2022年05月22日

◆ 将棋名人戦第4局(2022年)

 将棋名人戦第4局(渡辺明名人 v.s. 斎藤慎太郎八段)は、とても不思議な将棋だった。「わけわからん」という感じだ。そこで考察してみる。

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 ※ 棋譜は下記にある。そちらを見るといい。(スマホ対応)
    → 第80期名人戦七番勝負 第4局 ▲斎藤慎太郎八段 ? △渡辺明名人 - ロックショウギ

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 1日目の指了図は、下記ページにある。
  → 深い読みの応酬 将棋名人戦七番勝負・第4局1日目:朝日新聞

 先手は馬を作っており、香車も取っている。これはもう先手が有利だと見えた。王の囲いも、先手は圧倒的に固くて、後手の王は宙ぶらりんだ。
 しかも後手の飛車が捕獲されそうだ。実際、数手進むと、飛車は捕獲された。


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 ここまでは予想通りだ。これを見て、「後手は圧倒的に不利で、挽回は難しそうだ。さすがの渡辺名人も、この局は落としそうだ」と私は予想した。
 ところが、翌日の終了図を見ると、こうなっている。


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 △7六銀と打たれて、先手は投了した。固かった先手の陣形はバラバラにされ、宙ぶらりんだった後手の王は自由な上に、金銀に守られて安全だ。後手の完勝である。
 いったいどうしてこうなった? わけがわからん。……そう思って、途中過程を調べてみたら、もっとわけがわからんということになった。
 以下では説明しよう。

 ――

 まず、すぐ上の指了図では、先手の駒の配置がとても悪い。後手は「金銀銀」の三枚が並んでいるのに対して、対抗する先手は「王金金」であるが、3八の金は遊んでいるのも同然で、役立たずだ。実質、先手は「王金」の2枚で対抗しなくてはならない。しかも、手持ちの駒には、金銀がない。一方、後手の手持ちには、金がある。こんなに差が付いてはどうしようもない。
 また、2三の龍も遊んでいるのも同然だ。この龍は、攻撃には何ら関与していない。▲2三龍と成った手は、1手パスも同然だった。これだったら、飛車は3九のままの方がよかった。それなら飛車が防御に働いたはずだ。つまり、▲2三龍は1手パスよりももっと悪かった。
 しかも、である。指了図で、後手が6七の歩を取って、△6七銀 ▲同金 △同銀 ▲同王 となったら、△5六角 と打たれて、王手飛車(かつ金取り)だ。目も当てられない。こんなに格好悪くなったら困るので、先手はさっさと投了したわけだ。そして、先手がこんな困ったことになったのも、2三に龍があるせいだ。▲2三龍というのは、まったくもって悪いことだらけの手だったことになる。
 仮に、この手を打たずに、その1手で(あとになってから)4二の銀を取っていれば、手持ちの駒には銀が1つあったことになる。その銀を指了図で6八に打てば、防御はできるから、投了しないで済んだはずだ。
 
 というわけで、3八の金と2三の龍が、とても配置が悪いことになる。そこがこの将棋のポイントだ、と思えた。
 では、どうしてそうなったか? 

 ――

 この将棋の分岐点は△4六銀だ……という解説が多い。
  → 渡辺名人の大局観、斎藤挑戦者の秘める闘志 小林裕士・副立会は見た:朝日新聞
  → あっさり駒損、AI時代の定跡 第80期将棋名人戦第4局:朝日新聞
  → 渡辺明ブログ:名人戦第4局。


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 まあ、それはそうなんだろうが、この時点では先手はすでに、3八の金と2三の龍が配置されている。もはやこの時点で不利になっているのだ。
 そして、金を3八に動かす原因は、後手の桂打ち(両取り)だ。


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 この時点で、3八の金と2三の龍が配置されているのも同然だ。となると、悪くなった分岐点は、もっと前だ。



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 ▲2三龍と成った時点。この時点では(画面下の)評価値はかなり低い数値(-762)となっている。ここでもう、大幅に不利になっている。
 では、▲2三龍と成ったのが、決定的な悪手だったのか? そう思って、評価値を追ってみたところ、意外なことが判明した。評価値を大幅に下げた決定的な悪手は、▲8一飛打 だったのである。


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 では、正着は何だったか? それは1手前の図に示されている。


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 この図の下方に、AI(水匠2)の示した推奨手が示されている。それは「▲8四飛」だ。
 これを見て、「えええ〜っ」と思ったね。▲8四飛のあと、いったい、どういう手を取ればいいのか? ▲8四飛にして、何か有利になるポイントがあるのか? 手持ちの駒は何もないし、次の手が続きそうにないのだが。
 そう思って、じっくり考えたら、ようやくわかった。▲5五歩である。これを△同歩 と取れば、8四の飛で、3四の銀を素抜ける。
 △同歩 と取らなくても、放置すれば、▲5四歩と取り込んで、次の▲5三歩成りが、「王手素抜き」になる。
 というわけで、▲5五歩には何か対処しなくてはならないが、もし対処したら、今度は ▲7四歩で桂取りに打つ。これは次の▲7三歩成り △同金 ▲8二飛成り(銀取り)を見せつける。
 結局、▲5五歩 と ▲7四歩 の双方に対処しなくてはならない。▲8四飛には、後手は大変だ。
 「あ。そんなうまい手があったのか」と思ったね。そんなん、ちょっと気づかないやん。AI は思いもかけない手を見出しているんだな……と思って、びっくりした。
 そして、それを見抜けなかったから、先手はここで評価値を大幅に落とした。▲8一飛打 は、ごく当たり前の手だと思えたのだが、それがほぼ敗着だったのである。そして正着は ▲8四飛だったのである。ここが将棋の分け目となった。
 だけど、そんなの、人間の思いつく範囲をちょっと超えているね。ここが分け目だったと解説している人はほとんどいないようだ。私が解説しているぐらいだ。まったくもって、わかりにくい微妙なポイントだ。

