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これは誰もが思いつく疑問だろう。ググっても、この疑問は多くの人が取り上げている。だが、まともな回答は見出されない。「これぞズバリ」と誰もが納得するような回答はないのだ。
とりあえず、いくつかの説を見ていこう。
(1) 痕跡器官?
男の乳首は、本来ならば退化して消失するはずだったのだが、たまたま残った痕跡器官なのだ……という説がある。
だが、この説を否定する根拠がいくつもある。
(i)
痕跡器官ならば、人間だけに特有に残るものであって、他の種ではそうではないことになる。たとえば、尾テイ骨のように。
ところが現実には、オスの乳首は、人間だけにあるものではなく、哺乳類全般にあるのだ。
→ Yahoo!知恵袋
例として、犬の画像がある。
→ Yahoo!知恵袋
つまり、男の乳首は、人間だけにある器官ではない。ひろく哺乳類全般に共通する器官なのだ。とすれば、それが存在するだけの理由(必然的な理由)があるはずだ。ただの痕跡器官であるはずがない。
(ii)
男の乳首が痕跡器官であるならば、人間の前の古い種(原人や猿人や類人猿など)では、男の乳首が有益な器官として機能していたことになる。しかし、そのような進化的事実は見出されない。
かつて、ヒトの男性(正しくは哺乳類の雄)の乳首も痕跡器官とされたこともあるが、雄が授乳する哺乳類は過去も現在も存在しないため、明確に否定されている。
( → 痕跡器官 (生物) - Wikipedia )
(iii)
仮に痕跡器官であるなら、もっとずっと小さくて目立たないものであるはずだ。
実際、そのような痕跡器官として乳首が見出されることがある。それは、二つの乳首ではなく、四個・六個・八個のような乳首の痕跡器官が、たまたま発現するような場合だ。
→ 副乳 - Wikipedia
→ 副乳とは:大塚美容形成外科・歯科
これらは副乳と呼ばれる。副乳はまさしく痕跡器官と言っていいだろう。一方、普通の乳首は、痕跡器官と呼ぶには適さない。
出典:英文ページ
(2) 発生学的な説明 1
発生学的に説明されることもある。
発生の過程では、人間(胎児)はもともとは女であるのだが、そこに男性ホルモンが作用すると、女から男になる。
→ 性分化の過程 〜 男あるいは女に発育していく過程
それはそうだ。だが、それでは答えになっていない。
発生学的な説明は、出生前の胎児に乳首があることを説明するが、出生後の赤子に乳首があることを説明しない。発生の後期に、男の乳首は消えてもよさそうだが、そうならないことを説明しない。
( ※ 胎内の男児に睾丸や陰茎が形成されるときに、同時に乳首が消失してもよさそうなのに、そうならない。男性ホルモンの働きによって、双方が同時に起こってもよさそうなのに、そうならない。)
(3) 男性ホルモンとメリット
実を言うと、男性の乳首があえて消えることには、特にメリットがないのだ。メリットがないから、あえて消えることはなさそうだ。次の見解がある。
ちなみに、男性の乳首が無くなる可能性ですが、これは無いと言って差し支えないでしょう。
Y染色体で「乳首を作らない(無くす)」という突然変異が起きて、そのY染色体が人類全体に行き渡る可能性、科学の観点からあえて「ほぼ」といわせて貰いますが、ほぼ0です。現実だけを見るならば、絶対にありえません。
( → Yahoo!知恵袋 )
「乳首がなくなると生存率が高まる」というようなことがあるはずはないのだから、そういう自然淘汰が起こることもないはずだ。
(4) 真相
以上でいろいろと説を示したが、どれも今ひとつ、ピンと来ない。では、真相は? そこで新たな説を、以下で示すことにしよう。
問題の核心は、「なぜあるか?」ではなく、「なぜあのくらいの大きさで残っているのか? なぜもっと小さくならないのか?」ということだ。そこで、この点に留意して考えると、以下のように考えられる。
実は、「男に乳首がある」という認識そのものがが正しくないのだ。(問題の前提そのものが間違っている、と言える。)
人々は、「男と女は、別々のサイズの乳首をもつ」と思っているが、それは正しくない。正しくは、こうだ。
・ 男も女も、子供のときには小さな乳首を持つ。
・ 男の乳首はそのままだが、女の乳首は途中で巨大化する。
(乳房が発達するので、ついでに大きくなる。)
人々は、男と女とを対比させた上で、「女には大きな乳首があるが、男には小さな乳首がある。前者は有用だが、後者は無用だ」と考える。しかし、この認識は正しくない。
「女には大きな乳首がある」というのは、まったく正しくない。男も女も、子供のころには共通した小さな乳首があるだけなのだ。そして、第二次性徴期になると、女の方に限って、乳房や乳首の巨大化という変化が起こる。
したがって、「男には無用な乳首がある」という認識は正しくない。「男も女も、子供のころには共通した(小さな)乳首を持つ」というのが正しい。
ここで、子供のころにあるのは、「小さな乳首」というよりは、「基本サイズの乳首」と言うべきだろう。男も女も、子供のころには、「基本サイズの乳首」を持つ。その後、思春期になると、女に限って、乳房や乳首の巨大化という現象が起こる。
基本サイズの乳首と、成人女性の乳首とでは、巨大化の倍率に一定の限界がある。たとえば、百倍とか千倍とかの大きな倍率になることはない。女性ホルモンによって生じるのは、主として細胞の巨大化だからだ。(細胞の数が増えることの度合いは小さい。)
