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NHK のサイエンスZEROの最新回で、とほうもなく大きなスケールの話が出ていた。
地球では8億年前に生命の必須物質「リン」が急増しました。しかし、その原因は大きな謎。
— NHKサイエンスZERO (@nhk_sciencezero) January 23, 2022
それを解き明かすかもしれない“大発見”が月のクレーターの研究からもたらされました。
「かぐや」が撮影した超精細画像で100mサイズの微小クレーターを数え上げると驚きの事実が!#サイエンスZERO pic.twitter.com/YKKDINQsIM
番組の要旨はこうだ。
・ 地球上に初めて生物ができたあとで、生物の進化は緩慢だった。
・ 全地球凍結(スノーボールアース)のあとで、大幅な進化が起こった。
それはミトコンドリアを取り込んだ真核生物の誕生である。
・ それまでは酸素の少ない大気に適した生物が優勢だった。
だが、ミトコンドリアを取り込んだので、酸素を使えるようになった。
・ その後、6億年前に多細胞生物が出現した。
・ 5.5億年ほど前に、カンブリア爆発があった。(急激な進化があった。)
・ 6億年前に多細胞生物が出現したことは重要だったが、理由は謎だった。
・ 月を観測すると、8億年前に、大量のクレーターができていた。
・ その頻度が異常なほど多いので、巨大小惑星の衝突・解体を想定した。
・ 巨大小惑星の破片の一部がひろがって、月にも落下したのだろう。
・ 同時に、その破片の一部がひろがって、地球にも落下したのだろう。
・ ちょうどその時期に地球のリンの濃度が急上昇したと判明している。
・ これは偶然とは思えないので、巨大小惑星の破片の落下はあったはずだ。
・ こうしてリン濃度が急上昇したので、多細胞生物が増えたのだろう。
・ 生物の状況を変化させるのは、環境の急激な一変だ。それが起こったのだ。
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論理的には穴がいくつもあるので、「完全に実証された」とまでは言えないが、「傍証がいろいろとある、有力な仮説」と言える。おそらく真実だろう。
それにしても、壮大なスケールの話だ。たぶん地球の歴史上では、恐竜絶滅をもたらした巨大隕石をしのぐ、史上最大のスケールの天変地異であっただろう。全地球凍結(スノーボールアース)と同程度の大規模な話だ。
以上は、番組の紹介だ。もっと詳しい話を知りたければ、再放送を見るといいだろう。
月のクレーターで地球の生命進化に新シナリオを加える大発見が!今から8億年前に、これまで知られていなかった巨大隕石がシャワーのように降り注ぎ、それが進化を急速に押し進めたという可能性が浮かび上がってきた。この時期は、地球で生命の必須物質「リン」が急増し、「多細胞動物」が大進化を遂げた時期とぴたりと符合するという。地球と、生命と、宇宙からの隕石とが織りなす“共進化”の最新シナリオを専門家と語りつくす。
再放送:1月29日(土)午前11:00
( → 「月が教えてくれる!? 地球と生命“共進化”の謎」 - サイエンスZERO - NHK )
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さて。話はここで終わらない。
NHK では「多細胞生物」というふうに述べたが、実は、これは正確ではない。むしろ「有性生物」もしくは「有性の多細胞生物」と言うべきだ。
なぜなら、多細胞生物であっても、無性生殖をする多細胞生物というのは、進化上ではほとんど意味をもたないからだ。
「無性生物の多細胞生物は、糸状または群体状に限られる」
これを裏返して言えば、次のようになる。
「複雑な組織をもつ多細胞生物であるためには、(無性生物でなく)有性生物であることが必要だ」
これはとても重要なことだ。
( → 性の誕生(半生物を越えて): Open ブログ )
無性生物の多細胞生物は、体細胞分裂(自己複製)の形で増えることしかできなかったので、同一の部品をつなぐような形の多細胞生物しかできなかった。(同じパーツで作られたレゴみたいなものである。)
