2021年10月29日

◆ 男は不美人を愛せるか?

 小室騒動では、「イケメンが不美人を愛せるわけがない」という思いが、人々の根源にあったようだ。では、本当にそうか?

 ――

 人々は小室圭さんを批判した。「愛しているのは、眞子様でなく、金だけだろ。この詐欺師!」というふうに。
 人々がそう思ったのは、「イケメンが不美人を愛せるわけがない」という思いであったようだ。「イケメンならば、相手は選り取り見取りなのに、あえて不美人を愛せるわけがない」と。
 では、本当にそうか?

 ――

 ここで、「眞子様を愛せるかどうか?」ということで、私が自問自答してみると、「大幅にイエス」と言える。なぜか? その人柄だ。
 もちろん私が直接会って知っているわけではないのだが、皇室の人々の人となりを知ってみると、どの一人を取っても、非常に立派な人柄であるとわかる。博愛精神に富んでおり、常に国民への愛を忘れない。これは、本人が生まれ持って備えた性質というよりは、家系に伝わったものだろう。つまり、美智子妃を始点として、その夫や、その子である浩宮と礼宮に備わるようになったすえ、その孫である眞子・佳子・愛子妃にまで伝わったものだろう。家系のたまものとも言える。かくて、その家柄にふさわしい高貴さをまとうようになった。それは雰囲気としてにじみ出るものだ。  
 こういう人柄の人物であれば、私としては心から尊敬するし、女性として心から愛することができると思う。それは顔の美醜とは無関係だ。(人柄を思って見ていると、顔だってけっこう愛嬌があって、かわいい。)

 一方、そのへんの繁華街にいる若者はどうか? ちょっとぐらい顔のかわいい女の子もいるにはいるが、いかにも蓮っ葉で、高貴さとはおよそ縁がない。皇室の女性に比べると、下品ですらある。ま、下品と言えば、私だって下品だし、人のことは言えたものではないので、下品な女性に文句があるわけではない。だが、こういう女性に比べると、眞子様のような女性のすばらしさが際立つ。

 「蓮っ葉な女性じゃなくて、教養もある立派な女性もいるぞ。女子アナみたいな女性だ」
 という反論もあるだろう。ふむふむ。
 実は、この手の女性は、私のテリトリーなので、よく知っているのだが、扱うのは大変である。本人はモテモテなので、かなりわがままであって、男を顎で使う傾向がある。しかも本人はその自覚がない。いつもチヤホヤされているので、わがままにふるまうのが当然だと思っている。
 のみならず、「私のことを愛してくれるなら、私のわがままを聞いてくれるのが当然でしょ」というふうにふるまう。これは、「わがままを通すことで、こちらの愛情をテストする」という感じだ。で、わがままが通ると、「愛されている」と感じて、ご機嫌になる……という感じだ。(「ノルウェーの森」で、「女は理不尽なわがままを言うものだ」という話をヒロインが述べたが、主人公には理解できない……というエピソードがあった。これも同類だ。)
 ま、男としては、それがわかっているから、それに応じてうまく対応すればいいのだが、けっこう気を遣うものだ。

 で、こういう女性と付き合うのに飽きてくると、眞子様のような女性に会うと、「何て魅力的なんだ」と感じることもあるだろう。特に、イケメンであって、美人には飽きてきたような場合には。


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出典:PRESIDENT


 以上のような話は、非モテの人間には理解できない。「男にとって女は顔だ」「女にとって男は顔だ」というふうに、顔ばかりを重視して、「中身なんかどうでもいいさ。顔だけが大事なんだ」と思いがちだ。しかしイケメンにとって、美人の顔など、見飽きているものなのだ。その一方で、高貴な人柄というのは、滅多に見られない貴重品なのだ。まるで宝石のように。

 ここまで理解すれば、小室圭さんが眞子さんを愛するということも、きちんと理解できるだろう。「イケメンが不美人を愛するはずがない」という思い込みが、ただの見当違いであることも理解できるだろう。

 ちなみに、私は小学時代も中学時代も、女性には同様に接してきた。「不美人だが優等生」である子も、「美人だが劣等生」である子も、「美人で優等生」という子も、友達としては同じように仲良く接してきた。(「美人だが劣等生」という子だけは、話が通じなくて、ちょっと付き合いにくかったが。)
 ともあれ、仲良く友達づきあいができる限りは、女の子の顔の美醜などは関係なかった。話があうということだけが大事であって、美人か不美人かは関係なかった。それは、男の友達の顔を気にしないのと同様である。

 異性の顔にやたらとこだわるのは、一種の美的な差別主義なのである。そういう差別主義の人が、「イケメンが不美人を愛するはずがない」というふうに思うようになる。自分の心を反映して。
 しかしそこに反映して現れたのは、自分自身の偏見の像なのである。
 

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posted by 管理人 at 22:06| Comment(4) | 一般(雑学)6 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
竜とそばかすの姫を見たらいい。
イケメンのしのぶが愛したのは美しいベル、じゃなく、そばかすだらけのすずでした
Posted by Triple at 2021年10月30日 00:38
 少女マンガって、「年下のイケメンがアラサー女に惚れる」という話がやたらと多いんですよね。
 少女マンガを原作とした恋愛ドラマも、そういうものばかり。最近のドラマはそういうのが多すぎて、食傷気味。
 女性はイケメンにこだわりすぎ、とも言える。

 男性漫画は、それほどにも美少女にこだわっているわけではないんだが。「とびきりの美女が醜男に惚れる」というような話は少ない。「クラスメートのちょっとかわいい子と仲良くなってドキドキする」というぐらい。
 
 女性はイケメンにこだわりすぎ。だから小室さんにも……
Posted by 管理人 at 2021年10月30日 00:48
>「年下のイケメンがアラサー女に惚れる」

私的には少女漫画というよりきららとかタイムとかの四コマ漫画系に多い印象です。女性作家が好んで描く、という点は同意です

>男性漫画
男性漫画は原則、「努力、友情、勝利」のジャンプメソッドが基本なんで説明が面倒くさい恋愛ものは避ける傾向にあるかも

>「とびきりの美女が醜男に惚れる」
富野監督の作品は美女はたいてい最低最悪の男に惚れる傾向にあるなーと、(顔はともかく性格は最低最悪)
特にZ,ZZ,V当たりのガンダムに顕著なんですけど、こういう展開は見ている側も結構きついので、人気が出ないかもしれないですね
Posted by Triple at 2021年10月31日 21:49
 上のコメントについて。

 (1)
 ドラマの原作となる漫画は、ストーリーものが多い。

 (2)
 下記記事
 → 「週刊少年マガジン」連載作品の半分がラブコメになったのはなぜ? 
  https://realsound.jp/book/2021/10/post-877720.html

 (3)
 富野監督の作品には、特に美女設定の人物は現れないのでは? 恋愛要素が少ないし。
 参考:
> 富野 僕は「恋愛」というそれだけを取り出して、妙に貴重なもののように語るということが大嫌いなんです。
  http://www.turn-a-gundam.net/special/11.html

 そうだよなあ。恋愛嫌いだというのはわかる。
Posted by 管理人 at 2021年10月31日 22:17
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