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1 日本の低成長と没落
世界の中で日本だけが特別に低い成長率にあえいでいる。順位で言えば大幅に低下した。……このことは、奇しくも朝日新聞と NHK が同時に報じている。「賃金が上昇しない」という形で。
国際通貨基金(IMF)の統計で、国の経済規模を示す名目国内総生産(GDP)をみると、日本は米国、中国に次ぐ世界3位と大きい。しかし、1990年の値と比べると、この30年間で米国は3.5倍、中国は37倍になったのに、日本は1.5倍にとどまる。世界4位のドイツも2.3倍で、日本の遅れが際立つ。国民1人当たりのGDPも、日本はコロナ禍前の19年で主要7カ国(G7)中6番目という低水準だ。
賃金も上がっていない。経済協力開発機構(OECD)によると、2020年の日本の平均賃金は、加盟35カ国中22位で3万8514ドル(1ドル=110円で424万円)。この30年で日本は4.4%増とほぼ横ばいだが、米国47.7%増、英国44.2%増、ドイツ33.7%増、フランス31.0%増などと差は大きい。賃金の額も、隣国の韓国に15年に抜かれた。
なぜなのか。
( → アベノミクスでも低成長 30年間の平均賃金、米は5割増、日本は… [2021衆院選]:朝日新聞 )
NHK にも同趣旨の記事がある。
この30年間で各国の所得は大幅に上昇したのに対し、日本はほぼ横ばいで推移しています。
「なぜ年収は上がらないのか?」
( → “年収” なぜ上がらない?専門家に聞きました | NHKニュース )
いずれの記事も、賃金の上昇の低迷を示している。それが日本だけの現象だとも示している。その上で、「なぜなのか」と問題提起をしている。
それへの回答は?
朝日記事では、「企業の稼ぐ力を高める成長戦略の失敗を指摘する声は多い」と述べているが、曖昧すぎる。(ほとんどトートロジーで説明しているにすぎない。「失敗したから失敗したんだ」というようなものであって、説明になっていない。)
NHK 記事では、多くの専門家に聞いただけあって、具体的な理由があれやこれやと述べられているが、どれも
2 生産性の向上
そこで、物事の根本から考えよう。
成長のために必要なものは、何か? 単に国の経済的規模を大きくするだけなら、人口の増加があればいい。だが、人口の増加がない状態で、経済を成長させたければ、「生産性の向上」が必要だ。
実は、これこそが経済成長のための王道である。企業としても、これをめざすのが本来のあり方だ。たとえば、アップルやテスラのような会社は、先端技術によって、会社の質を向上冴えて、売上高や利益を向上させた。……こういうことが、本来のあり方なのである。
とすれば、経営者がめざすべきことは、何よりも「生産性の向上だ」とわかる。(企業体質の改善というのも、結果的には同じことである。利益率の向上というのも、結果的には同じことである。)
3 賃金の切り下げ
だから経営者は、生産性の向上をめざすことが必要だ。
しかし、生産性の向上をなし遂げるには、優秀な経営が必要だ。アップルやテスラのような会社は、優秀な経営者がいたから、経営の革新を通じて、生産性の向上をなし遂げた。
では、無能な経営者は、どうするか? 生産性の向上をなし遂げたくても、なし遂げることができないという、無能な経営者は、どうするか? 本来ならば、自分の無能を自認した上で、さっさと退任するべきである。かわりに、生産性の向上をなし遂げることのできる経営者を、内部昇格させればいい。内部にいなければ、外部から招けばいい。
しかしながら、なすべき事をなせないのが、無能な経営者である。彼らは何をするか? 「生産性の向上」のかわりに、「賃金の切り下げ」を実施する。そのことで、会社の利益率を向上させようとする。(労働コストの切り下げによる原価の低下)
これが無能な経営者のやることだ。そして、それが、日本の経営者全体の取る方針となった。経団連は「国際競争力の確保のため」という名目で、しきりに賃金を下げようとした。
