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われわれはインフルエンザやコロナで苦しむ。それには人間特有の理由がある。人間だけが口呼吸をするということだ。
一方、他の動物は、鼻呼吸をする。その場合、感染症対策の点では、とても有利になる。
ヒトは口呼吸をする唯一の動物です。口呼吸による健康上の不利益はヒトしか経験していないのです。冬になってネコやイヌが風邪を引いたというようなことは聞かないでしょう。
鼻からノドまでは鼻腔といって、外の空気を肺に取り込む通路になっています。そこは沢山の繊毛がついた粘膜細胞で覆われていて、通過する空気を温め、湿度を上げます。その繊毛で小さなごみや化学物質、細菌やウィルスを絡めてとって、ノドや気管支、肺まで届かないように防御しています。ノドには免疫組織(扁桃・アデノイド)があってすり抜けてきた細菌やウイルスに対処します。口呼吸の際は外気が直接にノドに当たるので大変な違いです。
つまり、鼻腔は保温・保湿機能をもった超高性能マスクの役割をしているのです。口呼吸ですとノドの免疫組織には外気とほぼ同じ温度の空気が当たることになります。冬季だと10℃以下の冷気が当たることもあるでしょう。そのような冷気でノドの免疫組織が冷やされると本来の免疫力が発揮できません。私たちに備えられた「鼻腔=超高性能マスク」の恩恵が得られない口呼吸の人では、鼻呼吸の人と比較して明らかに健康リスクが高いのです。
( → 大阪大学名誉教授(前大阪大学保健センター教授) 杉田 義郎|大学生協の学生総合共済 )
実は、人間も常に口呼吸するわけではない。激しい運動時は別として、普段は鼻呼吸をするのが普通だ。それでも、会話をするときには、発声にともなって息を吐くから、このときはどうしても、口から呼気を出すしかない。(吸気はともかく、呼気は口呼吸だ。発声のときは。)
というわけで、会話をするときには、自然に口呼吸がなされるので、その分、感染の確率は上がる。
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ではどうして、人間だけは口呼吸をするようになったのか?
これについては、人間の喉の構造から説明される。
爬虫類と違って、哺乳類では気道と食道が交わるので、その間の弁(喉頭)が必要になる。
通常の哺乳類ではその喉頭が喉のすぐ近くにあるため、嚥下の際には喉頭が下がって食物が食道に間違えなく落ちる。
しかしヒトの場合には喉頭が食道のかなり下にあり、その開閉がより難しくなっており(と言ってもわれわれは通常意識することもなく開閉している)、そのため時々食べ物や飲み物が気道に入り噎せる。
悪くすると肺の方に食べ物が入って窒息することになる。
この構造はどう割り引いてみてもエレガントとは言えず、ダーウィンをしてなぜこんな構造に人の体が進化したのかと悩ませた。
( → 七海亭七珍: のどの構造と睡眠時無呼吸症 )
「サルは食べ物を飲み込みながら呼吸することができる」
その秘密は、ノド周辺の形にあります。
注目は、青色で示した食道の入口(咽頭)と、赤色で示した気道への分かれ道(喉頭、いわゆる喉仏)の位置です。サルに比べて、ヒトの喉頭は咽頭から離れてだいぶ下に位置しています。
このことによって、サルは舌の根元をうまく使うことで、ものを飲み込みながら(=食べ物や飲み物を口から食道に送りながら)呼吸をする(=鼻から空気を気道に送る)ことができるのに対し、ヒトでは同じことができないのです。
また、同じ理由でヒトの方が誤嚥(飲食物が誤って気道に入ってしまうこと)が起きやすいとされています。
こんな風に書くと、ヒトよりもサルのノドの方がよくできた形であるように聞こえてしまうでしょうか?
しかしヒトは、喉頭の位置が下がったことによって広くなった、のどから口の部分の空間を使って、声帯で震わせた空気を響かせて、いろいろな音を出すことができるようになりました。つまり、ヒトは喉頭の位置が下がったことで、複雑な言葉を使いこなすことができるようになったのです。
( → あまり知られていないヒトとサルの違い - 新・身近な科学 )
( → 言語の獲得と人類の進化 )
喉の構造が変化したことで、人間は他の動物とは異なる性質(口呼吸)を帯びた。それはデメリットとメリットがあった。
デメリットは、こうだ。
・ 飲みながら呼吸することができない。
・ 誤嚥(ごえん)が起こりやすい。
・ 感染症にかかりやすい。( → コロナ感染に影響する )
メリットは、こうだ。
・ 複雑な発声ができる。(それによって言語を習得して、高度な知性を獲得できた。)
デメリットはあるが、大きなメリットも得るようになったのだ。
逆に言えば、人間は高度な知性を獲得する代償として、感染症にかかりやすくなってしまったのである。インフルエンザやコロナの感染は、人間の宿命だったとも言える。
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とはいえ、これへの対策も、いくらかできる。こうだ。
「人間は、鼻呼吸もできる。だから、感染を防ぐには、なるべく鼻呼吸をすることにして、口呼吸を慎むようにするといい」
「会話をするときには、どうしても口呼吸(呼気)が起こる。ここでの感染を防ぐためには、会話のときにマスクをするといい。マスクは、他人に感染させない効果だけでなく、会話中には自分が感染しない効果を高める」
[ 付記1 ]
現存の生物では、口呼吸をするのは人間だけだ。
では、過去の生物ではどうか? 特に、ネアンデルタールではどうか?
