2020年10月15日

◆ ノーベル物理学賞はおかしい

 2020年のノーベル物理学賞は、ブラックホールの研究。私はこれに異を唱える。

 ──

 受賞対象は、理論研究のペンローズと、観測をした2名。このうち、前者の業績はこうだ。
 ブラックホールの真ん中には、物質密度が無限大となる「特異点」があることを示し、奇妙な姿を明らかにした。 スウェーデン王立科学アカデミーは「アインシュタインを超える突破口」と最大限の賛辞を贈った。
 東京大の佐藤勝彦名誉教授(宇宙論)は「2018年に亡くなったスティーヴン・ホーキング博士の理論研究はペンローズさんと非常に近かった。存命だったら2人同時の受賞もあったのではないか」と話した。
( → 身近なテーマ、解明へ突破口 今年のノーベル2賞 医学生理学賞・物理学賞:朝日新聞

 ここでは、ホーキングの名が上げられている。この人こそ、ペンローズといっしょに受賞するのがふさわしかった。(もっと早い時期に。)

 一方で、現実に受賞したのは、(ペンローズ以外には)観測した2人だ。記事にはこうある。
 理論で証明された「黒い穴」の存在を、観測で決定的にしたのが、独マックスプランク地球外物理学研究所のラインハルト・ゲンツェル所長(68)と米カリフォルニア大ロサンゼルス校のアンドレア・ゲズ教授(55)だ。
 2人が望遠鏡を向けたのは、私たちの銀河系(天の川銀河)の中心にある「いて座A*(エースター)」と呼ばれる領域。90年代初頭から長年かけて明るい星の軌道を別々に追跡した。どちらの測定結果も、銀河の中心に非常に重くて目に見えない天体があることを示していた。測定値はよく一致しており、これが太陽の 400万倍の質量を持つ超巨大ブラックホールの「発見」とみなされている。
 放送大の谷口義明教授(宇宙物理学)は「ブラックホールの『観測』の成果はいくつもあるが、2人は何十年も続けてきた地味な仕事から、揺るぎない成果を上げた」と評価した。
( → 身近なテーマ、解明へ突破口 今年のノーベル2賞 医学生理学賞・物理学賞:朝日新聞

 「何十年も続けてきた地味な仕事」だって。
 これでは、何の天才性も独創性もない。単に観測を続けてきただけだ。同じように観測をしていれば、他の誰でもまったく同一の研究成果を上げることができる。……こういう凡庸な研究は、ノーベル賞にはふさわしくない、と私は思う。

 では、どうすればよかったか? もちろん、ホーキングに贈ればよかった。そして、そのためには、2018年以前に、ブラックホールの件で贈ればよかったのだ。この件でノーベル賞を贈るのは、あまりにも遅すぎる。(そもそも、ペンローズという多才な人に贈らずにいたのもおかしい。)
 思えば、似たような例はあった。2008年の南部陽一郎だ。この人も、ペンローズ同様に、多才な人であり、しかも、物理学の巨人と言えるほど大きな影響をもたらした。なのに、授賞はあまりにも遅れた。

 一方で、どうでもいいような業績には、すばやく授賞した。その例は「グラフェン」だ。グラフェンは、当時、「夢の素材」として、大いにもてはやされた。素晴らしいバラ色の未来が予想された。しかしそのブームは3年ぐらいしか続かなかった。なのに、そのブームの最中で、ノーベル賞を授賞した。
 しかしその後は、グラフェンは「鳴かず飛ばず」である。ネットでググっても「グラフェンは夢の素材だ。希望に満ちあふれている」というような文書が見つかるが、その日付は 2011年ごろだ。今では夢も希望もしぼんでいる。
 その一方で、カーボンナノチューブは、大幅に利用が進んでいる。すでに量産化が進んでおり、価格も低下して、さまざまな分野で利用がはかどっている。
  → カーボンナノチューブ世界市場、2023年にかけて年平均12.8%成長――出荷量約4000トンに拡大