要するに、「生産性の向上」という正当な方策を取るかわりに、「労働者の賃金の切り下げ」という歪んだ策を取った。経営者が無能だったので、その無能さの
以上が、長年の賃金低迷の正体だ。
- ※ こういうことが起こったのは、バブル破裂後の不況の影響ではあるが、バブル破裂や不況そのものが、賃金低下をもたらしたわけではない。無能な経営者の皺寄せというのが、本質だ。
4 非正規雇用
さて。経営者は「賃金の引き下げ」を狙ったが、それは簡単には実施できない。「賃金の下方硬直性」というのがあって、賃金を切り下げることは容易ではないからだ。
ただし、表面上ではそうであっても、実質的には賃金を切り下げることができた。それには、二つの方法がある。
(1) 定昇カット
日本は年功序列の賃金体系を取っているので、毎年自動的に賃金が上がる。これを定昇という。この定昇の額をカットすることで、実質的に賃金を下げることが可能となった。会社の支払う賃金総額は、定昇カットの分だけ、低下することになる。
ただし、これは現実にはほとんどなされなかった。倒産寸前の会社は別として、たいていの企業ではなされなかった。(正社員が対象となるので、もしやったら、ストで対抗されそうだ。)
(2) 非正規雇用
正規雇用の社員を非正規雇用の社員にすることで、賃金を切り下げることができる。……実は、これが日本の賃金構造を変化させる、最大の要因となった。(実際に実施された。)
出典:総務省統計局の転載
平成の約30年の間に、雇用者に占める非正規雇用者の割合は約2倍へ大きく増加していることが分かります。平成元年の非正規割合は約20%でしたが、平成31年には約40%と、雇用者の5人に2人が非正規雇用者となっています。平成9年の消費税増税や平成10年の金融危機の影響から景気が急速に悪化し、特に平成10年から平成15年までの5年間は非正規割合の伸び率が突出して高くなっています。この5年間の雇用者全体の内訳を見ると、正規雇用者数が減少し、非正規雇用者数が増加しています。景気の悪化を理由に、各企業が非正規化を進めたのです。
正社員の賃金を切り下げる代わりに、正規雇用から非正規雇用へと転じることを狙った。そのために、社員構成を変化させて、「正社員を減らして、派遣社員や臨時社員を増やす」という方針を取った。
そして、その結果は? 確かに、賃金を下げることには成功した。しかしながら、同時に、労働者の技能は低下したので、労働者の生産性は悪化した。
ここでは、「賃金の切り下げ」と同時に、「生産性の低下」が起こっているのである。
かくて、「賃金の切り下げ」を狙うことによって、「生産性の向上」とは逆の「生産性の低下」が起こることになった。つまり、世界中の各国が「生産性の向上」をめざしているときに、ひとり日本だけは「生産性の低下」をめざしていたのである。自分ではそうだとは気づかないままに。
5 生産性と賃金
そもそも、生産性を上げるというのは、労働者一人あたりの生産額を上げることである。それは労働者の賃金を上げるということにほぼ等しい。(会社側だけが成果を独り占めすることはできないからだ。)
会社側と労働者の取り分の比率は、だいたい一定である。とすれば、生産性を上げるというのは、労働者の賃金を上げるということにほぼ等しい。だから、「生産性を上げよう」と狙っている会社は、いずれも「労働者の賃金を上げる」という結果をともなっている。アップル、テスラ、グーグルは、いずれも高い生産性を誇っているが、同時に、いずれも高い賃金を誇っている。
これらの会社では、高い成長を狙うために、高い賃金を払って、高度な人材を獲得しているのである。高い成長を実現するためには、高い賃金を払うことが必要だ、ともわきまえていた。……これが、有能な経営者のなすことだ。
ところが、それと逆のことをやったのが、日本の経営者だった。「高い賃金を払って、高い生産性を実現する」という方針とは、真逆の方針を取った。彼らは「低い賃金を払って、低い生産性を実現する」という方針を取った。
