2020年11月01日

◆ MRJ と YS11

 MRJ という産業政策があったのは、なぜか? YS-11 という国産機の再来を目指したからだ。しかし……

 ──

 MRJ (現行名:スペースジェット)は大失敗という結果になった。では、どうしてこういう大失敗がなされたのか? 
 それは、前にも述べたとおりで、経産省が国産機開発の旗を振ったからだ。
 MRJ計画の発端は、2002年に経済産業省が発表した30席から50席クラスの小型ジェット機開発案。
 MRJ計画では、……開発期間は2003年度から5年間、開発費は500億円を予定し、その半分を国が補助するとした。 (出典:Wikipedia
( → MRJ の開発中止が決定: Open ブログ

 ではなぜ、経産省は国産機開発の旗を振ったのか? それは、YS-11 という国産機の再来を目指したからだ。
 YS-11以来の完全な日本国産の旅客機となったが、YS-11と大きく違うのは、同機がターボプロップエンジンによるプロペラ機であるのに対し、噴射式のターボファンエンジン搭載の機体としている点である。
( → Mitsubishi SpaceJet - Wikipedia

 YS-11 という国産機の再来を目指したが、方式はプロペラからジェット噴射になる。時代の進展に応じて技術を新しくするが、基本的には YS-11 という国産機の再来を目指したわけだ。
 では、それは妥当だったのか? 





 ──
 
 この点については、私は当初から批判していた。
 まず、国産航空機の開発そのものに反対しているのではない、ということに留意してほしい。読めばわかるように、三菱が自力で開発できるのであれば、それに越したことはない。(私は別に、アンチ国産派ではない)
 自力開発ということは、不可能ではない。実際、ホンダは自力で個人用ジェット機を開発している。
 一方、三菱は? 個人用ジェット機さえも作れないくせに、一気に旅客用のジェット機を開発しようとしている。それも、自力ではできないから、国のお金で。
( → 三菱の小型ジェット機 MRJ: Open ブログ

 こういうふうに批判していた。その核心は、こうだ。
 「三菱には、国産の小型ジェット機を開発する能力などは、ない。これまで何も作ってこなかったのに、いきなり高度なものを作れるはずがない。どうせ国産機を開発するのであれば、最初はもっと初歩的なものを作れ。一歩一歩着実に進め。決して高望みをするな。自惚れるな」
 その上で、次のように提案した。
 では、どうするべきか? 正しい手順を示そう。
   1.個人用ジェット機の自力開発。(ホンダのように。)
   2.それで実績を示した上で、旅客機の開発力を蓄える。
   3.民間の出資を募る。
   4.それでも足りない分は、国の出資を募る。

 こういうふうに一歩一歩着実に進むのであれば、「最初から巨額投資をして、あげく赤字倒産の危険に陥る」というような失敗はなかったはずだ。

 ──

 では、どうしてそう言えるのか? それは、YS-11 という大失敗の例があったからだ。
 YS-11 というと、「初の国産機」ということで、多くの人がノスタルジーを感じているようだ。「技術的には成功した」という印象もあるようだ。
 だが、仮に YS-11 が成功していたら、その事業は続いていたはずだし、次世代機の開発も継続していたはずだ。
 ではなぜ、YS-11 の次世代機は開発されなかったのか? それは、YS-11 が経営的に大失敗したからだ。つまり、YS-11 は大失敗の例なのだ。

 そのことをネットで調べてみたら、とんでもない事実がわかった。
 まず、事業の全体では、最終的に 180機を生産して、360億円の赤字を出した。(赤字を生産して事業中止、という形。)
 一方で、機体の価格は1機3億5000万円だった。
 赤字の見通しについて量産180機とその後の10年間のアフターサービスで360億円の赤字が発生すると計算された。
 これは一機当たりの機体価格3億5,000万円では2億円の赤字を計上する計算となった。
( → YS-11 - Wikipedia

