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悪循環
待機児童が解消しないことで、保育園不足が言われているが、その根源は、保育園の施設が不足しているからというよりは、保育士が不足しているからだ。施設はあっても、人が来ないことで、まともに稼働していない例が多い。
では、どうして保育士が不足しているか? それは、労働環境が悪いからだ。このことは、下記でも指摘されている。
→ 少子化なのになぜ?深刻化する保育士不足の原因
仕事はきつくて、給料は安い。こうなると、他の産業から保育業に移る労働者は少ないし、逆に、保育業から他の産業に逃げていく人は多い。かくて、保育士不足となる。
そして、いったん保育士不足となると、(人手不足のせいで)ますます労働環境は悪くなる。そのせいで、ますます保育士が不足する。これは、次のような悪循環だ。
保育士が不足 → 労働環境が悪い → さらに保育士が不足 → ……
こういう悪循環(スパイラル構造)があると、そこから脱することは難しくなる。では、どうしたらいいのか?
問題の分析
この問題について論じた記事がある。朝日新聞・週末版 be 2022-09-10 の記事だ。カリスマふうの保育士へのインタビュー。
――保育業界で最も変えないといけないことは。
保育士の数や賃金を増やす前に、まず業務量を減らすことです。
書類業務も多すぎます。毎月行う避難訓練の計画書を毎回、一から書かせる園もある。たとえ同じ内容であってもです。……内容がほぼ同じでも、一から書く。体感として、子どもと直接関わる仕事は全体の4割ほどになってしまっている。
――なぜ負担が減らないのでしょう?
園長や理事長が変化を恐れているからです。去年問題がなかったから、今年もこれでいこうと。あとは金銭面。例えば連絡帳を手書きからデジタルに変えたくても、お金がなくてタブレットなどのデバイスを導入できない。
――通園バスへの置き去りや虐待など、保育園を巡る事件や問題が後を絶ちません。
ほとんどは先生たちに余裕がないことが原因です。
( → 保育士・てぃ先生に聞く 現場の「余裕のなさ」 原因はどこに?:朝日新聞 )
ここでは二つの問題が指摘されている。
・ 保育士の業務量が多すぎること。
・ 業務のうちでも特に書類業務が多すぎる。しかも非効率。
ならば、この二点を解決することで、問題はうまく解決できるはずだ。では、それはどうすれば可能か?
解決策
ここで、それを見事に実現している事例がある。下記だ。
《 人手不足の業界に激震…「倍率13倍」転職希望者が殺到する保育園の驚きの採用手法 国基準の2倍の人員を配置し、残業なし、休憩・有休の徹底を実現 》
東京都杉並区で認可保育園6園を運営する社会福祉法人風の森は、国基準の2倍の保育士を配置し、保育士の働き方改革を実現。その結果、採用倍率は新卒7.4倍、中途13倍と応募が殺到した。
改善するには、人を増やすしかない。まず保育士の人数を国基準の1.5倍まで引き上げた。
「人を増やしたことで、全員が休憩をとれる、残業をしない、有休がとれる状態に変わっていきました。特に休憩室はカフェっぽくして、子どもと接しない休憩時間を60分しっかりとるようにする。お昼に休憩をとるようになって、先生たちは『午後、全然疲れない』と言いますね。休憩中に仮眠をとる先生も多いですが、それだけで午後の生産性が格段に違ってくるようです」(美希さん)
( → PRESIDENT Online(プレジデントオンライン) )
「人が足りないから、ますます人が足りなくなる」というのが、先の悪循環だった。その逆を突くわけだ。いったん人を増やせば、ますます人が押し寄せて足りるようになる、というわけだ。
ただし、人を雇うには、人件費がかかる。その金はどうするか? 記事の該当部分は、すでに非公開になっているが、無料会員登録をすると読める。
気になるのは人件費だ。いったいどうやって捻出しているのだろうか。その方法は、いくつかあるという。
「まず事務作業にかかっていたコストをICT化で圧縮することで、その分を人件費に回します。そして補助金ですね。東京都のキャリアアップ補助や杉並区の採用加算など、自治体が用意している補助金をしっかりと請求する」
先に「書類業務が大変だ」という話があった。そこで、書類業務の効率化を進める。そのために、「事務作業の ICT化」という方法を取ったわけだ。
ICT化とは何かというと、 IT化とほぼ同じであるが、通信(C)を含めていることを特に強調した言い方だ。 実質的には、 IT化である。要するに、パソコンやスマホを使って、業務をデジタル的に処理することだ。
先の例で言えば、「計画書を毎回、一から書かせる。……たとえ同じ内容であってもです。……内容がほぼ同じでも、一から書く」というような事例については、計画書を過去の分からコピペして、一部改訂するだけで済む。これなら、書類仕事は激減する。
先日の「園児をバス車内に置き去り」という事例でも、毎時の園児数の確認を端末に入力して、不整合を自動チェックするようにしておけば、死亡事故が起こることもなかっただろう。
制度
人件費をまかなう方法として、「そして補助金ですね。東京都のキャリアアップ補助や杉並区の採用加算など、自治体が用意している補助金をしっかりと請求する」と記されてあった。では、その補助金とは、どのようなものか?