つまり、世界中の各国が「生産性の向上」をめざしていったときに、日本だけは「生産性の低下」をめざしていったのである。
その結果が、今の日本である。
- ※ ちなみに、日本で最も成功した産業である自動車産業は、日本で最も高い平均賃金を払っている。
※ 逆に、会社が儲かっているときにも安い賃金しか払わなかった家電各社は、いずれも家電分野から撤退した。撤退しないで済んだのは、高い賃金を払っていた会社だけである。つまり、ソニーだ。ソニーだけは、経営者が無能ではなかったので、高めの賃金を払うことで、現在でも繁栄できている。一方、ソニー以外の会社は違う。
高賃金 低賃金
高技能 低技能
そして、日本全体がそうなったことの理由は? もちろん、経営者が無能であることだ。経営者が無能であることが、日本の没落の根源なのである。
比喩的に言えば、日本全体が、「高賃金・高技能」の先進国から、「低賃金・低技能」の途上国へと、変化しようとしたのである。そしてまさしく、日本はそうなっていった。経営者たちが望んだとおりに。
( ※ これは、「成長戦略がなかった」というような、甘い話ではない。ただの作戦ミスではなくて、トップが根源的に駄目だったのだ。スポーツで言えば、監督が試合でたまたま作戦ミスをしたのではなく、監督が根源的に駄目だったのだ。……国で言えば、コロナ対策の最高責任者が菅首相だったようなものだ。)
…… 以上の話によって、物事の本質がわかるだろう。
※ 「ではどうすればいいか?」という対策の話は、次項で。
[ 補足1 ]
外国ではこの問題が発生しないのは、なぜか? 外国の経営者はみんな優秀だからか?
実は、この問題が起こるのは、日本だけに限られる。なぜなら、日本だけが「巨大バブル破裂」(1990年)を浴びたからだ。これ以後、強い景気後退に圧迫される、という不遇があった。そのせいで、リストラなどを強いられるという状況にさらされた。……経営者は、その体験から脱しきれないのである。
他国の場合には、同様のことはなかった。巨大バブル破裂はなかったし、強い景気後退に圧迫されることもなかったし、ひどいリストラを強いられることもなかった。……比喩的に言えば、試験を受けずに済んだのである。だから他国は、赤点をもらうこともなかった。
[ 補足2 ]
日本のスマホ製造会社で残っているのは、ソニーとシャープだけだ。
ソニーは、上述のように、「高賃金・高技能」の方針を取った会社だった。
シャープは、いったん倒産したあとで、外国の経営者に替わったことで、日本の経営者の「無能さ」を脱した。
これ以外の家電会社は、みな没落した。
【 関連項目 】
→ 日本企業の衰退: Open ブログ( 2012年02月04日 )
※ 本項と似た話題。結論も同様。
経営者になるには、それなりに空気を読んだりゴマをすって次々に自分が上から選ばれ、同時に自分の味方(派閥)を作って上がっていくものだ(少なくとも日本では)。そのようにしてトップに立った経営者が、経営それ自体に対して有能でなかった場合、やめるわけはない。
現在の結果には、日本らしさ(甘さ、曖昧さ)が出ているように思う。
・輸出で稼がないと日本は生きていけない。
↓
・中国やインド他の新興工業国に勝たないと輸出で稼げない。
↓
・新興工業国に勝つには新興工業国並みとはいかなくても労働者の賃金を抑えなければならない。
といった流れではないかと思われます。かつての高度経済成長といった「途上国から先進国へ」の過程では欧米といった先進国から富が移動してきましたが(それで貿易摩擦で叩かれたか)、先進国になった後では逆に貿易で日本の富は新興工業国に移動するようになりました。にもかかわらず未だに「途上国のやり方」でやり続けているのではないかと思ったりもします(富の移動と創出の区別が無いか)。
日本と途上国とは競合関係にありません。競合関係にあるのは、欧州や米国です。いずれも日本よりも給料は高いので、人件費では日本の方が有利だが、技術力で負けているっぽい。