2021年02月08日

◆ 散乱した反射波の方程式

 散乱した反射波の方程式を新たに数学的に発見したことで、物質を透視する非破壊検査に跳躍的な進歩があった。

 ──

 これは NHK の「サイエンスZERO」で放送された番組。





 私が書くのは面倒臭いので、ネットを探したら、要約が見つかった。
 今回の要点
・波動に関する逆問題を解く公式を発見したことから、数々の技術に結びつけた発明家の木村健次郎氏が登場。
・波動の逆問題とは、物体に当たって散乱した波形から、元の物体の位置と形状を求める問題であり、今までは数学的に解く方法がなかった。
・これが可能となったことで、マイクロ波を使って乳がんの位置と形状を求めるマイクロ波マンモグラフィーが開発された。
・また既に磁場の測定からリチウムイオン電池内部を検査する機械は実用化されており、トンネルコンクリートの内部検査のための装置も実用化されている。
・さらに近日中に鞄の中の銃などの凶器を透視するセキュリティーゲートも実用化の予定とのこと。
( → 2/7 サイエンスZERO「命を救う"驚異の数学"発明家・木村健次郎」 - 教養ドキュメントファンクラブ

 大学の紹介記事もある。
 神戸大学数理・データサイエンスセンターの木村建次郎教授らは、応用数学の歴史上の未解決問題であった“波動散乱の逆問題”を解析的に解き、その理論を活用することで、あらゆる分野で『見えないものを見る』ことを可能にしました。微弱な電波で乳がんを高精度に可視化する世界初の“マイクロ波マンモグラフィ”、リチウムイオン電池の非破壊検査機、コンクリート内部の腐食検査機、スーパーセキュリティゲートなどが活用例としてあげられます。
 その中でも今回は、「高濃度乳房においても高感度」「痛みがない」「被曝しない」「術者に依存しない複数回にわたる完全同一個所の画像の取得性能」等、その効能について大いに期待がよせられているマイクロ波マンモグラフィに重点をおいて番組内で紹介されます。
( → 数理・データサイエンスセンター 木村建次郎教授が NHK Eテレ「サイエンスZERO」に出演します (2/7放送) | 国立大学法人 神戸大学 (Kobe University)

 これでは物足りないので、さらに詳しい情報を求めると、番組の解説のかわりに、別途、理論の解説記事が見つかった。
 マイクロ波マンモグラフィは、マイクロ波が、乳房内のがん組織で強く反射するという性質を利用する。乳がん組織は正常な脂肪組織に比べてがん細胞と血管が多く集まっているため、より多くの水分が存在している。このため、がん組織と正常な脂肪組織の境目でマイクロ波の強い反射が計測されるのだ。つまり、マイクロ波を乳房内に照射し、その反射波の強さを計測すれば、乳がん細胞の有無を正確に知ることができる。
 じつは、マイクロ波が、乳がん組織の検査に有効であることは以前から知られていた。それにもかかわらず、これまでマイクロ波を使った乳がん検査機器は一台も実用化されていなかった。それはなぜなのだろうか?
 「マイクロ波を乳がん組織の検査に使うためには、『散乱の逆問題』と呼ばれる、応用数学上の難問を解く必要があります。その解を求めるのは非常に困難で、事実上不可能だと考えられてきたんです」。木村教授は、今回のブレークスルーの核心について語り始めた。
 「散乱の逆問題」とは、いったいどんなものなのだろうか。木村教授は、散乱波による計測を、わかりやすい例えで説明する。
 「眼の前に大きな湖があって、その湖面の真ん中あたりに鉄塔が立っているとしましょう。湖の上には霧が立ち込めていて、湖岸から鉄塔はまったく見えません。
 そこで、湖岸のある場所で水面を揺らして、湖全体に波を送ります。波はやがて(霧で見えない)鉄塔に到達し、一部はすり抜け、それ以外は反射されて、様々な方向に散らばっていきます。これが波の散乱です。
 そうして戻ってきた散乱波を湖岸のあらゆる場所で観測し、どの場所でどんな強さの波が、いつ届いたのかをデータとして記録します。それらのデータを解析することで、鉄塔が湖のどの場所にあり、どんな形・大きさをしているのかを理論的に決定できるだろうか。これが『散乱の逆問題』と呼ばれる問題です」
 この「散乱の逆問題」という、解決不可能と考えられてきた超難問を、世界で初めて解いてみせたのが木村教授だ。木村教授は、多重経路の散乱場を五次元の方程式で記述し、その解を求めることに成功した。さらに「時間と空間の極限操作」という手法を使って、散乱をおこす物体の三次元形状を求める関数を導き出した。
( → 実は超難しい「乳がん診断」、スゴイ新技術 |東洋経済