調べると、次のことだとわかった。
→ 処遇改善等加算
「処遇改善等加算」というものが制度的に決められている。これは、自治体が支払うが、制度としては国の制度になっているので、日本中でほぼ同じ制度がある。
具体的には、次のようなものだ。
・ 保育士の人数が多いほど、補助金が増える。(人数分)
・ 経験年数の長い保育士ほど、補助金が増える。(年功給)
こういう補助金があるので、その補助金をもらえば、人を増やしても問題がないわけだ。また、経験年数の足りない派遣保育士でなく、正規のベテラン保育士を雇えるわけだ。
制度はきちんとあるので、制度をうまく利用すれば、人手不足を解消できるわけだ。

競争原理
では、制度はちゃんとあるのに、どうして各地で保育士の問題が続発するのか? 各地にダメな保育園がたくさんありすぎるのは、どうしてか?
そこに踏み込んだ分析がないので、私が指摘しよう。こうだ。
「保育園の経営には、競争原理が働いていない。弱小の零細な保育園が多すぎる。これでは質の悪いものが淘汰されずに残ることになる。そこで、競争原理を強めて、質の悪いものが淘汰されるように仕向けるべきだ。同時に、質の良い保育園は数を増やせるようにするべきだ」
これを換言すれば、「保育園の系列化」(フランチャイズ化・チェーン化)を推進するべきだ、ということだ。
今でもすでに、このようなグループ経営をしている保育園グループはある。それをもっと推進して、日本を5〜10ぐらいの保育園グループに集約するべきだ。
その場合、バスの車内で園児を死なせた保育園のような事例は、消滅するはずだ。この保育園では、
・ 園長が 73歳
・ 運転手の代行は 73歳の園長だけ
・ 園児の人命を預かるのは 70代の派遣社員
・ 送迎バスにはシールを貼って見えなくする
というような、ダメダメ状態が多重化していた。
→ 園児の車内放置の対策: Open ブログ の 【 追記3 】
ここでは経営方針そのものがイカレていると言える。そして、こういうイカレた経営は、保育園を系列化(フランチャイズ化・チェーン化)することで、解消できるはずだ。なぜなら、そこでは統一的な経営方針があるはずだからだ。
こうして物事はシステム的に正常化していくことになる。
【 追記 】
例の幼稚園では、休園中(廃園の見通しあり)なので、転園の希望者が続出しているそうだ。
“「本当に悲しい」 園バス3歳児死亡、献花絶えず 転園希望相次ぐ:朝日新聞” https://t.co/BFW1caVfQ2
— 大河阪急@HK-08 (@hankyu_taiga) September 12, 2022
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なお、この幼稚園は、系列化(フランチャイズ化・チェーン化)されていないようだ。Wikipediaで沿革を調べると、こうある。
1960年(昭和35年)4月1日 - 榛原高等洋裁学校に併設する形で保育を開始。
1962年(昭和37年)2月17日 - 川崎幼稚園の設置が認可され、静波1398-2に移転。
ずいぶん昔からある独立型の幼稚園であるようだ。あまりにも小規模であるせいで、大手の合理的な経営が導入されなかったわけだ。それが事故に結びついた。
[ 余談 ]
朝日の記事には、次の話もある。
3年前、大津市で散歩中の園児ら16人が死傷した交通事故では、「保育士の配置にもっと余裕があったら、お散歩の内容も変わる」とツイート、保育士不足と国の配置基準の甘さのせいだと言い切った。事故翌日に現場にも赴き、「ガードレールがなく、お散歩ルートとしては危ない。今まで事故が起きなかったのが不思議だ」と発信。ネット上に「#保育士さんありがとう」のツイートがあふれ、「園に落ち度はない」という意見がほとんどの中での発言だった。
( → (フロントランナー)保育士・てぃ先生 現場の「知恵」、SNSで発信:朝日新聞 )
大津市の交通事故で、保育園の側にも責任があると指摘した……という話だ。
実は、この件では、本サイトも同様のことを指摘していた。「保育園の側にも責任がある」と。下記項目だ。
→ 交差点の事故で園児死亡: Open ブログ