2021年09月07日

◆ 悲劇とカタルシス

 「TOKYO MER」というドラマで、ヒロインが死んだので、視聴者の阿鼻叫喚の声がツイッターで渦巻いている。
 
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 「TOKYO MER」というドラマは、緊急医療をテーマとするドラマ。ER(緊急医療室)が可動式(Mobile)なので、MER となる。
 メインストーリーは緊急医療だが、サブストーリーは男女の恋愛だ。副主人公格の男女が恋愛をして、いい感じになって、もうすぐ結ばれるという予感が見えたところで、女の方が一挙に爆死する。
 視聴者の方は、自分が恋愛をしている気分になって、浮き浮きしていたら、一挙に爆死という結果になって、ショックで呆然としてしまったようだ。自分自身が死んだような衝撃を受けた女性が多いようだ。
 ツイッターでは阿鼻叫喚の声があふれており、それがニュース記事でも話題になった。
  → ドラマ「TOKYO MER」で衝撃展開、視聴者絶句 まさかの死者に出演者「泣きながら撮影した」: J-CAST ニュース
「最後まで死者0 はないだろうとは思っていたけど、これは余りにも酷すぎる」「意識不明で生死をさまよい最終回で目覚める! みたいのではだめだったのか?」

  → 「TOKYO MER」ついに“死者0”途切れる…ネット絶句&悲嘆「耐えられない」「ウソだと言ってよ」(スポニチ)
「ウソだろ」「マジか」「展開つらすぎ」「残酷すぎる」「耐えられない」「立ち直れない」「涙が止まらない」「まさかこんなことになるなんて…悲しすぎる」「音羽先生とすずかちゃんが結婚する未来しか見えていませんでした。放心状態」「鬼脚本すぎて泣いてる。ウソだと言ってよ」

  → 『TOKYO MER』初の“死者1名”は予想外 ネットには驚きと悲しみの声が殺到
「え、嘘でしょ」「待て待て待て」「まさかの展開で驚いてる」「は!?死者1名ってすずかちゃんなん!?え?むり」「本当に受け止めきれなくて呆然としている」

 具体的なツイートは下記。
  → 妹 MER exclude:retweets until:2021-09-07 - Twitter検索
  → 佐藤栞 MER exclude:retweets until:2021-09-07 - Twitter検索
  → 涼香 MER exclude:retweets until:2021-09-06 - Twitter検索
  → すずか MER exclude:retweets until:2021-09-07 - Twitter検索




 
 ここで、私の感想を書こう。
 実は、私はショックを受けなかった。というのは、死を予測していたからだ。その直前の場面で、ヒロインが笑顔で幸福感いっぱいになった。兄が妹と彼氏がくっつくことに賛成だという意思を示したあと、妹は浮き浮きして、笑顔がいっぱいになって、スキップするような感じになった。これを見たとき私は、
 「ああ、この子は死ぬぞ」 
 と思った。ドラマの作劇上、過剰な幸福感は、次の不幸の伏線であることが多いからだ。「爆弾で死ぬんじゃないか」と思った。その直後に、水筒がクローズアップされたことで、「これで死ぬぞ」と確信した。
 直後に、水筒が爆発して、妹は瀕死になった。
 瀕死になったあとは、救命医療のテーマにしたがって、必死の救命作業を行った。これまでは、救命作業をすれば、患者はみな救命された。心臓が止まった主人公でさえ、蘇生治療を受けて、蘇生した。
 「ならば、この妹も助かるはずだ」と思った視聴者が多かったようだ。「きっと助かるはずだ。なんとか助かってくれ」と祈るように願った視聴者も多かったはずだ。
 しかし私は「死ぬしかない。必ず死ぬ」と思っていた。そうでなくてはドラマにならないからだ。ドラマツルギー(作劇法)上の都合として、このヒロインはどうしても死ぬ必要がある。死んでもらわなくてはならない。
 だから、「死ね、死ね」と思っていた……というわけではないが、かわりに、「死ぬぞ、死ぬぞ、死ぬしかない」と思っていた。そして実際に死んだので、「やっぱり」と思って、満足した。「この脚本家はとても偉い。ドラマツルギーというものをよくわかっている」と感心した。
 
