2021年11月25日

◆ ゴッホ展(2021年・上野)

 上野のゴッホ展に行ったので、その感想。

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 上野のゴッホ展。
  → ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント|東京都美術館
  → ゴッホ展─響きあう魂 ヘレーネとフィンセント
  → 2021年秋、東京都美術館で『ゴッホ展』開催。





 ゴッホの収蔵家の集めたゴッホの大量の絵画を日本に運んで、まとめて見せてくれる、というもの。ゴッホの絵をまとめてみる機会は、日本ではそう滅多にないことなので、ゴッホの愛好者には見逃せない機会だ。ゴッホは私が一番尊敬する画家なので、是非とも見たいと思っていた。

 全体的には、ちょっと当てはずれだ。日本にはそうそうたる美術館の逸品を見せてくれる美術展があり、そういう展覧会では超A級の作品をいくつも見ることができることもある。
  → 四月の美術展(東京): Open ブログ

 今回はどうかというと、A級の作品が2点あるだけで、他は準A級の作品ばかりだ。わざわざ逸品をいくつも見せてくれるほど親切ではないようだ。それでも、ゴッホの作品をいくつも見る機会は、一生のうちでもそう滅多にあるものではない。あっさり見逃せるわけでもない。

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 今回の展覧会で、新たに気づいたこともあった。
 時間順にたくさん並べてあるので、歴史的発展を見ることができる。すると、次のような順だ。
 (1) 最初は、白黒の素描だ。修行中らしい。ゴッホらしさもあるが、このくらいの絵なら私だって描けるんじゃないか、という気もしなくはなかった。

 (2) そのあとで油絵の時期になるが、すると一転して、滅茶苦茶にうまい。一挙に大幅ジャンプだ。私のような素人とは雲泥の差であることは言うまでもない。並みの画家よりもずっとうまい。ただしゴッホらしさはまだ現れていない。

 (3) そのあとで、上達して、ゴッホらしさのある時期が来る。ゴッホの独自性も備わっていて、凡庸な画家とは別のレベルにあることがわかる。

 (4) さらに完成度の高い作品が生じるようになるが、意外なことに、そこには幸福感がある。ゴッホの絵画は不幸と苦しみにあふれているとばかり思っていたのが、そうではなく、画面には白さや赤さや明るさがあって、春のような雰囲気がある。そして、それは色盲の絵画とは違っている。黄色と青の世界ではなく、緑や赤のある華やかな絵画だ。このようなゴッホの絵画があるのは、ちょっと意外だった。よく考えれば、初期にはそういう絵画があるのは、すでに知ってはいたのだが、今回見たのは、とても幸福感にあふれる絵画だった。……それが 1888年4月の作品まで続く。

 (5) 1888年6月の作品で、一転して、黄色と青の世界になる。赤緑色盲の世界だ。

 (6) 以後、ゴッホの作品は急激に変質していく。黄色と青の世界になるだけでなく、「線状の点描画」ともいうべき、太い線の流れによる描法をもつようになる。そのなかでも傑作の一つが、下記の絵画だ。これは有名な絵画であるが、今回初めて実物を見た。この画像と実物との差は少ない。ほぼこのままの感じだ。


Gogh_1.jpg


 (7) 上の絵にはまだ幸福感の名残のようなものがある。だが、この時期(1888年6月)から後では、ゴッホの特有の精神性が発露されてくる。それは統合失調症の現れでもあるが、精神が分裂して制御できない感じの苦しみでもある。これを見たときの私は、疲労が溜まって、頭が疲れて、肩こりがひどい状態だったので、ゴッホの苦しみがありありとわかるような感じがして、共感の涙が浮かぶような気分がした。

 (8) そのような精神性を感じさせる絵画はいくつもあった。いずれも黄色と青の世界を描いたもので、統合失調症と色盲とが密接に結びついていることが窺われる。(なぜ結びついているのかは不明だが。全然無関係にも思えるのだが。)
 この時期の絵画で最も不幸感を感じさせるものは、「夕暮れの松の木」というものだ。下記に画像が見られる。
  → Pine Trees at Sunset by Vincent van Gogh

