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嘘である。これは俗説だが、この俗説は正しくない。
「アルコールに利尿効果がある」ということなら、事実だろう。だから、ウイスキーのような強い酒を飲むときは、いっしょに水を飲むか、水分を何らかの形で補給するべきだ。
一方、アルコール5%ぐらいのビールならば、水分はたっぷりとあるので、脱水状態になるとは思えない。
そこで、医学的な文献を求めて、ネットを探したら、次の文章が見つかった。
飲酒時は脱水状態になりやすい。
その主な理由は2つあります。
1つ目として、アルコールによる利尿作用が上げられます。お酒を飲んだ以上に尿として水分が出ていってしまうためです。
特にビールは利尿作用が強く、1リットルのビールを飲むことで、1.1リットルの水を失うと言われています。
( → 飲酒時は脱水状態になりやすい。|経口補水療法|味の素株式会社 )
「 1リットルのビールを飲むことで、1.1リットルの水を失う」
と書いてある。これを見て、「ほれ見ろ。飲んだ以上に出ていくんだから、脱水状態にする効果があるんだ!」と、鬼の首を取ったように叫ぶ人も出てきそうだ。
しかし、よく考えてほしい。ビールを飲まなければ、水分を失わないのか? ビールを飲まなければ、オシッコは出ないのか?
いや。ビールを飲まなくても、やはり 0.1 リットルぐらいのオシッコは出るはずだ。つまり、その分、水分を失うはずだ。だから、
「何もしなければ、0.1 リットルの水を失う」
というのに比べて、
「 1リットルのビールを飲むことで、1.1リットルの水を失う」
というのは、水分の減少に何も影響を与えていないことになる。「1リットル多く飲んだら、1リットル多く出た」というだけのことだ。差し引きして、何も変わっていないことになる。
つまり、ビールを飲むことによる脱水効果などは、皆無なのだ! 俗説は間違いだった、ということになる。
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もう少し正確に考察しよう。
仮に、(もともと出るオシッコの分を除いて)「 1リットルのビールを飲むことで、1.1リットルの水を失う」という効果があるとしたら、脱水症状になるのだから、その分、水を補給する必要があるはずだ。つまり、ビールをたくさん飲む人は、ビールを飲むだけでは喉が渇くので、ただの水をコップでどんどん飲むはずだ。「塩辛を食べると喉が渇くから、水や茶を飲む」という調子で、「ビールを飲むと喉が渇くから、水を飲む」というふうにするはずだ。
しかし、そんな人は(ほとんど)見たことがない。「ビールを飲むと、喉が渇く」どころか、「ビールを飲むと、喉の渇きが癒されて、気持ちがいい」という人が多い。湯上がりに、「喉が渇いて仕方がない」という人が、ビールを飲むと、「喉の渇きが癒されたから、もう水は飲みたくない」というふうになることが多い。これはつまり、ビールには、水分補給の効果がある、ということだ。(脱水効果の逆だ。)

結局、「ビールを飲むと喉の渇きが癒される」「ビールを飲むと水分を補給される」というのが、一般人の感覚であり、それが真実なのである。
一方、「 1リットルのビールを飲むことで、1.1リットルの水を失う」という点に着目して、「だからビールは脱水効果の方が大きい」というふうに唱える人は、「何もしなくとも 0.1 リットル水を失う」ということを失念しているのである。
これはまあ、ビールを飲んだ人と飲まない人とを、対比実験しなかったせいだね。対比実験をすれば、「ビールを飲まなくとも 0.1 リットル水を失う」ということに気づくはずなのだが。
実験結果を見ても、その解釈を誤る……ということは、あるものだ。
[ 付記1 ]
俗説が誤りであることは、「ホメオスタシス」という概念からもわかる。
人体には、状態を一定にする「ホメオスタシス」という機能がある。(一種の自動安定装置だ。)これによって、水分を過剰にしたり不足したりすることをなくす。もともと水分量が足りないときにはどうしようもないが、水分が足りているときにあえて過剰に排出するようなことはない。
仮に、ビールには「1リットル飲むと、1.1リットルを排出する」という作用があるとしよう。その場合には、1.1リットルを排出するが、そのかわり、通常のオシッコの量を 0.1リットル減らすように、体内で調節がなされる。それが「ホメオスタシス」である。
つまり、ビールには「1リットル飲むと、1.1リットルを排出する」という作用があるとしても、その作用は、人体の「ホメオスタシス」という機能によって、相殺される。だから、その作用が実際に検出されることはない。(!)
にもかかわらず、ビールに「1リットル飲むと、1.1リットルを排出する」という作用が確認されたとしたら、それは、「ホメオスタシスが働いているから」である。つまり、「ビール以外の水分をもともと飲んでいたから、その分、0.1リットルの水分を排出している」ということだ。その 0.1リットルは、ビールのせいで排出されたわけではなく、もともと排出されるべき分だったわけだ。
なのに、それを「ビールのせいだ」と勘違いしたせいで、変な研究報告が出たわけだ。
[ 付記2 ]
ただし、「ビールには利尿作用がある」ということ自体は、事実だと思う。なぜなら、0.5リットルぐらいのビールを飲めば、それを排出するために、大量のオシッコを出す必要があるが、そのためには、利尿作用が必要だからだ。
つまり、この利尿作用は、「飲んだ以上の分を出すため」ではなく、「飲んだ分だけを出すため」に働く。そのための利尿作用だ。
仮に、そうでなかったら、ビールを飲めば飲むほど喉が渇くので、どんどん水を飲む必要が生じる。しかし、そんなことはない。
[ 付記3 ]
ちなみに、私は非常に喉が渇いた状態で、ビールを1本飲んだが、2時間たっても、オシッコは出なかった。また、水を飲みたくなることもなかった。ビールを飲む前は、非常に喉が渇いていたんだが。(ビールのおかげで、水分不足が解消した、ということ。)