2021年05月30日

◆ 君の名は。/性同一性障害

kiminonaha2.jpg アニメ「君の名は。」では、男の心が、女の体に乗り移る。これは性同一性障害と同様の状況にある。

 ――

 男である瀧の心が、女である三葉の体に乗り移る。
 女である三葉の心が、男である瀧の体に乗り移る。
 こうして、心と体の不一致が起こる。これは性同一性障害と同様の状況にある。
 ではそのとき、瀧や三葉は「心と体の不一致」に苦しんだだろうか? 


kiminonaha.jpg


 瀧の方は苦しまなかった。おっぱいを揉んだりして、むしろ喜んでいただろう。(アニメでは描かれなかったが、下半身も触ったり覗いたりしたはずだ。三葉に「変態!」と言われそうだが。)

 三葉の方は、オシッコのときに触る必要があったりして、困っただろうが、ここではまさしく下半身に触っていることになる。(だったら、人のことを言えたもんじゃないよね。)

 ただ、どちらの場合も、「異性の体をもつ」ということに適応していることになる。「心と体の不一致」に苦しんではいない。むしろ、興味津々というところだろう。





 ここまで見ると、「性同一障害」の本質がわかってくる。それは「心と体の不一致」自体ではなくて、「心と体の不一致に苦しむこと」なのである。普通の男や女ならば、かえって喜んでいい状況なのに、どういうわけか苦しんでしまう。そういう精神的な問題なのだ。

 とすれば、これは一種の精神障害(精神病)であると見なした方がいいだろう。もっともふさわしい言葉を使うなら、「適応障害」になるだろうが、「適応障害」という言葉は、すでにある。深田恭子がそれになった。
  → 深田恭子の適応障害が決して他人事ではない理由 | 東洋経済
 この記事で示唆されているが、自死をした芸能人は、この病気になった可能性がある。(三浦春馬など。)

 ここで言う適応障害は、外部環境に適応することができない状況だが、別に、いきなり外部環境が激変したわけではない。外部環境に適応する自分の能力が衰えただけだ。そして、その原因は、たいていは「精神的疲労」である。簡単に言えば、「仕事のやりすぎ」「睡眠不足」などだ。だから、仕事を休んで休養しているだけで、自然に治ることが多い。(治る前に自死をすると、取り返しがつかないが。)





 性同一性障害も、この手の「適応障害」と似た状況にあると考えられる。「適応障害」の場合は、外部環境に適応する自分の能力が衰えたことで発症するが、性同一性障害も、子供時代には耐えられたことに、大人になってからもはや耐えられなくなったことで発症すると見ていいかもしれない。

 前項で示した裁判における性同一性障害の人も、他人から見れば「何でそんなことで大騒ぎするんだ」と思えそうだが、ここでは、「問題の大きさ」が原因なのではなく、「問題に適応できなくなった本人の心の弱さ」が原因だと考えるといい。
 だから、その言い分は、他人から見ると、「些細なことに我慢できなくなっているわがまま」とも見える。実際、他人から見れば、わがままなのだろう。しかし本人にとっては、決して無茶な言い分を通そうとしているつもりはないのだ。本人にとっては、どうしても耐えがたいことなのだ。

 ――

 では、どうする?
 他人から見れば、ただのわがままだ。本人にとっては、必要不可欠なことだ。双方は対立する。あちらが立てば、こちらが立たず。困った。

 そこで、困ったときの Openブログ。うまい案を出そう。こうだ。
 「この問題は、以上のことからして、精神障害の問題であるので、精神的な治療をなす。性の不一致の問題ではなく、性の不一致に対する適応力の問題なのだと指摘した上で、適応できるようにしたい。そこで、適応できるように、精神の安定度を増すために、精神科医による治療を施す」

 これはいわば、深田恭子に対して、「休養しましょう」というアドバイスをするのに似ている。あるいは、心身症の患者に対して、臨床心理士によるカウンセリングをするのに似ている。
 こういう形で精神的・心理的に治療するのが、最も妥当であると思える。

 それが「君の名は。」からわかることだ。



 【 関連サイト 】

 エッチな妄想のイラスト。
  → 三葉ちゃんと入れ替われたらエロいことイロイロしたい奴【君の名は。】
 
  ※ スケベな人向けです。いわゆる二次絵。
 
posted by 管理人 at 11:56| Comment(4) | 一般(雑学)6 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
個人のブログだから許されてるけど、こんなこと公に述べたら大炎上ですよ。
数十年前の「ゲイ、レズは精神異常者だから矯正すべし」と言うのと代わらない。
(趣旨が違うと反論なさるでしょうが、精神病扱いで治療が必要、としていることは同じ)

フィクションでの反応を題材に、性同一性障害が本人(の心持ち)次第としているのが噴飯もの。
起こり得ない出来事への憧憬が描かれたフィクションと違って、性同一性障害の方は現実に肉体と心とに違和感を持ったまま、生涯過ごすことを決定付けられているわけです。