 ――

 だが、話はそれだけではない。
 実を言うと、本当の分け目は、もっと前にあった。▲8四飛 ならば先手は「-277」という評価値で済んだようだが、実は、大幅に不利な状況になっていた。それは、冒頭に掲げた場面と同じだ。


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 この局面では、先手は後手の飛車を捕獲することに成功している。圧倒的に有利だと見える。ところが、この手で先手の評価値は「-761」という大幅に低い数字となっているのだ。大幅に有利と見えた局面が、実は大幅に不利な局面だったのだ。この状況が将棋の分け目だったと言える。つまり、▲7六金打 が敗着だった、と言えるのだ。
 しかし、唖然とするね。飛車を取った ▲7六金打 が敗着だったなんて、人間の理解を超えているよね。

 ちなみに、私が理解できないだけかと思って調べたが、そんなことはない。たとえば、朝日新聞にはこうある。
 挑戦者の▲4二馬(69手目)は決断の一手。馬と金を交換し、入手した金を▲7六金打(71手目)と飛車取りに打ったのが途中図の局面。昨日から何度も検討されていた順だ。
 小林七段は「先手は入手が確定した飛車を使って、どう攻めるか、後手は飛車を渡す代償をどこに求めるかがポイント。難解な終盤戦に突入しています」と話した。
( → 難解な終盤戦に突入 将棋名人戦七番勝負 第4局2日目:朝日新聞

 ▲7六金打 の局面を考察しているが、「難解な終盤戦に突入しています」という評価だ。ところが AI は、この局面を「先手の敗着」と評価しているのだ。あとの方で「▲2三龍」という決定的に悪化した局面でさえ、「-762」であるから、▲7六金打 の評価値である「-761」と同等だ。
 また、△4六銀で、後手の勝利を(名人を含めて)誰もが確信したようだが、そのときの評価値は「-852」だから、▲7六金打 の評価値である「-761」と大差ない。
 結局、▲7六金打 が勝敗の分け目となったのだ。

 では、正着は何かというと、▲7六金打 に代わる手があったわけではない。そもそも「飛車を捕獲する」という方針が間違っていたようだ。だから ▲4二馬 と金をもぎとった手が失着だったようだ。基本方針が間違っていたことになる。……しかし、そう言われるのは、きついよね。先手の人が可哀想だ。AI が人間をボロクソにけなしていることになる。

 ――

 なお、最後のあたりでは、失着はここだ。


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 △4六金(同金)と銀を取った局面。ここで▲7四歩と打つのが正着だった。それならばまだ もつれる可能性があった。しかし先手は▲7八王 と早逃げした。「王の早逃げ八手の得」という格言があるが、この場合は違った。王の早逃げが敗着となった。評価値は一挙に「-1376」に悪化した。
 ※ ▲7四歩 と打てなかったのは、「▲8二飛成 から ▲6四銀」という手筋に気を取られていたせいだろう。

 ▲7八王のあと、△5九角と打たれた。それに対して、▲6八銀と対抗すれば、特にこれ以上、悪化はしなかった。


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 しかし先手は ▲8二飛成 と攻勢を取った。この瞬間、先手の敗北は決まったようだ。評価値は一挙に「-3172」となった。これはもう「敗北決定」という数値である。たぶん即詰みに近いと思う。▲8二飛成 は自爆だとも言える。

 しかしまあ、人間はしばしば、最後にこういう自爆をやるよね。やる気をなくしたんだろうか。

 ――

 で、全体を振り返ると……
 やっぱり、「わけわからん」という感じになる。私の分析では、▲2三飛成が「決定的な悪手で敗因だ」となるのだが、AI の評価では、▲8一飛打 や ▲7六金打 や ▲7八王 が「決定的な悪手で敗因だ」と見なされる。
 ▲8一飛打 が駄目なのは、▲8四飛打 に気づかないから。
 ▲7六金打 が駄目なのは、飛車を捕獲するのがまずい方針だから。
 ▲7八王 が駄目なのは、▲7四歩 に気づかないから。(▲6四銀打 が人間的には取りがちだから。)

 しかし、そういうのは、わかりにくいよね。私もこういうふうに解説することで、ようやくわかったしだいだ。
 私にもすぐにわかるのは、「最後の自爆は悪い手だ」ということぐらいだ。あとはどれもこれも難解なので、容易に理解しがたい。
 で、私以外の人は、そんなことは考えてもいないのかもしれない。AI の登場で、将棋は人間の理解できる範囲を超えつつあるようだ。(囲碁もそうだ。)

 
posted by 管理人 at 13:50 | Comment(2) |  将棋 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 終わり近くで、

> なお、最後のあたりでは、失着はここだ。

 以下の文章を、書き改めました。(補充しました。)
Posted by 管理人 at 2022年05月22日 15:04
今回も独自の解説ありがとうございました。楽しみました。
この対局、飛車捕獲した時点でAIが大きなマイナス評価、当然ド素人の私には全く理解ができていませんでした。
Posted by モタスポ好き at 2022年05月27日 17:07
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