2021年12月07日

◆ 賃上げ減税は有効か?

 「企業に賃上げを促す優遇税制」という方針を岸田首相が示した。賃上げ減税である。では、これは有効か?

 ――

 賃上げ減税は、安倍首相のときから実施されたが、岸田首相はそれをさらに拡充する方針だ。
 安倍首相のときは、こうだった。(12%、15%、20%、25%)
 大企業の場合、平均給与支給額を前年度より3%以上増やしたうえで、生産性の向上につながる国内の設備投資や社員の教育費を一定以上増やすと、賃上げ総額の最大20%を法人税額から差し引いて減税する。これまでは2%以上の賃上げで最大12%だったが、減税幅を広げた。
 中小企業はさらに条件を緩くして、1.5%以上の賃上げで賃上げ総額の最大15%を減税する。2.5%以上の賃上げをして、社員教育などの人材投資も手厚い場合は最大25%まで減税幅を拡充する。
( → (教えて!税制改正:7)法人税にアメとムチ、3%賃上げ実現する?:朝日新聞

 岸田首相は、さらに率を大幅アップする。
 賃上げをした企業の法人税の税額控除率を最大で大企業30%、中小企業40%にそれぞれ引き上げる方針を固めた。
( → 賃上げ、税優遇拡充へ 大企業30%・中小40%控除の方針 首相所信表明:朝日新聞

 大盤振る舞いといっていいほどだ。これほどにも巨額になると、単なる「政策的な促進税制」というのにとどまらず、「政府の払う金で賃上げをする」という傾向がかなり強まる。「人のふんどしで相撲を取る」という感じだ。

 ここで、疑問だ。これほどにも大量の金を投じて、その方針は有効なのだろうか? 「これで賃上げになれば、国民は得をするのだから、好ましい」と言えるだろうか? 「政府の払う金は半額以上だから、払った金額以上の効果があるので、レバレッジの効果が働いて、有効だ」と言えるだろうか?
 政府系の経済学者ならば、「イエス。これは有効な政策だ」と答えるだろうが、本当にそうだろうか? 
 むしろ、「これは、うさん臭い政策だな」と感じる人もいそうだが、実は詐欺的なインチキ政策なのだろうか? もしそうだとしたら、どこが詐欺的なのか? 難点をはっきり指摘できるだろうか? 

 「わからないから、教えてくれ。名探偵の解説を求む」
 という声が上がりそうだ。そこで、困ったときも、困ってないときも、 Openブログ。きちんと解説しよう。

 基本


 そもそも、企業に減税するというのがおかしい。これでは結果的に、企業への課税が広範に免除されることになる。「国民の賃金を上げるための政策」が目的であるのに、実際にそれでお金をもらって優遇されるのは企業であることになる。これは形を変えた「企業優遇」であって、国民のための施策とはならない。「国民全体」から「企業・資本家」への利益移転になるからだ。

 これに対して、「でも賃上げがあれば国民に利益が移転するぞ」という反論がありそうだ。しかしそれは「捕らぬタヌキの皮算用」である。「賃上げがあれば得するぞ」と思っている人が多いようだが、「賃上げがあれば」というのは仮定であるにすぎない。その仮定は、大半の人には適用されない。
 後述するが、この政策で現実に賃上げが起こるのは、国民の一部だけだ。せいぜい1〜2割だけだ。現実には、1割以下になるだろう。そういう少数の人にとっては、「賃上げがあれば」という仮定は満たされる。しかし、残りの大部分の人には「賃上げがあれば」という仮定は満たされない。「賃上げがあれば利益を得る」ということが成立するとしても、「賃上げがある」ということが実現しないのだから、以後の話は画餅となる。「捕らぬタヌキの皮算用」である。
 結局、たいていの人にとっては、賃上げはない。にもかかわらず、法人税の減税のための負担は、国民全体に広く及ぶ。たとえば、法人税減税のために 1兆円を投じたなら、その金は日本人の成人 1億人で負担するとして、1人あたり1万円を徴収されることになる。たいていの人にとっては、利益を得ることはなしに、1万円の負担だけがのしかかるのだ。

 「でも増税には国会の議決が必要だから、そう簡単に増税はできないだろ」
 と思うかもしれない。だが、それは考えが甘い。そのことは、次の図からわかる。


zei-shaho2.jpg
出典:マネーポストWEB


 税負担率は 15% で変わらなくとも、社会保険料がどんどん上がるので、税と社会保険料の総額は、
    約 40% → 46% → 約 50%

 というふうにどんどん増えていく。
 「そう簡単に増税はできないだろ」と楽観していても、実際には「社会保険料がどんどん上がる」という形で、実質増税と同様になるのだ。
 当然だが、「法人税を莫大に減税する」というふうになれば、その負担は、国民に丸ごとのしかかる。増税というより、社会保険料の値上げという形で。


 ※ 「日本では税よりも社会保険料の負担が大きい」……という件については、前に別項でも詳しく論じた。そちらを参照。
    → 所得税減税は金持ち優遇: Open ブログ

