2021年07月05日

◆ 土石流と火砕流

 土石流と火砕流を対比しよう。前者は液状であり、後者は粉塵状だ。

 ――

 熱海市の土石流


 熱海市の土石流は、液状のものだった。泥水といってもいい。
 そのことは動画からわかる。








 高校生の撮影した動画もある。削除されたが、ネット上にも残っている。
  → ぞえまる@高校生さんのツイート(削除ツイート)




 いずれも土石流は液状である。そこには大量の水が含まれていることに注意。


 雲仙の火砕流


 雲仙普賢岳の火砕流もある。こちらは粉塵であることに注意。(液体状のものとはまったく違う。)





 火砕流は非常に高速である。時速 80km になるそうだ。人間はとうてい逃げ切れず、自動車であっても逃げ切れそうにない。
 実際、これを撮影しようとしていた報道人が、大量に死者を出した。その場所は「定点」と呼ばれて、今日でも記念碑(慰霊碑)のようなところになっている。

 ――

 ここで多大な犠牲者を出したことが、あとになって批判された。「いくら写真撮影やテレビ撮影のためだとは言え、危険な場所に行くとは何事か!」という批判である。

 実際、調べてみると、非常に危険なところだったとわかる。次の理由だ。
 「山頂部と定点とを結ぶ場所は、谷間のような凹んだ空間だ。その両側は、高い山稜部だ。とすれば、火砕流が起これば、この定点を目指して一挙になだれ込んでくることは自明である。そんな危険なところに、なぜ場所を据えたのか?」








 私もそう思った。「火砕流は時速 80km」と Wikipedia に記してある。「だったら Wikipedia を読めば、すぐにわかったはずなのに」と。

 しかし、以上は私の勘違いだった。
 雲仙の噴火と火砕流が起こったのは、1991年である。インターネットがまともにできたのが、Windows95 の発売された 1995年ごろだ。Wikipedia に至っては、はるかに遅くて、日本語版ができたのが 2002年だ。
 というわけで、1991年の時点では、インターネットもなかったし、Wikipedia もなかったのである。PHS もなかったし、ガラケーもなかった。おおむねポケベルの全盛期だった。……こんな時代に、豊富な情報にアクセスすることなど、できなかったのだ。もちろん、火砕流の危険性など、知らなかった記者が大部分だろう。

 というわけで、当時の記者を「危険を顧みない愚か者め」と罵倒することはできないのだ。あれはITというものがまだ普及していなかった前世紀の話なのである。遠い大昔のことだと思った方がいい。現在の価値観で断じることはできない。



 [ 付記 ]
 どちらかというと、現時点でのお馬鹿さんの方に着目するべきだ。
 静岡県は、熱海の土石流のあとで、崩落箇所をドローンで撮影した。そして、その上部に盛り土のあったところがすべて崩落していることから、「この盛り土の箇所が問題だ」と睨んでいるようだ。
 報道記事にはこうある。
 県によると、土石流の最初の起点が盛り土だったのか、盛り土より下流側の崩落が盛り土の崩落を誘発したのかは現時点で分かっていない。
( → 崩壊5万立方メートル 盛り土、被害拡大の可能性 熱海・土石流|あなたの静岡新聞

 「土石流の最初の起点が盛り土だった」という可能性を考えているらしい。
 馬鹿じゃないの? 土石流の最初の起点が盛り土だったとは、どういうことだ? その下には、大量の土があるのだから、盛り土の部分が崩落したくても、大量の土に阻止されて、崩落することはできない。
 どうしても盛り土の部分だけが崩落するとしたら、「盛り土の部分がピョコンと20メートルぐらいジャンプして、大量の土のある斜面の上を滑り落ちていく」……ということになる。しかし、カエルのようにピョコンとジャンプするなんてことが、あるわけがない。
 それとも何だ? ピョコンとジャンプするかわりに、大量の土のなかを通り抜けてしまうのだろうか? 物体透過術である。超能力だね。
 それとも、テレポーテーションまたはワープで、山頂から(ふもと)まで一挙に移動するのだろうか? 

 「何を馬鹿げたことを言っているんだ?」と思うだろうが、馬鹿げたことを言っているのは、私じゃなくて、静岡県である。崩落するなら、下から順に崩落するに決まっている。なのに、「下のものが落ちないまま、上のものだけが最初に起点となって落ちる」なんていう、馬鹿げたことを考えているのが、静岡県だ。

 ま、ひいき目に言えば、「上端の盛り土の箇所で、最初に地割れが起こった」ということは、考えられなくもない。だが、たとえ地割れが起こったとしても、そこが最初に崩落するということはありえない。
 最初に崩落するのは、あくまで斜面の一番下である。その後、順次、引きずられる形で、下から順々に崩落していく。
 そんなことは、斜面に積み木を並べて考えれば、すぐにわかることだ。


tumiki.gif


 《 加筆 》
 上の積み木型のモデルは、正しくないと判明しました。
 次項で訂正して、新しいモデルを新たに出します。




 【 関連サイト 】

 → 「山林開発によるパイピング現象か」専門家が読み解く熱海の土石流の発生メカニズム(「同様の危険がある小流域は、日本列島に少なくとも数十万箇所はある」)

