2022年06月20日

◆ グリーン・ニューディール

 環境対策と経済成長を両立させる……という発想を「グリーン・ニューディール」と呼ぶそうだ。これに対して賛否両論があるという。 【 重要 】

 ――

 朝日新聞が特集記事を掲載した。一部抜粋しよう。
 地球の危機に立ち向かう環境対策によって、同時に経済成長も実現する――。「グリーン・ニューディール」と呼ばれる考え方が、世界で支持を集めている。
 「しかし、それでは脱炭素は間に合わない」と成長をめざすこと自体を見直すよう訴える斎藤幸平さん。「脱成長を言う前に、やるべきことがある」とグリーン・ニューディールの可能性を説く明日香寿川さん。2人に持論を語ってもらった。
( → (Sunday Wide)環境と成長、両立できる?:朝日新聞

 一方は、この主張に反対して、「環境対策のためには成長を諦めよ」と言う。
 「気候変動の被害を最小化し、脱炭素をめざすためには脱成長は必須だ。社会を安定させ、貧富の格差を是正するためにも、むやみな利潤追求はあきらめなくてはダメだ」
 「経済規模が大きくなるほど多くの資源とエネルギーを使う。浪費的な社会のあり方が続く限り、脱炭素への困難さは増す。再エネ、省エネはもちろんだが、消費のあり方、働き方、商品の種類を変えていくことが必要だ」
 「必要なのはライフスタイルそのものを大きく変えることだ。例えば国内で、鉄道で2時間半でいける東京―大阪などは飛行機を飛ばさない。これは市場に任せていては絶対にできない。危機感をもった社会が市場に対して命じなければ実現できない」

 あまりにも馬鹿すぎるので呆れてしまったが、経歴を見て、納得した。この人は、哲学畑の人であって、経済学のことは何も知らないのだ。だからこういうトンチンカンなことを書く。朝日の記者も経済音痴だから、そのことに気づかない。

 正解を言おう。「経済成長」には「物質的な拡大」「量的な拡大」は含意されない。なぜなら、経済成長の単位は物質量ではなく、金額だからだ。日本で言えば、GDP の単位は「円」である。米国では「ドル」である。したがって経済成長とは、「経済が金銭的に成長すること」であるから、「物質的な消費の拡大」は含意されないのだ。
 たとえば、スマホに使われる集積回路は、とても小さなものなので、エネルギーの消費量は大きくない。一方で、自動車は、大量の燃料を消費する。石炭ストーブや石油ストーブも、大量の燃料を消費する。エアコンも、電気エネルギーを通じて、大量の資源を消費する。それらに比べれば、スマホの消費する資源量など、無視することができるぐらい小さい。にもかかわらず、スマホには、本体も数万円の金額がかかるし、通信料にもかなりの月額がかかる。消費エネルギーはとても小さいのに、金銭的にはかなり多くの額がかかる。……ここでは、経済規模は拡大しているのに、エネルギー消費は少なくなっている、というふうになる。
 したがって、エネルギー消費や物質消費を減らすためには、経済成長を抑止する必要はない。むしろ、「ガソリン車を EV に転換する」というような形にすれば、環境保護対策を改善しながら、金額的には経済成長もできる。そういうふうに両立は可能なのだ。
 そして、そのことを理解できないのは、「経済成長とは金額的に決まるものだ」という、経済学のイロハを知らないからだ。これほどにも無知蒙昧のど素人が、東大の教職に就いているというのだから、嘆かわしいこと、このうえない。東大も地に落ちたものだ。
  → 「コロナ前に戻ることが一番危険」脱成長へ、斎藤幸平氏が描く道筋:朝日新聞

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 一方、もう一人の人は、こう語る。
 「再生可能エネルギーを増やし、省エネを進める政策はあるものの、その中身も投資の規模もまったく不十分だ。基礎的な研究開発のお金は出しても、実際に省エネや再エネを普及させていくところに予算を投じることが少ない。規制によるアプローチも不十分だ。太陽光発電を屋根に載せる補助や義務づけ、農地の活用、風力発電への補助や環境アセスメントの期間短縮、省エネのための建物の断熱への投資、省エネ機器の購入支援。補助金という『アメ』でも、規制という『ムチ』でも、まだまだすべきことがある」

