2022年02月09日

◆ 列強の進出という歴史

 補足的な話。
 日本が第二次世界大戦に引きずり込まれたのは、列強の進出という大きな歴史の流れが根源だろう。

 ――

 日本が第二次世界大戦に引きずり込まれたのは、日本が(開戦という)愚かな選択をしたからというよりは、アメリカによって否応なしに戦争に引きずり込まれたからだった。前々項で述べたとおり。
  → 正しい戦争と第二次大戦: Open ブログ
  

 列強のアジア進出


 だが、より大きな視点で見れば、歴史的には、「列強の進出」という出来事がある。イギリスなどの列強がアジアや中国を侵略して、次々と植民地化していった。
 それを見て、「次は日本もそうなるかも」と思って、恐怖を抱いたのが、幕末の人々だった。そこで日本を近代化するために、幕府を倒して、明治政府を確立した。
 しかし、明治政府を確立しても、まだ恐怖は去らなかった。当時の日本の国力も軍力も欧米に伍するには遠かったので、何としても国力と軍力を拡大して、欧米に対抗できるだけの力を備えようとしていた。特に、その方針を強く立てていたのが、大久保利通だった。
 このことは、NHK の明治ドラマでもうまく描写されていた。
  → 明治開化 新十郎探偵帖 - NHK




 こういう「日本の植民地化への恐怖」が高まったせいで、その後、日本は「富国強兵」政策を取るようになった。そのせいで、軍部の力が過剰に増長するに至った。それは、明治の当初の大久保利通の思惑を超えていた。2・26事件や 5・15事件などを経て、軍部は暴走するまでに至った。

 ここでは、「日本の軍部の暴走がひどい」「それを許容した国民も愚かだ」と言われることが多い。
 だが、現代人の立場から先祖を批判するのは、後出しジャンケンにすぎない。「後出し孔明」「事後諸葛亮」ともいう。

 本当は、あの時代には、そうせざるを得ないような歴史的背景があったのだ。それは、「列強のアジア進出」という事実だ。東南アジアは列強に支配されていた。また、中国は列強に分割統治されていた。下記に図がある。
  → https://x.gd/CaE2o
  → https://x.gd/Pvh5R
  → https://x.gd/6FWb0

 こういう歴史を見て、「日本もいつ植民地化されるかわからない」という恐怖を味わえば、当時の人々をたやすく批判することはできまい。この当時にあったのは、「世界平和」という理念ではなく、「列強のぶんどりあい」というエゴイズムだったのだ。
 もちろん、アメリカとて例外ではない。アジアでは出遅れたが、フィリピンを植民地化していた。そのことは、上の図(3番目)を見ればわかる。

 下関戦争


 日本が植民地化されるというのは、ただの空想ではない。実は(明治になる前の)幕末に、日本が列強に大砲で攻撃されるという事例があった。国としての日本が戦ったのではなく、藩としての長州藩が戦ったのだが、この戦いでは、列強が勝利して、日本が敗北した。
 イギリス、フランス、オランダ、アメリカ、……四国連合による武力行使が決定された。
 5日午後、四国連合艦隊は長府城山から前田・壇ノ浦にかけての長州砲台群に猛砲撃を開始した。長州藩兵も応戦するが火力の差が圧倒的であり、砲台は次々に粉砕、沈黙させられた。艦隊は前田浜で砲撃支援の下で陸戦隊を降ろし、砲台を占拠して砲を破壊した。6日、壇ノ浦砲台を守備していた奇兵隊軍監山縣有朋は至近に投錨していた敵艦に砲撃して一時混乱に陥れる。だが、艦隊はすぐに態勢を立て直し、砲撃をしかけ陸戦隊を降ろし、砲台を占拠して砲を破壊するとともに、一部は下関市街を目指して内陸部へ進軍して長州藩兵と交戦した。7日、艦隊は彦島の砲台群を集中攻撃し、陸戦隊を上陸させ砲60門を鹵獲した。8日までに下関の長州藩の砲台はことごとく破壊された。長州藩の主力は京都へ派遣されており、このため下関守備の長州藩兵は旧式銃や槍弓矢しか持たず、新式の後装ライフル銃を持つ連合軍を相手に敗退した。
( → 幕末の砲艦外交 - Wikipedia

 こうして日本側が敗北した。講和の条件では、幕府が賠償金を払うことになった。これは列強に対して日本側が正式に戦争で敗北した例となった。
 また、これは、彼我の兵器の技術水準の差を、痛感させられる場ともなった。まともに戦えば日本は負けるしかないということを、ありありと教えられた。
 これが幕末のことだったので、明治初期の大久保利通は、日本の植民地化をひどく恐れていた。その後、明治後期や、大正時代や、昭和初期を経て、日本の軍事水準は大幅に上がった。だが、それでも、列強の兵力は日本にとってずっと脅威であり続けた。
 
 ――

 下関戦争という歴史を知れば、
 「アメリカとの戦争を、あくまで避けるべきだった。ハルノートを突きつけられても、黙って従うべきだった」
 という平和的な発想が成立しないことは、明らかだろう。
 もしそうしていたら、それで平和が成立するのではない。米国としては日本の開戦がどうしても必要なのだから、さらに条件を吊り上げて、第二・第三のハルノートを突きつけるだけだ。日本が開戦するまで、どんどん条件を吊り上げる。……そして、そのときになってようやく日本が開戦したら、そのときには、(外堀を埋められる形で)条件はもっと悪くなっている。石油禁輸で、石油が少なくなっているからだ。その場合、「石油のある状態で開戦する」かわりに、「石油のない条件で開戦する」わけだから、状況はかえって悪化している。