 ――
 
 視聴者の皆さんは、ドラマにのめりこんで、「かわいい妹が死んでしまった!」と衝撃を受けているようだが、これはドラマなんですよ。架空の人間の話。実際に誰かが死んだわけじゃない。
 なのに、まるで本当に身近な人間が死んだような衝撃を受けるとしたら、それは、ドラマが優れていたということだ。それほどの衝撃を与えたことは、脚本家冥利に尽きるとも言えよう。
 
 ――
 
 ではなぜ、これほどの衝撃を与えることに成功したか? それは、次のことによる。
 「その直前に、幸福感いっぱいの情景が示されたことで、天国から地獄へという急激な墜落感をもたらした。幸福と不幸のコントラストが、より大きな衝撃をもたらした」
 これは脚本の効果だ。
 さらに、役者の演技の効果もある。いつもニコニコしていて、優しい甘い幸福感を見せる役者の演技があった。幸福感を目一杯に見せていた。だからこそ、その幸福感の表情が、一挙に死顔に転じたことで、視聴者には大きな衝撃がもたらされた。




 ――
 
 このあとで視聴者は疑問に思うだろう。
 「なぜそのような衝撃を与えるんだ。視聴者に大きな衝撃を与えて、悲しませて、苦しませて、何がいいんだ。どうせなら、ハッピーエンドにしてほしかった。二人が幸福な結婚で結びついてほしかった。……なのに、ヒロインを殺すなんて。脚本家は、鬼か? サディストか? ひどすぎる」
 
 そう思う気持ちはわかる。そこで私が答えよう。
 これは、コメディではなく、悲劇なのだ。コメディーならば、甘いハッピーエンドが用意されているが、悲劇というものは必然的に不幸が内在されているのだ。そして、そのクライマックスでは、たいてい、ヒロインやヒーローが死んでしまって、大きな悲しみがもたらされるものなのである。
 ではなぜ、そうなのか? そのあとに、カタルシスが来るからだ。大きな不幸と悲しみのあとで、最終的にはカタルシスが来る。
 カタルシスというのは、「魂の浄化」を意味する言葉で、アリストテレスが悲劇論のなかで用いた言葉だ。それはギリシア悲劇に由来するもので、ギリシア悲劇の最後に不幸のあとで精神が浄化される気分になる状態がもたらされることを示す。
 こうして悲劇はカタルシスとともに完成する。いわば、長い音楽で、クライマックスのあとで、最終的にフェルマータが来るように。
 

Odysseus2.jpg

 
 そういうわけだから、悲しみに暮れている視聴者に、私は予言しておこう。
 「次週の最終回では、カタルシスがもたらされるだろう」
 と。
 そして、そのカタルシスが来る前に、大きなクライマックスとして、今回の「ヒロインの死」があったのだ。それは最後のカタルシスの前に、不可欠のものとして用意されているのだ。
 
 ここまで書けば、そのカタルシスがどのようなものであるかは、おおよその見当が付く。だが、それについては、ここには書かないでおこう。それは視聴者の楽しみとして残されている。(ネタバレ厳禁だ。)
 
 ――
 
 最後に、このドラマのテーマについて論じておこう。このドラマのテーマは何か? 視聴者は「イチャイチャした男女がハッピーエンドで結ばれること」や、「死にそうになった重症者が、奇跡的な医療で、救命されること」が、大きなテーマだと思っていたようだ。
 だが、そうではない。このドラマのテーマは、次のことだ。
 「助けようとして助かる命もあるが、助けようとしても助からない命もある。現実は厳しい。コロナで死ぬ人も多いし、身近な家族が死ぬ人も多い。この世界には死があふれている。しかしそれでも、人間の命というものは大切なものなのだ。この世界には死があふれるがゆえに、一人一人の命というものはかえって大切なのだ。私やあなたも生きているが、そのときの生きている命の大切さを実感しよう」
 そういうことがテーマなのだ。決してイチャイチャしてハッピーエンドになることがテーマではないのだ。
 
 ――
 
 最後に余談だが、「ハコヅメ」というドラマも話題になっている。こちらは視聴者が毎度毎度、「ヒロインの笑顔に癒される」と感じているようだ。内容はコメディであるし、結末もハッピーエンドだろう。それはそれでいい。
 ただ、視聴者がこれを見て感じるのは、「戸田恵梨香とムロツヨシの演じた《 大恋愛 》というドラマを思い出す」ということらしい。