 ――脱成長論の火付け役となった斎藤幸平さんは、具体的な政策として、金融取引税や富裕税、飛行機・スポーツカー・SUV・牛肉など環境に悪いものへの規制や課税を提言しています。


 「そこは私も賛成だ。しかし、同様の提言は、何十年前も前から無数の研究者や環境NGOが行ってきた。それなのに、日本ではほとんど実現していない。炭素税反対などと同じで、仕事や利権を失うことを恐れる抵抗勢力の力が強く、基本的には経済を重視する国民全体の支持もないからだ。それが現実であり、選挙を見ればわかる。人間の欲望をコントロールするという難しい問題もある」
( → グリーンウォッシュな日本政府 気候対策技術に「過度な期待あおる」:朝日新聞

 「やるべきことはわかっているのだが、規模が足りない。やるべきことができていない。なぜなら、抵抗勢力の力が強いし、国民の支持もないからだ」
 という趣旨だ。これは「研究者は正しいことを言っているのに、政治家や国民は馬鹿だから実現できない」と言っているわけだ。しかし、そんなに甘いものじゃない。むしろ、研究者が馬鹿だからだ、と思った方がいい。つまり、研究者が問題の核心を見抜いていないからだ、と。

 ――

 では、私はどう考えるか? この件は、先に述べたとおりだ。
 その当たり前のことができないのか? それは、人々が自分の姿を理解できないからだ。自分で自分の手首を縛っている、という愚かな状態を理解できないからだ。要するに、人々は「裸の王様」のような状態なのである。自分は愚かな裸の状態になっているのだが、そのことを理解できない。かわりに「自分は正しいことをしている」(自分は裸ではない)と錯覚している。……この錯覚こそが問題の根源だ。
 だから、根源対策は、「自分たちは間違った方針を取っている」(自分たちは裸だ)と理解することだ。
( → LNG 発電所からの撤退: Open ブログ

 ここに記したことが、本項にも当てはまる。
 人々は、「やるべきことがわかっているのに、やらない」のではない。
 人々は、めざすこと(目標)に対して、それに至るのとは逆のことをやっているのだ。自分で自分の手首を縛って、自分で自分の首を締めているのだ。なのに、自分がそうしているということに気づかない。とんでもない錯覚をしている。だから、その錯覚を教えること(「王様は裸だ」と告げること)こそが、大切なのだ。
 上記項目では、電力対策の場合に限って話を進めたが、同じことは本項にも当てはまる。

 ――

 先の項目では、「利益か環境か」という対比を示した。
  ・ 企業の利益を重視する 市場原理派
  ・ 炭酸ガス削減を重視する 環境保護派

 この二つの立場があったが、そのどちらも「電力の不安定化」をもたらすので、どっちにしても「電力の安定化」には有害である、と示した。そのどちらも、「自分たちは正しいことを主張している」と信じているせいで、「自分たち自身が電力の不安定化をもたらしている」のだと気づかない、と示した。

 本項でも同様に言える。本項では「経済か環境か」という対比がある。
  ・ 経済の成長を重視する経済成長派
  ・ 炭酸ガス削減を重視する環境保護派

 この二つの立場があるが、そのどちらも問題の根源がどこにあるかを理解できていない。

 では、問題の根源とは何か? それは、先の言葉を見ればわかる。再掲しよう。
 環境に悪いものへの規制や課税……
 炭素税反対などと同じで、仕事や利権を失うことを恐れる抵抗勢力の力が強く、基本的には経済を重視する国民全体の支持もないからだ。

 ここでは「経済成長と環境保護の二者択一で、前者を選ぶから後者が成立しない」という立場から、「環境保護課税が実現しない」というふうに述べている。しかし、これは錯覚だ。
 今の日本は EV への転換が圧倒的に出遅れている。次世代の EV への転換で圧倒的に出遅れており、テスラや、中国・韓国メーカーの後塵を拝している。
  → 今後EVシフトによって日本の自動車メーカーは縮小し、テスラ、ヒュンダイ、中国BYDが圧倒的勝ち組になる
 では、どうしてこうなったか? 次の差による。
  ・ 欧米では、自動車への炭酸ガス規制をして、EV 転換を促した。
  ・ 日本では、自動車への炭酸ガス規制をしないので、EV 転換を促しにくい。


