2020年10月07日

◆ 法律は守らなくていい(?)

 学術会議の任命拒否の件で、菅首相の主張は、「法律は守らなくてもいい」というのと同然だ。

 ──

 前項の記述を本項に移転した上で、さらに補充する。

 前日からの移転


  ※ 前項の [ 付記1 ] の文章を、以下に移転して記述する。


 ────────────────

 政府は新たに過去の内部文書を公開した。
 日本学術会議が推薦した会員候補6人が任命されなかった問題で、内閣府は6日、首相が任命の拒否ができるかどうかについての見解をまとめた2018年の内部文書を、野党側に公開した。学術会議の会員が特別職の国家公務員であることを踏まえ、首相が「推薦のとおりに任命すべき義務があるとまでは言えないと考えられる」と結論づける内容だ。
( → 学術会議会員の任命「推薦通りの義務なし」内部文書公開:朝日新聞

 しかしこの「義務」の件は、前に論じたとおりで、説明になっていない。
  → 菅首相の方針は粛清だ: Open ブログ の (1)

 少なくとも、拒否をするのなら、拒否の理由を示すべきだ。たとえば、「犯罪行為のような著しい非行があったから」というふうに。
 しかし、それができない。なぜなら本音は「政府の方針に難点があるという真実を暴露したから」であるからだ。政府の嘘を嘘だと指摘したのが気に食わないせいで、任命を拒否したのだが、それを口に出すわけには行かないのだろう。
 そういう本心を明かさないから、上の内部文書は、まったく説明になっていない詭弁を語るだけである。
 「推薦のとおりに任命すべき義務があるとまでは言えないと考えられる」
 「首相が適切にその任命権を行使するため、任命すべき会員の数を上回る候補者の推薦を求め、その中から任命するということも否定されないと考えられる」

 なんて、いかにも苦し紛れの言い訳だ。書いていて、恥ずかしくないんですかね。
( ※ 内閣法制局の役人が無理やり書かされたんだろうが、書きたくもないデタラメを書かせられるハメになった役人が、可哀想だね。お国のために奉仕するつもりで公務員になったはずなのに、独裁者に奉仕するために嘘を書くのが仕事になるとは。……舌噛んで死んじゃいたくなるだろう。)

 本日分の記述


  ※ 以下は、本日新たに記述した文章。


 ────────────────

 この件については、法律の正しい解釈を記した記事が出た。
 法律の条文において、「Aは、〜する。」「Aが、〜する。」という形で、主語+動詞の終止形になっている場合、Aには、〜する義務があることを示します。英語で言えば「shall」が使われているのと同じニュアンスです。この場合、「〜する」かどうか、Aに裁量権はありません。
 したがって、「〜に基づいて、Aが任命する。」という文言が用いられている場合、Aには任命するか否かを自由裁量で決定する権限はありません。

 そして、「〜に基づいて、Aが任命する」という文言が用いられている場合、Aが誰を任命するのかについては、〜に基づかないとならないということが示されています。〜で指定等されていない人を任命することはもちろんできませんし、〜で指定等されている人の任命を拒否することもできません。任命しないこととする権限が与えられていないからです。
( → 〜に基づいて……が任命する。|小倉秀夫|note

 これは、法律解釈のイロハなので、まともな頭のある人ならばすぐにわかることだろう。

 ──

 しかるに、菅首相の解釈は、上記に反する。代わりに、次のように解釈する。
 「推薦のとおりに任命すべき義務があるとまでは言えないと考えられる」
 「首相が適切にその任命権を行使するため、任命すべき会員の数を上回る候補者の推薦を求め、その中から任命するということも否定されないと考えられる」

 だが、このような解釈が許されるとしたら、一般に、「法律に書いてあることを守らなくてもいい」ということになってしまう。なぜなら、法律には、「この法律を守る義務がある」とは記してないからだ。(暗黙裏の常識。)
 
 たとえば、次の例がある。いずれも憲法の条文だ。( → 出典
第三十一条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

