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プーチンのウクライナ侵攻は、あまりにも無謀なので、「どうしてこういう馬鹿げた判断をしたのか、不思議だ」と思う人が多い。そして「プーチンは狂ったのか?」と疑う人も多い。
だが、プーチンは狂ったわけではない。単に「予定とは違う結果」になったにすぎない。つまり、誤算となったにすぎない。
では、彼の本来の目論見はどうだったのか? もともとは、どういうシナリオを描いていたのか?

上の問いはさておき、ここで朝日新聞の社説を見よう。ここではプーチンの判断を指弾してる。
《 プーチン大統領 歴史的な過ち直視せよ 》
誰の利益にもならない戦争がなぜ起こされ、なぜ止められないのか。
侵略の責任はひとえにプーチン大統領にあり、実質的な個人支配が20年に及ぶロシア政治の停滞が背景にある。大国の指導者が独裁色を強め暴走すれば、抑える手立てがない現実を露呈した。
いまプーチン氏の念頭にあるのは、5月9日の対ナチスドイツ戦勝記念日であろう。ウクライナの親欧米政権をナチスになぞらえ、歴史的な日に「戦果」を誇りたいらしい。
だが今の侵略こそが、ナチスの再来を思わせる世界秩序への挑戦であり、第2次大戦の勝利の歴史を汚す愚行だ。
占領地を無理やり広げられたとしても、その代償は甚大だ。失墜した国際的信用は長年取り戻せず、地元の抵抗と各国の制裁は続く。人材は流出し、国力の衰退は免れない。
だが、プーチン氏は現実を直視していない。オーストリアの首相は直接会談したあと「自分だけの世界にいる」と評した。もはや冷静な思考ができないほどに大ロシア主義の時代錯誤に染まっているのだろうか。
同じ轍(てつ)を踏む過ちの重さを悟らせるには、あらゆる対話の機会を駆使して説得するしかない。
( → (社説):朝日新聞 )
「プーチンはまともな判断ができなくなっている。だから対話で説得せよ」という主張だ。だが、この主張はまったく正しくない。
第1に、プーチンは狂っているわけではない。いったん判断ミスをした上で、そのあと意地を張っているだけだ。そういうことは、どの国の首相にも、多かれ少なかれ、よくあることだ。日本でも菅首相のミス(コロナ対策)の例があった。
第2に、対話で説得するというのは、相手を馬鹿にしすぎている。相手は子供じゃあるまいし、対話で説得されるはずがない。それは、西側諸国がプーチンとの対話で説得されないのと同様だ。現在、ロシアは軍事的に優勢なのであって、この時点では対話で譲歩することなど、ありえない。ならば、ロシアに譲歩させたければ、武力によって譲歩を強いるしかない。そのためには、必要なのは武器支援であって、対話なんかではないのだ。このことを理解できないという点で、朝日新聞はあまりにも頭がおめでたい。(ウクライナ大統領からいくら説得されても、いまだにわからないほど、朝日新聞は頭が悪い。馬鹿は説得されても治らない。)
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そこで、話を戻す。プーチンはもともとどういう目論見だったか? それを考えよう。
まず、話の前提となるのは、開戦以前のロシアの状況だ。それはどんな状況だったか? 簡単に言えば、こうだ。
「ロシアのクリミア侵攻以来、西側の経済制裁によって、ロシアは先端物資を輸入できなくなった。そのことで、ロシア経済は停滞して、徐々に崩壊しつつあった」
これはどうしてかというと、ロシアはもともと工業国家ではなかったからだ。若干の工業製品を製造する能力はあっても、それは外国から基幹部品を取り寄せた上で、国内で組み立てるだけだった。自国内には中小企業が育っていなかったので、部品を作る能力もなかった。……そういう状況で、部品輸入ができなくなった(西側の制裁があった)ので、ロシアの工業は徐々に崩壊しつつあった。
このことは、前にも言及した。
特に重要なのは、「ロシアは工業国ではない」ということだ。軍事力だけは世界でも超一流だったが、それは、他国から輸入する物品に依存していた。その輸入がもはや途絶えるとなると、兵器の補充生産もろくにできないことになる。特に半導体の不足は致命的だ。
( → ウクライナ戦争 17(戦況の変化): Open ブログ )
同趣旨のことは、下記ページで、さらに詳しく説明されている。
→ 制裁でやっぱりロシアの軍事産業はお陀仏さんか?