 業績の評価は、Wikipedia にある。
 応用数学史上の未解決問題であった「波動散乱の逆問題」の解析解の導出に世界で初めて成功し、多重経路散乱場理論を確立した。また蓄電池等における静磁場‐電流の逆問題の解析解の導出にも成功し、これら研究成果を社会に実装するため、株式会社 Integral Geometry Scienceを創業した。
( → 木村建次郎 - Wikipedia

 これでまあ、解説としては足りるだろう。
 もっと詳しい話を知りたければ、番組そのものを見るといい。再放送がある。下記の通り。
 再放送:2021年2月13日(土) 11:00〜11:30




 [ 付記 ]
 これは CT や MRI に似ている。実際、番組でも、次のことが言われていた。
 「 CT や MRI が誕生したのは、それを裏付ける画期的な数学的な理論が生じたからだ。こうした機械が誕生したことの基盤には、新しい数学理論(方程式)があったということを理解してほしい」

 そういうわけで、今回の新たな画期的な方程式から、新たな非破壊検査装置が誕生したことになる。

 今回の方程式は、CT や MRI と似ているが、どう違うのだろう? それは「反射・散乱」の有無だろう。つまり、CT や MRI は、反射波を分析しているのではなく、透過画像を分析している。
 比喩的に言えば、多数の2次元画像を重ね合わせることで、3次元データを得て、任意の断面図をコンピュータで描けるようにしている。

 この件は、次のように説明される。
 CTの原理はラドンの画像再構成則「二次元あるいは三次元物体は、その投影データの無限集合から再生できる」に立脚しています。現在、実際のCT装置では「二次元の物体組成を、数百の投影データにより画像再構成が行われている」ということになります。ヘリカルスキャン、マルチスライスCTの登場で「ボリュームデータ」「三次元スキャナー」という言葉が頻繁に言われていますが、現実は二次元の再構成画像の積み重ね、フェルドカンプ再構成にしても非常に狭い範囲の三次元再構成でしかありません。現状のCTは、やっぱり二次元の画像再構成が行われているのです。
( → X 線 CT の基礎知識

 ともあれ、CT や MRI で用いているのは、あくまで透過データだ。一方、今回の技術は、散乱した反射波のデータだ。数学的な難易度は桁違いに高い。
 番組によれば、これまではスパコンで 500時間をかけて、反射波から元の形状を推定していたそうだ。しかしスパコンで 500時間もかけるのでは、あまりにも高コストであり、実用性がない。
 ところが、今回の方程式を使うと、普通の安価なパソコンで即時に計算が完了することになる。圧倒的な差だ。

 コンピュータの計算力で人間の思考力を屈服させるような事例が、最近では話題になることが多い。(囲碁や将棋など。)……だが、人間の最高の思考力は、コンピュータの計算力を圧倒的に上回ることもあるのだということを、今回の事例は教える。

 ※ 今回の方程式は、CT や MRI よりは、すだれコリメーター の方に近いだろう。
 


 【 追記 】
 コロナの肺炎を検出するのに、この技術は役立つか?

 同じ目的のために、現在は二つの技術がある。
  ・ レントゲン …… 検出できない。
  ・ X線 CT …… 検出できるが、機器が高額。(数億円レベル)

 いずれも普及は難しい。また、X線 による被曝もある。
 
 一方、本項の技術は、その問題がない。さらに、精度も高い。細かくて精密な画像を得られる。
 あらゆる意味で、本項の技術の方が優れている。


 《 訂正 》

 あとで考え直したら、肺の計測には、肋骨が邪魔になるので、無理であるようだ。

posted by 管理人 at 23:50 | Comment(32) | 科学トピック | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 最後に 【 追記 】 を加筆しました。
 コロナの肺炎を検出するのに、この技術は役立つか……という話題。
Posted by 管理人 at 2021年02月09日 13:23
マンモグラフィって乳房を板で挟んで締め上げて計測するので女性は激痛なんですが、コロナの診断でどのように計測するのですか?
Posted by なまず at 2021年02月09日 23:13
 X線マンモグラフィは、透過するので、両側から挟む必要があります。

