2021年08月10日

◆ 機械は考えるのか?

 ディープラーニング技術が発達すると、人間の知性を代替するほどの能力をもつようになる。では、「機械は考える」と言えるのか? 

 ──

 コンピュータの思考力というと、まずは AI 技術があった。当初は愚かだったが、やがてはチェスや将棋で、人間以上の能力をもつようになった。しかし囲碁や翻訳では、なかなか人間の能力に達しなかった。
 ところが、2015年の AlphaGo 以後、ディープラーニング技術の発達にともなって、囲碁でも、人間の知性に代替するほどの能力をもつようになった。さらには、Deep L のような翻訳でも、並みの人間以上の能力を発揮するようになった。
 のみならず、GPT-2、GPT-3 のような文章生成ツールは、人間が書いたとしか思えないような文章を作成するようになった。
  → 超高精度な文章生成ツール「GPT-3」は、“人間にしかできないこと”の定義を根本から揺るがした | WIRED.jp

 ここまで来ると、「機械には人間並みの思考力がある」「機械はまさしく考えている」と言ってもよさそうに思える。
 では、本当にそうなのか? 人間の思考との差はないのだろうか? 差があるとしても微小なものであって、本質的には差がないのだろうか? ……そういう問いを出して、考えてみる。

 ──

 私の考えを示そう。

 Deep Learning というものは、どうしてこれほどの発達をなし遂げたか? それは、人間の脳の構造を模したからである。それは次の図で示される。(パーセプトロン)


percept.gif

出典
(この図は、もともと最初の提唱者による図だし、
同じような図はネットのあちこちにある。)



 人間の脳にはこのような神経回路の構造があると見なした上で、それと同様の構造を電子的に構築しようとした。
 ただし注意。上の構造を電子的に構築するといっても、「半導体を積層して構築する」というのを、実際になし遂げるのではない。「半導体を積層して構築する」のを、ソフトウェア的に(仮想的に)構築するのである。
 つまり、ある特性を持つトランジスタ(半導体)の回路を実際に作るのではなく、ある特性を持つトランジスタ(半導体)の回路をソフトウェア的にシミュレーションするのである。

 ※ 似た例で言うと、Windows10 の OS 上で、Windows 7 の OS ををソフトウェア的にシミュレーションするという例がある。この機能があるおかげで、64ビットの Windows10 という OS の上で、32ビットの Windows 7 用のソフトが正常に作動する。(エミュレーター)

 つまり、Deep Learning という技術は、ノイマン式の通常型のコンピュータの上で、パーセプトロン型の積層式コンピュータをシミュレーションするもの(エミュレーター)なのである。
 そして、そのパーセプトロン型の積層式コンピュータというのは、まさしく人間の思考回路と同様のことをなしているのだから、これは「考えている」と言ってもいいはずだ。

 ──

 ただし、ここで注意。ここには、重大な違いがある。それは、こうだ。
 「パーセプトロン型の積層式コンピュータは、実在しているものではなく、あくまで仮想的なものである。それは現実のものではなく、シミュレーション世界のものである。つまり、仮想世界のものである」

 つまり「機械は考えている」と言ってもいいが、それはあくまで仮想世界における出来事にすぎないのだ。
 では、「仮想世界において考える」ことが成立しているなら、「現実世界において考える」ことが成立していると言えるか? 
 ──

 ここで、前項の話を思い出そう。


kaikaisiki.jpg


 モニターのなかの2次元世界で光の粒が流れるということは、3次元の現実の国立競技場で光の粒が流れるということを意味するか?
 もちろん「否」だ。仮想世界で何かが実現したからといって、それは現実世界で何かが実現したことを意味しない。
 なるほど、モニターを見ている人(テレビ視聴者)にとっては、両者はまったく区別が付かない。しかし、テレビの外に出て、現実の国立競技場に立っている人には、両者の区別が可能である。


 ──

 上の事例から、「仮想世界の出来事と現実世界の出来事とは同じではない」とわかる。見かけ上は同じでも、実際には異なっているのだ。

 機械の思考力についても同様だろう。仮想世界のなかでは「機械は考える」と言っていい。しかし現実世界のなかでは「機械は考える」とは言えないのだ。なぜなら実体としての物質を持たないからだ。

 では、機械が実体としての物質を持ったらどうか? パーセプトロン型の積層型コンピュータを持ち、さらには機械的な身体をも備えて、「思考力のあるロボット」となったらどうか? そのときには「機械は考える」と言えるのか? 
 たぶん「イエス」だろう。そういうロボットは「考える機械」と言ってもよさそうだ。

 一方、現状の Deep Learning 技術によるものは、あくまで仮想世界に留まっているので、「機械は考える」とは言えないだろう。ただし「仮想世界のなかで考える」とは言ってよさそうだ。ちょうど「仮想世界のなかで光の粒子が移動する」と言っていいように。
 


 【 関連項目 】

 → AI とディープラーニング 1: Open ブログ

 
posted by 管理人 at 23:20| Comment(1) | コンピュータ_04 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
AI それぞれに個性が現れてくる 彼らは互いに物理的意味でなく繋がりを持つ 高い次元で派閥も生まれる そして
> 機械が実体としての物質を持ったら
本来の人間との境界 無しでしょう  人が機械化、情報化されます  指数関数的にテクノロジーは増大し 多くの未知が解明される
その時 彼らは 人間が創造したように彼ら自身の 神 考えるだろうか 考えるとは神の創造であり 彼らAI群は 窮極の知性を発見する
Posted by k at 2021年08月11日 01:36
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