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患者数の少ない薬は、治験をしたくても、治験ができないことが多い。なぜか? 治験には(通常の薬と同じように)多大な費用がかかる一方で、(患者数が少ないので)市場規模が小さいからだ。治験をしても、最終的には採算に乗りそうにないので、製薬会社が治験をしないことが多い。そのせいで、あまり多くない患者たちは見放される。
こういう問題があったのだが、これを患者主導で解決した、という記事があった。
治療に使える薬の選択肢を増やしたい――。横浜市に住むある肺がん患者の思いから、国内では珍しい患者提案の臨床試験(治験=キーワード)がこの夏、始まった。多額の資金集めや製薬会社との交渉を2年がかりで乗り越え、重い扉を開いた。
治験を求めたのは、「タグリッソ」という抗がん剤。
( → がん患者が開いた、治験の扉 資金集め・製薬会社と交渉… 「命に関わる研究、私たちも」2年がかり:朝日新聞 )
費用は 10億円もかかるそうだ。それを聞いて、「金額に卒倒しそうになった」そうだ。しかし、ふるさと納税の NPO 寄付などを利用して、545万円を集めたそうだ。
しかしこれでは全然足りない。そこで、製薬会社に直談判したところ、こうなった。
「遺伝子変異のない多くの患者にも薬が効く可能性がある」と訴えると、議論の末、希望通りの治験案を全額支援で実施する約束を取り付けた。異例のことであり、中川教授は「採算性などの面でも企業戦略に合うものではないが、患者のニーズをくみ取ってくれた」と話す。
これを記事では、「患者の主導で治験が実現した」というふうに美談仕立てで報じている。お涙頂戴ふうでもある。
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だが、よく考えてみよう。患者の側は 500万円ほどを集めただけだ。10億円の 0.5% であるにすぎない。1%にも満たない。あって無きがごとしの額だ。誤差レベルである。これはつまり、「患者の集めた額などは実質的には何の効果もなかった」ということだ。結局は単に製薬会社のお情けにすがりついたにすぎない。
褒めるのならば、患者の側ではなく、製薬会社の側だろう。褒める相手を間違えている。これではまるで、乞食が金持ちにもの後いををしたときに、「この乞食は金持ちの心を動かした。すごく立派だ」と称賛するようなものだ。あまりにも見当違いすぎる。
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だが、話の本質は別のところにある。以上のことはまったくの表面的なことであるにすぎない。本質は何か? こうだ。
「この薬はものすごく高額である」
これが本質だ。

ここから、いくつかのことが派生する。
第1に、製薬会社は、ただの善意やお情けで治験をしたわけではない。この治験をすることで、莫大な売上げが見込めそうだと思ったから、援助をしているのだろう。(従来の判断から少しブレただけだ。)
第2に、この薬は非常に高額であるがゆえに、将来的には国民負担が莫大になる可能性がある。
なお、この薬が高額だということについては、次の記述がある。
年々高額化していると言われる抗がん剤ですが、実際、どれほど高くなっているのでしょうか。
薬価が目に見えて上昇したのは、分子標的薬が登場してからです。
「イレッサ」が標的とするEGFRの一部を標的とする「タグリッソ」(オシメルチニブ)など、月の薬価が70万円を超える薬剤は、ここ数年では珍しくなくなっています。
逼迫する公的医療保険財政に与えるインパクトは大きく、専門家からは「国を滅ぼす」といった懸念まで上がっています。薬価の高騰に歯止めをかけるべき、との声も高まっています。
「オプジーボ」の場合、14年9月の発売時の適応は、患者がわずか数千人の悪性黒色腫でしたので、薬価が高く付いた側面もあります。今、「オプジーボ」が公的医療保険財政に与える影響が注目されている背景には、薬価自体の高さのみならず、高い薬価のまま数万人の患者がいる非小細胞肺がんに対象が広がったことがあります。
( → 1ヶ月300万円超えも―高額化していると言われる抗がん剤、実際どれだけ高くなっている? | AnswersNews )
「非小細胞肺がん」とあるが、今回のタグリッソもそうだ。
→ タグリッソ EGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺がん対象の第3相試験で全生存期間中央値3年以上を達成
この分野では、タグリッソは最も優秀らしい。
肺がん患者の約3割は、「EGFR」という遺伝子に変異がある。EGFRの遺伝子変異がある患者に効く分子標的薬は、「イレッサ」「タルセバ」「タグリッソ」など複数開発されている。
