2020年09月10日

◆ 生命の絶滅の確率

 地球上の生命が絶滅する確率を計算して、「絶滅しないで済んだ確率は 15% である」という結果が出た。

 ──

 朝日新聞の記事にある。
 地球上の生命が、隕石(いんせき)の衝突や巨大噴火などで全滅せずに生き残れた確率は15%だった――。そんな試算結果を東京都市大の津村耕司准教授(天文学)が過去の大量絶滅の頻度から算出し……た。
 津村さんは化石のデータから、数千の海洋生物属の絶滅の規模と頻度を分析。最も起きやすいのは、生物の5%程度が消える小規模なものだった。また、すべての生物が消え去るような巨大な天変地異が起こる確率を300万年で0.15%と推定し、地球に生命が誕生してから約40億年で全生物が絶滅しない、つまり生物が生き残れた確率は15%だったと算出した。
( → 「地球外生命、期待できる」天文学者が試算結果から推論:朝日新聞

 生物が生き残れた確率は15%だったから、実はとても幸運だったのだ……と言いたいようだ。
 それはさておき。


 この「確率」というのは、どうやって計算したのか? 
 「たぶん、べき分布があると仮定して、絶滅の強度と頻度をグラフ化して、統計処理したのだろう」
 と推定した。

 その後、実際に論文を見ると、次の図が見つかった。


zetumetu.gif


 この図からして、推定は妥当であったと言えそうだ。

  ※ べき分布については、下記を参照。
   → べき分布と正規分布: Open ブログ
   → 地震の確率?(べき分布): Open ブログ

 ──

 結局、計算の手法は、予想通りであったようだ。そして、そうだとすれば、その限界も明らかとなる。以下の通り。

 べき分布においては、小規模〜中規模の事象は、頻度が多いので、その数値には十分に意義がある。信頼性も高い。
 一方、大規模〜超大規模の事象は、頻度が非常に少ないので、その数値にははっきりとした意義がない。信頼性も低い。
 上のグラフでも、グラフの右半分では、縦軸(頻度)が非常に低くなっているので、若干の変動があるだけでも、2倍や、2分の1になってしまう。その頻度にはほとんど信頼性がないのだ。
 にもかかわらず、「全部を絶滅させるような(超大規模の)頻度はこのくらいだ」というふうに推定するのは、論理の飛躍が大きすぎる。
 
 この推論は、次の二点から成立する。
  ・ 小規模〜中規模の頻度を得る。
  ・ べき分布のグラフを仮定する。

 この二点から、大規模〜超大規模の頻度を推定するわけだ。しかし、それはあまりにもご都合主義というべきだろう。それは、「現実が理屈に従うはずだ」というような主張であって、「尻尾が犬を振る」というような本末転倒みたいになっている。

 ──

 では、どう判断するのが正しいか? こうだ。
 「上の二点から、大規模〜超大規模の頻度を推定することはできるが、それはあくまで、現実がモデルに従うと仮定した場合の数値であるにすぎない。一方、現実はどうかと言うと、ちょっとした変動要因しだいで、実際の絶滅の確率は大きく変動する。だから、はっきりしたことは言えない(断定できない)」

 また、こうも言える。
 「統計的に頻度の低い事象が起こるというのは、確率的な推定値を出すことはできるが、はっきりしたことは言えないので、その信頼区間の幅はとても広くなる」

 たとえば、15% という数値を出すとしても、ピッタリと 15% であるわけではない。むしろ、「5%から30%ぐらい」というふうに、幅のある区間となる。頻度の低い事象というのは、そういうふうに予想の幅が広くなるのだ。
 ※ このことは地震の予想についても言える。滅多に起こらない事象については、ピッタリと予想することはできず、かなり幅のある予想をすることしかできない。

 「生物が絶滅する確率」についても同様だ。非常に大きな突発的事象が起こる確率は、非常に小さいので、それがどのような数値になるかは、推定の幅が非常に大きくなる。
 グラフでは、「 P-T の絶滅だけがあって、他の絶滅はない」という状況を見て、その周辺には適当になだらかな曲線を想定している。だが、そんななだらかな曲線が成立すると見なすのは、勝手な思い込みであるにすぎない。(現実がモデルに従う、という思い込み。)

 繰り返すが、頻度が低い事象については、何がどうなるかは、はっきりとしないのである。なのに、勝手に曲線を引いて、「もっと大規模でもっと低頻度の事象は、このくらいの確率で起こるだろう」などと推定しても、そんな推定にはほとんど信頼性はない。
 科学的・数学的に判断するなら、「 15%である」などと断言することはできず、むしろ、「 3%と 60%の間である」というぐらいに、幅を持たせる方が正確だろう。

 ※ そもそも、バラツキの幅を計算していないという点で、この論文は統計的にはほとんど意味がない。統計的な信頼区間という用語も出ていないようだ。統計的に考えていないのだろう。



