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日産の新型キャシュカイには、二種類のエンジンが搭載されるようだ。次のように。
・ 従来の 1.3L のターボエンジンの踏襲。(140ps)
・ 新規の 1.5L の可変圧縮比のエンジン。(154ps)[ → 出典 ]
後者は、ミラーサイクルを採用した、可変圧縮比エンジンであるそうだ。(超高圧縮比・インタークーラー・ターボ)
日産は、可変圧縮比のエンジンをすでに開発済みで、インフィニティQX50やアルティマに搭載している。もうすぐインフィニティQX55という新型車にも搭載する予定だ。……これは、2.0L (248ps/268ps)の直4のエンジン。一方、今回のキャシュカイの方は、1.5L (154ps)の直3のエンジン。
この新型エンジンは、可変圧縮比とミラーサイクルを併用することで、熱効率 45〜50%を狙っているそうだ。
→ その名は「STARC」!次世代の日産e-POWERは3気筒ターボ1.5 ロングストローク。最大熱効率50%/λ2.0のリーンバーン運転
これは、世界最高水準の数値なので、「ホントに実現できるのかな?」と思っていたが、少なくとも機構のスペックでは、公称通りのものを発売するわけだ。
では、これは本当にすごい技術なのだろうか? 日産のエンジンは他社を圧倒するほどの素晴らしいエンジンなのだろうか?
「否」というのが私の判定である。
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このエンジンについては、これまでにも何度か言及した。
→ 可変圧縮比エンジンが実用化: Open ブログ(2016年08月27日)
→ HCCI と可変圧縮比エンジン: Open ブログ(2017年05月07日)
→ 可変圧縮比エンジンは失敗か?: Open ブログ(可変圧縮比エンジンは失敗か?: Open ブログ)
3番目の項目では、アルティマに搭載された VCターボが、高出力だが燃費はあまり向上していない……というふうに述べて、低く評価した。
一方、今回の VCターボ は、次の3点で異なる。
・ 排気量は 2.0L から 1.5L へ。
・ 気筒数は4から3へ。
・ 出力は 248ps から 154ps へ。
排気量の割には出力が低い。これはたぶん、ミラーサイクルによって、吸気量が減っているからだ。最高出力よりも燃費向上を狙ったエンジンだ、と言える。アルティマに搭載したもの(最高出量を重視したもの)とは、狙いが違っているようだ。
また、次の記事もある。(「VCR エンジン」という用語を使っている。)
燃費だけを考えれば発電専用エンジンはターボで過給する必要も少なく、発電効率の良い回転数を狙って稼働するだけなら可変圧縮である必然性も少ない。
ではどうしてe-POWERにVCRエンジンを採用しようとしているのか。実は、日産の狙いは可変圧縮比エンジンで培ったリンク機構によるロングストローク化ということのようだ。一般的にロングストロークの方がコンパクトな燃焼室となり、低回転域で熱効率が良く燃費も向上する。そしてVCRエンジンのリンク機構を使えば、超ロングストロークエンジンとすることも可能性になるのだ。
リンクのおかげでコンロッドは分割式のようになるから、エンジンの高さを抑えることできる。また、ロングストロークエンジンの長いコンロッドがシリンダー内壁に当たってしまう限界点を、VCRのリンク機構によって抑えられるので、まさにロングストローク化に打って付けの機構なのだ。
( → 日産の“可変圧縮比(VCR)エンジン”完成により、e-POWERの躍進なるか【2020 自動車キーワード】 - Webモーターマガジン )
あくまで燃費向上を狙って、複雑な機構を採用したようだ。
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では、それでうまく行っているのだろうか? どうも、そうではないようだ、というのが私の判断だ。
(1) コスト
第1に、コストが馬鹿高い。日産のアルティマで比べると、2.5L のターボ車(標準仕様)に比べると、約 50万円も高い。出力は 188ps から 248ps へと大幅にアップしているが、それにしても 50万円も高いのでは、興醒めだ。
キャシュカイの場合は、140ps から 154ps への出力アップだから、価格も 30〜35万円高ぐらいで済みそうだが、それにしても価格が高すぎる。
