2021年10月23日

◆ 転職すれば給料が上がるか? 

 転職すれば給料が上がる……という俗信があるが、本当か? 

 ――

 現在の職場に不満で、転職を考えている人もいるだろう。「転職すれば給料が上がるかな……」と。では、本当に給料は上がるのか? 


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 「転職すれば給料が上がる」というのは、原理的に考えれば、正しいと思える。次のことによる。
 「現在の給料の職場を含めて、多くの転職先を候補に挙げる。それら多くの候補のうちで、給料が最高の転職先を選べば、現状よりも良くなるはずである」(最悪でも現状維持である)

 これはまあ、妥当な考え方である。
 さらに、ここから次の考え方が得られる。
 「最高の給料を払える職場は、その人の能力を最も良く生かせる職場である。人々がそれぞれ、各人にとって最高の給料を払ってくれる職場に転職すれば、全体としては人材配置の最適化がなされる。……このことを通じて、全体(国全体)の状況最適化がなされる。つまり、雇用の流動化を促進することで、全体の状況最適化が進む」

 こういう理屈によって、「雇用の流動化を促進することで、一国経済全体が改善する。だから解雇規制をなくすべきだ」という主張も出た。

 ――

 さて。理屈はそうだが、現実にはどうか? 現実を調べると、次のようなデータが得られた。
 日本で転職した人、なかでも正社員で転職した人たちは給料が上がっているのだろうか。
 業界大手のマイナビの調査をみて驚いた。正社員で転職した人の平均年収をみると、転職前は461.2万円だったのが、転職後は453.0万円に減っていたのだ。リクルートワークス研究所の調査でも、転職後に年収が5%以上あがったと答えた人は日本では39.7%のみ。
( → (日本経済の現在値:2)キャリアアップは一部だけ 13人に1人、25〜34歳の転職:朝日新聞

 給料は、上がるどころか下がっていたのである。つまり、「転職で給料が上がる」という俗信は、現実にはまったく成立していなかったのだ。

 ――

 では、どうしてそういうことが起こったのか? 人々はなぜ、給料が下がる形で転職を進めたのか? その理由も、記事にある。先の続きに、こう記してある。
 では、いったい何のために転職しているのか。
 マイナビの調査によると、転職先の条件としてこだわった点には、給料アップよりも希望する勤務地や休日・休暇制度が整っていることを挙げる回答のほうが多かった(複数回答)。

 給料は下がっても、勤務地の近さや休日の多さで改善していれば、全体状況の改善があるので、転職を選ぶようだ。
 というか、私の聞いた範囲では、転職の最大要因は、「現状では忙しすぎて、子育てや介護ができないから」ということであるようだ。もらえる金額の高低ではなくて、苛酷な労働環境が自分の生活を圧迫して耐えきれなくなった、ということであるようだ。
 だから、こういう形で転職を進めても、(経済学的な)「全体状況の改善」というようなことはないわけだ。むしろ(生活面での)「個人状況の改善」があるだけのようだ。

 とすれば、「解雇規制を緩和して、雇用の流動化を促進すれば、経済的な全体状況が改善する」というような説は、ただの画餅であるにすぎないのだろう。
 記事にもこう記してある。
 海外のようにキャリアアップで高い賃金を得られるような転職は一部に限られ、むしろ、非正規労働者が仕事を転々としたり、正社員も職場の環境が悪いために転職を望んだりしているようにもみえる。
 転職しやすい環境を整え、成長分野に人材がスムーズに移動できれば経済も活性化する。そんな政府や経済界が強調してきた転職像とは、ギャップがあるのではないか。

 続けて、次のようにも記している。
 星野卓也・主任エコノミストは「コロナ禍で仕事が減った飲食業の人が突然IT業界に移るようなことはあまりなかった」と話す。
 政府は、一度仕事を辞めて大学などに通う「リカレント教育」や、新しい事業や職種に必要なスキルを習得する「リスキリング」も後押ししてきた。しかし、東京大学の本田由紀教授(教育学)は、こうした取り組みは90年代から繰り返されているが、あまり効果が出ていないと指摘。

 「転職を促進することで、日本経済を改善する」というのは、リクルートや、パーソルや、パソナキャリアのような転職紹介会社の、巧みな口先に踊らされているだけだ、とも言えそうだ。



 [ 付記1 ]
 本項は、転職に否定的であるように見えるかもしれないが、そういう趣旨ではない。私の身近でも、転職で大成功した、という例はいくつか見聞している。
 それらに共通するのは、こうだ。
 「もともと弱小企業で不遇をかこつていたのだが、転職して、一流企業に入社したら、厚遇で迎えられた」
 これは、特別にうまい話があったわけではなくて、能力のある人が分相応に待遇されるようになった、というだけのことだ。ただし、それまでが不遇だったので、状況は好転したわけだ。
 一方、能力のない人がもともと分相応に待遇されていたのなら、やたらと転職しても、状況が向上することはない。
 その違いを理解しておけば、他人の成功例を聞いても、羨むこともないだろう。「あいつが転職で成功したのなら、おれも……」という話が成立するかどうかは、あくまで本人しだいなのである。

 ここで変に自惚れていると、結果は大失敗となるので、ご注意。
 「転職しようとしたら、どこでも現状以下の給与しか呈示してくれなかった! 元の会社に戻ろうとしても、戻れなかった!」
 てなことになりかねない。 

 ※ 事例。
   → 仕事辞めたワイ「仕事辞めなきゃ良かった……」

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 [ 付記2 ]
 記事では「給料が下がっても転職する」という傾向が窺えたが、その裏付けとなる話もある。都会では、高給だが、保育所には入れない。それでは生活が成立しない。そこで、保育所に入りやすい地方に転居した、という話だ。
 ようやく認可保育所に通えると決まった。
 ただ割り振られたのは第5希望。最寄り駅は、鉄道各社が乗り入れ、乗降客数が世界一多いとされる新宿駅だった。通勤ラッシュ時、自宅を出て新宿までの4駅10分。ベビーカーを蹴られた。ホームや車内で「邪魔だ」と声が響いた。
 居場所がない。子育てにどれだけ冷たいのか――。
 東京暮らしの「とどめ」となったのはコロナ禍の20年2月末、当時の安倍晋三首相が示した一斉休校の方針だった。保育所が休みになり、テレワークをしながらの育児は限界に達した。
 1カ月後、仕事の取引先があった岐阜県高山市に移住した。東京と異なり、保育所は第1希望にすぐ入れた。今年4月に進んだ幼稚園には送迎バスがあった。
 2人目がほしい。岐阜に来たことで初めて思えた。
( → (危機の時代に 2021衆院選:6)子育てに優しくない社会 保育所探しに疲弊、児童手当は縮小:朝日新聞

 こういう傾向は、今はテレワークの時代なので、転職なしでも実現できそうだ。だが、テレワークでは済まない職種だと、「転職するか、育児問題で生活破綻するか」という、二者択一に迫られそうだ。
 その結果が、「給料は下がっても生活水準が向上する」という形での転職なのだろう。(地方移住で)


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posted by 管理人 at 22:01 | Comment(1) | 一般(雑学)6 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 転職でなく転居で大成功した事例。こんなこともあるんだ、と驚くと同時に、奥さんの賢さに感嘆する。

 → 〈241〉こんなはずでは。破綻しかけた夫婦の転居録 | 朝日新聞デジタルマガジン 
  https://www.asahi.com/and/article/20211013/410033138/
Posted by 管理人 at 2021年10月24日 21:37
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