――
状況は危険
避難指示を出すべき状況だったのに、熱海市は避難指示を出さなかった。
大規模な土石流で甚大な被害が出た静岡県熱海市では、発災のほぼ1日前に気象庁と県から「土砂災害警戒情報」が出されていたが、市は「避難指示」(レベル4)を出していなかった。
熱海市に土砂災害警戒情報が出されたのは2日午後0時半だった。この時すでに「高齢者等避難」(レベル3)が出されていたが、避難指示(レベル4)への移行は見送った。翌3日午前10時半ごろ、土石流は発生した。
斉藤栄市長はこの判断について「その時点での降雨量の予測値が非常に低い数値になっていた。水分包含量も下がっていくという予測があった」と説明した。
指針ではこのほか、気象庁が危険箇所を色分けした危険度分布(キキクル)で「非常に危険」(薄い紫)が出た場合、「避難指示を発令するのが基本」とされる。熱海市では薄い紫より危険な「極めて危険」(濃い紫)が3日未明から出続けており、指針に沿えば避難指示を出すことになる。
しかし、災害対策基本法は、避難情報を出す権限は自治体の首長にあると定める。
( → 避難指示、分かれた判断 「警戒情報」発表中、熱海市は出さず 国が指針、決めるのは首長:朝日新聞 )
避難指示を出すべき状況だったのに、出すか出さないかは自治体の首長の裁量に委ねられているから、今回は出されなかった、ということだ。
天気予報
自治体が避難指示を出すかどうかにかかわらず、住民としては天気予報によって危険状況を知ることができた。当日の朝には、次の天気予報記事が出ていた。
→ 静岡から神奈川、千葉は土砂災害危険度が高い 箱根は24時間500mm超の大雨 - ウェザーニュース
ここには次の図も示されていた。
熱海は薄紫の地域だが、濃紫に隣接しており、非常に危険度が高かったとわかる。
つまり、自治体の避難指示を受けるまでもなく、住民は「危険だ」と察知できる状況にあった。(事前に豪雨が予告されていたので、気象状況を調べるべき状況でもあった。)
一般の地域は別として、近くに山地や斜面のある地域では、大いに危機意識を高めるべき状態にあった。熱海ならば全域が避難対象となって良かった。
別に、遠くの地域に疎開することは必要ない。すぐ近くの避難所(中学校など)に行くだけでも良かった。
そのくらいのことは住民が自発的にやってもよかったのだ。
避難所の一覧は下記にある。
→ 避難について|熱海市公式ウェブサイト
現在ではホテルが避難所になっており、多くの市民が寄せているそうだ。
→ コロナ対策でホテルが避難所 発生から5日、目立つ疲労 熱海土石流 | 毎日新聞
発生直後には小中学校や福祉センターなど市内10カ所が避難所になったが、市は翌4日、ホテル2軒に集約すると発表した。
下流の浜地区に住む大学4年生の横田さくらさん(21)は、母(51)とともにそのうち1軒に移った。「ふかふかの布団で体を伸ばすことができホッとした。やっと気持ちに余裕ができました」。被災から3日目の朝をホテルで迎え、安堵(あんど)した様子で話した。
( → また土砂がきたら…雨の中、目指した避難所 熱海の母子:朝日新聞 )
一本化の影響?
状況的には避難が必要だったのに、なぜ避難指示を出さなかったのか? それについては、「避難指示と避難勧告の一本化が、避難指示を出しづらくした」という弁解がある。
■「勧告」「指示」一本化が影響?