  ̄ ̄
第三十五条 
○2 捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。

  ̄ ̄
第三十八条 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。

  ̄ ̄
第四十一条 国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。

 これらの条文は、いずれも守らなくていいことになる。なぜなら、「この条文を守る義務がある」とはどこにも書いてないからだ。
( ※ 他の条文では「義務を負ふ」「〜ねばならない」という語句が見出されるが、上の条文ではそのような語句が見出されない。)

 菅首相の言い分では、以上の条文を守らなくてもいい、ということになる。

 ──

 では、どうしてそうなるのか? まともな頭のある人ならば、すでにわかっているだろうが、以下では初心者向けに、懇切ていねいに説明しよう。

 まずは、日本学術会議法には、こうある。
第7条2項 会員は、第17条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する。

 「内閣総理大臣が任命する」と法律に記してあるわけだ。だから、内閣総理大臣が任命する必要があるのは自明だ。それが「法律を守る」ということだ。
 ところが菅首相は、「内閣総理大臣が任命する」と法律に記してあっても、そうしなくていい、と言っている。
 「推薦のとおりに任命すべき義務があるとまでは言えないと考えられる」
 「首相が適切にその任命権を行使するため、任命すべき会員の数を上回る候補者の推薦を求め、その中から任命するということも否定されないと考えられる」

 これはつまり、次のことを意味する。
  ・ 法律の通りにする義務があるとまでは言えないと考えられる。
  ・ 法律に反することをすることも否定されないと考えられる。

 これはつまり、「法律を守らなくてもいい」と言っているのも同然だ。

 ──

 したがって、同じ理屈によって、憲法を守る必要もなくなる。つまり、次のようにしていいことになる。
第三十一条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない……というのが原則だが、それに反することをしてもいい。
 つまり、法律の定める手続によらずに、その生命若しくは自由を奪い、又はその他の刑罰を科してもいい。そういうことが禁じられているとまでは言えないと考えられる。やってはいけないというふうには否定されないと考えられる。

 同様にして、次のことも、やっていいことになる。
第三十五条 
○2 捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ……というのが原則だが、それに反することをしてもいい。

  ̄ ̄
第三十八条 何人も、自己に不利益な供述を強要されない……というのが原則だが、それに反することをしてもいい。

  ̄ ̄
第四十一条 国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である……というのが原則だが、それに反することをしてもいい。

 特に、最後の項目が重要だ。この条文を守らなくてもいいのだから、次のことが成立する。
国会を、国権の最高機関としなくてもいい。国会の権限を無視してもいい。自分が最高権力者になってもいい。つまり、独裁者になってもいい。

 こういう解釈が成立する。菅首相流の法律解釈によれば、だが。

 ──

 日本の歴代の首相は、どれほどひどくても、「法律を守る」ということだけは確実に遵守してきた。「法律をまるきり無視する」というような愚行はしてこなかった。
 ところが菅首相は、「法律の解釈そのものを否定する」という暴挙に出た。これは法治主義そのものを否定することであり、完全な独裁専制である。
 これは、「朕(ちん)は国家なり」というのと同然で、「俺の意思が法律だ。既存の法律はすべて無効だ」ということになる。
 日本はとうとう法治主義の成立しない独裁国家になってしまったのだ。







 【 補説 】
 次の意見がある。( ※ 前項のコメント欄で教わった。)
 「学術会議の委員は特別職の国家公務員だから、首相の指揮下にあり、人事権も及ぶ」( → 出典

 このことは、一般的な意味でなら、(弱い効力で)成立する。たとえば、「公務員は会議中はマスクをしろ」と首相が命じたなら、学術会議の委員は公務員としてそれに従う義務が発生して、従わなければ義務違反として政府から処罰の対象となり得る。
 このような一般的な意味でなら、「国家公務員だから、首相の指揮下にあり、人事権も及ぶ」ということが成立するだろう。