 詳細


 さらに、細かな話を個別に論じよう。

 (1) 損得計算

 そもそも、「税の優遇で方針を推進する」という方針は、賃上げには成立しない。なぜか? たとえ税による援助があっても、その援助率はたかだか 40% なのだから、残りの 60%は自己負担しなくてはならない。ということは、
 「 100円失えば、40円を補填してもらえます」
 ということだ。残りの 60円は負担する必要がある。とすれば、差し引きして、60円の損だ。結果的に損するとわかっていることを、やる馬鹿はいないだろう。

 これが賃上げでなくて、投資ならば、話は異なる。投資ならば、100円を投資して、100円以上を回収できる。120円を回収できれば、利子を払った残りが利益となる。100円未満しか回収できないのなら、事業は赤字だから、その事業をする気にはなれない。ただし、ここで政府から補助金として 10円をもらえるのであれば、95円しか回収できないような赤字事業であっても、投資するだけの価値がある。……こうして、政府の補助金で、赤字事業をやらせる、という効果はある。この場合には、補助金の効果はある。
 だが、今回の話は、投資ではない。賃上げで払った 100円は、投資ではないのだから、回収することはできない。払った 100円は丸損となる。ここで、10円ぐらいの補助金をもらったとしても、100円の損失に対しては「焼け石に水」であるにすぎない。

 つまり、「補助金が有効かどうか」ということは、それが「投資であるか」「賃上げであるか」で、まったく異なる。投資であるなら、投じた資金の回収ができるので、わずかな補助金でも効果はある。賃上げであるなら、投じた資金の回収はできないので、100%未満の補助金ではまったく効果がない。
 というわけで、「補助金を出せば方針が推進されるだろう」ということは、賃上げについては成立しないのだ。補助金の有効性は、投資の場合にはあるが、賃上げの場合にはないのだ。
 ここを理解しないで、「補助金を出せば推進されるだろう」と思うのは、あまりにも頭がおめでたい。

 (2) 業種差

 そもそも、賃上げをするかどうかは、「企業が賃上げをしたいかどうか」で決まるのではない。「賃上げをできるかどうか」で決まる。
 賃上げをできる(黒字)企業であるなら、他社に先駆けて優秀な人材を得るために、賃上げをする。
 賃上げをできない(赤字)企業であるなら、赤字のさなかで会社の倒産を免れることが最優先であるから、賃上げをしたくでもできない。ない袖は振れない。
 ここでは「したいかどうか」ではなく、「できるかどうか」で決まるのだ。そして、できない企業では、どれほど補助金をたくさん積んでもらっても、(それが 100% の補助金でない限りは)賃上げをできるはずがないのだ。

 (3) コロナ時

 では、賃上げをできる企業とできない企業は、どう違うのか? 普通の経済のときなら、「優良企業と劣悪企業」というふうに区別できるので、「優良企業が伸びて、劣悪企業がつぶれればいい」という市場原理を強めるだけよかった。
 しかし今は違う。今はコロナ不況の時期だ。ここでは、次のような差が生じている。
  ・ 遊興施設や飲食店は赤字化している。( → 前項
  ・ 家電、ネット、スーパーなどの業種は増収増益だ。(巣ごもり需要で)


 これらの業種差については、次に説明がある。
  → 新型コロナで増えた消費、減った消費−巣ごもり・デジタルは増加

 こういうふうに、業種差があるのだ。黒字の業種は賃上げができるが、赤字の業種は賃上げができない。「したいかどうか」ではなく、「できるかどうか」が問題なのだ。
 ここでは「補助金を出せば賃上げをするようになる」ということは成立しないのだ。赤字の業種は、それどころではないからだ。

 (4) 貧富で給付の逆転

 上の業種の差を見れば、今回の政府方針(賃上げに補助金)は、本末転倒の効果があるとわかる。なぜなら、こうなるからだ。
  ・ コロナ下で儲かって仕方ない黒字業種には、たくさんの補助金が出る。
  ・ コロナ下で青息吐息になった赤字業種には、まったく補助金が出ない。

 これはつまり、次のことを意味する。
 「儲かっている企業には国がたくさんの金を与えて、そのために必要な金は、苦しんでいる赤字企業や失業者からむしり取る」

 つまり、貧民の金をむしり取って、その金を豊かな富裕層に贈る、ということだ。貧富の格差を拡大するということだ。所得再配分を、本来の方向とは正反対の方向に実施する、ということだ。( 貧者 → 富者 )

 対案


 以上で述べたように、政府の方針(賃上げ減税)は根本的に駄目な政策である。
 では、こういう馬鹿げたことをやめるとしたら、そのかわりに、どうすればいいのか? 単に政府の方針をやめるだけでは、賃上げは促進されない。だから、かわりに、別の形で賃上げを促進することが必要だ。では、どうすればいいのか? 何かうまい案はあるのか? 困ったときの Openブログで、うまい案を出せるのか? 
 そこで、以下ではうまい案を出そう。