有性生物の多細胞生物は、精子と卵子の結合による1細胞から、「個体発生」の過程を経て、次々と多様な細胞を生み出して、複雑な構造をもつ個体となることができた。こうして最終的には高度な生物が出現した。
とすれば、ここでは、「有性動物」であることが決定的に重要だったのだ。
「単細胞生物から多細胞生物へ」という進化の過程。それは、無性生殖の場合と、有性生殖の場合とでは、まったく異なる経路を取った。
(1) 無性生殖の場合には、「単細胞生物から多細胞生物へ」という進化はあったが、それは「進化の行き止まり」であった。つまり、そこから先へは進まなかった。
(2) 有性生殖の場合には、「単細胞生物から多細胞生物へ」という進化があった。それは「無性生殖の多細胞生物から、有性生殖の多細胞生物へ」という進化ではなくて、「有性生殖の単細胞生物から、有性生殖の多細胞生物へ」という進化だった。……いったん有性生殖の単細胞生物が生じれば、あとはほとんど自動的に、有性生殖の多細胞生物への進化が急速に起こった。
その時期は、カンブリア爆発の時期である。カンブリア爆発の時期には、生物の種類が急激に増えるという、空前絶後の急激な進化がほぼ突発的に起こった。その理由は? この時期の最初に、有性生殖が完成したからだ。いったん有性生殖が完成すれば、あとは「交配による多大な試行錯誤」という形で、急激な進化が起こるのは当然だった。
( → 有性生殖と多細胞生物: Open ブログ )
ここから、次の結論を得る。
無生物 / 無性生物 / 有性生物
二つの境界には、どちらも / という境界線を引けるが、その境界の大きさは、後者の方が圧倒的に大きい。ここにこそ決定的な重要性がある。
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「無生物/無性生物」の区別よりも、「無性生物/有性生物」の区別の方が、圧倒的に大きい。……これは、結論である。
( → 有性生物と無性生物: Open ブログ )
では、その有性動物は、いかにして誕生したか? 隕石の落下のせいか? 違う。すでにその萌芽は用意されていた。「接合」である。
高度に進化するために、有性生殖という形質が備わったのではない。有性生殖という形質が備わった生物のみが、高度に進化することが可能になったのだ。
最初の有性生殖の生物は、多細胞生物である必要はない。また、有性生殖が最初から完成していた必要もない。最初はゾウリムシのような単細胞レベルの「接合」レベルで十分だった。そこから、有性生殖がしだいに発達して、普通の有性生殖が起こるようになった。すると、単細胞生物から多細胞生物になる能力を獲得した。かくて、以後は進化して多細胞生物になることができた。そこからさらに、高度な組織をもつ多細胞生物に進化していった。
( → 有性生殖と多細胞生物: Open ブログ )
有性生殖ができるための遺伝子的な条件は、それまでにすでに準備されていた。それが「接合」だ。
その「接合」が完全な「有性生殖」に転じたのがいつであるかは、不明だ。8億年前の前かもしれないし、同時期かもしれないし、後かもしれない。ただ、いずれにせよ、「リンの急激な増加による、環境の一変」という出来事のあとでは、「有性生殖の生物が急激に進化して増えることができる」という環境が用意されたことになる。かくて地球上には複雑な構造をもつ多細胞生物があふれるようになったのだ。
なお、私の想像を言えば、こうだ。
「7億年前には、原始的な有性生殖の生物ができて、やや複雑な多細胞生物がわずかに出現するようになった。(化石は未発見)
6億年前には、かなり高度な有性生殖の生物ができて、かなり複雑な多細胞生物がいくらか出現するようになった。(化石はエディアカラ生物群。時代は先カンブリア時代。)
そして 5.5億年前になると、今日の生物のように、減数分裂という機構を備えた有性生殖の生物が出現した。このとき同時に、高度な進化が可能となったので、一挙に進化が爆発的に起こった。それが、カンブリア爆発だ」
こうして今日の多様な進化の源泉が説明されたことになる。(ただしこれは私の主張だ。学会公認ではない。)
【 関連動画 】
[ 付記1 ]
NHK の説明(上記)には、こうある。
