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敗因の分析という形だが、記事が二つある。
(1) 朝日新聞・社説
《 (社説)ワクチン開発 反省踏まえ基盤固めを 》
欧米で新型コロナのワクチンが早期に開発されたのに比べ、日本は大きく立ち遅れた。09年に新型インフルエンザが流行した際、ワクチン戦略の重要性が指摘されながら、十分な措置をとってこなかったことが、彼我の差を生んだといえる。先行国との違いを検証し、何が足りなかったかを明らかにして、政策を練る必要がある。
何より基礎研究へのテコ入れを忘れてはならない。
「選択と集中」の名のもと、すぐに役立ちそうな研究ばかり追求していては、現在の知見が及ばない新たな危機に対処できない。
( → 朝日新聞 )
(2) 朝日新聞・医療記事
川崎市の臨海部にある「ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)」で、新型コロナウイルスワクチンの研究、開発が進んでいる。……日本が遅れた原因は? 課題は? チームリーダーに話を聴いた。
内田氏によると、チームがワクチン開発に着手したのは、昨年4月。この時点で、欧米勢にかなり遅れをとっていた。
内田氏は「遅れているどころの騒ぎじゃない。論文だけみても、欧米や中国に比べ、日本はまだゼロに等しい」。
そもそも、コロナの感染が広がった時点で、欧米と日本では研究の土台が違った。コロナの流行前から欧米では遺伝子治療が成熟していたが、日本ではあまり見向きもされていなかった。「良くも悪くも選択と集中で、iPS細胞などの再生医療に投資が偏ってしまった」と指摘する。
( → 川崎発、コロナワクチン開発 出遅れても進める理由とは :朝日新聞 )
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以上の二つの記事があるが、いずれも「選択と集中」を敗因に上げている。これは、卓見と言えるだろうか?
実を言うと、同様の指摘は、本サイトがずっと前に示していた。再掲しよう。
mRNAワクチンの開発では、日本は出遅れたように見られているが、技術が劣っていたわけではない。日本でも石井健教授が開発していた。ところが、安倍政権が財政削減で、mRNAワクチンの開発中止を決めたのだ。
では、どうして開発中止を決めたのか? たぶん、こう思ったからだろう。
「こんなへんてこりんなワクチンの研究なんかやったって、意味がないね。こんなもの、役に立つ日が来るとは思えない。それよりは、従来型のワクチンに専念する方が有効だ。選択と集中で、従来型ワクチンに専念するべし。そうすれば、財源が節約できて、歳出を減らすことができる。その分、法人税を減税できる。法人税減税のために、役に立ちそうもない技術を開発するのはやめよう」
こうして日本は、せっかく開発していた mRNAワクチン を、「開発中止」とすることに決めたのである。
( → mRNAワクチンとインフルエンザ :Open ブログ )
けっこうイヤミを聞かせていますね。 (^^);
だが、イヤミの紹介が、本項の眼目ではない。眼目は、次のことだ。
GE の「選択と集中」は、あくまで事業部門の「選択と集中」だった。それは投下する資金面での「選択と集中」だった。
一方、ゴーン社長が取ったのは、研究開発の「選択と集中」だった。
(中略)
以上から、結論が出る。
「選択と集中」は、事業部門に関する限り、正しい。
「選択と集中」は、研究開発に関する限り、誤りである。
( → 選択と集中(GE,日産): Open ブログ )
わかりやすく言おう。「選択と集中」は、事業についての概念なのである。事業というものは、「下手の横好き」とばかり、あれやこれやとやたらと多くの分野に手を出すべきものではない。それは戦争で言えば「戦力の分散」に相当するので、最も愚策である。かわりに、有効な方面に一挙に戦力を集中して、その方面で圧勝するべきなのだ。これが、事業における「選択と集中」である。
一方、研究というものは、そうではない。
そもそも、将来というものはなかなか見通せないものだ。見通せない将来に対しては、あらゆる可能性を考えて、研究開発を「広く浅く」にしておく必要がある。そうすれば、「予想がはずれて大損」という危険を防げる。
たとえれば、研究開発は、バクチのようなものなのである。それも、あたる確率はかなり低い。とすれば、当たりそうな部門に広く布石しておくことが、失敗を避けるための策だ。逆に、特定の一部だけに山を張って大金をかけるのは、あまりにも無謀な賭けである。当たればいいかもしれないが、確率的には はずれる確率の方が高いのだから、無謀というしかない。
ゴーン社長は、事業部門における「選択と集中」という方針を、研究開発にも当てはめようとした。しかしそれは、「研究開発とは何か」ということを理解できない、文系の素人判断だったのである。
( → 選択と集中(GE,日産): Open ブログ )
日本政府もまた、ゴーン社長と同様だった。文系の経営学における「選択と集中」という方針を、理系の基礎研究に適用しようとした。しかしそれは、およそ見当違いな方針だったのである。
比喩で言うと …… 朝立ちで困っている若い男性の悩みに対処しようとして、男に無知な女性が生理用のナプキンかタンポンを与えるようなものだ。まったく見当違いというしかない。
人は、自分の無知な分野については、とんでもない処方をするものだ。それが、基礎研究の分野における、「選択と集中」という政府方針だった。
そして、その結果として、日本はコロナとの戦いにおいて敗北したのである。(ワクチン開発の点では)
【 関連サイト 】
日本の大学教育はどこへ向かってるんでしょうね… pic.twitter.com/zB29kEyd3e
— 言迷水/??日音黒通信団ブロンズ戦闘員【公式】 (@nazomizusouti) July 27, 2018
【 関連項目 】
→ 日本の研究費の増額: Open ブログ
※ 政府が研究費を増額するというが、一部の研究に集中的に金を出すという「選択と集中」だ。これでは逆効果だ、という話。
→ 有望な研究はやるな: Open ブログ
※ みんなが有望だと思うような人気分野で研究しても、独創的な研究は生まれない……という話。