2021年04月24日

◆ トヨタの水素戦略

 トヨタは「人工光合成」と「水素エンジン」という二つの水素技術で、水素重視の戦略を打ち出した。しかしまったくの見当違いだと私は評価する。

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 トヨタは「人工光合成」と「水素エンジン」という二つの水素技術で、水素重視の戦略を打ち出した。以下では順に述べよう。

 人工光合成


 トヨタが「太陽光発電」に代わる「人工光合成」という技術の開発をした。
 トヨタ自動車グループの豊田中央研究所(愛知県長久手市)は21日、太陽光を使って水と二酸化炭素(CO 2)から有機物のギ酸を生成する「人工光合成」の効率を世界最高水準まで高めることに成功したと発表した。過程でCO 2を材料とするため脱炭素化につながるほか、生成したギ酸から水素を取り出し燃料電池の燃料に使うこともできる。早期実用化を目指す。
 豊田中央研究所は2011年に、水とCO 2のみを原料とした人工光合成に世界で初成功。当初は太陽光エネルギーを有機物に変換できる割合が0.04%だったが、改良を重ね7.2%まで向上させた。植物の光合成の効率を上回るという。
( → 世界最高水準の人工光合成に成功 トヨタ系、植物上回る効率 | 共同通信


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出典:豊田中央研究所


 ギ酸なんかを作っても仕方ない、と思えるかもしれないが、そうではない。ギ酸を経由して水素を発生させることができる。その意味では、ギ酸を作るというのは、水素を作るのとほぼ同等の効果をもつ。
 効率の点でも、植物よりも効率がいいのなら有望な技術だ、と思えそうだ。
 では、この技術(人工光合成)をどう評価するか? 私は「まったく駄目だ」と評価する。理由は次の通り。

 (1) 植物の代わり?

 この技術を植物と比較するのは妥当ではない。植物は「タネをまくだけで、あとは自動的に成長して収穫できる」という長所がある。つまり、「低コスト」および「回収が容易」だ。
 一方、人工光合成の技術は、その長所はない。装置のコストはメチャクチャに高い。また、できたギ酸を回収するのにも莫大なコストがかかる。(広大な用地にギ酸を回収するパイプを張り巡らすというのは、とんでもないコストがかかる。)
 「年に1回収穫してトラックで運ぶだけでいい」という農産物に比べて、圧倒的に面倒で高コストだ。
 この意味で、仁湖光合成は、植物のかわりにはならない。むしろ、太陽光発電(太陽光パネル)のライバルだと見なすべきだろう。

 (2) 効率と原理

 太陽光発電と比べると、人工光合成は圧倒的に効率が劣る。上記の記事では7.2%になったというが、太陽光発電の効率が最高では 40%ほどになっているのに比べると、大きく劣る。
 しかも、効率が将来的に大きく高まるという見込みもない。そのことは原理的に明らかだ。
 太陽光発電は、半導体によって光子エネルギーを電子エネルギーに変換するが、そのことは原理的にはかなり高い効率が見込める。( 光子 → 電子エネルギー )
 人工光合成は、半導体によって光子エネルギーを分子の化学エネルギーに変換するが、そのことは原理的にはかなり高い効率が見込めない。( 光子 → 化学エネルギー )
 ギ酸の場合には、次の変換がある。

   HCOOH  ←→ H2 + CO2
    ギ酸     水素  二酸化炭素


 ここでは、(分子内の)原子の結びつきを変換するので、高いエネルギーが必要となる。だが、小さな光子エネルギーで変換をもたらすのは困難であり、それゆえ、効率は低下する。

 (3)脱炭素?

