2021年04月14日

◆ すみません・ありがとう

 「すみません」「ありがとう」という言葉を素直に言える人間でありたい。そのことで自分自身を助ける。

 ――

 身障者が健常者を奴隷のごとくこき使おうとする……という話を、前々項の最後で少しだけ記した。

 これに関連するが、次のツイートが話題になった。


 これに対して、異論が出ている。「ありがとう」「すみません」というのがそんなに大変なことか? そんな言葉は潤滑剤として普通に使うのでは……というふうに。

 東ちづるは、こうも述べている。
普通に乗車したいだけなのに、時に上から目線で対応され、迷惑をかけてる感じになり、「すいません」「ありがとうございました」と伝えるのはシンドイものです
車椅子ユーザーではない方は、乗車するたびに感謝を言葉で表す必要はないですよね

 「車椅子ユーザーではない方は、乗車するたびに感謝を言葉で表す必要はないですよね」
 というが、普通の人は誰からも手助けを受けていないから、いちいち感謝の言葉を言わないだけだ。一方で、何らかの手助けを受ければ、「ありがとう」というくらいは普通にある。この人(東ちづる)は、何か勘違いしているようだ。

 また、「上から目線」というが、これは車椅子で低い位置にいるから、相手を「上から目線」と感じているだけではないか、という疑いもある。

 ――

 ただ、話の本質は別のことだ。
「すいません」「ありがとうございました」と伝えるのはシンドイものです

 というが、どうしてシンドイのか? たとえば、「こんにちは」と挨拶するのは、シンドイのか? いや、そんなことはないだろう。普段から「こんにちは」と挨拶していれば、そう口に出すことは少しもシンドくない。
 一方、普段から「こんにちは」と挨拶していない人にとっては、そう口出すことはシンドイだろう。コミュ障にとっては、コミュニケーションそのものがシンドイからだ。

 ここまで見れば、本質がわかる。
 「すいません」「ありがとう」と伝えるのがシンドイのは、普段から他人に感謝の意を伝えるということをしていないからだ。
 換言すれば、普段から横柄で威張り散らしているからだ。この人の夫も、もともとは身障者ではなくて、あるときから急に病気を発症して身障者になったそうだ。(ジストニア痙性斜頸という病気)
 病気の前には、和食店経営をしていたそうだ。
  → 東ちづるさん結婚おめでとう 愛はぐくむ8年間 | せとうちタイムズ(尾道市因島・瀬戸田地域の週刊新聞)
  → ぴいぷる:ZAKZAK

 和食店経営となると、いかにも威張り散らしていそうだ。客には愛想良くしていても、部下にはすごくきつく当たっていたのだろう。普段から威張り散らしているだけで、人に頭を下げることはできなかったのだろう。だから一転して身障者になると、「すいません」「ありがとう」と伝えるのがシンドイという気分になるのだ。

 「すいません」「ありがとう」という言葉を、普段から容易に口に出せるようにしたいものだ。そうすれば、いざとなったときにも、「すいません」「ありがとう」と伝えるのがシンドイという気分になることもない。

 他人に優しく接することができるようになれば、自分自身がかえって助かる。情けは人のためならずというが、それと同様だ。
 



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 [ 付記 ]
 「バスの乗り方がわからない」と嘆く人が多数いるそうだ。
  → バスの乗客が増えないのは「バスの乗り方がわからない」からだった?支払い方法や乗り口も地域でさまざま「わからないから歩いてる」 - Togetter

 わからなければ、そばにいるおばさんに聞けばいいのだ。「すみません」と話しかけて、教えてもらったら、「ありがとうございます」とお礼を言う。それだけのことだ。
 普段から「すみません」「ありがとう」と言い慣れておけば、いざというときにも、質問して、助けを得ることができる。
 それができない人は、バスの乗り方がわからないときにも、誰にも質問できないまま、立ち往生してしまう。あげくは、「わからないから歩いてる」というハメにもなる。

「すみません」「ありがとう」と言えないと、自分自身が困るハメになるのだ。





 ※ ここまで読んでくださって、ありがとう。
 
posted by 管理人 at 22:11| Comment(7) | 一般(雑学)6 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 「ごめんなさい」と言えないのが、菅首相。コロナ蔓延でも、緊急事態宣言解除の非を認めない。

 → 菅首相 第4波をかたくなに否定「大きなうねりとなっていない」:東京新聞
  https://www.tokyo-np.co.jp/article/98125
Posted by 管理人 at 2021年04月15日 14:19
公園などを散策しても顔見知りでない限り大抵は挨拶しないが、その反面、登山などではすれ違いざまに「こんにちは」と声掛けが大体ある。
最近、標高の低い山(200-400m)を散策していても声掛けがある。自分は散歩程度だから不要かなと思っていたが、無言ですれ違うと怖いが「こんにちは」があると何故か安心できる。
「ありがとう」も「すみません」も相手に対する自分(の行動や気持ち)を表現していると思うので、相手に対して必要な行為と思います。
Posted by きたきた at 2021年04月15日 22:27
バス乗りは最初緊張しました。バスの乗り降りに電車よりもルールがあるからです。
乗るときには前乗り後ろ乗り、整理券や今では交通カードが一般的になってきたが料金の払い方、降りるバス停のひとつ前位から前に詰めておかないと降りられない失敗する。
また、バスに乗り込む時に低い姿勢から上るため目線が合い先客の視線が気になる。低床バスは電車と同じで気にならない。などなど。
Posted by きたきた at 2021年04月15日 22:29
会社の後輩女子に、エロい気持ちが働いて 、余計なコミュニケーションを取ったばかりに、ゴメンを連発する羽目に逢いました!

警察の厄介にならなければ、何の問題もないという感覚は何か問題ある?というのが問題(笑)
Posted by Hidari_uma at 2021年04月17日 13:32
川崎市で、バスで車掌さんに乗り方を聞いたら物凄く睨まれて上から目線で命令されたことがあって、
他人にモノを聞くのは物凄いリスキーなことだなって思いました。

今の時代、みんなスマホばっかりやってるから挨拶もしないし、ぶつかってもすみませんも言わない。

金持ちの人や権力者はバスとか電車なんて使わなくて、ありがとうもすみませんもなく、高級車で送迎されていいですよね。

Posted by ame at 2021年04月17日 13:35
> 会社の後輩女子

> バスで車掌さん

 だから、中年の「おばさん」に聞けばいいんです。そう書いてあるでしょ。
Posted by 管理人 at 2021年04月17日 14:10
面倒な電話をしてゴメンね♪
コミュニケーションのきっかけを楽しんでいることは、既にバレバレです(笑)
あわよくば、そういうことに持ち込みたい想いが、諦めきれない今日この頃・・・
Posted by Hidari_uma at 2021年04月17日 15:50
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