2020年11月26日

◆ メリトクラシー(能力重視主義)

 「メリトクラシー」という言葉がある。「能力主義」とも訳されるが、「能力重視主義」と訳すといい。

 ──

 ※ 企業における「能力で処遇を決定する方法」とは関係ありません。
   社会における「能力で人格を評価する主義」のことです。



 「メリトクラシー」とは、「能力で人格を評価する主義」のことだが、」その真意は、「能力偏重主義」ということになる。やたらと「能力重視」を主張する人が多くなるせいで、「能力偏重」という結果になりがちだ。

 このような「能力重視主義」は、社会的な「勝ち組」である富豪や経営者によって主張されることが多い。しかし、次の反面もあるそうだ。
 米大統領選は……学歴による投票先の違いが顕著に見られ、とりわけ大卒以上の投票先はバイデンが57%で、トランプの41%を大きく上回った(〈1〉)。
 マイケル・サンデルは、この大きな分断線が生まれた原因を「革新派の政治家がグローバル化に対応するにあたってメリトクラシー(能力主義)の文化を持ち上げてしまったせい」と語る(〈2〉)。
 起業家の慎泰俊もこの議論に同意する。慎によれば、先進諸国で広まるメリトクラシーには、@資本主義社会では経営トップや創業社長などの「能力がある人」に極端に富が集中する、A現代社会は保有する富の大きさがあたかも人格的な優越までも示唆するかのように設計されている、という二つの穴があるという(〈3〉)。
 構造的に「優秀」で「能力」と「分別」がある人間ほど傲慢になりやすく、非エリートとの溝が深まっていく。
( → 知の星と星をつなぎ、広く届く「星座」に 津田大介さん:朝日新聞

 ここで言うエリートとは、民主党を支持するような高学歴層ではなく、共和党を支持するような富裕層のことである。これらの富裕層がのさばりすぎたから、それに反発する中下層が、トランプを支持した……ということらしい。世間では、そういう解説が多く見られる。

 しかし私は同意しない。
 上の理屈は論理的にはメチャクチャだろう。「共和党側のエリートに反発するから、庶民的な民主党を嫌う」というのは、論理が逆だ。「トンカツにされたくない豚が、肉屋を支持する」というような、メチャクチャな話だ。
 とはいえ、トランプが「反エリートを唱えたから、トランプに投票した」という中下層が多いようだ。(ラストベルトの白人労働者)
 とすると、これらは、トランプのデマゴークにだまされた、ということなのだろうか。
 そうではなく、トランプは「衰退する鉄鋼業や石油産業に目を向けた」ということがあったので、そこに感謝する中下層が多いのだろう。民主党は、下層ばかりに着目していたので、それより少し上の中下層の人々は、「見捨てられていた」と思っていたのかもしれない。そこにトランプが乗じた、ということだろう。

 先の解釈は、「中下層が富裕層に反発した」ということらしいが、トランプを支持する中下層は、富裕層に反発しているのではない。下層を重視するワシントンのエリートに反発しているのだ。彼らの反発の対象は、富裕層ではなく、下層なのである。そこを間違えてはいけない。
 その意味で、先の解釈は妥当ではない。

 ──

 とはいえ、それは本題ではない。標題の「メリトクラシー」という言葉に着目しよう。これについて考える。
 「メリトクラシー」という言葉は、「能力重視主義」と訳すといいのだが、やたらと「能力重視」を主張する人が多くなるせいで、「能力偏重」という結果になりがちだ。
 このことは、ホリエモンの言動を見ていると、よくわかる。「能力のある者が金儲けをするのが当然で、金儲けをしたものが偉い」という傲慢な言動がしばしば見られる。金儲けをしない貧乏人を見下げる言動も見られる。

 さて。いよいよ本題について述べよう。上記と似た話が、別にあった。これだ。
  → 「実家の太さに助けられた人が努力の大切さを説く」のをよく見かけるのがTwitter - Togetter

 一部抜粋しよう。
「実家の太さに助けられた人が努力の大切さを説く」のをよく見かけるのがTwitter

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「努力だけしてればいい」って状況にいるのが既にめちゃくちゃ恵まれてるという

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まあ努力するにも、お金がかかりますから間違いでは無いですね。いい学校行くなら、相応の学費が必要ですし。努力もタダじゃできないんですよね。

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それを東大入学式の祝辞でどストレートに伝えて、賛否両論を巻き起こしたのが上野千鶴子先生

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上野千鶴子氏の入学式祝辞全文
平成31年度東京大学学部入学式 祝辞 | 東京大学


 上野千鶴子の祝辞は、当時、東大生には響かなかった。これは、「東大生も馬鹿ばっかりになってきた」ということなのかもしれない。

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 実は、上野千鶴子の祝辞については、前に述べたことがある。これだ。
  → 上野千鶴子の祝辞の意味は?: Open ブログ

 実はここに、上記の話題についての解決編となる話が書いてある。とても大事な話なので、是非とも読み直してほしい。

 そこに書いてあることは、話の流れとしては、こうなる。
  ・ 「世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと...たちがいます」というふうに、能力以前の環境で、すでに差別された人がいる。
  ・ しかし、そのことを言いたいわけではない。得られなかった人が主題ではなく、得られた人(きみたち東大生)が主題だ。
  ・ 「得たものを自分でなく社会のために使う」ということも大事だ。それはノブレス・オブリージュの概念に似ている。
  ・ しかし、そのことを言いたいわけでもない。これはついでのオマケにすぎにない。
  ・ 言いたいことはこうだ。「きみたちの得たものは、きみたちの能力や努力の結果ではない」。つまり、メリトクラシーの否定である。
  ・ 能力や努力があっても、それだけで成果が得られるわけではない。成果が得られたのは、能力や努力のほかに、環境のおかげだ。
  ・ その環境を与えてくれたのは、きみたちではなく、きみたちの周囲の人々だ。両親や教師や友人など。
  ・ ゆえに、結論は…… (以下は上記リンクで。)




 [ 付記 ]
 参考として、次の記事もある。
  → 東大総長の式辞と上野千鶴子の祝辞: Open ブログ
 こちらは、ついでの話だ。特に読まなくてもいい。

posted by 管理人 at 23:09| Comment(2) | 一般(雑学)6 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
非常に感銘を受けています・・・

管理人さんの感性がよく現れていることと、自分が過ごした、取り返しのつかない20代を悔やんでいる毎日ですが、ボクの知ってる京大生はアホが多くて、東大生なら、自分の境遇を理解出来ているようなイメージがあるかな?

上野千鶴子の祝辞は、多くの日本人に広く浸透させたいと思います!
Posted by Hidari_uma at 2020年11月28日 21:41
GWに亡き父の7回忌があって、ひょんなことから、上野千鶴子の祝辞の話を皆の前で紹介することになりました。

今日、祝辞のビデオをYouTubeで見ると、管理人さんが言う通りの内容で、お得意のフェミニズムの持論を、ぐだぐだ喋った最後の締めが印象的でした。

これまで誰も身に付けていない、知を生み出すことが、あなたたちの役割だということ・・・
Posted by Hidari_uma at 2021年05月09日 07:54
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