 記事では「炭酸ガスからギ酸を作るので、脱炭素化が進む」という趣旨の記述がある。だが、これは成立しない。
 なるほど、二酸化炭素と水から、ギ酸と酸素を生成することはできる。だが、上の化学反応の式を見ればわかるように、ギ酸から水素を生成する段階で、炭酸ガスが発生する。
 結局、二酸化炭素を吸収する量と発生する量が同じだから、差し引きすれば、二酸化炭素を吸収する効果はないのだ。(あるのは、初回のギ酸を生成する分だけであって、あくまで限定的だ。)
 本質的には、炭酸ガスは家庭の中でグルグルと循環して使われるだけだから、外部の炭酸ガスを吸収する効果はないのだ。
 その意味で、脱炭素化の効果はない。

 人工光合成は、「水素社会」をめざすトヨタにとっては、「水素を造れる有望な手段だ」と思えたのだろうが、実際には、何の効果もない、と判定できる。
 こんなことをやるくらいなら、「太陽光発電で発電してから、その電気で水を電気分解する」という方法の方が、圧倒的に効率が高い。コストの点でも圧倒的に上だ。(大量生産される太陽光パネルを使えるからだ。)
 「人工光合成は、太陽光発電に完敗する」というのが、私の評価となる。(効率でもコストでも大幅に負ける。)

 水素エンジン車


 ガソリン車のエンジンの燃料だけを水素ガスにするという水素エンジン車を、トヨタがレースで開発するそうだ。
 トヨタ自動車は22日、脱炭素に向けた取り組みとして、水素を燃やして走るエンジン車を開発し、量産を目指す方針を明らかにした。走行時に二酸化炭素(CO2)を出さず、既存のガソリン車の部品を活用できるのが特徴。まずはモータースポーツの競技車両に水素エンジンを搭載し、技術の向上を図る。
( → トヨタ、「水素燃焼」エンジン車を量産へ モータースポーツで技術向上 - 産経ニュース

 豊田会長が繰り返し伝えていたことは「私たちのゴールはカーボンニュートラルであり、その道は1つではない」ということ。カーボンニュートラル=電動化となりがちなところではあるが、CO2と水素との合成燃料である「eフューエル(e-fuel)」を活用するなどの例を紹介しつつ、「私たちのゴールはカーボンニュートラルであり、その道は1つではない」と強く強く訴えかけていた。
( → モリゾウ選手こと豊田章男社長は、なぜ水素エンジン車で24時間レースに挑むのか? すべてのエンジン技術者へのメッセージ - Car Watch

 「水素をガソリンエンジンで燃やせば、化石燃料を燃やすのと違って、炭素を排出しない。だから、EV や FCV(燃料電池車)という高度で高コストな技術を使わなくても、容易に安価に脱炭素化を推進できる」
 という発想だ。これをどう評価するか? 
 「脱炭素化はできるが、効率が圧倒的に劣る」
 というのが私の評価だ。

 なるほど、水素を燃やせば、脱炭素化という点では目的を達成できる。一方で、効率という点では、EV に大幅に劣る。
 EV ならば、太陽光発電や風力発電で発生した電力を、そのまま電気自動車に充電できる。途中のロスは、送電ロスが 10%程度と、EV の充電池の充電ロスが 10〜20% 程度あるだけだ。
 水素エンジン車だと、こうはゆかない。電気を水素に変換する過程で、かなりのロスが発生する。さらに、水素を圧縮するためにもかなりのエネルギーが必要なので、その分のロスが生じる。さらに、水素を重いボンベに入れて運搬するためにもかなりのエネルギーが必要なので、その分のロスが生じる。その上、最終的には、内燃機関の効率の低さがある。モーターならば消費電力の 90%以上の仕事率があるが、内燃機関だとその効率はせいぜい 40%程度にしかならない。モーターの半分以下だ。ここで決定的な差が生じる。
 全部ひっくるめると、水素エンジン車の効率は EV の効率に比べて、3分の1〜5分の1ぐらいにしかならないだろう。圧倒的に効率が低い。以上のことから、水素エンジン車は、まったく利用価値がない、とわかる。

 水素を使うのならば、FCV(燃料電池車)に使うのがだとうであり、水素エンジン車では EV にまったく勝ち目がない、とわかる。
 FCV がとうてい実用レベルにならないからといって、実用レベルに近い水素エンジン車を導入しようとしたのだろう。だが、水素エンジン車は実用化が容易であるかわり、効率が大幅に低いので、利用価値そのものがないのだ。