この時期は、地球で生命の必須物質「リン」が急増し、「多細胞動物」が大進化を遂げた時期とぴたりと符合する
これが8億年前だとしているが、「多細胞動物」が大進化を遂げた時期は、先カンブリア紀であって、カンブリア爆発の少し前(6億年前)だ。時期は「ぴたりと符合する」というほどではない。2億年ほどのズレがある。
※ ただし、そのくらいのズレがあっても、別に問題はない。十分な環境ができてから、実際に生物の進化が起こるまでには、ある程度の時間がかかるのが当然だ。 進化は一日にして成らず。
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参考記事。
真核生物の出現は不確かだが、21億前までには最初の真核生物が表れたと推定されている。ただし、初期の真核生物の系統の多くは残っておらず、多様化が進んだのは11億年前とする説がある。
米国テキサス州とインドでの古い不確かな報告以外では、複雑な多細胞生物と考えられる最古の証拠は約6億年前のものである。世界各地の約6億年前から約5億4200万年前にかけての地層から、現在のものとは全く違う無脊椎動物の痕跡が見つかっている。これらはエディアカラ生物群と呼ばれる。
( → 先カンブリア時代 - Wikipedia )
カンブリア爆発の当初に出現したのは、エディアカラ生物群だが、それは今日の生物の直接の先祖ではなく、その子孫はすべて絶滅したようだ。
一方、別系統の生物群があって、それが今日の生物群につながっていく。これらの生物群の最古のものが何であるかは、研究途上であるようだ。
なお、バージェス動物群は、現在の生物の系譜につながっているが、最古ではなくて、最古よりもちょっと後である。
[ 付記2 ]
リンは、地球の内部構造には含まれるが、地殻変動によって地表に近いところで産出されるものは少ない。
人類の手にするリン鉱石の大半は、古代生物由来である。化石のような形で産出するわけだ。
→ リン鉱石 - Wikipedia
生物に必要なリンが生物に由来するというのでは、順序がループ状になってしまうので、由来を説明できない。とすれば、地球表面のリンがどこから来たかということの説明は、「地球外の宇宙から」というふうに説明するしかない。
あなたも私も、地球から生まれたのではなく、地球と小惑星から生まれたのだ。私たちの成分の一部は、小惑星に由来するのである。
[ 付記3 ]
「リンなんて必要なのかよ。必須栄養素に入っているわけでもないし、リンなんて食事で摂取しなくても大丈夫だろ」
と思うかもしれないが、さにあらず。リンは ATP を構成するのだ。
ATP = アデノシン三リン酸
ATP の重要性は、生物学を学んだ人なら誰でも知っているだろう。光合成の過程でも使われるし、生物のエネルギー利用の過程でも使われる。生物とは ATP を使う存在だ、と言ってもいい。この地球上にあるのは「リンを用いるタイプの生物だ」と言ってもいいのである。少なくとも、多細胞生物はそうだ。
※ 無性生殖をする単細胞生物には、 ATP を使わない生物もある。仮に地球上にリンが豊かになかったなら、リンや ATP を使えないまま、地球上の生物はいつまでも単細胞生物(無性生殖の生物)のままだっただろう。
※ 必須栄養素にリンが入っていないのは、リンが不要だからではなく、リンがどこにも入っているからである。植物(野菜)にも、タンパク質(肉・魚)にも、穀類(パン・ごはん)にも、どこにも ATP は入っている。どこにもあるから、いちいち個別に分けて考える必要がないわけだ。それはいわば、「水分」があらゆる食物に含まれているのと同様だ。どこにも入っているものは、必須栄養素にはならないのだ。
いつも勉強になります。
理由は最後の [ 付記 ] に記してあります。
RNAやDNAはポリリン酸エステルですから当然リンが必要なのですが、10年以上前、リンを硫黄に置き換えてもDNAもどきができるかもしれないという報告がありました。そういえば20種類のアミノ酸にもリンは含まれていませんが硫黄は含まれています。生命誕生のシナリオが一つ明らかになるかもしれませんね。
何らかの考察が可能でしょうか。
多様性という観点で言えば、多種の性があっても良い気がします。