一部抜粋しよう。
ロシアでは日独の大手工作機械メーカーの現地工場がある。
その内、いくつかを見たが、実態は組立工場。
駆動部分は前部輸入。NC装置ももちろん輸入。
作っているのは切粉飛散防止カバーくらい。
要するにロシアは、一部の粗悪品を除き、まともな工作機械を作る能力はない。
ロシアのローエンドは日本の常識を大きく超えるすんごい世界だ。
治具はグラグラ。製品は左右非対称。
管理不能の在庫が山になっている。
工作機械がこの状況なので、こういうポンコツの工作機械で作った工業製品もまた同様となる。
工業製品がポンコツなのは我慢するとしても、戦闘機のような精密機械がポンコツだと、まともに空を飛べない。だから最新のステルス戦闘機 Su-57 は、すでに開発が終了しているのに、ずっと量産不可能な状態になっている。(工作機械が駄目だからだ。)
もちろん、他の兵器や機械も、推して知るべし。
ちなみに、(テレビで放映されていたが)、ロシアの無人ドローンというものが捕獲された。それを分解してみたところ、撮影するカメラ部分は日本の市販品(キヤノンの一眼レフ)をガムテープで止めただけ、というありさまだ。
・ 画像センサーとレンズを、専用の筐体で取り付けることができない。
・ カメラを本体に取り付ける専用の取り付け具すらも、製造できない。
これはもう、「素人が工夫して作った」というレベルの手作り品であって、およそ工業的な量産品ではない。それがロシアの工業レベルなのだ。
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そして、そういう低い工業レベルは、今に始まったことではない。クリミア進行後、ずっと続いてきた。しかも、状況は悪化の一途だ。(工作機械は、修理の機会がないまま、どんどん壊れていくばかりだ。)
このままではロシア経済は崩壊してしまう。とすれば、何とかして、西側の経済政策を解かねばならない。では、どうやって?
常識的には、ロシアが屈服して、クリミアを返還すればいい。しかしプーチンとしては、それだけはできない。自分の過ちを認めることはできない。困った。どうする?
そこで、困ったときの Openブログに頼めば良かったのだが、プーチンはそうしなかった。自分で名案を生み出した。こうだ。
「クリミアを返すことなく、西側の制裁を解きたい。そのためには、ウクライナがクリミア返還を諦めればいい。ウクライナがクリミアをプレゼントしますと言えばいい。しかし、ウクライナ政府はそうは言わない。ならば、ウクライナ政府がそう言うように、ウクライナ政府の首をすげ替えてしまえばいい。そうすれば、新たにできた親露派の政権が、クリミアをロシアにプレゼントしてくれる。これで、ウクライナとロシアの対立はなくなる。だから、西側としても、経済政策の名分がなくなる。かくて経済制裁は終了となる。万々歳。どうだ。これぞ名案だ」
まあ、これはずいぶんと自分勝手な理屈だが、理屈としては成立する。問題は、その実現可能性だ。それは実現可能か?
プーチンが部下に調べさせたところ、「実現可能だ」という報告が出た。こうだ。
「ウクライナ政権の打倒と、親露派政権の樹立は、可能です。ロシアがウクライナに侵攻すれば、ウクライナ軍は抵抗することもなく、すぐに打倒されるでしょう。侵攻して2日後には、現政権は打倒され、新政権が樹立されます。すべてはロシアにとって好都合に進みます。それがウクライナ侵攻時の予想です」
こういう報告が出た。それというのも、そういう報告を出さないと、独裁者の逆鱗に触れて、処罰されるからだ。独裁者の怒りが怖くて、本当のことを言えなかった(嘘をついた)わけだ。
こうして嘘の報告が出ると、プーチンはそれを信じた。部下がおもねって、好都合な嘘を付いたとは思わずに、素直に報告書を信じた。そこで、開戦に Go サインを出した。……愚かな虚構の上に立ちながら。
以上が、開戦の経緯だ。
そして、開戦後は? 現実にはあるはずのない「ウクライナ軍の頑強な抵抗」に遭遇した。キーウにはいくらかは近づけたが、その先へは進めなくなった。こうして当初の目論見は総崩れとなった。報告書を出した部下は、「嘘をついた」という咎で、大量に更迭された。
→ ロシアFSBで150人追放 大統領府に虚偽情報…英報道|テレ朝
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こうして、プーチンの当初の目論見が明らかになった。
「ウクライナを進行すれば、抵抗されることもなく、たったの二日間で政府は転覆して、親露派の新政権ができる。その新政権と手を結んで、クリミアをロシアのものであると、ウクライナが認めるようにすればいい。これで西側が経済制裁をする名目がなくなるから、もはや経済制裁はなくなる。万事、うまく行く」
こういう目論見があったわけだ。
しかしそれは、「頭がお花畑である」というしかない。なのに、そのことに気づかないのは、まわりがイエスマンばかりだからである。誰も真実を告げず、単に甘言ばかりを弄するようになった。そのせいで、裸の王様は、真実を知ることなく、自らの妄想ばかりを信じるようになったのである。
何だか、安倍首相や菅首相みたいだけどね。
期間についても2日でウクライナが陥落するという報告より、
予想より長め(2週間とか)に報告したほうが部下のリスクヘッジになります。
部下もクリミアの経験から本気で2日で陥落できると思っていたのではないでしょうか。
・ 本当のことを書いて、今すぐ左遷される。
・ 嘘をつくが、バレないので、現状維持。
の二者択一です。
> 失敗したら更迭される
そもそも戦争が起こらないはずなので、失敗することはありえない……という予定。
> 2日でウクライナが陥落するという報告
阿諛追従して甘言を語っておもねる人ほど、昇進する。それが世の常。まして相手が独裁者ならば。
> 本気で2日で陥落できると思っていた
戦争は起こらないと思っていたんです。シミュレーションなんて、ただのお遊びだと思っていた。1年前から本気で戦争する気だったのは、プーチンだけ。
ロシアで最高レベルの秀才集団に対して、「相手は馬鹿ぞろいだったから、そうした」と思うよりは、「相手は利口だったが、やむにやまれずそうせざるを得なかった」と思う方が、合理的です。