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これは NHK の「サイエンスZERO」で放送された番組。
私が書くのは面倒臭いので、ネットを探したら、要約が見つかった。
今回の要点
・波動に関する逆問題を解く公式を発見したことから、数々の技術に結びつけた発明家の木村健次郎氏が登場。
・波動の逆問題とは、物体に当たって散乱した波形から、元の物体の位置と形状を求める問題であり、今までは数学的に解く方法がなかった。
・これが可能となったことで、マイクロ波を使って乳がんの位置と形状を求めるマイクロ波マンモグラフィーが開発された。
・また既に磁場の測定からリチウムイオン電池内部を検査する機械は実用化されており、トンネルコンクリートの内部検査のための装置も実用化されている。
・さらに近日中に鞄の中の銃などの凶器を透視するセキュリティーゲートも実用化の予定とのこと。
( → 2/7 サイエンスZERO「命を救う"驚異の数学"発明家・木村健次郎」 - 教養ドキュメントファンクラブ )
大学の紹介記事もある。
神戸大学数理・データサイエンスセンターの木村建次郎教授らは、応用数学の歴史上の未解決問題であった“波動散乱の逆問題”を解析的に解き、その理論を活用することで、あらゆる分野で『見えないものを見る』ことを可能にしました。微弱な電波で乳がんを高精度に可視化する世界初の“マイクロ波マンモグラフィ”、リチウムイオン電池の非破壊検査機、コンクリート内部の腐食検査機、スーパーセキュリティゲートなどが活用例としてあげられます。
その中でも今回は、「高濃度乳房においても高感度」「痛みがない」「被曝しない」「術者に依存しない複数回にわたる完全同一個所の画像の取得性能」等、その効能について大いに期待がよせられているマイクロ波マンモグラフィに重点をおいて番組内で紹介されます。
( → 数理・データサイエンスセンター 木村建次郎教授が NHK Eテレ「サイエンスZERO」に出演します (2/7放送) | 国立大学法人 神戸大学 (Kobe University) )
これでは物足りないので、さらに詳しい情報を求めると、番組の解説のかわりに、別途、理論の解説記事が見つかった。
マイクロ波マンモグラフィは、マイクロ波が、乳房内のがん組織で強く反射するという性質を利用する。乳がん組織は正常な脂肪組織に比べてがん細胞と血管が多く集まっているため、より多くの水分が存在している。このため、がん組織と正常な脂肪組織の境目でマイクロ波の強い反射が計測されるのだ。つまり、マイクロ波を乳房内に照射し、その反射波の強さを計測すれば、乳がん細胞の有無を正確に知ることができる。
じつは、マイクロ波が、乳がん組織の検査に有効であることは以前から知られていた。それにもかかわらず、これまでマイクロ波を使った乳がん検査機器は一台も実用化されていなかった。それはなぜなのだろうか?
「マイクロ波を乳がん組織の検査に使うためには、『散乱の逆問題』と呼ばれる、応用数学上の難問を解く必要があります。その解を求めるのは非常に困難で、事実上不可能だと考えられてきたんです」。木村教授は、今回のブレークスルーの核心について語り始めた。
「散乱の逆問題」とは、いったいどんなものなのだろうか。木村教授は、散乱波による計測を、わかりやすい例えで説明する。
「眼の前に大きな湖があって、その湖面の真ん中あたりに鉄塔が立っているとしましょう。湖の上には霧が立ち込めていて、湖岸から鉄塔はまったく見えません。
そこで、湖岸のある場所で水面を揺らして、湖全体に波を送ります。波はやがて(霧で見えない)鉄塔に到達し、一部はすり抜け、それ以外は反射されて、様々な方向に散らばっていきます。これが波の散乱です。
そうして戻ってきた散乱波を湖岸のあらゆる場所で観測し、どの場所でどんな強さの波が、いつ届いたのかをデータとして記録します。それらのデータを解析することで、鉄塔が湖のどの場所にあり、どんな形・大きさをしているのかを理論的に決定できるだろうか。これが『散乱の逆問題』と呼ばれる問題です」
この「散乱の逆問題」という、解決不可能と考えられてきた超難問を、世界で初めて解いてみせたのが木村教授だ。木村教授は、多重経路の散乱場を五次元の方程式で記述し、その解を求めることに成功した。さらに「時間と空間の極限操作」という手法を使って、散乱をおこす物体の三次元形状を求める関数を導き出した。
( → 実は超難しい「乳がん診断」、スゴイ新技術 |東洋経済 )
業績の評価は、Wikipedia にある。
応用数学史上の未解決問題であった「波動散乱の逆問題」の解析解の導出に世界で初めて成功し、多重経路散乱場理論を確立した。また蓄電池等における静磁場‐電流の逆問題の解析解の導出にも成功し、これら研究成果を社会に実装するため、株式会社 Integral Geometry Scienceを創業した。