 欧米では、炭酸ガスの排出の多い自動車へ莫大な課徴金をかける制度を導入して、否応なしに EV への転換を促している。政府がメーカーの尻をひっぱたたく。このことで、欧米では EV の技術開発がどんどん進んだ。
 日本では、(国内の自動車メーカーの反対があるので)、炭酸ガスの排出の多い自動車へ莫大な課徴金をかける制度を導入しない。そのおかげでメーカーは「助かった」と喜んでいる。しかし、尻をひっぱたかれずに喜んでいるので、ちっとも勉強をしないで遊んでいる。「うれしいな、うれしいな、尻をひっぱたかれないよ。遊んで楽をしよう」と浮かれている。こうして、EV 開発の勉強をサボったせいで、EV の開発力が衰えた。かつてはテスラに次ぐ世界2位を誇った日産は、今では世界 10位以下に転落したし、トヨタやホンダはランキングにすら掲載されずに、はるか後塵を拝している。
 結局 日本は、「利益重視」「経済成長重視」を目指していたら、結果的には、「利益や経済成長を失った」という結果になったのだ。めざしていたものとは正反対の結果に至ることになったのだ。その典型は、トヨタだ。「 EV転換を勧めるべきではない」と社長が何度も何度も主張していたが、そのせいで、「EV車の開発では圧倒的に遅れている」という結果になってしまった。

 ここでは気づくべきことがある。それは、「めざしていたものとは正反対の結果に至った」ということだ。めざすものを間違えていたわけではない。やるべきことをちゃんとわかっていたのに、まともにやらなかった、というわけでもない。自分が何をしているかをまったく理解できていなかったのだ。めざすべきこととは正反対のことをやっている、という自分の姿を理解できなかったのだ。


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 そして、その本質は、こうだ。
 「急がば回れ、という長期的視野をもてなかった」


 経済学の世界では、一種の逆転が成立することがある。「合成の誤謬」というのもそうだ。また、「急がば回れ」というのもそうだ。
 炭酸ガス規制では、「急がば回れ」が成立する。長期的には「 EV の成長」をめざしているのだが、そのためには、「ガソリン車を抑制する」という課税強化が短期的に必要となる。ここでは、短期的には「課税による損失」が発生する。だから、「長期的に利益を得るためには、短期的な損失を甘受するべきだ」という長期的な戦略が成立する。
 欧米の政府や民間は、それを理解していた。だから、「短期的な損失」を甘受しても、「長期的な利益」を選んだ。
 日本の政府や民間は、それを理解していなかった。だから、「短期的な損失」を拒否することで、「長期的な利益」に至ることができなかった。目先の小さな富にこだわるあまり、長期的な「EV 開発」という巨大な果実を捨ててしまった。……こういう愚かさが日本の特徴だ。だからこそ、その愚かさを指摘することが、何よりも大切なのだ。
 そして、そう理解したとき初めて、「環境か経済か」という二者択一ではなく、「環境も経済も」という一石二鳥こそが目標点だ、とわかるはずだ。

 その意味では、「グリーン・ニューディール」という発想は大切だ。それは「二者択一」という従来型の発想を超越することを意味するからだ。……そこを理解しないと、日本の政府や民間のように、「目先の利益を追ったあげく、両方を失う」という最悪の結果に至る。

 ――

 《 加筆 》
 結論を示そう。こうだ。
  ・ 目先の利益にとらわれると、長期の利益を失い、環境も悪化する。
  ・ 目先の利益にこだわらず、長期の利益を目指せば、環境も改善できる。
  ・ その逆説的な構造を明かすことが、学者のなすべきことだ。

 なお、こうした逆説的な構造は「迂回経路」とも言える。「急がば回れ」ということだ。そのような構造は、簡単には理解できない。じっくりと考察して見出すことができる。そこを解明することが学者の仕事だ。
 「学者は利口だが、大衆は馬鹿だから、環境改善がなかなか進まないんだ」
 などと驕るよりは、「真実の解明を目指す」という学者の本分に立ち戻るべきだろう。



