――
次のニュースがある。
《 科学論文、トップ10陥落 》
自然科学分野で多くの研究者に引用された「質の高い科学論文」で日本は世界12位となり、上位10位圏外に転落したことが、文部科学省の調査でわかった。日本は論文総数の順位も後退し、研究開発力の停滞が続く現状が浮き彫りになっている。
2018〜20年の年平均数を調べた結果、引用数が上位10%に入る質の高い論文の数は、日本が3780本で、前年の10位から12位に後退した。首位の中国の4万6352本とは10倍超の差をつけられ、11位の韓国にも追い抜かれた。20年前、日本は米国、英国、ドイツに次ぐ4位。10年前は6位で、下落の傾向は鮮明になっている。
( → 大丈夫か、日本の研究開発力 : 読売新聞 )
英国やドイツは順位を維持しているのに、日本ばかりが大幅に没落している。「一人負け」といったありさまだ。
では、どうしてこうなった? それを探る特集記事がある。長い記事から、ところどころをつまみ食いしよう。インタビュー形式。
《 復旦大学生命科学学院教授 日本人科学者、なぜ中国へ 》
東京大学から7年前に上海の復旦大学へ移り、生命科学学院で研究室を主宰する服部素之さん(40)にオンラインで聞いた。
なぜ、日本を離れたのでしょうか。
「日本は『でっち奉公』が長い。研究室を主宰できるようになるまで10年ほど余計にかかる場合が多い。気力も体力も充実する30代を、自分はどう過ごすか。独立した研究者に早くなりたいと考えて、海外への移籍を決めました」
「研究室では、7〜8人の大学院生を抱える。博士課程の院生には、大学から約8万円が支給される。
学生の就職状況をみると、博士か修士かで新卒の給料が2倍も違う場合もあるのです。日本と違って企業が採用時に専門性を評価するからです
日本人の研究者が中国へ渡る最大の理由は、ポストがあるからでしょう。私の知る限り、若手・中堅で数十人います。日本では任期付きが多く、安定しない。もし、雇用が確保されていれば日本にとどまっていたケースが大半だと思う」
研究開発費総額は、中国は日本の3倍。米中対立下でも、米国で博士号を取得した外国人の中で中国人は最多で、日本人の50倍。論文の共著者も米中相互に最大の相手とする。
「高い山ほど裾野は広いものです。日本政府が進めてきた『選択と集中』は逆効果。支援が一部の大学や研究に偏りすぎているのではないでしょうか。科学の発展には研究者の総数や広がりこそ重要です」
( → (いま聞く)服部素之さん :朝日新聞 )

研究について「選択と集中」はまったく誤った方針だ、という件は、本サイトでも何度か言及した。肝心の部分を再掲しよう。日産自動車のゴーン社長の方針を批判する形で述べる。
日産自動車は、ゴーン社長の下で、次の方針を取った。
「次の時代の主流は、電気自動車である。ゆえに、限られた開発資金を、電気自動車に集中する。この部門で世界の覇者となることを狙う。そこで、思いきってハイブリッド部門は切り捨てる。それまではいろいろとハイブリッド車を開発してきたが、原則としてやめる」
これは「選択と集中」に似ている。ただし、GE の場合とは決定的に異なる点がある。それは、事業部門の「選択と集中」ではなくて、研究開発の「選択と集中」であった、ということだ。
思い出してほしい。GE の「選択と集中」は、あくまで事業部門の「選択と集中」だった。それは投下する資金面での「選択と集中」だった。
一方、ゴーン社長が取ったのは、研究開発の「選択と集中」だった。本来ならば、研究は「広く浅く」が原則だから、たとえ「電気自動車に集中する」にしても、ハイブリッド車にもそれなりの部門を残しておくのが常道だろう。
ところが、ゴーン社長は、どこを勘違いしたのか、研究分野に「選択と集中」を持ち込んだ。その結果、どうなったか?
