2022年08月31日

◆ ゴルバチョフとバタフライ効果

 ゴルバチョフが逝去した。巨星墜つ。彼の業績を評価して、ウクライナへの影響を考える。

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 彼の評価は、西側では高く、ロシア国内では低い。西側で評価が高いのは当然だとして、ロシア国内で評価が低いのはなぜか? 
 露国内では、米国と並ぶ超大国を崩壊させ、国民生活に大混乱をもたらした張本人という否定的な見方が定着している。
 昨年、露政府系世論調査機関が発表したゴルバチョフ氏に関する調査では、51%が「国を良くしようと考えたが、戦術的に大きな誤算で問題を引き起こした」との回答を選択した。「必要な改革を恐れなかった」との肯定的な評価は11%にとどまった。
( → 国内外で評価割れたゴルバチョフ氏、プーチン氏はソ連崩壊を「20世紀最大の地政学的悲劇」 : 読売新聞

 だが、このあとでは、記事はこう続く。
 ソ連末期と崩壊後のロシア社会の大混乱は、プーチン氏が強権統治による「安定」をアピールし、長期支配を続ける格好の材料にもなってきた。

 つまり、プーチンの強権政治を宣伝するためのアンチテーゼとして、ゴルバチョフやエリツィンの時代が否定されているわけだ。

 ――

 ここで私の評価を言おう。
 ソ連崩壊の直接の責任者は、ゴルバチョフではない。エリツィンだ。ゴルバチョフ時代は特にひどいほどではなかったが、エリツィンの時代はひどかった。なのにロシア国民は、エリツィンのことをすっかり忘れてしまって、エリツィンの失政をゴルバチョフの責任だと思い込んでしまったのだ。(そのころはエリツィンが大統領なのであって、ゴルバチョフは政権にはいなかったのだが。)
 忍法身代わりの術。エリツィンの責任を、ゴルバチョフの責任だ、と身代わりにしてしまったのだ。
 Wikipedia の「エリツィン」の項目には、こうある。
 1992年1月2日、首相を兼任したエリツィンは貿易・価格・通貨の自由化を命じた。同時にマクロ経済安定化の経済政策を採用し、厳格な緊縮財政を行った。……しかし、この急激な市場経済への移行は市民の貯蓄、資産に打撃を与え、ソ連時代の生活水準は破壊された。
 「ショック療法」と呼ばれる急進的な経済改革で完全な資本主義の導入を図った。市場経済化への一環として行われた価格自由化と国債濫発は1992年に前年比2510パーセントものハイパーインフレーションを引き起こし、1992年の国内総生産 (GDP) は前年比マイナス14.5パーセントとなってしまった。1990年代を通じてロシアのGDPは50パーセント減少し、不平等と失業は激増し、収入は劇的に減少した。一部のエコノミストは、1990年代にロシアが経験した経済危機は1930年代にアメリカやドイツで起きた大恐慌に匹敵するとも評した。
 1992年2月にアレクサンドル・ルツコイ副大統領もエリツィンの経済改革を「経済的ジェノサイド」と批判した。
( → ボリス・エリツィン - Wikipedia

 エリツィン時代には、ロシアはまさしく崩壊し続けた。しかしロシア国民はなぜか、それをエリツィンの失敗とは見なさずに、ゴルバチョフの失敗だと思い込んでしまったのである。忍法身代わりの術。

 では、どうしてそうなったか? それはたぶん、プーチンのせいだ。プーチンをひとことで言えば、「権謀術策の人」である。ただの根回しだけでなく、裏で汚い工作をして、ライバルを引きずり落とし、自分を引き上げようとする。
 その最大の工作が、エリツィンとの取引だ。ここでプーチンは、自分を大統領にするように、エリツィンに工作したようだ。「おれの言うことを聞け。おれを大統領にするように署名しろ。さもないとひどい目に遭わすぞ。場合によっては汚職の咎で監獄にぶち込んで、永久に出られないようにするぞ」というふうに。……なぜなら、プーチンにはその権限があったからだ。KGB 長官として。
 ※  KGB は、ロシア時代には FSB(連邦保安庁)と称するようになったが、その長官がプーチンだった。
 ロシア連邦保安庁:
 ロシア連邦の情報・治安機関。旧ソ連のKGB(国家保安委員会)の流れをくむ諜報機関である。略称はFSB。
( → ロシア連邦保安庁とは - コトバンク

 (プーチンは)連邦保安庁長官、連邦安全保障会議事務局長を経て、1999年8月に首相に就任した。エリツィン辞任後、プーチンは大統領代行に就任し、4カ月足らずで大統領に初当選、2004年に再選を果たした。
( → ウラジーミル・プーチン - Wikipedia

 (エリツィンは)後継の大統領として、プーチン首相を指名し、プーチンの最初の大統領令はエリツィンを生涯にわたって刑事訴追から免責するというものだった。
( → ボリス・エリツィン - Wikipedia

