──
基準地価が発表されたが、台風で水害のあった地域で地価が大幅下落したそうだ。
《 台風被災地、10%超下落 大規模浸水、長野や福島 基準地価 》
国土交通省が29日に公表した基準地価では、昨年10月の台風19号などで被害を受けた地域も大きく下落した。大規模に浸水した長野県や福島県のほか、多摩川が氾濫(はんらん)した東京・田園調布も落ち込んだ。
家を修理していた50代の男性は「ほかに移ろうにも、水に浸ると分かっている土地を誰が欲しがるか」とこぼす。市内の高台に転居した別の男性は「被害に遭った土地に住むには抵抗がある。ただ、処分するにも買い手がつくか。1年経っても頭は痛い」と話す。
19号で千曲川の堤防が決壊するなどした長野市では、大規模浸水した長野新幹線車両センターに近い豊野地区が、住宅地の中で全国2位の下落率となるマイナス13.1%(前回は増減なし)を記録。
( → 朝日新聞 )
この件に関連して、先日の話題を参考にしよう。
→ 災害危険地域に居住禁止: Open ブログ
ここでは、「水害の起こる土地は居住禁止」ということなのだから、上記のように「土地が売れない」というふうになっても、それで構わないことになる。「もともとそこは人が住むべき場所ではないのだから、土地が売れなくて当たり前だ」ということになるからだ。
しかし、それでといかにも非人情的だ。情け知らずという感じもする。かといって、情けにほだされて、危険地域に人を住まわせるのもまずい。
では、どう考えるべきか。
──
まずは、現地の地図を見る。
次に、浸水した地域の地図を見る。
(国土地理院提供)
水害の原因については、冒頭記事から、次の箇所を抜粋。
「 19号で千曲川の堤防が決壊するなどした長野市」
つまり、戸の水害の直接的な理由は、「堤防の決壊」である。たとえ台風が来ても、堤防の決壊さえなければ、これほど大規模な水害はなかったことになる。
──
以上のすべてを踏まえた上で、私としては、次のように結論する。
(1)
被害の直接の原因は、堤防の決壊だった。だから、堤防の決壊を防ぐのが最優先となる。そのためには、「越流堤」を設置しておくべきだった。そうすれば、床下浸水か床上浸水ぐらいはあっただろうが、堤防の決壊は避けられたはずだから、被害は最小化できたはずだ。これほどにも大規模な被害は、「越流堤」という小さな工事をしておくだけで、避けられたはずなのである。
※ 越流堤については下記。
→ 川辺川ダムは必要か?: Open ブログ
(2)
さらには、できれば「遊水地」も設置しておけばよかった。そうすれば、床上浸水も免れただろう。うまく行けば、床下浸水さえも免れたかもしれない。(つまり水害ゼロだ。)
そして、遊水地を作るための場所は、いくらでもある。川のそばには大量の田畑があるからだ。( Google マップを参照)
(3)
「土地が売れない」と嘆く人が多いようだが、見ればわかるように、水害の被災地のほとんどは、周辺型は田畑である。つまり、それらの土地は、住宅地であるとはいえ、ただの田畑と同程度の価値しかない。もともと大量に土地の余っている地域なのだ。仮に売れたとしても、価値のない土地なのである。(供給過剰で需要不足だから。)
だったら、そんな「ありもしない価値」にこだわる必要はない。このあたりはもともと大量の田畑があるのだから、水害の起こりそうな土地は、「居住禁止」にしておくのが最善なのだ。
川から離れたところ(国土地理院の地図で浸水のなかったところ)にも、大量の田畑がある。それらの場所に住宅を建設すればいい。(農地転用で)
一方で、今回の水害のあった地域は、「居住禁止」の扱いにして、せいぜい産業用の用途に限定して使えばいいだろう。
( ※ 先日の項目の「居住禁止の推進」に合致する。)
こうして、話は整合的にまとまる。
( ※ 土地を売れなくなった人は、「損した」と思って嘆くだろうが、実は損してはいないのだ。あった富が消えたのではなく、もともと富はなかったからである。ありもしない価値を、これまでは「ある」と錯覚していただけなのだ。そして今や、錯覚から覚めただけなのだ。そして、錯覚から覚めることで、危険な土地から抜け出して、命を救うことができるようになる。……錯覚から覚めなければ、いつかは水害で死んでいたかもしれないのだが。)