ただ、分子標的薬を使い続けていると、薬が効きにくくなるという問題がある。その中でもタグリッソが効きやすいとされており、ほとんどの患者は、タグリッソを最初から使うことが推奨されている。
( → 肺がん治療、2剤併用で再発リスク減 臨床試験で確認:朝日新聞デジタル )
ただし、タグリッソはすでに承認されている。(EGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺がんの分野で。) 一方、今回の患者提唱の治験は、その範囲外だ。
今回は長谷川さんの提案により、医師が実施する。患者会が資金集めをしている点も珍しい。抗がん剤「タグリッソ」はすでに承認されているが、今回は承認されていない別の効果について「適応拡大」を目指す治験となる。
他の抗がん剤治療後は、特定の遺伝子に変異がある人だけに使用が限られている。ただ、変異がない人でも約2割に効くというデータもある。長谷川さんは「命をつなぎとめたい患者には、この2割という数字は非常に大きい」と強調する。
( → がん患者が開いた、治験の扉 資金集め・製薬会社と交渉… 「命に関わる研究、私たちも」2年がかり:朝日新聞 )
2割に効くだけなのだから、たいして効果があるわけでもない。また、効果があるといっても、死が生に変わるような劇的な変化があるわけではない。「生存期間が半年から3年に延びる」というぐらいのことでしかない。たいして効果があるわけでもないのだ。
その一方で、薬代は莫大だ。上記では「月の薬価が70万円を超える」とある。これで3年(36カ月)だとすると、2500万円を超えてしまう。1人の患者を少し延命させるだけの効果にしては、あまりにも莫大すぎる。どうせなら、確実に生きていける人々を、極度の貧困から救うために使う方が、ずっとマシだろう。
※ 貧困による自殺者は多大になっている。特に、コロナ失業のせいで。
→ 10代女性の自殺、8月は去年の約4倍 コロナ禍で何が:朝日新聞
→ 30代以下の女性の自殺 去年比74%増加 新型コロナの影響も| NHKニュース
→ コロナで自殺が増える理由 女性へのダメージが深刻で…(デイリー新潮)
→ 国内自殺者が前年比3カ月連続増、女性と子供顕著−コロナ影響か - Bloomberg
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実を言うと、この手の問題には、次の対処法がある。
「患者数の少ない病気については、混合診療を認めればいい」
この方針は、前に別項で示した。「ウジ虫で治療する」という話題だ。
→ 人体をウジ虫に食わせる治療: Open ブログ
ここでは、こう述べた。
「新技術による医療法が開発されても、小規模な市場のせいで、許可を得るための投資資金がない場合がある。そういう場合には、混合診療の禁止の対象外にして、混合診療を認めればいい」
この方法を取れば、結果的には、次のようになる。
・ 「ウジ虫で治療する」というふうに、低コストで大きな効果が見込めるときには、患者の自己負担でその治療法を実現できる。
・ タグリッソのように、超高コストで小さな効果が見込めるだけのときは、大金持ちが実行して、普通の人は実行しない。(金しだい)
これで自動的に解決するはずだ。
( ※ なお、現状では、前者の方法は取れない。混合診療が禁止されているので、やりたくてもやれないのだ。たとえその治療が少額であっても、全額が自由診療になってしまうので、患者負担が莫大になるからだ。その治療が 20万円でできるとしても、患者の負担は数百万円になる。これでは実行できない。)
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結論。
患者数の少ない薬は、治験をしたくても、治験ができないことが多い。これについては、「混合診療を認める」という形で、自動的に解決できる。コスパの良い治療法は実現するが、コスパの悪い治療法は実現しない、というふうになる。(本人の財力しだいとなる。)
一方、「患者の提案で新たな治療法を実現する」というのは、二重の意味で間違いだ。第1に、それは製薬会社のお情けでやっているだけであり、患者の関与は少ない。第2に、そんなことを強引に実現したら、コスパの悪い治療法が実現してしまうので、効果の少ないことに莫大な国税が投入されることになる。こんなことでは財政が破綻してしまう。(健保料金の値上げになる。すると、かえって失業自殺が増える。)
[ 付記 ]
一般に、朝日の記事は、経済観念がない書生論議が多すぎる。「こんなに素晴らしいことが実現しました」というふうに書くが、「そのために莫大な費用負担が発生します」という面をまるきり見ていないことが多い。
朝日の記者は、自分で稼ぐことをしないから、コスト概念がまったくないのだ。毎度毎度、コストを無視した話ばかり。普通の会社では役立たずとなるような人々ばかりだ。(だから新聞記者にしかなれなかったのだろうが。)