 では、第二・第三のハルノートを突きつけられても、あくまで徹底的に平和趣致を貫くべきだったか? いや、そうしていたら、下関戦争の二の舞となる。大砲や爆弾で日本を攻撃されて、日本全体がアメリカの植民地となる。
 「こちらが攻撃しなければ、アメリカは攻撃してこないだろう」
 というのは、現代人の発想だが、そんな甘い発想は、当時は成立しなかったのだ。下関戦争で攻撃されたように、日本は容易に欧米に攻撃される立場にあったのだ。
 そういう厳しい歴史的状況を、当時の政権はきちんと理解していた。だからハルノートを受け取ったとき、「これは事実上の宣戦布告だ(アメリカはどうしても日本と戦争をするつもりだ)」と正しく理解したのである。

 ハルノートを「でしゃばる日本の侵略主義をいさめる、平和訴求の文書だ」などと誤認する現代の平和主義者は、あまりにも発想が甘すぎるというしかない。
 それはいわば、「自分が平和的なら相手も平和的だ」と信じて、平和を訴えながら、前戦にいる敵の前にせせり出て、あっさり銃撃されてしまう……という愚か者に似ている。

by-shoto2.gif

 不平等条約と軍拡


 先に、山本五十六の話をした。
  → ロンドンの山本五十六(NHK): Open ブログ

 この軍縮条約以前には、艦船の量で日本が英米の6割になるというふうになっていた。それは、国力の観点からすれば、弱小な日本にとって過大な量だったのだが、日本はそれでも不満だった。これは、理屈では理解しがたいことではある。( [ 付記 ] で示したとおり。)

 だが、理屈はともかく感情的には、わからなくもない。というのは、当時の日本は、「兵力が列強と同じならば、列強に植民地化される」という恐怖をもっていたからだ。相手よりも兵力的に劣るならば、相手に侵略されかねない。そのことは、下関戦争の争いで、身にしみて理解していた。
 日本にはそういう恐怖があった。だからこそ、やたらと軍拡にいそしんだ。
 
 結局、当時の日本がやたらと軍拡にいそしんだことには、列強のアジア侵略という歴史的背景があったのだ。この歴史的背景を離れて、当時の日本人を批判しても、意味がないのだ。
 どうせ批判するのであれば、植民地主義だった、当時の欧米を批判するべきだろう。

 中国の歴史認識


 一方で、興味深い事実もある。列強に侵略された被害者であるはずの中国は、その歴史的な事実をまるきり無視している、ということだ。被害者の側が、あえて被害をまったく無視しているのだ。いや、無視というより、事実を消去する形で、偽りの事実を捏造しているのだ。

 正確に言おう。歴史的事実としては、
 「現代の中国では、欧米の列強が中国を分割支配した」
 ということがある。なのに、この歴史的事実が隠蔽されているのだ。かわりに、
 「日本というたった1国だけが、中国を侵略していた」
 というふうに歪んだ歴史が、中国では流布しているのだ。
 これは、「歴史の隠蔽と捏造」と言える。

 では、なぜそんなことをするのか? そこには目的がある。それは、
 「悪の日本軍から中国を解放した中国共産党」
 という、正義のヒーローの物語(勧善懲悪の物語)を、国民の頭に刷り込むことである。

 架空の物語を国民に信じさせるためには、真実を隠蔽する必要がある。そこで、「列強による侵略」という歴史的事実を、「なかったこと」にするわけだ。
 もう、滅茶苦茶である。

 ――

 具体的に示そう。
 「列強による中国支配」という歴史的事実を隠蔽することは、中国の歴史教育・歴史記述では、いたるところで見られる。
 そこでは、支配しているのは日本だけであって、イギリスやフランスやオランダやロシアなどによる植民地化は、なかったことにされてしまうのだ。……(

 (1) Wikipedia

 Wikipedia (中国版)における「中国の歴史」という項目では、()のようになっている。
  → 中国?史 - ?基百科,自由的百科全?
  → https://x.gd/XDxwG(自動翻訳)

 (2) Wikibooks

 Wikibooks(中国版)における「中国の歴史」という項目では、()のようになっている。
  → 中國?史/近代中國 - ?基教科?,自由的教学?本
  → https://x.gd/m22lW(自動翻訳)

 こうして、歴史は隠蔽されて捏造される。いわば、
 「電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも、みーんな日本が悪いのよ」
 という感じだ。それが中国の言論統制(歴史歪曲)の現状だ。
 
 ――

 2012年には、尖閣諸島の問題をめぐって、中国では「日本車排斥」「日本製品排斥」という風潮が生じた。
  → 焦点:日本車メーカー、中国で販売回復に苦戦 | Reuters
 こういうふうに「日本叩き」が起こる一方で、ドイツ車は中国では歓迎されている。ドイツもまた、中国を分割支配した列強の一つなのだが。( → 先に三つ示したリンクを参照。ドイツは山東省のあたりを支配していた。)
 ではなぜ、ドイツ車は中国では叩かれないのか? なぜ日本車ばかりが攻撃対象となり、ドイツ車は攻撃対象とならないのか? ……そのわけは、上の説明を読めばわかる。
 「電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも、みーんな日本が悪いのよ」
 というふうに、歴史が捏造されているからだ。
posted by 管理人 at 23:22 | Comment(1) |  戦争・軍備 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 女真族の清を分割統治してくれた、ヨーロッパには、漢民族である現在の中国は感謝しているでしょう。清が今も幅を利かしていれば、漢民族は現在のウイグル、チベット扱いになっていたでしょうから。
 負ければジェノサイドの中国は現実主義者です。 
 日本軍から逃げまくっていた中国共産軍の恐怖の記憶が大きいのでしょう。
Posted by 32年前は現役 at 2022年02月10日 22:13
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

  ※ コメントが掲載されるまで、時間がかかることがあります。

過去ログ