2021年02月19日

◆ 博士課程を援助するべきか?

 博士課程の大学院生に援助する、という方針が出た。これをどう考えるか?

 ―― 

 日本の大学院生は、欧米の大学院生に比べて、きわめて貧困状況にある。欧米では数百万円の金が給付されるのに、日本では逆に学費を取られてしまう。そのせいで学術のレベルが低下してしまう。
 これを解決しようという狙いで、10兆円規模のファンド(基金)を創設するという方針が出た。その収益(運用益)で大学院生を支援しよう、というわけだ。
 朝日新聞に解説記事がある。
 Q 若手研究者を支援(しえん)する基金ができるんだって?

 A 政府が国内外の株式や債券(さいけん)に投資した運用益を大学に配る10兆円規模のファンド(基金)を創設すると発表した。
 年180万円以上の収入があるのは全体の1割に過ぎず、研究どころか生きていくのも精いっぱいだ。こうした不安定な立場を改善しようと、政府は将来的に民間や大学からも出資を募り、年3千億円ほどを支援に回したい考えだ。これとは別に博士課程に進学する大学院生約1千人に、1人当たり年最大250万円を支援する制度も始めるよ。
( → (いちからわかる!)政府が大学向けに基金を創設するのか?:朝日新聞

 解説記事もある。
  → 2021年度政府予算案、10兆円規模の大学ファンド創設 | 大学ジャーナル
  → 日本政府が10兆円規模の大学基金を創設


 この大学ファンドはざっと見て、好ましいことだと思えるだろう。だから歓迎する声もある。
  → (社説)大学ファンド 裾野の拡大にも活用を:朝日新聞

 しかし私は問題点を二つ、取り上げよう。

 (1) 基金の運用益よりも

 「基金の運用益を使う」というのは、民間の支援事業では普通に見られることだが、国の方針として行うのはおかしい。
 モデルとする米ハーバード大などの基金は民間からの資金が中心だ。

 と朝日の社説(上記)にあるが、これは民間の基金だ。
 一方、今回は政府の事業なのだから、基金などを用いず、普通の一般経費でまかなうのが筋だ。だいたい、国の当たり前の事業を「基金の収益でまかなう」というのは、根本的に狂っている。そんなことを言ったら、他の一般行政も「基金の収益で」というふうになってしまいかねない。馬鹿馬鹿しい。

 そもそも、「基金の収益で」というのは、「投資による収益でまかなう」ということであるから、一種の博打のようなものである。その博打(または投機)が、狙い通りの目が出ればいいが、狙い通りの目が出なければ事業は一挙に破綻してしまう。そういう危険なことをするのはおかしい。

 なるほど、米国の基金はかなり高い運用益を得ている。
  → 政府創設「10兆円」大学ファンドの悩ましい課題 | ブルームバーグ
  → 10兆円大学ファンド、運用委託先選定10月に開始-国内外に分散投資 - Bloomberg

 とはいえ、そういう高い収益率を得るには、米国で運用する必要がある。しかし日本の事業のための金を米国で運用するということに、合意を得られるのか?
 かといって、日本国内で運用すれば、低い運用益しか得られない。無理して高い運用益を狙えば、危険なジャンク債などを購入するハメになる。いずれにしてもまずい。

 やはり「基金の運用益で」という方針が、根本的にまずい。この種の支援事業は、国費(税金)でまかなうのが筋だ。

 (2) 修了後 

 博士過程を修了したあとでは、就職難になっている。ここが日本の根本問題だ。
 欧米では、修士や博士の肩書きがあれば、高給で採用される。しかるに、日本ではそうではない。修士や博士の肩書きがあっても、就職難となることが多い。すごい数学の秀才が、就職先がないまま、うらぶれている……という話が描かれている小説もある。



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 こういう問題を解消しないまま、博士をどんどん量産しても、無効だろう。いわゆるオーバードクターの問題を拡大するだけだ。

 一方で、日本の企業では「優秀な研究者が少ない」という問題に悩んでいる。学歴は、早慶や旧帝大ぐらいならまだしも、上智や理科大よりももっと下のランクの研究者しかいないという企業が多い。圧倒的な人材不足だと言える。
 それでいて、「修士や博士は、企業研究者としては使いにくい」などとほざいて、修士や博士を採用しようとしない。

 以上のように、根源的なミスマッチがある。
  ・ 博士や修士の側は、供給が多くて、人材があり余っている。
  ・ 企業の側は、需要が多くて、大幅な人手不足となっている。

 こういうミスマッチがあるのだから、このミスマッチを解決することが大切だ。

 ――

 では、どうすればそのミスマッチを解決できるか? 話は簡単ではないが、まずは「ミスマッチがある」と認識することが必要だ。
 その上で、「ミスマッチを解消するために努力する」という方針を取るべきだ。
 私が提案することは、こうだ。
 「企業の希望と、研究者の希望は、微妙にズレていることが多いので、そこをすりあわせることで、ズレを解消するといい」