 ※ 専門家による解説、という触れ込みだが、ソーラーパネルのことはまるきり無視している。地下水流のことばかりを重視している。ま、地下水流が問題なのはその通りなのだが、その地下水流がどうして急に増えたのか、という原因(山稜の保水力低下)には、まったく着目していない。これでも専門家なのかと思うと、怪しいね。「保水力」という概念がないのかね?
 
posted by 管理人 at 22:44| Comment(4) |  地震・自然災害 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>[ 付記 ]
> どちらかというと、現時点でのお馬鹿さんの方に着目するべきだ。
> 静岡県は、(中略)
> 「土石流の最初の起点が盛り土だった」という可能性を考えているらしい。
> 馬鹿じゃないの? 土石流の最初の起点が盛り土だったとは、どういうことだ? その下には、大量の土があるのだから、盛り土の部分が崩落したくても、大量の土に阻止されて、崩落することはできない。

⇒ 今朝の時点では、静岡県(の担当者)以外にも、「@盛り土部分がまず全体崩壊して、Aその土石流が標高の低いエリアの地層を順々にえぐり取っていって、B土石流の規模(土砂の量)を増しながら流れ下っていった」、というモードを主張している専門家が散見されます(テレ朝『モーニングショー』に出演していた、東京電機大名誉教授の安田進氏など)。

 彼(ら)がそう主張する理由は、崩壊エリアの形状がラッパ状というか漏斗状(上端付近の幅が約100mと一番広く、標高が下がるにつれて狭くなっている)ことのようです。私が現場の画像を再度確認しても、そう見えるようなものが複数ありました(衛星写真のように直上からとらえていないので判断が難しいのですが)。この観察結果が正しいとすると、「下の狭い(ラッパの吹き口のほうの)エリアが崩落して支えがなくなった結果、上の広い(ラッパの音が出るほうの)エリアが崩落したのだ」とはいえないと思います。(偶然もしくは人為的に、下のエリアの形状が、あたかも砂防ダムのように上の盛り土を支えているようなかたちにでもなっていない限り)

 筆者が積み木の模式図で示したモードは、崩落エリアが上から下までほぼ同時に滑る場合ではないでしょうか。土石流ではなく「地すべり」といわれるものでは、そういうモードのほうが普通だと思いますが。自分なりに「地すべり」の実例を見てみると、崩落幅が上から下まであまり変わらないか、標高が下がるにつれて広くなる特徴があるようです。この場合は、ほぼ同時に滑るともいえますし、「下が抜けたから順々に上の地層が滑っていく(崩壊が下から上に伝播していく)」ともいえるかもしれません。
Posted by かわっこだっこ at 2021年07月06日 10:37
> 「@盛り土部分がまず全体崩壊して、Aその土石流が標高の低いエリアの地層を順々にえぐり取っていって、B土石流の規模(土砂の量)を増しながら流れ下っていった」

 それなら液状にはなりません。

> 「下の狭い(ラッパの吹き口のほうの)エリアが崩落して支えがなくなった結果、上の広い(ラッパの音が出るほうの)エリアが崩落したのだ」

 そうではなく、全体が水を含んでいるせいで、全体がほぼ一挙に地滑りを起こしたのです。このストーリーの場合のみ、液状であることが説明されます。

> 崩壊エリアの形状がラッパ状というか漏斗状(上端付近の幅が約100mと一番広く、標高が下がるにつれて狭くなっている)

 幅の変化のことはほとんど無視して構いません。全体は細長い形になっているので、幅の違いのことはほとんど無視できます。どっちみち崩落するときは、全体の形が崩れて、粉や液状になるので、巨大な固体であるとは見なされません。



Posted by 管理人 at 2021年07月06日 10:50
> そうではなく、全体が水を含んでいるせいで、全体がほぼ一挙に地滑りを起こしたのです。このストーリーの場合のみ、液状であることが説明されます。

⇒ 専門家も、盛り土が全体に水を含んでいたことは否定していないと思います。当然、大雨によって盛り土も水を含んでいたし、盛り土とその下の従来地層の境界か、さらに深層の地層境界がその水によって滑りやすくなり、かつ水圧で剥離して、一気に盛り土全体が滑って崩壊し、その崩壊の過程で土砂がゾル(液状)になったのでしょう。
 また、当然ながら、土石流が流れ下る過程でえぐり取って巻き込んだ地層も多量の水を含んでいたでしょうから、下流の住宅域に到達したときにゾル(液状)を維持していたことに全く不思議はありません。
 なお、土石流が液状を呈するのは含水土砂のチキソトロピー性(せん断力や振動を付加すると流動しやすくなる性質)のためでしょう。つまり、崩落が起こった瞬間には、せん断力が強く働いた滑り面付近以外にはそれほど流動性がなくとも、流れ下ってかき回されるうちに(同じ含水土砂でも)、土石流全体に流動性が現れるのではないでしょうか。
Posted by かわっこだっこ at 2021年07月06日 11:20
 本日の項目で詳しく説明します。決定的な証拠つきで。
Posted by 管理人 at 2021年07月06日 12:14
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