2021年08月13日

◆ コロナの医療崩壊の対策は?

 コロナで患者が急増しており、医療は崩壊状態にある。どうすれば解決できるか?

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 コロナで患者が急増しており、医療は崩壊状態にある。
 新型コロナウイルス対応の東京都のモニタリング会議が12日開かれ、1週間平均の新規感染者数が 3934人と2週間で倍増したことが報告された。専門家は「制御不能な状況」として「もはや自分の身は自分で守る行動が必要」と言及。医療提供体制も「深刻な機能不全に陥っている」と指摘した。
 都がこの日発表した新規感染者数は 4989人と依然として高く、重症者数も前日より 21人増え 218人と初めて 200人を超えて過去最多を更新した。
 医療提供体制については、11日時点の入院患者が 3667人と最大確保病床の 56.8%を占める状況で、都医師会の猪口正孝副会長が「救急医療や予定手術などの通常医療も含め深刻な機能不全に陥っている」と指摘。「現状の感染状況が継続するだけでも医療提供体制の維持が困難になる」とコメントした。
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( → 東京、感染「制御不能」 「医療、機能不全」「自分で身守る段階」 都の会議、専門家警鐘 新型コロナ:朝日新聞

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 とんでもない状況だ。困った。どうする?

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 すると読者は思うだろう。「困ったときの Openブログなんだから、何とかしろ」と。しかしその一方で、「さすがにこんなひどくなると、 Openブログであっても、どうしようもあるまい。もう期待はしないよ」と。

 いやいや。国家の緊急時にこそ、 Openブログの真価が問われる。問題のすべてを解決するとまでは言わないが、状況を劇的に改善する方法を示そう。

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 最初に思い浮かぶのは、(誰でも考えるとおりで)「宿泊療養の強化」である。つまり、ホテルを大量に借り受けて、そこに医師と看護師を大量に派遣する。これによって、自宅療養中の人々をホテルに収容できる。

 しかし、これだけでは当たり前すぎる。もっとうまい案が必要だ。それを示そう。……といっても、私の独自のアイデアではない。他のアイデアの紹介だ。
  → 東京都では「自宅療養者のフォロー」も崩壊…そのウラで際立つ「墨田区の凄まじい戦略」

 墨田区ではコロナの対策が圧倒的に進んでいる。その方法を取り入れればいいのだ。
 その方法というのは、いろいろとある。(詳しくは上記リンク。)

 たとえば、保健所の充実(大増員)だ。
 当初、10人だった墨田区保健所のマンパワーは、人材派遣会社からの保健師(看護師)や区役所の他の部署からの応援を含めて約100人に拡大している。

 ちなみに、人口が墨田区の 10倍である大阪市は保健所員 50人だったそうだ。それに比べると人口比で 20倍にもなる。

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 だが、私が思うに、一番大事なのは、次のことだ。
 昨年暮れから今年初めにかけての第三波では、ウェブ会議で病院間の情報を共有し、回復した高齢患者を地域の七つの病院が受け入れる「下り搬送」のしくみを機能させる。墨東病院で回復した患者は、次々と地域の病院に送られ、病床の逼迫が解消された。

 実は、これと同様のことは、次のテレビ・ドラマ(実話のドラマ化)でも取り上げられた。
  → 病院の治しかた〜スペシャル〜|月曜プレミア8 ドラマ|テレビ東京
  → 【ネタバレ感想】病院の治しかたスペシャル〜ドクター有原が2025年問題に挑戦!
  → 病院の治しかた 〜ドクター有原の挑戦〜 - Wikipedia




 要旨は次の通り。
 有原病院は経営が赤字気味である。急性期病院として高度な設備があるのに、実際の患者は慢性状態の高齢者だらけだ。点滴のような処置ばかりがなされて、単価の高い手術はろくに行われない。こんなことでは設備も医者も無駄である。若手の医師は「ろくに手術もできないのでは、期待はずれだ。病院を辞めようかな」と言い出す始末。
 そこで経営会議がなされた。「この状態を改めるには、急性期病院に特化するべきだ。そのためには、慢性状態の高齢者を追い出すべきだ」
 しかし院長は反対する。「地域のよすがとなる当院で、患者を追い出すようなことはできない」と。
 それには経営的観点から反論が出る。「でもそれじゃ赤字で病院は倒産しますよ。理想論ばかりを言っていては、元も子もないですよ」
 すると院長は言う。「そこは、困ったときの何とやら。うまい案がある。こうだ。つまり、病院の空地に、もう一つの病院を建てて、そこに慢性状態の高齢者を収容する。ここには高度で高額の設備は必要ないから、低コストで済み、経営は黒字化しやすい。その一方で、現在の有原病院では、急性期の患者を受け入れて、手術をどんどん引き受ける。これで経営は黒字化する」
 「病院を1つから2つにするということですか?」
 「そうだ。だが、それだけじゃない。2つの病院を連携させる。急性期病院に来た患者は、いつまでもベッドを埋めていないで、回復後には新病院に転院させる。そこでリハビリなどの処置を受ける。こういうふうに連携することが大切だ」

