玉が詰みになっていないのに、あっさりと投了した、という珍しい一局。
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普通はどちらかの玉が詰みになるか、詰みになるのがほぼ確実になったところで、投了する。
ところがこの一局では、詰みになるのがまだまだずっと先だというのに、先手は投了してしまった。なぜか?
それは、下の記事において、本図と終了図を比べるとわかる。
→ 挑戦者、3勝目 第78期将棋名人戦七番勝負 第5局第10譜:朝日新聞
この 26手の間に、勝負は決まった。
初め(本図)の時点で、すでに後手が圧倒的に優勢であって、ここから逆転する目はもうない。
とはいえ、後手の勝ち方がいかにもえげつなかった。△7一角 と △5一金 がそうだ。いずれも自陣に重要なコマを打っている。といっても、自陣に自玉がいるわけではない。自玉は入玉目前であるから、角や金が玉を守るわけではない。
では何のために角や金をわざわざ打ったかというと、自陣のコマを相手に渡さないためである。さらに、相手の竜をいじめるためである。(竜取りに打って、かつ、手番も取る。守備と手番で、一石二鳥みたいな手だ。)
で、こうやって何をしたかというと、じわじわと自陣の優勢を構築していった。そして最終的には、こうなった。
・ 先手はもはや、手も足も出ない。だるま状態だ。
・ 後手はいくらでも攻撃の手がある。先手を火だるまにできる。
完全に優勢を構築して、相手を圧迫している。勢力勝ちという感じだ。
これは、「すばやく王の首だけをかっさらう」という現代的な将棋とは正反対の勝ち方だ。「自陣にコマを打って、優勢を確立して、相手には手も足も出ない状態にする」という点では、大山流の典型だとも言える。
こういう勝ち方は、現代将棋ではなかなか見られないので、非常に興味深かった。
常識的には、△7一角 と △5一金 のような手は打たない。自陣に「守備だけのコマを打つ」というようなことはしない。むしろ、玉の首をかっさらおうとして、単刀直入に王手をかけるような手を好むものだ。たとえば、3二の角を8筋に成るとか、手持ちの角を先手陣に打ち込むとか。
しかし後手の渡辺はそうしなかった。王手をかけるよりも、じわじわと全体を圧迫するという手を選んだ。そして、それがどうやら、「最短の勝ち方」であったらしい。別に玉の首を取らなくても、この時点で先手は自ら玉の首を差し出すしかなくなったからだ。
こういう勝ち方もあるんだなあ……と感心した一局だった。
[ 付記 ]
棋譜は:
▲6四竜 △7四金2
▲6二竜 △7八歩成2
▲5九玉5 △7一角5
▲7二竜16 △8八と上
▲7五歩12 △同金3
▲7三桂成 △5四角
▲8三成桂3 △8五玉1
▲6一竜 △5一金打2
▲6四竜1 △8三銀
▲6五銀 △同角8
▲同歩 △7四歩
▲3七銀5 △6六歩2
▲5六銀1 △5二桂3
▲―――5 まで、渡辺勝ち
2020年09月04日
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