 マイクロ波マンモグラフィは、反射波を測定するので、肌の表面を撫でるように、器具を這わせるだけです。動画の 0:07 で見られます。詳しくは再放送で。

 コロナの場合には、乳房でなく肺を測定するので、背中側で器具を這わせるのが妥当でしょう。
Posted by 管理人 at 2021年02月09日 23:26
なるほど、計測原理がそもそも別ということですね。
しかしその場合でも計測が成立するのか疑問です。肺の計測の場合、皮膚、皮下脂肪、胸郭、肺表側を隔ててようやく肺内部に到達するわけですが、マイクロ波が到達するのでしょうか?また、その反射波の逆問題を解けるのでしょうか?
マンモグラフィで成立するのは皮下脂肪内の組織を検査しているからだと思います。
Posted by なまず at 2021年02月09日 23:42
 なるほど。肋骨がありますね。とすると、肺の計測は無理かな。
Posted by 管理人 at 2021年02月09日 23:55
X線マンモは仰るとおり透過なので乳房を挟みますが、締め上げるのは被ばく線量を抑えるためです。
散乱の逆問題が解けるなら、近赤外光で、締め上げずに、被曝の問題も無しに、計測が可能になるかも知れません。
Posted by ホンロン at 2021年02月11日 16:43
 乳房の場合には、すでにマイクロ波で計測が可能になっています。動画を参照。
Posted by 管理人 at 2021年02月11日 17:07
 マイクロ波を使う理由は、うまく電波が物質(水)に吸収されるからであるようだ。
 乳房のうちの脂肪分については、電波が透過するので、反射も少ない。一方、水分については、電波がかなり吸収され、同時に、反射も大きくなる。両者には差が生じるので、区別が付く。下図を参照。
 → http://www.vinita.co.jp/institute/microwave/030030.html

 金属だと、電波が全反射するので、また別の事情になる。骨があると、金属に似た状態になるので、骨があるとまずいようだ。
 
Posted by 管理人 at 2021年02月12日 13:54
 この技術は先端技術で有望だし、将来的には市場規模も多大になるので、日本のメーカーも参入すればいい……と思ったのだが、ググってみたところ、日立、東芝、キヤノンメディカルのいずれも参入していない。村田製作所が電子機器向けに参入しているだけだ。
  → https://bit.ly/3d64hze

 こんなことだと、この技術もサムスンやファーウェイに持ち去られてしまうかもしれない。
 日本企業の衰退も極まれり。
Posted by 管理人 at 2021年02月12日 14:02
近赤外光だとマイクロ波より波長が短いので高解像度データが得られるかなと思ったのですが、脂肪に対して透過のみと言うのは大きなメリットですね。ご教授ありがとうございます。
Posted by ホンロン at 2021年02月12日 17:13
マイクロ波は電磁場であるからその支配方程式はMaxwell方程式系であるはず。よって彼の散乱場の支配方程式もそれから導かれるはずである。だがその記述がどこにもないの不思議である。また境界条件と初期条件をどう与えているのか不明である。さらに一番奇妙であるのは彼の方程式には乳がんの比誘電率の情報が係数として入っていない。これでなぜうまくいくのか理解できない。
Posted by 素浪人 at 2025年05月14日 10:34
AIに聞いたところ、六年かけて、開発は順調に進んでおり、遠からず販売される見込み。期待通りの製品ができるのだから、文句なし。数式はわからなくてもいい。
Posted by 管理人 at 2025年05月14日 11:37
ご存知のようにAIは数式の導出はチェックできない。散らばっている情報を集めているだけ。数式の完全な導出を記述した彼自身による論文の国際誌における公開が期待される。その時専門家による厳密な査読がなされるであろう。できれば文句なしでは出てきた画像の信頼性は保証できないではないか。
Posted by 素浪人 at 2025年05月14日 12:56
それと気になるのは現在においても逆散乱問題を世界で最初に解いたという彼の"論文''がどの逆問題における国際専門誌でも引用されていない。それほど驚異的ならばもうすでに大量に引用されていいはずですが話題にもなっておりません。見落としがあるなら教えていただければ幸いです。
Posted by 素浪人 at 2025年05月14日 13:15
Posted by 管理人 at 2025年05月14日 13:30
これは知っております。しかし肝心の方程式の導出の過程を記述しておりません。読者にその導出を任せるのでしょうか。残念ながらそれでは論文とは言えません。ただの研究報告です。どんな仮定をどう使って電磁波の基本方程式であるMaxwell方程式から導出したのかが肝心なところです。
Posted by 素浪人 at 2025年05月14日 15:48
それと日本語で書いているのも残念なところです。国際的注目を集めるなら欧文国際誌でfull paperを発表すべきでしょう。
Posted by 素浪人 at 2025年05月14日 15:52
せっかくの勝負所、およそ研究者たるものそうするでしょう。
Posted by 素浪人 at 2025年05月14日 15:53
とにかく商品化を楽しみにしております。
画期的ですぐ爆売れするでしょうね。
Posted by 素浪人 at 2025年05月14日 16:08
もう6年経っているのですね。