 先に述べたように、現状では、賃上げをしたくてもできない企業が多い。一方で、通常以上に賃上げを容易にできる企業も多い。ここでは、コロナ下における業種差が現れている。
 どうしてこういう業種差が現れるかというと、コロナのせいである。コロナ不況という特別な状況においては、業種の違いで、業績の明暗が「まだら模様」のように現れるのだ。

 この本質を理解すれば、正しい方策もわかる。こうだ。
  ・ コロナ不況のさなかでは、賃上げ減税をしない。
  ・ 賃上げ減税をやるとしたら、コロナ不況の終了後である。
  ・ その場合には、全業種を対象として、小幅の減税(10%程度)をやるだけでいい。


 それとは正反対の方針が、現状である。
  ・ コロナ不況のさなかで、賃上げ減税をする。
  ・ 賃上げ減税をやるのに、コロナ不況の終了後まで待てない。
  ・ その場合には、(実質的に)好況の特定業種だけが対象で、大幅の減税をやる。

 こういうのを、愚策という。

 ――

 では、愚策のかわりに、何をすればいいか? どうすれば、賃上げを実施できるか?
 正解を言おう。コロナ下では、特に賃上げをめざす必要はない。賃上げができる業種(家電やネットやスーパー)などでは、賃上げをしてもいい。しかしそれは、政府がなすべき喫緊の政策ではない。
 政府がなすべき喫緊の政策は、儲かって仕方のない業種で賃上げを促すことではなく、倒産寸前の店が多い遊興施設や飲食店などを救済することだ。そこでは(賃上げを促すよりも)失業を回避することの方が優先する。そして、失業を回避するためであれば、賃上げどころか賃下げがあってもやむなし、というふうにするべきなのだ。(賃金よりも雇用維持が重要だ。失業してしまっては元も子もない。)

 このコロナ下という存亡の危機において、賃上げなんかにこだわっている岸田首相は、あまりにも頭がおめでたいというしかない。それはいわば、強盗に拳銃を突きつけられている状況で、「ケーキを食べたいなあ」と望むような、場違いの夢想である。現実遊離というしかない。おめでたいというか、馬鹿というか、気違いというか。……
 この緊急時になすべきことは何か、その順位づけを間違えてはならないのだ。儲かって仕方のない企業の世話を焼くために巨額の資金を投入するよりは、今にも失業死で首をくくりそうな貧者の人々の世話を焼くべきなのだ。
 岸田首相がどこを見ているか、その馬鹿さ加減には呆れるしかない、というところだ。
 また、その方針を聞いて、「これで自分にも賃上げが来る」と思っている人々のおめでたさにも、呆れるしかない。どちらかと言えば、賃下げやボーナス減の心配をするべきなのに、「賃上げがある」などと思うのは、現実遊離も甚だしい。
 もうちっと現実というものを見てほしいものだ。

 ――

 最後に一つ、付け足しておこう。
 賃上げを実現するための王道は、国による補助金ではない。市場原理による需給の調整だ。そこにおいては、価格を上げるためには、「需要増加」か「供給縮小」か、どちらかが必要である。
 そして、今の日本において必要なのは、労働における「供給の縮小」である。換言すれば、「総労働時間の縮小」つまり「時短」である。それは実質的には「残業時間の減少」を意味する。


roudoujikan1.gif
出典:すくらむ


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出典:すくらむ


 上のグラフからわかるように、日本人男性の労働時間は傑出して多い。このような労働時間を削減することこそが、喫緊の要請となる。そして、それが実現すれば、労働時間の減少によって、労働の供給が減少するので、市場原理によって、労働の価格(つまり賃金)は上昇する。
 つまり、政府が1円も補助金を出さずに、(市場原理を通じて) 賃上げが実現するのだ。自動的に。

 これこそがうまい方法というものだ。困ったときの Openブログ。



 [ 付記 ]
 労働時間を減らすには、どうすればいいか? うまい方法があるか?
 ある。「残業税」を導入すればいいのだ。
  → 残業税を導入せよ: Open ブログ
 これだと、補助金を出すかわりに、国の歳入が増える。政府支出が必要となるどころか、政府の財布に金が入ってくるのだ。

 とはいえ、それだからこそ、自民党政府では実現しにくい。なぜなら、自民党政府というのは、企業に奉仕するためにあって、国民に奉仕するためにあるのではないからだ。

 上記の方針は、「長時間残業をする悪質企業から金をむしり取って、国庫に入れる」というものであり、国民に奉仕する方針である。
 岸田首相の方針は、「国民を優遇する(賃上げを促す)という名分で、実質的には企業に金を配分する」というものであり、企業に奉仕する方針である。

 上記の方針は、「貧しい人々を救え。金持ちに課税せよ」というものだ。
 岸田首相の方針は、「豊かな人々をもっと豊かにせよ。そのための金は、貧しい人々からむしり取れ」というものだ。

 両者はめざす方向が正反対である。自民党政府が、国民のために奉仕するはずがないのだ。(人々はだまされるが。)

posted by 管理人 at 23:44| Comment(0) | 一般(雑学)6 | 更新情報をチェックする
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