 だが、個別に法律で規定されている件については、その個別に規定している法律の方が優先する。たとえば、首相の指揮権が及ばない例として、次の例がある。
  ・ 教育委員
  ・ 下級裁判所の裁判官

 前者は地方公務員だから、首相の権限が及ばないのは当然だが、首相だけでなく、知事や市長の権限も及ばない。教育委員は、教育委員会法によって、職の安定が保証されているからだ。「罷免されない」というふうに。
 下級裁判所の裁判官も同様で、首相の人事権が及ぶことはない。
 この両者は、公務員であっても、行政の長による指揮権や人事権は及ばないのだ。なぜなら、そのことが個別法で規定されているからである。こういうふうに、一般論よりも、個別法の方が優先されるのだ。

 では、学術会議は? もちろん、本項で明確に示した通りだ。
第7条2項 会員は、第17条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する。

 こういうふうに個別法があるのだから、この個別法が一般論に優先する。この条文ゆえに、次のことが成立する。
  ・ 学術会議の推薦に基づかずに、任命することはできない。
  ・ 学術会議の推薦を受ければ、任命する義務がある。

 この二つが同時に成立するのだ。個別法の条文ゆえに。(本項で詳しく説明したとおり。)

 そして、これに反するような一般論の法的規定があっても、その法的規定は個別法によって否定されてしまうのだ。それが法律解釈というものである。

 仮に、そうでないとしたら(つまり菅首相の言う通りだとしたら)、次の条文はどうなるか? (日本学術会議法)
第二十六条 内閣総理大臣は、会員に会員として不適当な行為があるときは、日本学術会議の申出に基づき、当該会員を退職させることができる。
 
 ここでは、常識的解釈ならば、次のようになる。
  ・ 日本学術会議の申出があれば、退職させることができる。
  ・ 日本学術会議の申出がなければ、退職させることができない。

 ところが、菅首相流の解釈だと、次のようになる。
  ・ 日本学術会議の申出がなくとも、退職させることができる。(国家公務員への任命権や人事権を行使することで)

 こんなことでは、もはや(独裁者による)権利の濫用だと言える。法律をねじ曲げた解釈だと言える。しかるに、法律をねじ曲げた解釈こそ、菅首相の主張していることなのだ。(本項の本論で示した通り。)

 ──

 そもそも、日本学術会議が何のためにあるのかを、考えるといい。それは、政府から独立した形で、政府とは別の立場から、独自の提言をすることだ。
 なのに、首相の指揮下に入って、首相の命令を受けるのでは、日本学術会議の存在意義そのものがなくなるだろう。単に首相の意見を「はい、はい」と聞くだけの組織では、独自の提言ができるはずがない。
 しかし、そんなことでは日本の学術全体にとって不都合だ。学術というのは行政府の命令によって遂行されるものではないからだ。だからこそ、日本学術会議法は、学術会議の独立性を保証したのである。この独立性は、行政府の行政の能率アップのためにあるのではなく、日本の学術の水準をアップさせるためにあるのだ。
 この本来の方針を見失って、「何でもかんでも首相の指揮下に置けばいい」と考えるのが、保守派の人々だ。しかしそれは、「すべては共産党の指揮下に置けばいい」という中国政府の発想と同じなのである。どちらも独裁制。
 この独裁制にこそ、物事の本質があるのだ。そこを見失わないようにしよう。

posted by 管理人 at 20:53| Comment(12) | 一般(雑学)6 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
サイエンス誌も、『新総理が学術会議に喧嘩を売る』という見出しで、菅が理由を説明することなく任命を拒否し、研究者たちの間で学問の自由を脅かす行為とみなされていることを伝えている。

Japan’s new prime minister picks fight with Science Council
  https://t.co/il9B6LnZd9