 すると、これが見事に成功して、元の病院も新病院も、どちらも黒字化した。
 その後、さらにこれを病院間に展開して、「(先進的な)地域の中核病院から、周囲の中規模病院へと、治療後の患者を転院させる」という病院間連携システムを構築した。
 近くで大規模災害事件が起こって、大量の重症患者が出たときには、この病院間の連携システムが見事に功を奏して、大量の重症患者を地域全体でうまく受け入れることができた。仮に、それがなかったなら、地域の中核病院だけに大量の患者が押し寄せたあげく、処置のキャパを越えて、大量の未処置患者が出て、医療崩壊状態になっただろうが。

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 以上が要旨だが、コロナの現状(医療崩壊状態)との一致点の多さに驚く。
 ドラマでは「病院間の連携システム」が見事に奏功して、大量の患者を受け入れることに成功した。
 それと同様のことをして、多くのコロナ患者を地域全体で受け入れているのが、墨田区だ。
 再掲しよう。
 昨年暮れから今年初めにかけての第三波では、ウェブ会議で病院間の情報を共有し、回復した高齢患者を地域の七つの病院が受け入れる「下り搬送」のしくみを機能させる。墨東病院で回復した患者は、次々と地域の病院に送られ、病床の逼迫が解消された。

 これと同様のことを、墨田区以外でも実施すればいいのだ。すなわち、
  ・ 中核の大病院では、重症者を受け入れる。
  ・ 重症から回復した患者は、周囲の中規模病院へ転院させる。
  ・ もっと回復した患者や、初期の患者は、小規模病院でも受け入れる。


 このことの前提として、次のような現状がある。
 「コロナのせいで、一般の病院は、大幅な患者減による赤字に悩んでいる」

  → Google 検索

 多くの病院では、患者があぶれるどころか、患者が足りなくて困っているのである。医者が足りないどころか、医者が余っていて困っているのである。
  ・ 一方では患者があふれ、他方では患者が足りない。
  ・ 一方では医者が不足し、他方では医者が余っている。

 こういう「需給の不一致」があるのだ。
 とすれば、そのような「需給の不一致」を解決すれば、双方がどちらもうまく行くようになる。これが「うまい方法」だ。

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 以前ならば、コロナの患者を受け入れることは、一般病院では困難だった。しかし今では、ワクチンを接種したことで、多くの医療従事者は安全な状態となっている。
 だからこそ、軽症の患者については、一般の病院で受け入れるようにすればいいのだ。そして、そのためには、病院間の連携システムを構築すればいいのである。

 ※ それには、コンピュータによる高度なシステム(ソフトウェア)は必要ない。電話連絡だけでも足りる。大切なのは、病院間の信頼関係だ。
 ※ このための専門の人員があると便利である。特に保健所の人が対応できると、作業がはかどりそうだ。



 [ 付記 ]
 一般の医療従事者の対応力を高めるため、医療従事者には、ワクチンの3回目(ブースター)を打つべきだろう。そのことで、抗体量が 100倍ぐらいになるらしいからだ。
  → ファイザー 3回でデルタ株への中和抗体量が100倍か|テレ朝





 デルタ株への対応には、3回目が必要だ、という報道もある。
  → 米モデルナ「3回目接種、秋に必要」 デルタ株対策 :朝日新聞

 3回目の接種では、量は半分でいいそうだ。(上記記事:朝日新聞)

 本項との関係で言うと、コロナ患者を引き受ける病院については優先的に、3回目の接種を行うべきだろう。(最終的には医療従事者の全員が対象となるが。)
 
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 なお、3回目の接種をしてもしなくても、一般の医者はコロナ患者を治療するべきだ。そもそもそのために、医者は世間一般に先立って、優先的に接種を受けたのだ。
 「医者が優先的に接種を受けたのは、高等国民だから」というわけではない。「国民に医療面で奉仕するため」だ。




 [ 余談 ]
 本項の話を読んで、キツネにつままれたような感じになる人もいるだろう。話が拡散しているようにも思えそうだし、「テレビドラマの話がしたいのかな?」と勘違いする人もいそうだ。
 そこで、核心を示しておく。こうだ。
 「墨田区の話と、テレビドラマ(実話)の話とに、共通する点があることを指摘している。そこに真実があると指摘している」
 これが話の核心だ。「人々が気づかないような、遠い別々の話に、共通点があることを示して、そこにある真実を浮かび出させる」ということだ。
 これは文学における比喩表現に似た手法である。

 ※ 数学における手法にも似ている。

  
posted by 管理人 at 23:15| Comment(0) |  感染症・コロナ | 更新情報をチェックする
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