2020年12月31日

◆ リーダーの要件

 組織のリーダーには、必要な条件がある。それは、自らアイデアを出してはいけない、ということだ。

 ──

 このことは、菅首相を反面教師として理解するといい。
 ふるさと減税とか、GoTo キャンペーンとか、デジタル庁とか、携帯料金の値下げとか、そういう例がある。いずれも首相が自ら発案して、自ら旗を振って、それを推進する。先頭に立って全員を引っ張っていくことがリーダーシップだ、と思い込んでいるようだ。
 しかし違う。それはチームの主将(キャプテン)の役割ではあっても、監督の仕事ではない。監督ないし最高決定者というものは、チームの先頭に立つのではなく、チームから離れた高みに立つべきものなのである。

 最高決定者の仕事とは何か? それは、(最終的な)決定をすることだ。そして、決定をするためには、決定の前に、いくつかの選択肢を得ておく必要がある。
 ここで、大切なことがある。その選択肢を、最高決定者が自ら提出してはいけない、ということだ。
 なぜか? 最高決定者が自ら選択肢を案として提出したならば、最高決定者は自分の出した案を一番いいと思って、その案を選択することになる。自分で案を出して、自分で案を採択する。……これではただの独裁ないし専横だ。

 こうなると、リーダーの出した案だけが採択されて、他の案は採択されなくなる。すると、人々は、どうするか? どんなに優れた案を出しても、「リーダーの気に食わない」という理由で採択されないのだから、誰もまともに案を出さなくなる。そしてかわりに、「リーダーの案は素晴らしい」と阿諛追従するだけとなる。仮にリーダーの案に反対する人がいたら、たちまち左遷させるだけだとわかっているのだから、人々は単に「リーダーの案は素晴らしい」とおもねるだけであって、誰も自分の案を出さなくなる。(物言えば唇寒し、だ。)
 こうして、リーダーの案以外は何も出されなくなり、組織は停滞して、誰も自分の頭で仕事をしなくなる。各人の目はリーダーの方だけを向いており、リーダーに平伏することだけが仕事となる。決して国民やお客様の方を向くことはない。

 これが今の日本の状況だ。
 コロナへの対策をなすことが必要だが、役人は誰も自分から方針を出そうとはしない。役人がやるべきことは、首相の言葉に従うことだけであって、国民のために奉仕することではないのだ。「公務員は国民全員のための奉仕者である」という憲法の規定は ないがしろにされ、「公務員は首相ただ1人のための奉仕者である」というふうに努めることが強いられる。
 実際、菅首相自身がその方針を示している。例の学術会議の任命拒否の件では、「公務員の任命権はすべて首相にある」というふうに述べて、「気に食わない奴は、俺様が好き勝手に解任する」というふうに明白に示している。トランプの「 You're fired 」と同様だ。任命権を好き勝手に行使することで、自らが独裁者としてふるまおうとする。
 こうして、公務員の自発性は抑圧される。かくて、組織は硬直化して、各人は自律的に働くことはなくなる。

 これが企業ならば、その企業はまもなく倒産するだろう。しかし政府の場合は、そうではない。日本政府は、日本においては唯一のものであって、かわりの政府などというものはない。選挙はあるが、それは次の選挙になるまではお蔵入りしている。結局、政府というものは、倒産することもなく、交替することもなく、そのまま持続する。かくて、独裁者はしばらく継続する。

 結局、首相が自らアイデアを出すような組織は、下に立つものが誰もアイデアを出せなくなるから、組織がマヒしたも同然となる。かくて、コロナのような国難の時期に、政府が脳死状態(全身の機能不全状態)も同然となってしまう。それが今の日本なのである。

 こういうことを避けるには、「最高決定者は自らアイデアを出すことを差し控える」ということが大切だ。
 同様のことは、企業の重役会議でも言える。重役会議では、社長は決して自らの意見を言ってはいけない。部下の自由な意見を聞いた上で、自分が最終的な決定をするべきだ。(多数決をすることもあるし、社長が1人で裁決することもあるが。)

 なお、社長がどうしても自分のアイデアを出したいときには、次のいずれかにするべきだ。
  ・ かわりに代理人に、同様の意見を言わせる。
  ・ 最初に軽い糸口だけを示して、以後の主要な議論は他人に任せる。
  ・ 自分ですべての主張をするが、最高決定権は他人に委ねる。


 この三番目を選んだ場合には、自分の意見を出す代償として、最終決定権を他人に委ねるべきだ。つまり、最高決定者としての座(社長の座)から降りるべきだ。
 最高決定者の座を降りたあとは、どうするか? 社長でなく首相なら、官房長官となるか? いや、官房長官も、似た権力を持つから、駄目だ。自分のアイデアを出したければ、中枢権力の座から離れるべきだ。それにふさわしい座は、補佐官か、参謀役だろう。いずれも権力を持たずに、首相に対する個人的な助言者(アドバイザー)として働くだけだ。あるいは、審議会の委員でもいい。これなら専門家と議論することもできる。

 菅首相のように「自分のアイデアにこだわる」というタイプの人は、補佐官か参謀役として働くべきだった。審議会の委員でもよかった。間違っても首相になるべきではなかった。なのに、分不相応にも、首相になった。まるで(前進するしか能がない)香車が王将を勤めるように。
 かくて、その組織は機能不全になってしまった。それが今の日本である。

( ※ アイデアマンだと自惚れた小物が、勝手に大物としてふるまって、権力をほしいままにしている国の末路。)


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posted by 管理人 at 23:54| Comment(1) | 一般(雑学)6 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ガースーが首相として適任ではない理由がはっきり分かった。一方で、「周囲が意見してくれない」とぼやいているという話を聞いたことがある。自分に意見する人は左遷や任命拒否をしておいて、何を言っているやら。
Posted by のび at 2021年01月03日 10:52
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