 たとえば、半導体や蓄電池(キャパシタ)などでの利用が進んでおり、世界の環境を変える多大な貢献も見込まれる。
 ひょっとしたら将来の電気自動車は、カーボンナノチューブのキャパシタを搭載して、カーボンナノチューブの半導体で計算して、カーボンナノチューブの電線を使ったモーターを使うようになるかもしれない。つまり、カーボンナノチューブだらけになるかもしれない。
 それほどにもカーボンナノチューブの貢献度は高い。なのに、フラーレン( C60 )とグラフェンはノーベル賞を受賞したのに、カーボンナノチューブだけはノーベル賞を受賞していない。明らかにおかしい。
 
 カーボンナノチューブの利用が進んでいるのは、近年のことだから、ノーベル賞を授賞するにはまだ時期尚早、ということなのかもしれない。しかしそれならば、グラフェンにも授賞するべきではなかった。そして、かわりに、ブラックホールの研究で、ペンローズとホーキングに授賞するべきだった。……私はそう思う。
 


 [ 付記 ]
 似た話だが、遺伝子の切り貼りという業績を、化学賞で授賞するのも、ちょっとおかしい。生命分野の業績を(医学生理学賞でなく)化学賞で授賞することになるからだ。しかるに、近年はその傾向にあるそうだ。
新型コロナウイルス検査法のPCR技術、および、抗原・抗体検査に利用されるモノクローナル抗体作成技術の発明者は、いずれもノーベル賞を受賞している。前者は、1993年のキャリー・マリス、後者は、1984年のセーサル・ミルスタインとジョルジュ・ケーラーである。
 ちなみにマリスの受賞は化学賞である。生命科学上の発見が、医学・生理学賞ではなく、化学賞の対象になることも近年の傾向のひとつ。生命現象の基盤に化学反応があり、多くの検査法や治療法がその上に立っている以上、これは当然のことである。
( → 生物学者・福岡伸一がノーベル賞を予想! 日本人候補者はやはり「京大強し」?

 「当然のことである」と平気で言っているが、ちっとも当然のことではない。その理屈で言えば、あらゆる理系の分野は数学の上に成り立っているのだから、すべてのノーベル賞は「ノーベル数学賞」として与えるべきだ……というような理屈になる。
 本当はどうか? 化学賞の授賞を、本来の化学分野だけに限ると、受賞の対象があまりにも少なくなってしまうからだろう。そこで、牽強付会な形ではあるが、「医学的業績のうち、生命分野の基礎的業績」については、化学賞を授与することにしたのだろう。
 これはまあ、「医学生理学賞の分野では、基礎と応用で各1名に授与する」というのと、同じことだ。それもまあ、いいのかもしれない。
 これだと、筋は通らないのだが、現実に即しているとも言える。難癖は付けないでおこう。
 


 【 関連項目 】

 → ボブ・ディランのノーベル賞を取り消せ: Open ブログ
 → ノーベル平和賞に反対する(2020): Open ブログ




 【 関連サイト 】

 ペンローズの業績については、下記記事。
  → 「ブラックホール」でまとめたノーベル物理学賞 - 真貝寿明|論座

 ──

 ペンローズタイルは、有名である。


penrose.gif

penrose tiling1.jpg

Penrose Tiling2.jpg


posted by 管理人 at 19:23| Comment(2) | 物理・天文 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>[ 付記 ]
> 本当はどうか? 化学賞の授賞を、本来の化学分野だけに限ると、受賞の対象があまりにも少なくなってしまうからだろう。そこで、牽強付会な形ではあるが、「医学的業績のうち、生命分野の基礎的業績」については、化学賞を授与することにしたのだろう。

⇒ 筆者の仰るように、賞ごとに設けられた選考機関(団体)が、各賞の選考対象範囲を広げて解釈しようとしていることは、確かにありそうです。ただし、アルフレッド・ノーベルの本来の遺言(下のURL@)からすると、本来は、化学賞 > 物理学賞 > 生理学・医学賞 の順で対象範囲が広くなりそうです。