 この画像は、実物を伝えていない。ネットには他にも画像があるし、会場では絵はがき(150円)も売っている(私も買った)。だが、そのいずれも、現物のタッチをまったく伝えていない。現物はもっとデリケートな階調性があって、明るい夕暮れの部分が微妙な色彩で描かれている。そのタッチと色と形には、ゴッホの内面の悲しみと苦しみが、光のなかに(にじ)み出るように描かれている。
 これは 1889年の作品だが、ほんの1年ちょっと前までは明るい幸福な絵画を描いていた人物が、たったの1年ちょっとで、どうしてここまで精神が壊れてしまったのか。痛ましさと悲しみには胸を打たれる。
 だが、ゴッホのすごいところは、こういう精神の崩壊が進むにつれて、絵画はいっそう鋭さを増したことだ。彼の苦しみが増せば増すほど、彼の精神は鋭敏さを増して、彼の絵画は純粋に澄んでいく。その絵画はどんどん高みを増していく。

 (9) このころの頂点の一つが、下記の絵画だ。「糸杉と星の見える道」または「夜のプロヴァンスの田舎道」というタイトルで知られる。(二通りの名前をもつ)


Gogh_2.jpg


 これは最晩年(1890年)のもので、名作としても知られている。その実物が、今回、日本で見られるわけだ。私もありありと堪能した。現物にはやはり、上の画像をはるかに超えた深い色合いがある。
 一方、上の画像はどうも色が鈍すぎる。色がとぼけているという感じだ。
 別途、次の画像もある。


Gogh_3.jpg


 同じ絵画とは思えないほど色調が違うが、こちらの方が実物に近い。ただし、コントラストも彩度も、実物よりずっと高いので、派手すぎる感じがする。やはり実物の深みには遠く及ばない。
 なお、この絵画には、Wikipedia では単独の項目まである。
  → 糸杉と星の見える道 - Wikipedia
 これほど有名な絵画が、日本で現物を見られるのだから、やはり、滅多にない機会だとは言える。会場の解説には「16年ぶりの来日」と記してある。

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 ゴッホはこれらの傑作を記したあとで、まもなく死去した。自分で自分を葬ったのである。
 その前の 1889年には、精神病の症状が強く現れて、精神病院に入所していたし、その後は、民間の療養所に入所していた。だが、それで症状が改善したわけでもなかった。1890年7月、自らに銃弾を撃ち込んだ末に、二日後に死亡した。享年 37歳であった。

 彼の絵画は精神の崩壊のギリギリのところで描かれたものであり、その絵画の鋭さには、彼の精神も肉体も耐えられなかったのだと言える。




 ※ ゴッホ展は予約制だが、すでに予約は満杯であり、新たにチケットを購入することはできない。売り切れだ。





 [ 付記 ]
 Wikipedia によると、ゴッホの精神病の病名ははっきりとしない。統合失調症の疑いもあるが、てんかんの疑いもある。
  → フィンセント・ファン・ゴッホ - Wikipedia
 
 私としては、上記の絵画そのものを見て、「統合失調症の傾向が強くあった」と判定する。

 なお、別途、赤緑色盲であることも知られている。
  → ゴッホの絵はこうみえる!?色覚異常の人が見た世界がわかる比較画像 : カラパイア

 ただし、これが強く発症したのは、1888年6月以降である。それ以前には、色盲の傾向がほとんどなかったからだ。……なぜかはわからないが、今回の展覧会の絵画からは、そう結論される。




 [ 余談 ]
 会場入口のそば(入ってすぐのところ)で、解説の映画が上映されている。そこで解説している女子アナふうの人が、深キョンみたいな顔で、やたらと美人だ。「こんな美人女子アナなんて、いたのかな? えらい美人だな」と思っていたが、誰かはわからないままだった。
 会場を出たあとで、パンフレットを見たら、「浜辺美波」と記してあった。
 びっくらこいた。彼女、こんなに顔が変わってしまったの? 




 変わっていた。。。。
   → 浜辺美波 「ゴッホ展――響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」(画像)



 【 関連サイト 】

 → (天声人語)ゴッホ沼:朝日新聞
 オランダの富豪夫人ヘレーネ・クレラーミュラーは何かに取りつかれたかのようにゴッホの絵を買い集めた。
 東京・上野の都美術館で開催中の「ゴッホ展」を見てヘレーネの収集熱に圧倒された。




 【 関連項目 】

 本サイト内にある、他の絵画記事
  → 絵画論の記事




 


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 ※ アマゾンのタイムセールは、11月 26日から始まります。
 
posted by 管理人 at 23:00| Comment(1) | 一般(雑学)6 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
小池一夫のオークションハウスを想わせるような画術評でした!

ゴッホと言えば、平野啓一郎も連想されます。

浜辺美波(笑)・・・写真は時に偽を映す?
Posted by Hidari_uma at 2021年11月27日 23:02
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