 3億5,000万円で売って、2億円の赤字である。とんでもない赤字率だと言えるだろう。これはもう事業の体をなしていない。大赤字を出して、金持ちの道楽で作っている、というようなレベルだ。なのに、その赤字を負担したのは、金持ちではなく政府だった。
 赤字の負担をめぐっては、政府の全額負担か、メーカー側にも応分の負担を求めるかで議論があったが、最終的にはメーカーも負担する形になった。

 ──
 
 まとめ。

 結局、まとめれば、こうなる。
 YS-11 は、とんでもない大赤字を発生させて、事業としては大失敗だった。そのせいで事業の継続はできなくなった。
 しかし経産省は、その失敗を認識できなかった。YS-11 を国産機開発の成功例だと勘違いしていた。そこで「夢よふたたび」と思って、国産機開発の旗を振った。「時代の進展にともなって、プロペラからジェット噴射にすれば、また同じように成功できる」と思い込んだ。
 しかし本当は、YS-11 は大失敗だったのである。しかも、YS-11 以来の技術的な蓄積もなく、いきなり開発する形になった。そのせいで、当初の見込みからは、開発が大幅に遅れた。(自己への過信。)
 のみならず、米政府への申請の方法もわからなかった。なのに、国産にこだわるあまり、外国人の経験者を招くこともなく、日本人で固めた。そのせいで、やり方がわからないまま、何年間も空費した。最後のころになってようやく外国人を大量に導入したが、今さら手遅れという感じだった。
 結局、YS-11 の失敗を理解できないまま、国産機開発ということにこだわった経産省の方針が、最初から大間違いだったというしかない。



 【 関連項目 】
 この点については、前に次の話を書いた。
  → MRJ は失敗するだろう: Open ブログ( 2015年11月12日 )
 一部抜粋しよう。
 MRJ を「 YS-11以来の国産ジェット旅客機」というふうに報道しているマスコミが多いが、これは正しくない。
 そもそも、心臓部品であるエンジンは、国産ではない。この点、エンジンまで国産(ただし共同開発)である本田ジェットとは異なる。本田ジェットなら「国産」と言えるが、MRJ は「準国産」であるにすぎない。
 そもそも、部品調達率からして、国内部品は 30%程度である。


 やはり、外国人を大幅に招くべきだった。外国人をどれほど招いても、その外国人が日本の会社に属している限りは、開発は「国産」と言える。その技術も国内のものになる。
 一方、社員を日本人にこだわると、技術不足のせいで国産の比率は下がってしまう。
 人間について「日本国籍」にこだわったせいで、会社レベルでは国産化の比率が大幅に下がってしまった。さらには納期も遅れてしまった。
 「国産」という言葉にこだわったとき、真の「国産」でなく、人間レベルの「日本人」にこだわってしまった。これが、MRJ が失敗した理由だろう。


 
posted by 管理人 at 11:59| Comment(1) | 一般(雑学)6 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
本文中にある管理人さんご本人による13年も前の2007年時点でのブログ「三菱の小型ジェット機 MRJ」を見て驚きました。何がかと言えば、コメント欄に延々と食いつく三菱&日本教信者の執拗さにです。この方々の現在の心境を是非知りたいものです。このプロジェクトについては、数年程前からはほかにもいろいろ明確な失敗予測はあったようです。*MRJはYS11の失敗を繰り返すのか? http://sorami108.blog.fc2.com/blog-entry-1025.html*MRJは確実に失敗プロジェクトとなりそう 2016.11 http://izumiyayoshihiko.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/mrj-9883.html など。でも今回コロナという神風?が吹かなければ、行きつくところまで行っていたかもしれませんね。サラリーマン経営者では分かっていてもとても走っている巨大な怪物を止める知恵は持ちえなかったかも。豪華客船の失敗といい三菱の経営陣はどうなっているんでしょう。YS11はそこそこ堅実な飛行機と思っていたのですが、上記関連ブログによると実態はパイロットにも乗客にも酷く不評の駄作だったようで、これにもびっくりでした。
Posted by 花咲じいじ at 2020年11月02日 00:29
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