・ ハイブリッド車の市場は、急拡大した。
・ トヨタとホンダはハイブリッド車で高収益を上げた。
・ 日産はハイブリッド技術が未熟なまま、指をくわえているだけ。
・ 一方、電気自動車は未熟な技術であり、市場は広がらなかった。
・ 日産のリーフも予想販売台数を大幅に下回った。(大赤字だろう。)
こうして明暗がはっきりした。
ハイブリッド車に多額の開発投資を注入したトヨタとホンダは、大成功だった。
一方、「選択と集中」で電気自動車に注力した日産は、大失敗した。
──
以上から、結論が出る。
「選択と集中」は、事業部門に関する限り、正しい。
「選択と集中」は、研究開発に関する限り、誤りである。
そもそも、将来というものはなかなか見通せないものだ。見通せない将来に対しては、あらゆる可能性を考えて、研究開発を「広く浅く」にしておく必要がある。そうすれば、「予想がはずれて大損」という危険を防げる。
たとえれば、研究開発は、バクチのようなものなのである。それも、あたる確率はかなり低い。とすれば、当たりそうな部門に広く布石しておくことが、失敗を避けるための策だ。逆に、特定の一部だけに山を張って大金をかけるのは、あまりにも無謀な賭けである。当たればいいかもしれないが、確率的には はずれる確率の方が高いのだから、無謀というしかない。
ゴーン社長は、事業部門における「選択と集中」という方針を、研究開発にも当てはめようとした。しかしそれは、「研究開発とは何か」ということを理解できない、文系の素人判断だったのである。その結果が、「ハイブリッド技術を持たない日産」「低収益の日産」という結果になってしまった。
( → 選択と集中(GE,日産): Open ブログ 2014年08月16日 )
さらに、mRNAワクチン の開発をあえて停止した日本政府の方針を、次のように批判した。
日本政府もまた、ゴーン社長と同様だった。文系の経営学における「選択と集中」という方針を、理系の基礎研究に適用しようとした。しかしそれは、およそ見当違いな方針だったのである。
人は、自分の無知な分野については、とんでもない処方をするものだ。それが、基礎研究の分野における、「選択と集中」という政府方針だった。
そして、その結果として、日本はコロナとの戦いにおいて敗北したのである。(ワクチン開発の点では)
( → ワクチン開発の敗因: Open ブログ )
ノーベル賞学者二人も、同様に「選択と集中」を批判している。
今回の政府の方針は、てんで駄目だ。「挑戦的な研究に対する支援を拡充する」というが、そういう方針では駄目なのだ。大隅さんの研究であれ、(オプジーボの)本庶佑さんの研究であれ、初めは「何の役に立つかもわからない」というような研究から始まった。海のものとも山のものともわからないようなところから、独創的な研究は始まったのだ。それは決して、有望な分野ではなかった。
なのに、政府は逆に、有望な分野に絞って研究資金を投入しようとする。そんなことをすれば、独創的な研究が増えるどころか、独創的な研究の目を摘むだけだ。
政府が何をするべきかは、ここにきちんと明示されている。
「基礎研究には幅広くたくさん投資すること」
と。
なのに、政府はそれとは逆の方向をめざしている。
「小額の金を投入して、狭い分野に集中的に投入する」
というふうに。いわば「選択と集中」である。しかし、そんなことでは駄目なのだ、ということを、ノーベル賞学者二人がきちんと指摘している。
( → 日本の研究費の増額: Open ブログ )
「選択と集中」は、研究開発の分野でやると、最悪の結果となる。むしろ、「広く浅く」というふうにするべきだ。
しかるに、日本政府は「研究費の総額を減らそう」ということばかりを考えている。そして、「総額を減らしても何とか成果を上げたい」と思うので、「有望な研究だけに投資しよう」と思う。……その結果、「独創的な成果をもたらすような小さな研究活動にまんべんなく投資する」という方針を捨ててしまうので、未知の有望な研究がことごとくつぶされてしまうのだ。
そこで、その分、優秀な研究者は中国へ行ってしまうわけだ。
日本政府は、亡国政策を取っているわけだね。
こうして研究開発費を激減させる一方で、その何十倍もの金を、防衛費に新たに投入しようとする。しかし、いくら金をかけても、日本の研究開発水準そのものが、中国に大幅に劣るようになったなら、日本の防衛力は、今のロシアのような無惨な状態になりかねない。
日本政府や自民党も、ロシアのプーチンも、似たようなことを考える。日本政府や自民党は、「選択と集中」によって、日本を後進国化し、日本をロシア化しようとしている。
そして、その間に、中国は多額の科学研究費を投じて、日本を大きくしのぐ研究水準を達成するのである。研究者に多額の金を投じて優遇しながら。

出典:Twitter
【 関連項目 】
日本の研究費の少なさについては、下記を参照。
→ 日本の研究費の増額: Open ブログ
研究開発費については、本項の本文中に情報がある。再掲しよう。
「研究開発費総額は、中国は日本の3倍。米中対立下でも、米国で博士号を取得した外国人の中で中国人は最多で、日本人の50倍」
科学技術だけでなくどの分野もこういう風になっています。
https://twitter.com/genmeisui/status/1022838444106571776
あれ? その画像は本文中に掲載されているはずなのに……と思ったが、掲載されてなかった。
朝、掲載する手続きをしたのだが、最後に保存ボタンを押し忘れてしまったせいで、掲載されなかったようだ。ミスった!
さっそく、保存し直しました。
コメントありがとうございました。