世界の恥さらし。ああ、恥ずかしい。
Posted by 管理人 at 2020年10月08日 00:36
 その件は 【 補説 】 で説明済み。ちゃんと読みましょう。
Posted by 管理人 at 2020年10月08日 08:00
リンク先や引用ブログには、「推薦に基づき任命される」から「推薦する」に変わっております。
ですから、「推薦された全員を任命しなければならない」は成り立たないかと。

それと、今回は任命する権限についてですから、退職させる云々は別件です。混同なさらぬよう。
Posted by イカロス at 2020年10月08日 16:12
 科学雑誌の nature も着目した。
 以下、引用。

 ――

 英科学誌ネイチャーは8日付の今週号で、「科学と政治の切れない関係」と題する社説を掲載し、
菅義偉首相が日本学術会議の会員候補6人を任命しなかった問題にも触れ、「政治家が、学問の自律性や自由を守るという原則に反発している」と訴えた。
 「学術会議は科学者の声を代弁する独立した組織だが、菅首相が、政府の政策に批判的だった6人の学者の任命を却下した。首相が任命する制度になって以来、初めてのことだ」と報じた。

 https://www.asahi.com/articles/ASNB863Y1NB8ULBJ009.html

 こんなことがわからない人がいるんだから、ほんと、恥ずかしいね。
Posted by 管理人 at 2020年10月08日 20:31
ネイチャーもサイエンスも、毎日の記事からの引用が基のようですから、暫し様子見がよろしいかと。

それよりも、朝日新聞の記事の写真の内容と同じ表題の記事が見当たりませんでした。
近いと思われる記事はありましたが、こちらも詳細を調べた内容ではないので、少し様子を見ようかなと。
https://translate.googleusercontent.com/translate_c?depth=1&hl=ja&nv=1&pto=aue&rurl=translate.google.co.jp&sl=auto&sp=nmt4&tl=ja&u=https://www.nature.com/articles/d41586-019-02379-w%3Ferror%3Dcookies_not_supported%26code%3Dbe7abf64-2f41-4b9c-b8d1-dfc5252f78d7&usg=ALkJrhjBXy1JBEEdZaSDnTdef-bTGp7RSw

ただ、他所に言われたからダメだというのはおかしいのではないですか。権威を利用する詭弁と見られそうで。
Posted by イカロス at 2020年10月09日 07:03
Posted by 管理人 at 2020年10月09日 07:39
確認しましたが、私の引用の翻訳と大体同じ内容でした。

まだ大手の引用で詳細を調べた訳では無いようですし、独立の用法についてもざっくりしている印象なので、こちらも様子見でしょう。
Posted by イカロス at 2020年10月10日 08:26
 続報:
 日本学術会議「推薦リスト見ずに任命は違法」岡田教授 | 日本学術会議 | NHKニュース
  https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201010/k10012657631000.html

> 「リストを『見ていない』ということは、学術会議からの推薦リストに基づかずに任命したということで、明らかに法律の規定に反する行為です」と
Posted by 管理人 at 2020年10月10日 23:51
Twitterから引用。ご参加まで。


6名を排除した人が、

@内閣府担当の場合
 担当者による違法行為。(日本学術会議法違反。日本学術会議による推薦者を勝手に切ることはできない)
 起案時に決裁者がこのことに気付かず(指摘せず)決裁していることが問題となる

A菅首相の場合
 今般の説明(99人しか見てない)に矛盾する。
Posted by 反財務省 at 2020年10月11日 01:00
 菅首相の場合 が正しく、
 排除する6人の名簿だけ見ていれば、
 今般の説明(99人しか見てない)に矛盾しません。

 http://openblog.seesaa.net/article/477832700.html の  追記1 で説明済み。
Posted by 管理人 at 2020年10月11日 07:53
菅総理はマスコミに対しては、『初めから99人分しか見ていなくて、6人は名前も知らないよ』という体で(ウソを)言っていると思います。だとすると、210人の半数を任命しないといけないところ、99人分しか決裁(→任命)しなかったこと自体が問題となりますね。
Posted by 反財務省 at 2020年10月11日 20:05
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