 このドラマでは、ヒロインが最後に死んでしまったし、決してハッピーエンドではなかったがそれだからこそ、視聴者には強い印象を残して、のちのちまでも長く思い出されるようになった。
 このドラマでは、ヒロインは毎日少しずつ衰弱する感じで、少しずつ死んでいった。それは「一挙に墜落する死」であった TOKYO MER のヒロインの死とは対極的だった。
 このドラマでは、視聴者は大きな衝撃を感じることはなく、静かな温和な余韻が残された。
 だが、TOKYO MER の方は、ヒロインの急激な死によって、視聴者に大きな衝撃を残した。
 
 視聴者の心にいつまでも残り続けるのは、たぶん、TOKYO MER の方だろう。それは視聴者の心の大きな傷を残したからだ。その傷を、視聴者は今は恨んでいるだろうが、時がたつにつれて、いとおしむようになるだろう。ちょうど、《 大恋愛 》というドラマをいつまでも忘れられない人が多いように。
 


 [ 付記 ]
 本文の冒頭のあたりでは、TOKYO MER の動画を示したが、これは、予告編だ。
 予告編では、誰かが死ぬことが予告されているが、私はこれを見なかった。見ないでおいて、ああ、良かった。もし見ていたら、面白さが半減していたところだ。

 一般に、ドラマの予告編というものは、見ない方がいい。テレビ局は、興味を惹こうとして、(視聴率を上げようとして)、予告編を見せるのだろうが、予告編というのは、ネタバレも同様だ。実際に見たときの面白さを半減させる。
 番組の最後には、予告編画がなされることが多いが、そのときは、さっさとスイッチを切ってしまおう。

 ――

 なお、私はリアルタイム視聴をしたのではなく、放送終了直後に、録画再生した。その意味では、リアルタイム視聴とほぼ同等である。そのおかげで、視聴前にツイートを見ることはなかったし、ネタバレを食らうことはなかった。これは幸運だった。(たまたまの偶然だったが。ふだんはそんなことはしないので。)
 
posted by 管理人 at 23:23| Comment(2) | 一般(雑学)6 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 最終話が放送された。
 話の内容は、本項で示した「カタルシス」そのものだ。
 本項の「カタルシス」という話を読んで、そこから「最終話はこうなるのではないか」と予想した人が多いだろう。私も予想した。その予想がドンピシャリで当たった。「カタルシス」という言葉からして、結末はこうでしかありえなかった。

 結果的には、視聴者の評価は絶賛の嵐である。ツイッターでは、ほぼ 100%が「素晴らしかった」という評価だ。言葉は「良かった」とか「感動した」とか「泣いた・号泣した」とか、「続編希望」とか、いろいろとあるけれど、いずれにしても、「★ 五つの満点」というような評価ばかりである。
 それ以外のコメントはほとんど見つからなかった。200個ぐらいのツイートを見たが、絶賛する以外のツイートとしては、主人公を演じた鈴木亮平の報告ツイートぐらいしか見当たらなかった。(つまり視聴者からの評価は、例外なしに絶賛だった。……私の見落としでなければ。)

 ともあれ、悲劇のあとのカタルシスということで、視聴者には大きな満足が得られたようだ。先週のツイートは、非難囂々(ひなんごうごう)と言えるほどに、文句の嵐だったのが、一転して、正反対の評価で覆われることになった。

 悲劇のあとのカタルシスというのには、大きな効果があるようだ。

Posted by 管理人 at 2021年09月12日 22:58
 続編や映画化を望むファンの声に、応えたい……という話を、プロデューサーが語った。
  → https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2021/09/12/kiji/20210912s00041000622000c.html

 とすれば、1年後に続編がつくられる可能性は高い。
 そしてもう一つ。数カ月後には、映画が一つ作られる可能性が高い。そこで、そのための妙案を教えよう。
 「ヒロインが爆死しないで、彼氏と結婚するというストーリー」

 これをやれば、「妹が死んで悲しい」という人々が、「是非見たい。癒されたい」と思って、わんさと押し寄せるだろう。それらの人々は、金を惜しまず、喜んで金を払うだろう。
 これは映画化には最も向いているストーリーだ。
 ただし本編との整合性は取れないから、「アナザー・ストーリー」「パラレルワールド」の形で示すといいだろう。
 
Posted by 管理人 at 2021年09月13日 00:05
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