 一般に、企業は「こういう人材がほしい」というふうに希望して、それにピッタリと当てはまる人材だけを選択しようとする。しかし、そんなにピッタリと当てはまる人材など、たくさんいるはずがない。だから、少しズレた分野の人材を採用して、その人材をいくらか方向転換させるべきだ。
 また、研究者の側も、「こういう研究がしたい」というふうに希望して、それにピッタリと当てはまる職場だけを選択しようとする。しかし、そんなにピッタリと当てはまる職場など、たくさん るはずがない。だから、少しズレた分野の職場に応募して、その職場で自分の仕事をいくらか方向転換するべきだ。

 なお、一般に、地頭のいい人だと、かなりズレた方面に転換することも可能だ。だから、「理系/文系」ぐらいのくくりで採用して、あとは採用した人材を強引にその職場に当てはめてしまってもいいのだ。企業はやたらと「即戦力」を求めるが、そんなに都合のいい人材ばかりがいるわけではない。「即戦力」よりも「地頭」で選んで、人材を採用した方がいいだろう。
 そうすれば、修士や博士の優れた人材を、企業の場で生かすことができる。それはまた、企業の研究開発力を高めることにもつながる。

 ※ 現実には、それができていないから、日本の企業はサムスンや CATL に負けっぱなしとなるわけだ。地頭力で大幅に負けているせいだ。
  → EV用の電池の支援に1兆円: Open ブログ
  → 家電会社は大阪に多い: Open ブログ



 [ 付記1 ]
 火星探査車パーサビアランスが着陸に成功したが、これに携わった日本人研究者がいる。どうしても開発に携わりたくて、NASA に入りたくなった。そこで、どうしたか? 
 米航空宇宙局(NASA)の火星探査車パーサビアランスが米東部時間18日午後(日本時間19日朝)、火星に着陸した。開発に携わったNASAジェット推進研究所(JPL)の日本人技術者、大丸拓郎さん(31)は「めちゃくちゃ緊張しました。送られてきた写真を見ても、自分たちが作ったものが火星にあるなんて信じられない」と喜んだ。
 大丸さんがJPLを強く意識したのは2012年、東北大の修士1年の時だった。この夏、キュリオシティが火星に着陸。生きもののようなイメージ動画と、着陸成功に声をあげて喜ぶ技術者たちの姿に心を奪われた。「一度きりの人生。ここで働きたい」。そう決意した。
( → 米火星探査車が着陸 開発に関わった日本人技術者も興奮:朝日新聞

 留学経験もコネクションもなかったが、大学院で、自らの売りになる最先端の熱制御技術を身につけた。学会で来日したJPLの研究者と交流して、JPLでインターンを2カ月できることになり、大物研究者から「彼を雇えばNASAの技術レベルを一つ上げられる」と評価され、就職が決まった。 
( → 火星着陸、忍耐実るか NASAの探査車、生命の痕跡探る:朝日新聞

 この人は、「この道一筋」という形で、世界最高レベルの研究水準を得たので、NASA に就職できた。NASA に就職することを目指して研究してきた、という感じだ。

 この件は、本項の本文の話と直接結びつくわけではないが、何らかの参考にはなるだろう。
 
 [ 付記2 ]
 この研究者は、熱制御の研究をしていたそうだが、仮に NASA 以外に就職するとしたら、熱に関係する多くの分野に就職できるだろう。たとえば、
  ・ 自動車のエンジン(熱高率の向上)
  ・ 住宅建設 (断熱構造)

 などだ。

 前者については、次の事例がある。
  → 熱効率 50%をめざす日産のエンジン
  ※ これについては同じ形式の新エンジンが発表された。( → 日産「e-POWER」、欧州は可変圧縮比エンジンで

 後者については、次の事例がある。
  → ルームエアコン1台での全館空調。『高気密・高断熱』な高性能住宅
  ※ 高断熱で、とても省エネになる。採用した事例もある。

 いずれにせよ、本来の熱制御の技術とは直接は関係しない分野でも、それまでの研究実績や経験を生かして、その企業で大きな貢献をすることができそうだ。
 企業の研究開発で大切なのは、即戦力なんかではなくて、地頭なのである。それを見るためだけに、過去の経歴が重要となる。過去の経歴そのものが直接的に大事なのではない。
 ※ そこを勘違いしている企業が多いから、有用な人材を採用することができない。かくてその社では研究のレベルが落ちることになる。

posted by 管理人 at 21:43| Comment(1) | 一般(雑学)6 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 最後に [ 付記2 ] を加筆しました。
Posted by 管理人 at 2021年02月20日 09:52
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