 @ http://contest.japias.jp/tqj2002/50218/nthewill.htm

 この遺言には、

 ・化学賞:最も重要な「発明または改良」をなした人物に
 ・物理学賞:最も重要な「発見または発明」をなした人物に
 ・生理学・医学賞:最も重要な「発見」をなした人物に

と、それぞれ書いてあるのですから。いい例が、本稿の本論のところにも関係しますが、物理学賞は「発見」と「発明」の両方が対象なので、「基礎」と「応用」の成果に対して交互に授与されるように見えることです。例えば、

 ・2013年:ヒッグス粒子の「発見(discovery)」
 ・2014年:青色LEDの「発明(invention)」
 ・2015年:ニュートリノ振動の「発見(discovery)」

みたいな時期です。また、昨年化学賞を受賞した吉野彰さんも、「化学賞は基礎から(製品)開発まで対象範囲が広いので、今年(2019年)はリチウムイオン電池のようなデバイス系の順番ではないと思っていた。思いがけず受賞できてビックリした」という旨のことを会見で述べています(下のURLA)。言い換えると、化学賞や物理学賞、とくに化学賞は対象範囲が広いのです。

 A https://www3.nhk.or.jp/news/special/nobelprize2019/chemical/news/news_03.html

 逆に、割を食っているのが生理学・医学賞でしょう。対象が「発見」だけでは、医薬品の「発明」や、治療法・検査解析手法の「発明・改良」に対しては授与できなくなりそうです。ですから、今年のゲノム編集法の「開発」(下のURLB)も、2002年の田中耕一さんらの質量分析法の「開発」(下のURLC)も、for development として化学賞が授与されたのだと思います。たぶん、ノーベルの遺言にある「改良」は、「開発」の一種だと考えていいのでしょうね。

 B https://www.nobelprize.org/prizes/chemistry/2020/summary/
 C https://www.nobelprize.org/prizes/chemistry/2002/summary/

 いやいや、例えば、2015年の生理学・医学賞は、イベルメクチンを「発明・開発」した大村智さんに授与されているじゃないかと言われそうですが、授賞理由の原文(下記)では、for discoveries として「線虫の寄生によって引き起こされる感染症の新たな治療法に関する発見」に対して授与されると書いてあります。私は、大村先生の業績をよく理解していないのですが、「土壌中の放線菌の一種がアベルメクチン?という化合物を産生することを発見、さらにそれが寄生性線虫の駆虫に効果があることを発見⇒イベルメクチンの開発につながった」ということらしいので、やはり最初の2つの「発見」が理由となっているのでしょう。

 to William C. Campbell and Satoshi Oumura "for their discoveries concerning a novel therapy against infections caused by roundworm parasites"

 長々と書きましたが、私の結論としては、筆者の推測された「近年の研究動向は、本来の化学分野での受賞対象が少なくなる傾向にあるので、生命科学分野の基礎的業績については化学賞を授与することにした」のではなくて、「ノーベルの遺言(発見のみ)にそのまま従うと、生理学・医学分野の受賞対象が少なくなってしまい、近年この分野で優れた研究成果が出ている実態にそぐわない。よって、医薬品・治療法・検査解析手法などの「発明・開発」に関わる、どちらかというと基礎ではなくて実用に繋がった業績には化学賞を授与することに(シフト)した。その結果、化学賞の順番が回って来にくくなっている」となります。
 
Posted by かわっこだっこ at 2020年10月16日 12:50
 すみません。上のコメントで、ノーベルの遺言のところを、一語訂正します。

(誤)・化学賞:最も重要な「発明または改良」をなした人物に
(正)・化学賞:最も重要な「発見または改良」をなした人物に

 なお、遺言原文の英語版とスウェーデン語版(クリックで切り替え可)は、以下の公式サイトから確認できます。

 https://www.nobelprize.org/alfred-nobel/full-text-of-alfred-nobels-will-2/
Posted by かわっこだっこ at 2020年10月16日 15:29
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