これについて調べた研究がある。
→ ネアンデルタール人はヒトのように言葉を話すことができたのか? - GIGAZINE
→ ネアンデルタール人はしゃべった?化石から喉頭模型を作成 :AFPBB News
化石から調べたいのだが、喉の構造は軟骨なので、化石として残らない。ただし舌骨は硬骨なので、化石が残っている。そこから想定すると、ネアンデルタール人の喉は、人間と猿の中間的な構造であったようだ。つまり、不完全な発声ができたようだ。
[ 付記2 ]
人類の言語習得の件については、前に本サイトで論じたことがある。
→ 鼻の下の溝(人中)は何のため?
鼻の下の溝(人中)があると、上唇が柔軟に曲がりやすいので、複雑な発音(子音の発音)ができる。だから、人類が複雑な発音ができるようになったのは、遺伝的に人中ができたあとだろう。
人類が文化的に急激に発達したのは、7万年ほど前(出アフリカのころ)だ。このころ、人中ができるような遺伝的変化(つまり進化)が起こって、そのおかげで複雑な発声ができて、複雑な言葉を使えるようになった……と推察できる。
人類が高度な言葉を駆使できるようになったのは、喉の構造のおかげだけでなく、人中のおかげでもあったのだ。
人中が大きい(目立つ)顔だと、美男美女とは見なされにくいが、人中が大きいことは、感情表現や発声には有利なのだ。
ちなみに、上白石萌音は、美声で知られる。

[ 付記3 ]
先に述べたデメリットとして、誤嚥もある。これについて少々述べよう。
近年では、高齢者の死因として、誤嚥性肺炎が増えている。食べ物が間違って軌道に入ってしまって、そのあと細菌が感染して、肺炎になって、そのまま死んでしまう……というわけだ。
これというのも、高齢になると、「食物を気道に入れない」という分別の機能が劣ってしまうからである。高齢者は、ご注意あれ。
なお、仰向けだと噎せやすい。従って、食事中には、仰向け気味にならないことが大事だ。ふんぞりかえるような姿勢で食事をすると、誤嚥が起こり安い。やや前屈み気味で食事をする方が、危険度は少ない。
→ 誤嚥の図(次項)
[ 余談 ]
人間の独特のメリット・デメリットというと、「直立二足歩行」もある。
メリットは、手が自由になったことと、長距離走行が可能になったことなどだ。
デメリットは、いろいろあるが、中でも「難産」という点は大きい。
じつは、イヌにかぎらず四本足で歩行する動物は安産で、お産で苦労するのは人間だけなのだ。
四足歩行する動物の子宮口は、肛門と尿道のあいだにあって後方を向き、下にかかる妊娠子宮の重さは、肋骨と腹筋で支えられている。一方、人間は二足歩行することになったので、尿道、子宮口、肛門が下向きになり、産道が曲がった。直立しているから、子宮内の胎児が落ちないようにしなくてはならない。そのため子宮口の組織は固く締まり、骨盤は子宮や内臓を支えるため大きく頑丈になった。
だが、出産するときは固い子宮口を無理矢理開くことになるため、ひどい痛みが生じるし、頑丈な骨盤が邪魔になる。しかも胎児は90度曲がった姿勢で産道を出てくることになったうえ、人間は脳が発達したため、胎児の頭の大きさは骨盤の穴の大きさギリギリになっている。
( → 人間の「難産」は二足歩行の副産物だった! 眠れないほど面白い地球の雑学(85)【連載】 - レタスクラブ )
子宮と膣が”くの字”になっています。
( → ほぐし処 町家 妊活・不妊&マタニティ&産後ママ 応援プロジェクト )
※ 人類は、直立二足歩行のおかげで、いろいろと便利さを享受しているが、それは、(人類のうちの)女性が、難産というデメリットを引き受けてくれているからだ、とも言える。男性は女性に感謝するべきだろう。そもそも男性は、女性がいなければ、生まれることもなかったのだ。本来ならば、女性には頭が上がらないはずなのである。一部の女性差別論者みたいなのは、天に向かって唾するようなものだ。
それは野良猫から菌を移されるか
人間様が外から菌を持ってきて移すかするからです
犬も風邪を引きます
口は災いの元ですが、それ以上に禍をもたらすのが、週刊紙、SNSの記事とテレビのコメンテーターですよね?
こいつらの口に蓋をして鼻呼吸をさせておく、何か良い方法はないでしょうか?
コロナ感染に対して、説得力があります。