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000005.000048430.html
Posted by 素浪人 at 2025年05月14日 16:58
 情報入手はAIに聞けばわかる。

  https://chatgpt.com/share/682454b4-1058-800f-954a-9cd2dca14e8f
Posted by 管理人 at 2025年05月14日 17:31
ご教示ありがとうございます。しかし主な論文・研究成果のうち1は手元にあります. 2は会報で論文ではないですね。3は自分の研究の宣伝ですね。いずれにしろ肝心の方程式(2.7)(1を参照)の詳しい導出は記載されておりません。我々にできるのは信じるだけですか。中身は開らかなければわからないのですから何らかの理論的保証は全体に必要でしょう。X戦CTはRadon変換の反転公式が基礎でその証明は誰でもアクセスできます。それと同じようにすれば良いだけのことです。
Posted by 素浪人 at 2025年05月14日 17:53
何か隠したいことがあるのでしょうか。
Posted by 素浪人 at 2025年05月14日 17:54
 すでにプロトタイプ機が実現しており、臨床試験が進行中であるそうだ。
 性能が確認されたら、大量販売されそうだ。

 https://chatgpt.com/share/68245e74-e4c0-800f-9c2e-b6b065aadf25

 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000005.000048430.html?utm_source=chatgpt.com


 ──

 と思ったけど、この記事は 2019年だ。その時点でプロトタイプができていて、2025年になっても販売されない。
 メーカーのページを見ても、6年間、更新がない。
 https://prtimes.jp/main/html/searchrlp/company_id/48430

 となると、相当に怪しいね。
 「賢い専門家が、揃いも揃って、だまされるはずがない」
 というのが私の第一感だったが、調べると、状況証拠は真っ黒であり、
 「賢い専門家が、揃いも揃って、だまされた」
 という疑いが濃厚になる。
 

Posted by 管理人 at 2025年05月14日 18:14
怪しいと思っても理論的に誰が見ても納得できる導出が公開されていないので何ともしようがない。
つまり真の意味で検証できない。宣伝が先に進んでしまっている。今後どうなるか期待しています。
Posted by 素浪人 at 2025年05月14日 18:41
おそらく賢い人は黙って見ているのでしょう。
Posted by 素浪人 at 2025年05月14日 18:42
なのかな。
Posted by 素浪人 at 2025年05月14日 18:43
彼の研究を素人に説明するyoutubeのlimkを見つけました。最後の部分の説明はあり得ないです。Laplace 方程式の境界値問題を穴の空いた領域で解けば良いと主張していますが外側の境界条件だけでは解は一意に決まりません。驚きました。もしこれが彼の方法の原理とすれば全くの初歩的な誤りですね。

https://www.youtube.com/watch?v=SgjF7qFB4r8

工学部の偏微分方程式のテキストを再読していただきたい。
Posted by 素浪人 at 2025年05月27日 17:53
それと根本的な問題は波動は物体の裏側にも回り込みます。単純な直線的な経路とは限らなことは明らかです。ですから観測データは彼のいう単純な形では表現できません。なぜ空洞の裏側までの情報が彼の方法で出来ると数学的に保証できるのか全く説明されていません。
Posted by 素浪人 at 2025年05月27日 17:57
突っ込まれるとまずいので素人にのみ説明するのかと勘ぐりたくなります。聞く方もわかったふりをせずもっと突っ込むべきですね。
Posted by 素浪人 at 2025年05月27日 18:00
とにかく彼の方法の``原理''は理解できましたので彼の`論文''を読むのは時間の無駄であることがわかりました。ありがとうございました。
Posted by 素浪人 at 2025年05月27日 18:03
本人が言った通り長年の数学の未解決問題を解いたと主張するならまずは定理として主張しその証明を記述し数学の専門家に査読してもらうのが筋ではないでしょうか。Youtubeで素人向けの``説明"をしている場合ではないでしょうか。出版された論文というよりは報告を読む限りどこにも詳細な仮定をつけた定理とその証明の記述は存在しません。特許の申請の書類もネットで見つけましたが全く詳細な定理とその証明はありません。理論の正当性が検証できません。残念です。
Posted by 素浪人 at 2025年06月08日 19:59
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