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朝日新聞で次の記事が目に付いた。
日本では廃プラの多くが有効に利用されているとされるが、1年間で排出される廃プラ約900万トンのうち素材としてリサイクルされるのは2割ほどだ。残りのほとんどは「サーマルリサイクル(熱回収)」と呼んで主に燃やして熱を利用している。小泉進次郎環境相は「熱回収はリサイクルではない」と強調する。
( → 次はプラ製スプーン有料化? 霞が関のセブンで実証実験:朝日新聞 )
他の出典にも当たってみた。
プラスチックに係る資源循環の促進等に関する法律(以下、プラ資源循環促進法)が4日、参院本会議で可決、成立した。同法はプラごみを焼却する「熱回収」を減らす一方で、リサイクル量を増やすことを重視している。法案を審議した参議院環境委員会で小泉進次郎環境相は、「熱回収をリサイクルとは呼ばない」ことを強調した。
( → 小泉環境相「熱回収をリサイクルとは呼ばない」 オルタナ )
まさしくそう発言しているようだ。
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しかしこの件については、私は前に批判した。簡単に言えば、こうだ。
「汚れたプラスチックを精製すると、精製のために莫大なエネルギーを必要とするので、かえって有害(反エコ)である」
次の各項でも説明した。
そのまま燃やせば、プラスチックも紙も木片もいっしょに熱源として利用できるのに、マテリアルリサイクル・ケミカルリサイクルをするときには、いちいちプラスチックと紙と木片を分離する。そのために、余分な手間(コスト・エネルギー)を投入する。
愚の骨頂と言える。
「不純なものから純粋なものを取り出す」ということのためには、エネルギーが必要とされる。それは「エントロピー減少のためのエネルギー」である。そんなことのために、余分な手間(コスト・エネルギー)を投入するわけだ。馬鹿げている。
いったん不純になったものを純粋なものに転じるには、エネルギーが消費される。
一方、いったん不純になったものも、純粋なものも、燃焼したときに発生するエネルギーは同等である。
ならば、いったん不純になったものは、そのまま燃焼させてしまうのが利口なのだ。それこそ最も効率的だからだ。
( → プラごみを再生するな: Open ブログ )
すでにあるものをごちゃ混ぜにするのは簡単だ。しかしながら、混ざり合ったもののなかから、特定の成分(ここでは燃料成分)だけを取り出すということは、エントロピーを下げるということだ。だから、そのためには、多大な手間がかかる。機械的にやるのであれば、多大なエネルギーが必要となる。
つまり、エネルギーを得るためには、多大なエネルギーが必要となるのだ。そして、その必要なエネルギーは、元の原料のエントロピーの程度に依存する。
廃棄された農産物というのは、ものすごくゴチャゴチャとしており、エントロピーが高い。ここから燃料を取り出すためには、エントロピーをすごく引き下げる必要があるので、多大なエネルギーが必要となる。
( → リサイクルとエントロピー: Open ブログ )
リサイクルのために最も有効なのは、「ゴミ発電」を推進することだ。現状では、プラゴミが単に燃やされてしまう例も多い。それをやめて、「ゴミ発電」の形でエネルギーを回収すればいいのだ。これなら、精製の手間やコストもなく、プラスチックをエネルギーとして回収できるからだ。
( → 汚れたプラスチックの処理: Open ブログ )
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さて。話の本質は、すぐ上に述べた通りだが、ここで冒頭の話に帰ろう。
小泉進次郎環境相は「熱回収はリサイクルではない」と述べた。これについて、どう考えるか?
