2021年11月22日

◆ 現代の「義理と人情」

 「義理と人情」は伝統芸能の大きなテーマだった。それは現代ではどう変化したか? 

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 日米のドラマを比較すると、次の対比を示せる。
  ・ 米国 …… セックスと金
  ・ 日本 …… 義理と人情

 
 米国のドラマは、セックスと金を望む人間の欲望が基本テーマとなる。特にアクションドラマの悪党にはその傾向が強い。普通の市民ドラマでも、欲望がギラギラと脂っこく描かれる。
 日本のドラマは、そういう点では淡泊である。むしろ「義理と人情」という言葉で表現されるような世界が描かれる。
 そこで疑問となる。「義理と人情」は、昔の伝統芸能でも大きなテーマとなった。では、昔の「義理と人情」と、現代の「義理と人情」は、どう違うのか? これについて考察してみる。

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 考えたすえに得た結論をいきなり示そう。こうだ。
  ・ 昔 …… 主君への義理と、親子の人情
  ・ 今 …… 組織のしがらみと、家庭の家族愛。


 昔の「義理と人情」は、わかりやすい。「主君と親」という対立のなかで、「忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず」という矛盾が生じて、個人が悩む。

 今では、その対立は「組織と個人」という対立に置き換わった。特定の主君がいるのではなく、抽象的な組織(会社)が従うべき対象となる。従うべき理由は、忠義ではなく、現代的な組織のしがらみである。そういう組織のしがらみのなかで、個人ががんじがらめになって、個人が悩む。

 昔と今では、そういう対比ができる。「主君」が「組織」に置き換わったわけだ。
 そして、そういう形で、現代では「職場ドラマ」というものが描かれる。換言すれば、現代で「職場ドラマ」が非常に流行しているのは、それがかつての「義理と人情」の形を変えたものであるからだ。

 ――

 さらに言おう。もっと決定的に異なることがある。
 昔は「主君と親」の対比のなかで、主君が勝った。義理が勝った。それほどにも制度的な強制力が強かった。そのなかで、個人の感情は踏みにじられた。そこに悲劇が生じた。……その代表的な例は「忠臣蔵」だろう。
 今は逆だ。「組織と個人」の対比のなかで、組織は敗北して、個人が勝つ。そういう形で、個人の尊厳が高らかに歌い上げられるので、スカッとした感じのエンターテインメントとなる。……その代表的な例は「半沢直樹」だろう。だが、より一般的には、はやりの医療ドラマがすべて該当する。たいていの療ドラマでは、病院側が組織のしがらみによって医療者に圧力をかけるが、医療者は「命の尊厳」を高らかに歌い上げて、組織の圧力を克服する。それによって人間讃歌の感動をもたらす。

 これが日本ドラマの特徴だ。「セックスと金」という個人の欲望がテーマなのではなく、「組織と個人」という対立のなかで、組織のしがらみを克服して、人間や生命の尊さを示して、感動させる。そこでは、男女の愛よりも、親子の愛がテーマとなることが多い。親子の愛は、たいていは無償の愛だからだ。

 従って、見終えたあとの感想も、日米では異なることが多い。
 米国のドラマは、見終わったあとで、「ああ、面白かった。ハラハラドキドキして楽しかった」というような感想になる。
 日本のドラマは、見終わったあとで、「ああ、面白かった。スカッとした」となるか、あるいは、「感動して涙がボロボロ出た」となる。


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 ま、すべてがそうだというわけではないのだが、おおまかには、上のような図式で対比できるだろう。
 
posted by 管理人 at 22:04| Comment(2) | 一般(雑学)6 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
組織と個人の対立なんて20世紀的価値観で古臭くてつまんないな。そんなものはZやZZ、パトレイバーの昔からあったわけで。
だから、ドラマ見てもつまんないのか、あまりにもありきたりな話になりすぎて。
Posted by Triple at 2021年11月23日 10:51
 組織と個人の対立というのは、分類別の1ジャンルみたいなものだから、それ自体の良し悪しはないです。ただの分類項目。

 最近のドラマにも結構面白いものがありますよ。打率が2〜3割だとしても、全部録画して、いいものだけを選べば、けっこう楽しい。米国のアクション映画よりずっと楽しい。子供向けのアニメに比べれば、なおさら。

 最近では、萌音ちゃんの評判がすごくいいですね。
Posted by 管理人 at 2021年11月23日 12:23
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