自治体が出す避難情報は、災害対策基本法の改正に伴って「避難勧告」と「避難指示」が一本化され、今年5月20日から運用が始まった。勧告と指示が併存し、避難のタイミングがわかりづらいという意見があったためだ。
「避難指示は非常に重いもの。最後のレベルだと認識している」
熱海市の斉藤市長は発災翌日の4日、避難指示を見送った判断について、一本化の影響を報道陣に問われ「まったくなかったとは言えない。避難勧告はその一段階前になりますので」と説明。勧告がなくなり、「高齢者等避難」(レベル3)の次が全員避難を求める「避難指示」(レベル4)となったことも影響したことを示唆した。
( → 避難指示、分かれた判断 「警戒情報」発表中、熱海市は出さず 国が指針、決めるのは首長:朝日新聞 )
同趣旨の話は、別記事にもある。
→ 土石流発生前に熱海市が「避難指示」を出していなかった理由 「避難勧告」なくなり判断難しく:東京新聞
ここには、次の話もある。
「避難指示を頻発させれば空振りも増え避難指示が信用されなくなる恐れもある。自治体は難しい判断を求められている」と分析する。
次の話もある。
気象庁によると、土砂災害警戒情報の発表時に、土石流か集中的な崖崩れが起きた割合「的中率」は、2019年までの10年間で 4.7%にとどまっており、「空振り」の多さが課題となっている。避難指示を出し過ぎることで避難の必要のない人の行動の制限につながり、緊急性が薄まりかねない懸念もある。
( → 出なかった避難指示、割れた判断 災害「的中率」に課題:朝日新聞 )
「的中率が低すぎる」という認識だが、これはおかしい。 4.7%というのは、十分に高い数値だ。
・ もし予報が当たったら → 命が助かる
・ もし予報がハズレたら → 避難所に行く手間が損する
これで期待値を計算したら、どうなるか?
宝くじに置き換えてみよう。
・ 命が助かる = 特等当選で 10億円
・ 避難所へ行く = 購入費が 1000円
1000円券を買って、10億円が当たるなら、100万倍だ。とすれば、当選確率は 100万分の1でもペイする。1万分の1パーセントでもいいわけだ。
なのに現実には、4.7%も的中する。約5万倍も的中率が高いわけだ。だったら、「一年のうちで、避難指示が出たときだけは避難する」という行動を取る方が、5万倍も割がいいことになる。
「5%しか当たらないのなら、いちいち避難所に行くのが面倒臭い」なんて考える人がいたら、命の価値を理解できていないというしかない。命の価値と、避難所に行く手間の、どちらが大切なのか? 「避難所に行くくらいなら、面倒なので、家で死ぬ方がマシだ」と考えるようなズボラな人は、いないだろう。
上の二つの記事では「空振りの高さが問題だ」というふうに示しているが、とんでもないことだ。4.7%の的中率は、非常に高い。損得がトントンになる割合に比べて、5万倍も高い。
ここを理解できない記事は、数字の計算を間違えているとしか言いようがない。
そしてまた、熱海市のような自治体の首長も、避難指示のハズレを過度に恐れているという点で、同様の愚かさに陥っている。
※ 数学的な期待値の計算ができない、ということ。危険度の数値的な評価ができない、ということ。
- 《 加筆 》
「5万倍」と述べたが、よく考え直すと、「 1000倍」と見なすのが妥当であるようだ。詳しくは、コメント欄の論議を参照。
対策は?
