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侮辱罪の厳罰化が立法化された。
侮辱罪の厳罰化などを盛り込んだ改正刑法が13日、参院本会議で可決、成立した。7月に施行される見通し。
侮辱罪の法定刑は、現行の「拘留(30日未満)か科料(1万円未満)」から「1年以下の懲役・禁錮か30万円以下の罰金」に引き上げられる。ネット上の誹謗中傷の深刻化を受けた措置で、政府は抑止効果を期待する。
一方、国会では、厳罰化によって逮捕の条件が緩和され、政治家や公務員への批判などを萎縮させて「表現の自由が脅かされる」といった指摘が相次いだ。法務省と警察庁は「正当な言論活動を処罰対象とするものではない」とする見解を出し、改正法には3年後に外部有識者を交えて検証する付則が追加された。
( → 侮辱罪厳罰化、改正刑法が成立 誹謗中傷は犯罪、知って ネット被害深刻、抑止効果期待:朝日新聞デジタル )
厳罰化については、主にマスコミの側から、「報道の萎縮」を懸念する批判が出た。上記記事にも「政治家や公務員への批判などを萎縮させ」という記述がある。また、朝日新聞・社説も論じていた。
侮辱と正当な批判との線引きは容易でなく、厳罰化は表現行為全般を萎縮させる恐れをはらむ。
侮辱罪は、事実を示さなくても公然と人を侮辱すれば成立する。毎年数十人が処罰され、罰は法定刑の上限に近い9千円の科料に集中する。そこで「1年以下の懲役・禁錮、30万円以下の罰金」も選択できるようにしようというのが政府案だ。
刑法には別途、事実を示して名誉を毀損(きそん)する行為を罰する条文がある。3年以下の懲役と重いが、公益を図る目的があり、内容が真実ならば免責するという特例がある。政治家や公務員に関する批判的な言論についても同様の保護がある。しかし侮辱罪にはこうした規定がなく、危うさがつきまとう。
また、懲役刑が科されるようになれば、刑事訴訟法の定めにより、逮捕して取り調べることがやりやすくなる。
このまま政府案を成立させるわけにはいかない。国連の委員会も、表現行為に自由を拘束する刑を科すことに否定的な見解を示している。国際潮流も見すえ、罰金刑までを導入することとし、その後の運用を見るべきではないか。
( → (社説)侮辱罪厳罰化 慎重な審議を求める:朝日新聞デジタル )
「このまま政府案を成立させるわけにはいかない」というが、もはや成立してしまった。今さら反対しても手遅れだ。
ただ、本当に朝日新聞の言うように、「懲役刑なしで罰金刑だけ」というのが好ましいのだろうか? 話はなかなか難しそうだが、もつれた糸をうまく解きほぐすようにして、問題をきれいに整理することはできるだろうか?
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私の考えを述べよう。
侮辱罪や名誉毀損罪は、相手を処罰するというよりは、被害者の救済を重視するべきだ。そのためには、高額の賠償金を支払わせるべきだ。つまり、問題は刑事ではなく民事である。
そもそも、民事で高額の賠償金を支払うようになっていれば、問題が騒動になることもなかった。被害者も民事で賠償金を得て、ひとまず満足できたはずだ。ところが現実には、そうなっていない。日本の賠償金の相場は、きわめて低い。
誹謗中傷に対し慰謝料請求した場合、一般では10〜50万円、個人事業主や企業であれば50〜100万円が相場です。
( → ネット誹謗中傷の慰謝料請求! 一般人で100万円以上獲得できた事例|IT弁護士ナビ )
このページには弁護士費用も記載されているが、事例では「弁護士費用計45万円+慰謝料40万の計 85万円」という例になっている。企業相手ならば弁護士費用を回収できるが、個人相手では弁護士費用で足が出てしまう。賠償金をもらっても、かえって赤字になってしまうのだ。それほどにも賠償金の額が低い。
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では、どうすればいいか? 「高額の賠償金を義務づける」というのが一案だ。だが、そういう法律はちょっと作りにくい。かといって、法律を作らずにいれば、現行のように低い相場のまま動かない。あっちもこっちも駄目だ。どっちも駄目だ。困った。どうする?