( → 木村建次郎 - Wikipedia )
これでまあ、解説としては足りるだろう。
もっと詳しい話を知りたければ、番組そのものを見るといい。再放送がある。下記の通り。
再放送:2021年2月13日(土) 11:00〜11:30
[ 付記 ]
これは CT や MRI に似ている。実際、番組でも、次のことが言われていた。
「 CT や MRI が誕生したのは、それを裏付ける画期的な数学的な理論が生じたからだ。こうした機械が誕生したことの基盤には、新しい数学理論(方程式)があったということを理解してほしい」
そういうわけで、今回の新たな画期的な方程式から、新たな非破壊検査装置が誕生したことになる。
今回の方程式は、CT や MRI と似ているが、どう違うのだろう? それは「反射・散乱」の有無だろう。つまり、CT や MRI は、反射波を分析しているのではなく、透過画像を分析している。
比喩的に言えば、多数の2次元画像を重ね合わせることで、3次元データを得て、任意の断面図をコンピュータで描けるようにしている。
この件は、次のように説明される。
CTの原理はラドンの画像再構成則「二次元あるいは三次元物体は、その投影データの無限集合から再生できる」に立脚しています。現在、実際のCT装置では「二次元の物体組成を、数百の投影データにより画像再構成が行われている」ということになります。ヘリカルスキャン、マルチスライスCTの登場で「ボリュームデータ」「三次元スキャナー」という言葉が頻繁に言われていますが、現実は二次元の再構成画像の積み重ね、フェルドカンプ再構成にしても非常に狭い範囲の三次元再構成でしかありません。現状のCTは、やっぱり二次元の画像再構成が行われているのです。
( → X 線 CT の基礎知識 )
ともあれ、CT や MRI で用いているのは、あくまで透過データだ。一方、今回の技術は、散乱した反射波のデータだ。数学的な難易度は桁違いに高い。
番組によれば、これまではスパコンで 500時間をかけて、反射波から元の形状を推定していたそうだ。しかしスパコンで 500時間もかけるのでは、あまりにも高コストであり、実用性がない。
ところが、今回の方程式を使うと、普通の安価なパソコンで即時に計算が完了することになる。圧倒的な差だ。
コンピュータの計算力で人間の思考力を屈服させるような事例が、最近では話題になることが多い。(囲碁や将棋など。)……だが、人間の最高の思考力は、コンピュータの計算力を圧倒的に上回ることもあるのだということを、今回の事例は教える。
※ 今回の方程式は、CT や MRI よりは、すだれコリメーター の方に近いだろう。
【 追記 】
コロナの肺炎を検出するのに、この技術は役立つか?
同じ目的のために、現在は二つの技術がある。
・ レントゲン …… 検出できない。
・ X線 CT …… 検出できるが、機器が高額。(数億円レベル)
いずれも普及は難しい。また、X線 による被曝もある。
一方、本項の技術は、その問題がない。さらに、精度も高い。細かくて精密な画像を得られる。
あらゆる意味で、本項の技術の方が優れている。
《 訂正 》
あとで考え直したら、肺の計測には、肋骨が邪魔になるので、無理であるようだ。
コロナの肺炎を検出するのに、この技術は役立つか……という話題。
マイクロ波マンモグラフィは、反射波を測定するので、肌の表面を撫でるように、器具を這わせるだけです。動画の 0:07 で見られます。詳しくは再放送で。
コロナの場合には、乳房でなく肺を測定するので、背中側で器具を這わせるのが妥当でしょう。
しかしその場合でも計測が成立するのか疑問です。肺の計測の場合、皮膚、皮下脂肪、胸郭、肺表側を隔ててようやく肺内部に到達するわけですが、マイクロ波が到達するのでしょうか?また、その反射波の逆問題を解けるのでしょうか?
マンモグラフィで成立するのは皮下脂肪内の組織を検査しているからだと思います。
散乱の逆問題が解けるなら、近赤外光で、締め上げずに、被曝の問題も無しに、計測が可能になるかも知れません。
乳房のうちの脂肪分については、電波が透過するので、反射も少ない。一方、水分については、電波がかなり吸収され、同時に、反射も大きくなる。両者には差が生じるので、区別が付く。下図を参照。
→ http://www.vinita.co.jp/institute/microwave/030030.html
金属だと、電波が全反射するので、また別の事情になる。骨があると、金属に似た状態になるので、骨があるとまずいようだ。
→ https://bit.ly/3d64hze
こんなことだと、この技術もサムスンやファーウェイに持ち去られてしまうかもしれない。
日本企業の衰退も極まれり。