 ホンダはEV重視


 トヨタが「水素社会」をめざして迷走する一方で、ホンダは EV に向けて方針を大転換した。
 温室効果ガスの削減に向け、ホンダは、世界で売る自動車のすべてを2040年までに電気自動車(EV)か燃料電池車(FCV)にする、という目標を23日発表した。純粋なガソリン車だけでなく、ハイブリッド車(HV)も売らない。走る際に二酸化炭素を出さない「脱ガソリン車」への全面移行を表明したのは、日系メーカーで初めて。実現すれば、エンジンを載せたホンダの新車はなくなることになる。
( → ホンダ、40年までに「脱ガソリン」 日系で初表明:朝日新聞ル

 ホンダは23日、2040年までに世界での新車販売全てを電気自動車(EV)と燃料電池車(FCV)に切り替えると発表した。ハイブリッド車(HV)も含め走行中に二酸化炭素(CO2)を排出する新車の販売はやめる。
( → ホンダ、世界販売全てをEV・FCVに 40年目標: 日本経済新聞

 朝日も日経も、「ホンダは環境対策で先進的だ」という趣旨で報じている。拍手喝采という感じだ。
 だが、これは、ただの環境保護の政策的な立場だけで決まったのではない。背後には技術的な事情がある。

 この件で大事なのは、次のことだ。
 「将来的には、HV から EV や FCV に移行するのではなく、途中で PHV (プラグインハイブリッド車)を経由する。それはシリーズ方式の HVの電池容量を大きくしたものだ。すでにシリーズ方式の HV をもつのであれば、その電池容量を大きくするだけで PHV ができる」
 さて。このことは、シリーズ方式の HV をもつ日産やホンダでは可能だ。一方、独自方式の(シリーズパラレル折衷型の)HV をもつトヨタでは、これが実現しにくい。
 だから、日産やホンダは、
  シリーズ HV → シリーズ PHV → EV

 という順で、EV への移行を容易に実現できるのだ。(同一の技術を使うことで済む。)
 一方、トヨタの場合は、このような移行ができない。トヨタの HV と EV との間には、大きな断絶があるからだ。(実際、トヨタの PHV はとても価格が高いので、商業的に成功していない。)

 結局、今回のホンダの方針は、政治的に大英断のように見えるが、実は、その背景には、「すでにシリーズ式の HV をもっている」という技術的な事情があるのだ。
 一方、トヨタには、「シリーズ式の HV をもっていない」という技術的な事情があるので、HV から EV へのなめらかな移行が不可能であって、それゆえ、「全面的な EV化」を、やりたくてもできないのだ。ここでは、「トヨタには優れた独自 HV 技術がある」ということが、かえって(かせ)となって、自らの手足を縛っているのである。(長所が欠点に変わってしまう、という皮肉。)



 トヨタが今のように水素戦略にこだわっていると、EV社会への流れに乗り遅れて、圧倒的に不利な立場に立たされかねない。その危険を予告しておこう。
 これはちょうど、私が初期に「MRJ は駄目だ」と予告したのに似ている。私が「MRJ は駄目だ」と判定したのが 2007年で、以後は何度か否定的に述べてきた。
  → MRJ の量産化が無期限延期: Open ブログ
 2007年の評価から13年後の 2020年になって、三菱は MRJ の開発中断を決めた。
 同様に、トヨタも私が 2020年に「駄目だ」と言ってから 13年後に、「水素戦略は駄目でした」と方針を撤回するかもしれない。そして、そのときには、三菱重工と同様に、大幅赤字で倒産寸前になっているかもしれない。



 【 関連項目 】

 → トヨタの時代逆行: Open ブログ
  ※ トヨタ自動車社長が、「脱ガソリン車」という世界の潮流に、1人で反発している……という話。

 → 水素時代という妄想: Open ブログ
 → 水素からアンモニアへ: Open ブログ


posted by 管理人 at 23:55| Comment(0) | エネルギー・環境2 | 更新情報をチェックする
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