ったが、決着はつかなかった。
「(額を指差しながら)こぶになってたから。いくつか。そんなにダメージはなかったけど、こぶは相当固いのじゃないとできない。アリのパンチは速かったね。見えないというか。他のボクサーともやりましたけど、比較にならない。アリはフットワークが違う。他のボクサーは、足が細い。蹴ればほとんどみんな倒れた。アリの一番すごいのは、パンチもそうだけど、足だった」
試合後、猪木氏の体には大きな影響があった。
「翌朝起きて、足を剥離骨折していた。今まで言ったことなかったけど、もう肘が駄目で。電気が走るような感じ。あと、その後、左の肩も手術したしね。コップが持てない状況だった」
( → アントニオ猪木、モハメド・アリを語る:時事ドットコム )
というわけで、実は凡戦どころか、とんでもない真剣勝負だったことになる。猪木はたぶん、生涯で最大のケガを負った試合ではなかろうか。
そして、この試合が凡戦ではなかったことを知るのは、当の二人だった。
試合の評価は微妙な物があったが、その後の二人には友情が芽生えた。アリ氏から贈られたテーマ曲が「炎のファイター・イノキボンバイエ」として猪木氏のテーマ曲になったのは有名な話だ。
「彼の結婚式に招待されて、ビバリーヒルズの部屋にいたら、アリがどこかに隠れていたんだね。後ろから首を締めてきた(笑)。その時アリが、『あれでよかったな、お互い。俺も怖かった』と言った。あれだけプライドの高い人間だから、なかなかそういうことは言わないんだろうけどね」
( → アントニオ猪木、モハメド・アリを語る:時事ドットコム )
何だか、泣けてくる。
アリはこのあとパーキンソン病になった。「あしたのジョー」で言うところの、「パンチ・ドランカー症」だ。
「あしたのジョー」では、まずカーロス・リベラが、そして最後には矢吹丈がパンチドランカーになってしまいます。
( → パーキンソン )
アリは6年前に亡くなり、猪木もあとを追った。二人は今ごろ天国で会っているだろう。