仮にこの倍率が5倍だとしたら、将来のあるべきサイズに比べて、現在のサイズは5分の1が必要となる。というわけで、一定限度の大きさがどうしても必要になるのだ。……このことが、「基本サイズの乳首」の大きさを制限する。(ある程度以上は小さくなれない。)
こう考えれば、「基本サイズの乳首」をもつ子供に、ある程度の大きさの乳首があることがわかる。そして、その乳首を、男性の場合もずっと持ち続けるから、成人男性は小さな乳首を持つのである。
その乳首は、成人男性に特有の乳首なのではなく、子供の時期の乳首(基本サイズの乳首)を、成人後もそのまま持ち続けただけのことなのだ。
「成年の男はなぜ乳首を持つのか?」
という疑問を持つとき、人々は勘違いをしている。
人は生まれながらにして成年男性であったわけではない。もともとは子供だったのだ。そして子供のころには、男女に共通する(小さな)乳首がある。それだけのことだ。そして、成年男性ではそれが消えなかったというだけなのだ。
(5) 発生学的な説明 2
最後にオマケふうに、発生学的な説明をしておこう。
上記の説には、反論があるかもしれない。
「男と女に、共通する乳首があるというが、外性器は生まれたときから、男と女に差があるぞ。共通する外性器なんかないぞ。だから乳首だって、初めから男女別々にあってもいいはずだ」と。
なるほど、それはもっともらしい反論だ。だが、その反論は成立しない。なぜなら、外性器は思春期になっても特に変化しないからだ。乳房が急激に拡大するような変化は、外性器には起こらない。外性器における第二次性徴は、あることはあるが、「乳房の急拡大」のような急拡大は起こらない。
外性器は生まれたときにすでに男女別々で完成しているので、思春期になって急変・急拡大することは起こらない。だから、両者はそれぞれ、まったく別のことなのだ。( 乳首・乳房 ≠ 外性器 )
つまり、上の反論は、反論になっていないのだ。
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ただし、強いて言えば、次のことがある。
男性器に女性器の痕跡が残っていることはないのだが、逆に、女性器に男性器の痕跡(みたいなもの)が残っているように見えることがある。それは陰核だ。男に小さな乳首が残っていると見えるように、女には小さな陰核が残っているように見える。いわば、男の亀頭のかわりに。
ただし、そのいずれも、見かけだけであって、真実ではない。
・ 男性には乳房の痕跡が残っているわけではない。(前出)
・ 女性の陰核は男性の亀頭の痕跡ではない。(順序が逆だ。女性が先だ。)
発生学的には、女性の陰核亀頭と男性の陰茎亀頭とは、相同であるが、それだけのことだ。痕跡というような話ではない。
(6) 最後に
最後にひとこと述べておこう。
「男に乳首があるのはなぜか?」と問うとき、「女の乳首が本来のものであり、男の乳首はダミーみたいなものだ」と思いがちだ。しかし、それは正しくない。
もともとは、「男の乳首が本来のものであり、女の乳首はそれを変形させることで生じたもの(二次的なもの)」なのである。その関係は、漫画で言えば、原作と二次創作みたいな関係だ。あるいは、原作漫画の「鬼滅の刃」と、アニメの「鬼滅の刃」みたいな関係だ。
アニメの「鬼滅の刃」を最初に見て、色彩豊かで動きも見事な作品に感嘆した人は、「原作の方は必要ないね。ただの痕跡器官みたいなものだろ。なくてもいいんだよ」と思うかもしれない。しかし、それは違う。いくらアニメの方が優れていたとしても、原作がなければ、アニメは生まれなかったのだ。
二次的な派生物の方がどれほど優れていたとしても、それは原作あってのものなのだ。「原作なんか不必要だ」と思うのは勘違いである。
成人女性の乳房や乳首がどれほど立派なものであるとしても、それは子供のころの「基本サイズの乳首」があってのものなのだ。「基本サイズの乳首なんか不必要だ」と思うのは勘違いである。
[ 付記 ]
タイトルに即して言うと、「何のため?」に対する答えはない。これは、目的論で語ることではなく、原因論で語ることだからだ。
男の乳首があることには、何らかの目的はあるわけではない。ただし、何らかの原因がある。その原因について、本項では述べた。(原因でなく理由といってもいい。)
なお、「基本サイズの乳首」があったあとで、なぜそれが消失しないかというと、いちいち消失させることのメリットがないからである。この件は、(3) で述べた通り。
「男も女もベースは女性で、男性はY染色体の影響で半ば無理やり男になっていくんです」
https://nikkan-spa.jp/1435955
類似:
https://nikkan-spa.jp/1435955
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→ 上の理屈だと、男性にも卵巣や子宮(の痕跡)があってもいいことになるだろう。ゆえに、説明としては不完全だ。
子供の時期の乳首の存在に言及しないと、正解は得られない。
調べたけれど、ないわけじゃなくて、目立たないだけです。発達しない小さな乳首があるそうです。
クジラは
「メスと場所が若干異なるようなのですが、あるのは間違いないそうです」
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1026585140
マウスは
「若いオスとメスは簡単に識別できないが、メスはオスに比べ肛門と生殖器の間の長さが比較的短い。メスは5対の乳腺と乳首を持つが、オスでは発達しない」
https://w.wiki/3bvu