では結局、対策はどうすればいいのか? 自治体は馬鹿だし、住民は無知だし、マスコミも無知だし、どれもこれも頼りにならないとしたら、いったいどうすればいいのか? 困った。
そこで、困ったときの Openブログ。うまい案を出そう。こうだ。
「防災庁を設置する。そこが避難情報を全国的に一元管理する。各自治体が避難指示を出すのをやめて、防災庁が一元的に避難指示を出す」
そのあと、その避難指示に従うかどうかは、地形に基づいて、住民が個別に考えればいい。
たとえば、平野部のマンションの2階以上なら、避難する必要はなさそうだ。一方、山裾ならば、たとえマンションであっても、避難する必要が出てくるかもしれない。……そういうふうに、個別の判断は、別途個別に考えればいい。
一方、政府や自治体としては、個別の判断にまでは踏み込まず、単に降水量だけで「地域全体への避難指示」を出せばいい。これは強制力をともなわないからだ。(「避難命令」とは違う。)
というわけで、「防災庁を設置して、防災庁に任せよ」というのが、本サイトの推奨策となる。
【 関連項目 】
防災庁については、前に何度か言及したので、そちらを参照。
→ 防災庁を設置せよ: Open ブログ
→ 防災庁を設置せよ 2: Open ブログ
→ 洪水も噴火も防災庁が必要: Open ブログ
→ 防災研究所の必要性: Open ブログ
→ 防災庁を政府が否定: Open ブログ
台風と防災庁との関連は
→ 台風 15号で対応の不備: Open ブログ
→ 台風 19号のまとめ(2019): Open ブログ
気象庁と防災庁との関連は
→ 気象庁の責任(豪雨): Open ブログ
【 関連サイト 】
避難指示と避難勧告の一本化については
→ 「レベル4で避難」ってどういうこと? イラストで解説:朝日新聞
→ 豪雨災害、身を守る避難とは? 地域の危険度は?:朝日新聞
→ 豪雨、早い段階から避難準備を 見直された避難情報、「勧告」は廃止:朝日新聞
> 宝くじに置き換えてみよう。(中略)1000円券を買って、10億円が当たるなら、100万倍だ。とすれば、当選確率は 100万分の1でもペイする。1万分の1パーセントでもいいわけだ。
> なのに現実には、4.7%も的中する。約5万倍も的中率が高いわけだ。だったら、「一年のうちで、避難指示が出たときだけは避難する」という行動を取る方が、5万倍も割がいいことになる。
⇒ 確かに仰る通り、十分ペイするから避難すべきなのですが、期待値というか的中率の計算が少し違う気がします(避難指示が出された人数に対する犠牲者数の割合が考慮されていない)。例えば仮に、
・1回の豪雨で避難指示の対象となる人数:多いと5〜10万人
・1回の実際の土砂災害で死亡する人数:多くても5〜10人(熱海のような場合は例外)
とすると、1回避難しないことで死亡する「的中率」は1万分の1(100分の1%)で、これに4.7%を掛けたものが本当の(死亡の)的中率です。
4.7%×1/100%=100万分の4.7
よって、提示された宝くじの例の期待値というか的中率(100万分の1、10億円に対する1000円)に比べて、避難する行為は「4.7倍しか割が良くない」ととらえることもできます。
まあ、期待値での比較はともかく、1回の避難をサボっても死亡する確率が100万分の4.7だとしたら、一生のうちに何度避難指示に遭遇するかわかりませんが、仮に1年に1回で一生に100回の避難をサボっても、「ほとんど死ぬリスクはないな」と感じてしまう心理に陥っているのではないでしょうか。
ちなみに、上の仮定で、ひとりの人が100回避難をサボっても死亡しない確率は、約99.95%です。
(1-4.7÷1,000,000)^100 = 0.99953……
ただし、
> 1回の豪雨で避難指示の対象となる人数:多いと5〜10万人
というのは、対象としては多すぎです。実際に避難するのは、避難対象の地域の全員ではなく、危険な特定の場所に住む人だけです。
その数は? 今回の熱海の事例では、事後に避難所にいる人が 500人超 とのことです。(上記記事による。)
事後でなく事前ならばもっと増えそうなので、これは 500〜1000人ぐらいと見込んでいいでしょう。
これはご指摘の数字の 100分の1 です。
したがって「4.7倍しか割が良くない」のではなく、「 470倍も割が良い」と考えるべきでしょう。
元の考察は5万倍で、かわっこだっこさんの考察は5倍で、最終的な数値は 500倍となりそうです。
あと、実際に死んだ数だけでなく、「死ぬ寸前だったが、運良く死を免れた例」も、やはり同じく避難対象となります。
それを含めると、実際の死者数の数倍の数値が、死の危険に瀕した事例になりそうです。
> あと、実際に死んだ数だけでなく、「死ぬ寸前だったが、運良く死を免れた例」も、やはり同じく避難対象となります。
⇒ なるほど、そのあたりだと私も思います。500倍で計算し直すと、ひとりの人が100回避難をサボっても死亡しない確率は約95.12%です。思いきって2,500倍として計算し直すと、約77.86%になります。前者だと、やっぱり動かない人もいそうなので、後者の数値を出すほうが良さそうですね。