 [ 補足 ]
 確率というものは、一般に、事象の数が多い場合にのみ意味を持つ。たとえば、「サイコロを 1000回振った場合に、2の目が出る確率はどのくらいか」というふうに。ここでは 1000 という事象の数は十分に大きい。だから確率というものが意味を持つ。
 一方、「コインを2回トスしたときに、表が出る確率はどのくらいか?」と考えても、あまり意味がない。確率は 50% だが、その確率に事象が従うとは限らない。「確率は 50% だから、1回は表で、もう1回は裏だろう」と思っても、そういう具合には行かない。ここでは、確率よりも、偶然性の方に従う。
 確率というものは、事象の数が多い場合には意味を持つが、事象の数が非常に少ないときには意味をなさないのだ。「2億年に1回」の頻度で起こるような事象について、「確率的にはこれこれだから」というような話をしても、ほとんど意味をなさないのだ。なぜなら、その事象は、確率的な事象ではなく、偶然的な事象だからである。
 いや、偶然的というよりは、個別的な事象というべきかもしれない。確率的な事象は、「条件が同じである」という前提で多数の事象があるわけだが、地球の歴史では、「条件がまったく異なる」という事象が1回ずつあるだけだ。それは確率からは大きく隔たった現象なのである。……こういうことについて、確率的に論じるのは、初めから方針が狂っていると言えるだろう。

 ※ この件、以下の [ 付記1 ] に続く。



 [ 付記1 ]
 絶滅するような事象が起こるかどうかは、単に統計的に決まるわけではない。その背後には、根源的な原理がある。
 その原理とは? 一つは、地質学的な原理である。生物の大絶滅をもたらすものは、地質学的な原理が理由であることが多い。
 たとえば、全地球凍結という事象が過去にあった。


Snowball.jpg


 これは、ほとんど生物の絶滅に近い事象をもたらした。しかるに、地下から二酸化炭素の排出があったせいで、凍結した地球はふたたび溶けていった。
 また、火山活動によって地中から二酸化炭素の排出があると、地球はどんどん温暖化していった。

 もう一つ、植物が気温に及ぼす効果がある。植物は、二酸化炭素を減らして酸素を増やす効果を持つが、一方で、菌類が植物を分解して酸素を減らす効果を持つこともある。これが生物の大量絶滅に影響する。
 約3億年前、石炭紀の後期に二酸化炭素濃度は現代の程度まで低下する。この前後、寒冷化が起きた。一方で酸素濃度は地球史上最高の35%となっていた。これは植物の活動(光合成)が大きい。当時、リグニンを含む樹木は腐敗分解されず、石炭化していくのみであった。
 しかし、これ以降、樹木を分解できる菌類(白色腐朽菌)が登場し、酸素濃度は徐々に減少に向い、逆に二酸化炭素濃度は増加に向かう。白色腐朽菌は倒木を分解でき、これにより石炭紀が終焉し、さらに大量の倒木の分解により酸素を大量に消費し二酸化炭素を増大させていった。ペルム紀を通じてこの傾向は続き、P-T境界で以降の地球の低酸素環境は決定的となった。
( → 大量絶滅 - Wikipedia

 こういうふうに、絶滅の発生には、個別の事情があるので、一律に「べき分布がある」というふうに仮定すれば済むわけではないのだ。話をそういうふうに単純化すると、理論の信頼度は下がるばかりだ。

 [ 付記2 ]
 この研究の成果が、太陽系外の他の惑星にも当てはまるかどうかは、何とも言えない。なぜなら、この研究は、あくまで地球における事例であるにすぎないからだ。同様のことが、他の惑星でも成立も斉一するかどうかは、まったく当てにならない。
 惑星と生物との関係で、特に重要なのは、地軸の傾きだ。地軸の傾きがあると、夏と冬の差が生じるので、高緯度と低緯度とで気温の混合が起こりやすい。その分、気候は全体として温和になる。
 一方、地軸の傾きがないと、夏と冬の差が生じないので、高緯度はやたらと寒くなり、低緯度はやたらと暑くなる。こうなると、生物は繁栄しにくくなる。また、進化も起こりにくくなる。
 地球においてこれほどにも多くの生物が多様に誕生したのは、進化があったからだが、それは、地球の地軸が傾いていたからだ、とも言える。それと同様のことが、他の惑星でも成立するかどうかは、心許ない。地球の数字が、他の惑星にも当てはまるかは、まったく当てにならない。

 [ 付記3 ]
 地球では生物の大きな進化があったのは、全地球凍結があったからだ、という説が有力だ。この時期に、真核生物が誕生して、一挙に巨大な進化がなし遂げられたようだ。
 では、どうしてか? これは「適応放散」という原理で説明可能らしい。全地球凍結で、多くの生物が絶滅したから、そのあとの空白領域で、生物が「適応放散」を多様になして、急激な進化が起こった……というわけだ。
 似たことは、白亜紀末の恐竜絶滅についても言える。隕石が落下したことで、恐竜が絶滅したが、そのおかげで、あとにできた空白領域で、哺乳類が「適応放散」を多様になして、急激な進化が起こった……というわけだ。
 こうして見ると、絶滅は進化の推進源であった、と言うことができる。絶滅がなければ進化も起こらないわけだ。
 環境の多様な大規模な変動こそ、絶滅と適応放散を通じて、生物に大規模な進化をもたらした、というわけだ。
 どちらかと言えば、ここに着目した方がよさそうだ。



 【 関連サイト 】
 全地球凍結と真核生物。
  → 進化の歴史|科学バー
  → “青い水の惑星”だけが地球の姿ではない!? 「水の知」最前線



 【 関連項目 】

 真核生物と有糸分裂。
  → 真核生物の起源: Open ブログ
  → 有糸分裂の起源: Open ブログ

 
posted by 管理人 at 22:51| Comment(1) | 科学トピック | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 後半で、[ 付記1 ] の前に [ 補足 ] を加筆しました。
 確率の意義、というような話。
Posted by 管理人 at 2020年09月11日 10:57
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