( ※ さらに、これに追加して、e-POWER のコストアップもある。旧型ノートの場合で、 e-POWER のコストアップは 46万円である。( → 出典 )新型でも同様だとしたら、可変圧縮比エンジンとの合計で、80万円も高くなる。車格アップの分で、価格差も2割ぐらい拡大するとみれば、キャシュカイの e-POWER は、ガソリン車よりも 100万円も高くなる。)
(2) エンジン直結という代案
可変圧縮比エンジンのかわりに、「エンジン直結にする」という代案もある。 e-POWER は、
エンジンで出力 → 発電機で発電 → モーターで車輪を駆動
という経路で動力を伝達するが、その過程で、10%程度の伝達ロスが発生する。
一方、高速巡航時に限り、( MT やロックアップ AT と同様に)ギアで動力を伝達すれば、上記の伝達ロスを大幅に削減できる。つまり、伝達の効率が 10%ほど向上するので、高速燃費も 10%ほど向上する。
この方法ならば、エンジンの熱効率を(現状比で)10% アップさせるのと同等のエコ効果がある。つまり、可変圧縮比エンジンを採用するのと、ほぼ同等のエコ効果がある。
しかも、この方法は、コストが低い。ギア1段分のコストがかかるが、そのコストは大きくない。(既存の MT の一部をそのまま流用するだけだ。開発コストはゼロ同然だし、製造コストも少なめだ。)……ざっと見て、5〜10万円ぐらいのコストアップで済む。
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以上をまとめると、コストはこうだ。
・ 可変圧縮比エンジン …… 30〜35万円
・ エンジン直結の伝達 …… 5〜10万円
これほどにも、価格差がある。しかも、燃費削減の効果は、後者の方が少し大きそうだ。
一方、最高出力はどうかというと、
・ 標準 …… 1.3L 140ps
・ 可変圧縮比エンジン …… 1.5L 154ps
だから、後者の方が 13% ほど出力は高い。とはいえ、大差があるわけではない。
こうして対比すると、明らかに「可変圧縮比エンジンよりも、エンジン直結の伝達の方が、ずっとコスパがいい」と言える。
だから、ホンダは、エンジン直結の伝達という方式でハイブリッド車を作っている。ステップワゴンやフィットがそうだ。
日産の e-POWER に比べると、電池の搭載容量が半分しかないので、電気自動車としての性質は弱い。いつもエンジンが回っている感じで、騒音面でも厳しいようだ。「高級車としての感じ」では、日産の e-POWER には大きく劣るようだ。それでも、高速燃費だけを見れば、日産の e-POWER に大差で勝つ。だから、ホンダのハイブリッドは欧州でも売れているようだ。
(一方、日産の e-POWER は、欧州では、売れていないというより、これまで発売すらできなかった。)
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結論。
日産の可変圧縮比エンジンは、スペックは素晴らしいが、コストがかかりすぎるので、コスパが悪い。
むしろ、同等以上の性能を低コストで実現する「エンジン直結の伝達」の方が、ずっとコスパがいい。実際、ホンダはそれを採用している。日産のやっていることは、ホンダに比べると、きわめて頭が悪い。
どうせ可変圧縮比エンジンを採用するのならば、その前に、「エンジン直結の伝達」を採用するべきだった。それもやらずに、可変圧縮比エンジンを導入するのは、順序が逆である。本末転倒だ。
[ 付記 ]
どうでもいいことだが、少し付け足しておく。
「エンジン直結」という案に対しては、次の反論もありそうだ。
「4WD では、後輪がエンジン直結できないぞ。日産の 4WD は、後輪がモーター駆動で、後輪がエンジンから切り離されているから、エンジン直結は無理だ」
なるほど。4WD では、後輪がエンジン直結できない。それはその通り。
しかし、大丈夫。2WD のときだけ、エンジン直結にすればいいのだ。つまり、場合分けをする。
・ 2WD …… シリーズ / エンジン直結 (自動切り替え)
・ 4WD …… シリーズ
これで問題ない。
※ 人間は、2WD か 4WD か、という選択だけをすればいい。2WD のときに、エンジン直結をするかどうかは、自動切り替えとなる。
【 関連項目 】
「エンジン直結の伝達」については、ずっと前に詳しく述べた。
→ 次のハイブリッドは?: Open ブログ
可変圧縮比エンジンの機構については、前出項目で言及した。
→ 可変圧縮比エンジンが実用化: Open ブログ(2016年08月27日)
→ https://youtu.be/OSXtltSGWAE