 その後、プーチン時代には、どうなったか? エリツィン時代のひどい経済状況は一掃され、ロシアは経済的に大いに発展した。これをもって、「プーチンの経済政策は素晴らしい」と評価する人が多い。ゴルバチョフもそうだったようだ。
 だが、今日の経済学的に実証研究によると、それはどうも眉唾だ。なるほど、たしかにエリツィン時代の経済混乱を収束したという功績はある。だが、それは、エリツィンがひどすぎただけであって、プーチンがことさら有能だったということにはならない。普通にそこそこに秀才であっただけだ。ただ、直前のエリツィンがあまりにもバカすぎたので、ちょっと利口に見えるだけだ。
 プーチン前期のロシアは経済が発展していたが、それはプーチンの経済政策のおかげではなく、資源価格の高騰のおかげであったことが実証されている。当時は資源価格が急騰していたので、資源の輸出に頼るロシア経済は大いに潤った。
 一方、プーチン後期になると、資源価格は低迷したので、ロシア経済もまた低迷した。
  → ソ連崩壊から 30 年が経過したロシア経済の軌跡

 そして、その間、ロシアにはめぼしい産業がほとんど育たなかった。中国では軽工業が発達し、さらに重工業や電子産業やIT産業が発展していったのだが、その間、ロシアでは工業がほとんど発展しなかった。先端工業品は、輸入するか、外国企業に進出してもらって工場を作るしかなかった。
  → あれもこれも輸入頼りだったロシア「初めて知った」 国産化阻む壁は :朝日新聞

 この件は、前に言及したことがある。
 特に重要なのは、「ロシアは工業国ではない」ということだ。軍事力だけは世界でも超一流だったが、それは、他国から輸入する物品に依存していた。その輸入がもはや途絶えるとなると、兵器の補充生産もろくにできないことになる。特に半導体の不足は致命的だ。
( → ウクライナ戦争 17(戦況の変化): Open ブログ

 同趣旨のことは、下記ページで、さらに詳しく説明されている。
  → 制裁でやっぱりロシアの軍事産業はお陀仏さんか?
    (中略)
 これはもう、「素人が工夫して作った」というレベルの手作り品であって、およそ工業的な量産品ではない。それがロシアの工業レベルなのだ。
( → プーチンの目論見は?: Open ブログ

 ロシアは先進工業国として発達することがまったくできなかった。プーチン時代のロシアとは、農業と資源輸出をするだけの国だった。特に、2008年以降では、ロシアはほとんど成長できなかった。(その間に、中国は何倍にも成長したのに。)


russia-gdp2.png

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出典:世界のネタ帳


 結局、プーチンの経済的業績は、惨憺たるありさまだった。彼はロシアを先進国から途上国へ引き落とした張本人だとも言える。
 にもかかわらず、プーチンは自己を「偉大なる大統領」と見せかけた。そのために、かつてのゴルバチョフを過小評価した。また、現在のロシアを「偉大なる先進国」と見せかけた。そのために、かつてのゴルバチョフ時代のロシアを(エリツィン時代と混同させながら)過小評価した。
 ここには一種のペテンがある。その意味で、プーチンは「偉大なる大統領」というよりは、「偉大なる大統領と見せかけたペテン師」だとも言える。



 【 補説 】
 上で述べた話は、ほとんどがエリツィンとプーチンの話だった。では、肝心のゴルバチョフを評価すれば、どう評価するべきか? 単に西側の評価のように、「偉大なる改革者」として評価すればいいのだろうか? それだけで済むのだろうか?
 
 ここで、私の見解を言おう。こうだ。
 「ゴルバチョフは、偉大なる改革者だったが、最後に致命的な大失敗をした。それは、ロシアを崩壊させたことである。その理由は、保守派によるクーデターを阻止できなかったことである。
 実は、保守派によるクーデターは、アメリカのスパイが察知していた。だから米国は極秘でゴルバチョフにそのことを教えて、警告した。しかしゴルバチョフは、その情報を一笑に付して、まるでとりあわなかった。そのせいで、クーデターが実行されると、それはうまく成功して、ゴルバチョフは監禁され、あっという間に失脚した」

 ゴルバチョフはとんでもない慢心(油断)があった。あまりにもひどい判断だった。そのせいで、彼は失脚して、ロシアは崩壊して、かわりにエリツィンが台頭した。そのエリツィンを食い物にして、プーチンが登場して、最終的にはウクライナ戦争に至った。(このあとで第三次世界大戦が起こって、人類が滅亡する……という可能性もある。)

 そして、このような歴史の道をたどったことの視点は、たった一つ、ゴルバチョフの慢心だったのである。そこが分岐点となって、歴史を大きく左右した。仮に、ゴルバチョフにその慢心がなかったなら、ロシアは今ごろ、すっかり自由化されて、健全な民主主義の市民社会になっていたかもしれない。そうであったなら、プーチンが登場することもなかっただろうし、ウクライナ戦争が起こることもなかっただろう。また、人類が第三次世界大戦を通じて滅亡に至るという可能性に瀕することもなかっただろう。
 ゴルバチョフの慢心という、ごく小さなことが、その後の歴史を大きく左右した。こういう構造は、「バタフライ効果」の典型だろう。
  → リビア情勢とカオス理論: Open ブログ
  → 雪だるま効果: Open ブログ



 【 関連項目 】

 エリツィンの自由化の失敗については、次の記事がある。
  → だから戦争を続けても支持率が下がらない…ロシア国民が「独裁者プーチン」よりも恐れるもの 「自由」は国を大混乱させるものと思っている | PRESIDENT
posted by 管理人 at 23:18 | Comment(0) | 一般(雑学)6 | 更新情報をチェックする
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