 [ 付記 ]
 「トヨタはひどいが、日産はまともだ」と思っている人も多いだろう。まあ、確かに、日産はまともな方だ。しかし、日産もまた、いくらかは同じ状況にある。実際、世界2位の座から大幅に転落してしまった。
 では、日産が EV車開発で大幅に転落したことの理由は何か? それはこうだ。
 「目先のコストカットを優先して、絶対に必要な部品を削ってしまう」

 この件は、本サイトでは何度も指摘した。
  ・ EV 車で、バッテリー・クーラーを搭載しない。
  ・ 自動運転車で、ミリ波レーダーを搭載しない。
  ・ e-POWER 車で、エンジン直結モードがない。

 このすべては「コストをカットするためだ」と言える。そのことは日産自身が明かしている。
 ホンダのe:HEVは、……高速巡航時にはエンジンがホイールを直接する制御も備える。その方が燃費効率を向上できるためだが、e-POWERには直接駆動の制御もない。e-POWERがこれらの制御を省いた理由を開発者に尋ねると「いずれもコストを抑えるため」と説明された。
( → 競合ライバルより意外に割安!? 日産ノートオーラ 発表1年後でも光る魅力と要注意点 - 自動車情報誌「ベストカー」

 これは上記の3点のうちの3番目の点を語っただけだが、他の2点も同様だ。いずれも「コストをカットするため」に、必要な部品を排除してしまった。そんなことをやっているから、世界2位の座から転落した。
 目先の利益(コストカット)を追求して、長期的には大損してしまった。

 [ 余談 ]
 ついでだが、アリアという車は、高級車なのに、乗り心地がよくないようだ。サクラ以下だとも言われる。それというのも、ダンパーをケチったせいらしい。
  → アリアはサクラの兄弟車: Open ブログ
    ※ このコメント欄(2022年06月16日 22:41)に記してある。


 「コストカットが優先で品質の悪化を甘んじる」なんていう馬鹿げた方針を取っていると、日産はこのあともボロクソな車ばかりを出すことになりかねない。
 その一方で、コストカットとは逆の「高品質・高価格」という路線を取った車は、爆売れ状態だ。ノートや、オーラや、サクラなどがそうだ。
 ここから教訓を得ないと、日産はいつまでたっても、「安かろう、悪かろう」の会社というふうに見なされるだろう。こう見なされるのは、先進国の自動車メーカーでは日産だけだ。他には、ロシア車ぐらいか。
(ちなみに、ノート、オーラ、サクラは、国内専売であり、海外販売はされない。海外では依然として、「安かろう悪かろう」路線を取っている。特にひどいのは CVT 専用で、AT車を搭載していない車だ。いずれも海外では「うるさくて燃費が悪くて低品質だ」と、悪評だらけだ。コストカットを優先して、コストは下がったが、このざまだ。)

 ――

 なお、日産は北米で「VCターボ」という可変圧縮比エンジン車を搭載した SUV を販売している。これは、スリップロスの大きい CVT を採用しているので、高速燃費がよくない。トヨタのハイブリッド車には大幅に負けている。そのことでアメリカでは批判されている。せめて変速機のない e-POWER 車にすれば、スリップロスを避けられるのだが、そうもできていない。(開発中だが。)
 ※ ただし e-POWER 車にしても、エンジン直結モードがないので、やはり高速燃費は改善しない。何をやっても駄目な日産。その根源は「コストカット」だ。



 【 関連項目 】

 → LNG 発電所からの撤退: Open ブログ
 同様のこと(原理)を、「電力の不安定化」というテーマで論じている。本項とは原理が同じで、テーマが異なる。

 → なぜ EV 価格は日本で高い?: Open ブログ
 → 欧州車の EV 比率が高いわけ: Open ブログ
 欧米では炭酸ガス規制を導入することで、EV 開発の推進をしているので、日本よりも EV開発で先んじることになった、という話。

posted by 管理人 at 23:32 | Comment(2) | エネルギー・環境2 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 最後に [ 付記 ] [ 余談 ] を加筆しました。
Posted by 管理人 at 2022年06月21日 09:41
 [ 付記 ] のすぐ前に 《 加筆 》 を書き足しました。
 結論となる話を示しました。
Posted by 管理人 at 2022年06月21日 12:10
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