そこで、困ったときの Openブログ。うまい案を出そう。こうだ。
「和解がない場合には懲役、と規定することで、和解を促す」……(★)
裁判で判決の場合には、被害者の意向を無視できるが、和解の場合には、被害者の意向を無視できない。被害者が「この金額では不足だ」と言えば、和解が成立しない。そして、和解が成立しなければ、懲役刑になる。すると、加害者の側は懲役刑になりたくないので、渋々ながらも、高額の賠償金を払わざるを得なくなる。といっても、支払い能力の問題もあるので、支払い能力の範囲内で、かなりの高額の金額が設定されるだろう。通常、年収の半分ぐらいだ。年収 500万円の人ならば、賠償金が 250万円。これならば、被害者の側も一応、満足できるだろう。
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なお、(★)のことは、特別に法律に規定しなくてもいだろう。つまり、単に懲役刑を定めるだけでもいいだろう。その後、実際の運用で、「被害者との間で和解が成立しているので、不起訴」というように運用すればいいだろう。……このことは、現実の刑事事件では、しばしば実施されている。
たとえば、千野パンという女子アナウンサーが、交通事故を起こしたが、人を死亡させたのに、逮捕もされず、懲役刑にもならなかった……という事例がある。
2013年1月、静岡県沼津市のホテルの駐車場で、千野志麻(本名・横手志麻)元フジテレビアナウンサーが、男性を自動車ではねて死亡させる事故が発生。逃亡や罪証隠滅の恐れがないことから千野アナは逮捕されず、同年12月に静岡区検察庁が自動車運転過失致死罪で略式起訴。静岡簡易裁判所の略式命令に従い、千野アナは罰金100万円を即日納付したが、今も活動を休止している。
( → 実刑にはならないチノパンと 道交法に見る"運転主体"という問題|サイゾーpremium )
どうして軽い刑(罰金刑だけ)で済んだか? それは、被害者との示談があったからだ。
一般に、死亡事故で量刑上、1番大きな意味を持つものは、示談などの被害者対応の成否である。被害者の処罰感情が和らげば、量刑上も被告人に有利になるからだ。保険会社からの示談金とは別に、見舞金を被害者が受け取ると刑が軽くなることもある。
( → 自動車運転過失致死 −なぜチノパンは「容疑者」扱いされないか | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン) )
ここでは非常に高額の示談金が支払われたと予想される。というのは、夫が特級クラスのセレブだからだ。
福田康夫の甥でゴールドマン・サックス社員。
ホテルオークラで行われた結婚披露宴では、新郎の伯父である福田、主賓の森喜朗、扇千景、安倍晋三などの政治家や、皇太子徳仁親王妃雅子の母である小和田優美子らが出席した。
( → 千野志麻 - Wikipedia )
莫大な示談金を支払うことで、被害者側からの「温情のある判決の要望」が出たはずだ。また、本人は退職して無職になったことで、多額の収入を失っており、それ自体が社会的な罰になるので、「社会的な罰を受けた分だけ、刑罰を軽減する」という観点から、刑事処分が軽くなるのが自然である。
こうして、「人を死なせても罰金 100万円だけ」という判決が出た。
となると、侮辱罪や名誉毀損罪でも、懲役刑が規定されることによって、被害者との和解が推進されるだろう。そのことで、賠償金が高額になっていくだろう。(千野パンの場合のように高額の賠償金をもらうことはできないが。)
要するに、「侮辱罪の厳罰化」は、名目的には「懲役刑の導入」なのだが、実質的には、「懲役刑の判決」という例が増えるのではなくて、和解による「賠償金の高額化」が実現していくわけだ。そしてまた、そのことゆえに、不起訴の例が増えていくわけだ。
つまり、懲役刑は、いわば「見せ札」「ブラフ」のような役割を果たすわけだ。「ちゃんと賠償金を払って、被害者の許しを得ないと、懲役になりますよ」というふうに。
そして、そういうことであれば、「報道の萎縮」「表現の萎縮」というようなマスコミの懸念は、あまり心配しなくていいだろう、と言えそうだ。
[ 付記 ]
侮辱罪の賠償金の相場が低すぎるのは、裁判所の機能がまともに働いていないからだ、とも言える。マスコミは被害者の力が強くなりすぎることを心配しているようだが、現実には被害者の力が弱くなりすぎている。それというのも裁判所による賠償金の相場が低すぎるからだ。
この問題を解決するには、民事賠償金の算定に、陪審員制度を導入するべきだとも言える。アメリカのように。
アメリカではやたらと高くなりがちだが、日本では逆にやたらと低くなりがちだ。とりあえずは日本でも、民事賠償金の算定に、陪審員制度を導入すると良さそうだ。
【 関連動画 】
高齢ドライバーの暴走事故で妻子を失った男性に対しても誹謗中傷が行われた事を考えると、
>和解がない場合には懲役、と規定することで、和解を促す
だと被害者や犠牲者遺族に対して「ゴネ得」「金目当て」「被害者ぶり」といった誹謗中傷が次から次へと湧き出てくる事が考えられます。一人や二人なら「和解(謝罪)か刑罰か」が機能するでしょうが、次から次へとなると結局は「被害者や犠牲者遺族が根を上げて終わり」になるかも知れません。また誹謗中傷する人間には「自分は世間から顧みられていない。世間から同情されている被害者や犠牲者遺族が妬ましい。」という人間や、無職または引き籠りで「無い袖は振れない」人間がいるかも知れません。また日本人は「和を以て貴しとなす」国民で、往々にして「目先の摩擦や軋轢の回避を至上とする」傾向があります。その回避でしばしば用いられるのが「折り易い方を折る」で、それは往々にして被害者や犠牲者遺族であったりします。賠償額が低く抑えられているのもそれが一因ではないかとも。ですから「被害者や犠牲者遺族ではなく、国といった公が許さない」という方にした方が良いのではないかと思ったりもします。
その場合は検察が一挙に、全体を検挙して起訴すればいい。
> 妻子を失った男性に対しても誹謗中傷が行われた
この場合も、「和解を拒否」という方針で、問題は解決できます。被害者が何もしなければ、検察が起訴して、自動的に重罰が科せられます。これでOK。
> 「被害者や犠牲者遺族ではなく、国といった公が許さない」
本項の案では、それを取るかどうかの選択肢が、被害者にあります。被害者がそうしたければ、そうできる。ただの刑罰よりは、和解金をもらう方がいい、と思えば、そうすることもできる。被害者の側がどっちにするか決めればいい。
現状では、たとえば、
「国が罰金 50万円を課するから、それで終わり。民事でも 50万円の賠償金だけ。弁護士費用で 100万円を払ったから、最終的には 50万円の赤字。加害者の罰金と、被害者の損失が、同じ額となる」
というふうになります。