これはもちろん誤りである。だから、上に述べたこと(真実)を示して、「小泉環境相の言い分は間違いだ」と言ってもいい。だが、それだけなら、すでに述べたことと同様だ。それではつまらない。
そこで本項では新たに、次のように述べよう。(皮肉ふう)
「熱回収はリサイクルではない」というのが環境省の方針であるなら、熱回収をただちにやめるべきだ。つまり、次の3点を実施するべきだ。(★)
・ 各自治体で行っている、プラごみの分別回収をやめる。
・ ゴミ発電をやめる。
・ ゴミ発電で電力が減った分を、旧式の火力発電で発電する。
(炭酸ガスをどんどん排出する。)
以上のことは、不思議でもなんでもない。「熱回収はリサイクルではない」という主張をそのままなぞっているにすぎない。なぜか? その否定である「熱回収はリサイクルである」ということの逆だからだ。
ちなみに、「熱回収はリサイクルである」というのは、次のことを意味する。(*)
・ 各自治体で、プラごみの分別回収を行う。
・ ゴミ発電を行う。
・ ゴミ発電で電力が増えた分だけ、旧式の火力発電の発電を止める。
(炭酸ガスの排出量を減らす。)
これが「熱回収はリサイクルである」ということだ。で、これを否定するのが、小泉環境相の主張だ。その否定に従うと、上の(★)になる。
つまり、小泉環境相の主張に従えば、ゴミ発電をやめるべきであり、同時に、その分だけ、旧式の火力発電で発電するべきなのだ。つまり、炭酸ガスをどんどん排出するべきなのだ。(馬鹿丸出しですね。)
小泉環境相が「熱回収はリサイクルではない」と主張するなら、同時に、「その分、旧式の火力発電の発電を増やそう。炭酸ガスをどんどん増やそう」と主張するべきなのだ。
こうして、この主張の馬鹿馬鹿しさが判明するというものだ。
※ 以上は、論理による指摘である。馬鹿論理の指摘。
【 補説 】
さらに詳しい話を述べよう。
そもそも、次の謎がある。
「熱回収はリサイクルである」という主張は、なぜ生じるのか? なぜそういう非科学的なことを、人々はあえて主張するのか?
これには、四つの理由がある。
(1) まず、頭が非科学的であることだ。熱回収で発電すれば、その分だけ、火力発電の化石燃料の消費量が減るので、差し引きすれば、エコになる。だが、そういう足し算や引き算をするだけの頭がないのである。「算数ができない」と言ってもいい。
こういう馬鹿な頭の人向けに、上の本論(皮肉る話)がある。
※ 特に、増えるのは旧式の(非効率な)火力発電だ、という点に注意。火力発電のうち、新式の(効率的な)火力発電は、ベースロード発電となって、常時稼働している。これは他の条件に依存しない。
一方、旧式の(非効率な)火力発電は、他の発電だけでは足りなくなったときだけに、急に出番が来る。いわば補欠のようなものである。だから、ゴミ発電の部分が増えたり減ったりするたびに、この補欠のような発電設備が、稼働したり休止したりするのである。
( この件は「ボトルネックを はずすもの」という概念でも説明できる。「ザ・ゴール」という本に詳しく書いてある。)
(2) さらに、(頭でっかちで教条的な)理念のことがある。ゴミ発電は、結局はそこから炭酸ガスを排出するので、ゴミ発電はエコだとは認めない、というものだ。
いかにももっともらしいが、この発想は、「それで得た電力によって、火力発電の炭酸ガス排出量を減らしている」ということを無視している。目の前に見えるものだけを考えていて、背後で行われていることを考えることができないわけだ。
とすれば、これは (1) の「足し算・引き算ができない」というのと同様だと言える。
(3) マテリアルリサイクル・ケミカルリサイクルのことを誤解している、という点もある。サーマル・リサイクルは炭酸ガスを排出するが、マテリアルリサイクル・ケミカルリサイクルだと炭酸ガスを排出しないので、マテリアルリサイクル・ケミカルリサイクルの方がエコである……という発想をするわけだ。
だが、マテリアルリサイクル・ケミカルリサイクルでは、汚れたプラスチックを精製するために、大量のエネルギーを必要とする。もちろん、多大な炭酸ガスを発生する。ただし、その炭酸ガスを発生するのは、マテリアルリサイクル・ケミカルリサイクルの工場内ではなく、マテリアルリサイクル・ケミカルリサイクルの精製のためのエネルギーを発生する火力発電所である。マテリアルリサイクル・ケミカルリサイクルで精製をするとき、火力発電所ではどんどん炭酸ガスを排出しているのだが、マテリアルリサイクル・ケミカルリサイクルの工場内では炭酸ガスを排出しないので、「これはエコである」と思うわけだ。(馬鹿丸出し)
自分で自分にだまされているようなものだ。(頭が非科学的だから、エコを唱える詐欺師にだまされる。)
(4) 実は、最大の理由は、別にある。欧州人のエゴイズムである。
この件は、次項で述べる。
→ 日欧のリサイクル率の違い (次項)
【 関連動画 】
以降の文章中、小泉環境相が「熱回収はリサイクルである」と主張するなら、という表現は、意味が逆になっているように見えますが、私の読解力が無いためですか
誤 小泉環境相が「熱回収はリサイクルである」と主張するなら、
正 小泉環境相が「熱回収はリサイクルではない」と主張するなら、