2021年06月04日

◆ 縄文遺跡群(余話)

 前項では取りこぼした話をする。(農耕と文明、ストーンヘンジ)

 ――

 前項から続く話。章分けして述べる。

 農耕と文明


 麦などの穀類は保存が可能になった。このことで食料の安定性が得られた。( → 前項 )
 さらに、保存が可能になったことによって、別のことが生じた。それは、余剰生産物だ。保存が可能になると、蓄積ができるので、実際に食べる分以上の(つまり必要以上の)食料を生産することが可能になった。
 とはいえ、やたらと作りすぎて余らせてしまうのでは無駄だ。そこで、作りすぎにならないように、一部の人は生産活動を免れるようになった。これらの人々は、食料生産以外のことに携わるようになった。
 たとえば、道具の生産だ。初期には石器や木工品が作られただろう。そのうち車輪が発明されると、車輪も作られるようになっただろう。(車輪の発明は紀元前 4000年ごろらしい。)
 こうして、食料生産以外のことができるようになると、文明が生じた。このことは、有名な書籍である「銃・病原菌・鉄」にも記してある。その要旨から、一部抜粋しよう。
 もともとは、人々は熱帯の土地に住んでいた。そこでは、農耕が発達した。一方、やや寒い地方の島々に出た人々もいたが、そこでは、熱帯の食物は育たなかったので、農耕は不可能となり、狩猟採集生活をするしかなかった。そうなると、余剰生産力がなかったので、非生産民は存在できなかった。一方、土地と気候に恵まれた地域では、非生産民が存在できた。工業職人・軍人・支配層などが存在できた。そうして多くの人口と生産力を持つ文明社会が構成された。それは狩猟採集生活をする小部落の人々にはできないことだった。
( → 文明の歴史(銃・病原菌・鉄): 知的な書評ブログ

 保存の利く穀類を農耕で生産するようになると、(地域によっては)余剰生産力が生じた。それにともなって文明が生じたわけだ。

 上と同様の話は、下記でも紹介されている。
  → 文明の誕生  

 ただし、実を言うと、この「余剰生産力」という概念は、マルクスに由来する。マルクス経済学では、「剰余生産物」という用語で、次のように説明される。
 経済生活に必要な財(食料,衣服のような生活必需品や,これらを生産するのに使用される原料,道具など)の生産に直接たずさわる人々は,自分たちに必要な量はもちろんのこと,これ以上の生産物を生産する。これは,王や家臣たち,領主や主人,呪術師や祭司など,財の生産に直接かかわらない人々も消費生活を営んでいかなければならないからであり,また経済が拡大していく場合には新しく追加される道具や機械が作り出されていなければならないからである。
( → 剰余生産物とは - コトバンク

 マルクスはこの概念によって、「労働者が生産する一方で、その剰余生産物を収奪する階級があった」というふうに説明している。それと同時に、「剰余生産物によって資本主義が発達した」というふうにも説明する。

 まあ、それはそれでいいんだが、その発想は、狩猟社会から農耕社会へと移行した場合についても、うまく適用できる。だから、ちょっと書き変えただけで、冒頭の説明(「銃・病原菌・鉄」の説明と同じ)に至るわけだ。

 「農耕によって文明が生じた」というのは、マルクスが自分で説明したわけではないのだが、それはマルクスの発想に由来すると言えるだろう。



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 ストーンヘンジ


 今回の遺跡には、いくつかの環状列石が含まれている。
  → 大湯環状列石
  → 小牧野遺跡
  → 伊勢堂岱遺跡
  → 御所野遺跡

 さて。これらの環状列石は、ストーンヘンジに似ている。
 《 ストーンヘンジと共通点?英国の研究者が語るJOMON 》
 今回登録が勧告された、秋田県の伊勢堂岱遺跡では複数の環状列石が確認されており、一部では墓も見つかっているようです。あるいは日本列島の各地にあるストーンサークルもネットワークを形成していたのかもしれません。
 農耕が行われていない、縄文文化のような社会で、今回登録勧告がなされた大湯環状列石(秋田県鹿角市)のように、石を立て並べる「ストーンサークル」が発見されるのは非常に珍しい。
 私は現在、日本列島に30カ所以上ある縄文のストーンサークルと、イギリスの有名な新石器時代の遺跡で、世界遺産にも登録されているストーンヘンジとの比較研究を行っています。
( → 朝日新聞

 英国との違いもいろいろと記されているが、なかなか興味深い話だ。ご一読をお勧めする。

 ――

 一方で、英国のストーンヘンジは「捏造同然だ」という指摘もある。これは古代の遺跡そのものではなくて、コンクリートを使って建て直されたものだからだ。(コンクリート製の大阪城ほどではないが、ほとんど復元されたレプリカに近いものだ。)
  → ストーンヘンジの不都合な真実…「20世紀の完全な作り物」説、何度も大規模修復し隠蔽

 あれれ、という感じである。こうならなくて、よかった。

 ――

 大湯環状列石については、次の記事もある。
 《 不適切な構造物、「撤去を」注文 世界文化遺産へ、登録勧告 縄文遺跡群 》
 大湯環状列石(秋田県鹿角市)は、遺跡の間を県道が分断。県によると県道を移設する方向で今後進める。
( → 朝日新聞





 この道路は、前にも「邪魔だ」と話題になったことがある。そのときは、そのまま放置されていたのだが、今回、世界遺産に指定されるのにともなって、道路が撤去される(移設される)ことになりそうだ。歓迎すべきだろう。

 遺跡のど真ん中に道路を通すなんて、イギリス人も口あんぐりというところだ。とはいえ、遺跡そのものを破壊したわけではないので、その点ではまだマシだが。

 参考のため、大湯環状列石の画像も示しておこう。( Wikipedia から引用)


Oyu_Stone_Circles.jpg
Oyu Stone Circles- Wikimedia Commons


Oyu_Stone_Circles2.jpg
Special historic site Oyu Stone Circles - Wikimedia Commons

posted by 管理人 at 21:31| Comment(0) | 一般(雑学)6 | 更新情報をチェックする
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