それに適応できるのが普通、適応できてないのは精神障害だ、って、そんなわけ無い。

まあ精神なんてもんは脳の活動が生み出す幻のようなものですから、投薬、あるいは外科的処置で体に合わせるように「治す」ことは可能でしょう。
しかし、現代の自我、もっと言えば個人の価値観を絶対視する風潮が蔓延る中で、そのようなドラスティックな提案は誰にもできないと思いますね。
Posted by コリント at 2021年05月31日 09:57
> 性同一性障害が本人(の心持ち)次第としているのが噴飯もの。

 あなた、完全に誤読した上で、ありもしないものを攻撃していますよ。藁人形論法。

 私は「性同一性障害を矯正せよ」とは言っていません。その逆で、「性同一性障害を矯正するな。かわりに、違和感の方を矯正せよ」と言っている。

> 性同一性障害の方は現実に肉体と心とに違和感を持ったまま、生涯過ごすことを決定付けられているわけです。

 別に決定づけられているわけじゃない。心の有り様は、いくらでも変えられる。それが本項の趣旨です。
 不一致そのものを変える必要はないが、違和感の方は解消できる。そうすれば幸福に過ごせる。

 あなたの見解は「性同一性障害の人は、一生不幸で過ごすことが決定づけられているものであり、その不幸感は解消できない」というものであって、彼らに対する差別と偏見に満ちています。
 
> 適応できてないのは精神障害だ、って、そんなわけ無い。

 これもそうで、精神障害者に対する差別と偏見に満ちている。精神障害はただの病気であり、誰もが病気にかかるのと同様のことなので、あなたのように差別と偏見を持つのは誤りです。

Posted by 管理人 at 2021年05月31日 11:22
 私は、本稿で述べられているように、性同一性障害に対しては、まず「精神治療」を施すのが妥当なルートだと思います。それが、一般的な適応障害と同じような治療内容になるのかはわかりませんが。それを受ける過程で、当事者らが、その障害の程度、緊急性、及び進行性を判断した上で、次のステップに進むのが穏当のように感じます。
 ただ、性同一性障害か否かを最初に判断するのは、通常今でも専門の精神科医でしょうが、下のクリニックのサイトでは治療内容として、ホルモン療法のような副作用が懸念される(もしくは不可逆性も考えられる)ものが、あたかも第一選択のように挙げられているので、ここは安易なように感じられます(これが今は標準治療?)。とにかくまずは、肉体的なアプローチよりも先に、精神治療を試みるべきでしょうね。

  https://www.e-heartclinic.com/kokoro-info/special/personality_15.html

 (追記)それで、上のコリントさんのような反感コメントがなぜ出てくるかのというと、当事者が問題を抱えているのは確かなのですが、その問題の根本はその人の精神にあるのか肉体にあるのかを問う過程で、「精神のほうだ」としてしまうと、「精神=その人そのもの」なのですから、当事者を攻撃してしまう構図になりかねないからです。では、一般的に(少なくとも今の世の中では)精神疾患や障害に対する治療がなぜそうならないのかというと、ちゃんと外的な原因を「用意」するからです。すなわち、「(あなたがそうなった原因は)過労だ、人間関係だ、イジメだ、酒だ、薬物だ、更年期(障害)だ、老化だ、等々」。もちろんれっきとした原因がある場合もあれば、保険治療をスタートする上での方便ということもあるでしょう。
 対して「性同一性障害」については、外的要因が簡単には見つからない事例が多く、そのため当事者の悩みがますます深くなるとともに、「じゃあこの肉体のほうがオカシイのか」と、すぐにホルモン治療や性別適合手術のほうを選択してしまう人が多い(医療もそれにあわせている)と推察します。考えてみれば、「適応障害」というものも、「まわりとうまくやれない原因は特に見当たらないけれど、患者さんに向かって、あなたのワガママだとか社会性が未熟なだけでしょう、とは言えないしな〜。そもそも病気でなければ保険治療ができないし」と弱ったお医者さんたちが、最近になって何とかひねり出した「病名」でしょう。ですから本稿で、性同一性障害を適応障害になぞらえているところは、外的な原因理由が見出しにくいという点で類似性があると思われるので、鋭い論考です。とくに、「子供時代には耐えられたことに、大人になってから(≒性徴発現後は)もはや耐えられなくなったことで発症すると見ていいかもしれない」というくだりには感心しました。※「性徴発現」は外的なきっかけですが、誰にでも起こるので、その人固有の原因理由ではない。
Posted by かわっこだっこ at 2021年05月31日 14:18
 すみません。上の私のコメントの末尾を訂正します。

 誤:「性徴発現」は外的なきっかけですが、誰にでも起こるので、その人固有の原因理由ではない。

 正:「性徴発現」はひとつのきっかけですが、誰にでも起こるので、その人固有の原因理由ではない。
Posted by かわっこだっこ at 2021年05月31日 14:31
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